ハーメルンの市民はこの出来事を市の記録簿に書き留めた。それによると、市民は子供たちの失踪の日を起点にして年月を数えていたという。ザイフリートによると、市の記録簿には6月26日ではなく22日と記されているとい色う。市参事会堂には次のような文字が刻まれている。

 キリスト生誕後の1284年に
 ハーメルンの町から連れ去られた
 それは当市生まれの130人の子供たち
 笛吹き男に導かれ、コッペンで消え失せた

また新門には次のようなラテン語の碑文が刻まれている。

 マグス(魔王)が130人の子供を町からさらっていってから、272年ののちこの門は建立された。 

1572年に市長はこの話を教会の窓に描かせ、それに必要な賛を付したが、その大部分は判読不可能となっている。そこには一つのメダルも彫られている。
          (グリム『ドイツ伝説集』より)
 私が、「ハーメルンの笛吹き」という実在した物語のことを知ったのは、大学時代のことでした。童話として語り継がれた物語の中に刻み込まれている歴史上のある事件。
 初めて漫画を描いた時からずっと、この物語は、自分の原点であり、またライフワークとして、いつまでも検証していきたい物語となりました。2002年に発行した「パルス6・神隠し特集号」では、再び、絵物語として再構成。
 これが、その時に語った「ハーメルンの笛吹き」の絵物語の挿絵の一部です。