ハーメルンの市民はこの出来事を市の記録簿に書き留めた。それによると、市民は子供たちの失踪の日を起点にして年月を数えていたという。ザイフリートによると、市の記録簿には6月26日ではなく22日と記されているとい色う。市参事会堂には次のような文字が刻まれている。
キリスト生誕後の1284年に
ハーメルンの町から連れ去られた
それは当市生まれの130人の子供たち
笛吹き男に導かれ、コッペンで消え失せた
また新門には次のようなラテン語の碑文が刻まれている。
マグス(魔王)が130人の子供を町からさらっていってから、272年ののちこの門は建立された。
1572年に市長はこの話を教会の窓に描かせ、それに必要な賛を付したが、その大部分は判読不可能となっている。そこには一つのメダルも彫られている。
(グリム『ドイツ伝説集』より)
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