あのときのきみ    わたしには今も見える あのときのきみが           

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     【エピソード5】                                           2002.02.04.Mon. 
     はんなりと立春

     今日は立春。産毛のようなやわらかい陽射しが、校舎の中庭のはなみずきに降り注いでいていた。
     鳥にも春がやってきていて、カン高いさえずりが校舎にこだまする。
     空気がひんやりと冷たくて澄んでいるので、響き渡る。
     授業が始まる前に教室に入って行って、国語の教科係に前の授業のプリントを配ってくれるように頼んでからは
     南の窓の手すりに腕をかけてあごの下で両手を組みながら、中庭や空をぼんやり眺めている。
     授業が始まる鐘が鳴るまでゆったりとした時間を過ごす。
     教室にいてもリラックスしている。なにも考えなくても、なんの心配もしなくてもいい。

     教室の生徒たちは二・三人くらいの小集団をつくり、くつろいでおしゃべりに精を出している。
     その表情を見ると笑顔がこぼれている。どこからともなく笑い声が聞こえてくる。平和なんだと思う。
     不愉快な雰囲気などまったく感じられない。
     今の日本の学校のなかでは珍しいくらいの落ち着いた学習環境を維持しているんじゃないかな。
     もの思いに耽っている後ろ姿に、時々声をかけてくる生徒もいる。
     こんなに家で漢字の自主勉強をしたんだよと得意気にノートを差し出し見せにくる生徒。
     今度は絶対に5(5段階評価)をとってみせるから覚悟してねって挑戦してくる生徒。
     教科係の生徒だけで配りきれないときには、だれか手伝ってぇと声をかけると
     近くにいる子が気持ち良く引き受けてくれる。
     「あっ、僕やってあげるよ。」と言って受け取った今日のきみにはちょっと驚いた。

     いい表情をしている。にっこり笑っているそんなきみを見たのはおそらくはじめてだろう。
     4か月前に初めて会ったときに比べると、きみほど変わった生徒はいないだろうな。
     きみは記憶のかけらの影すらないと思うけど、
     はじめて教室で授業をしたときのきみをわたしはしっかり覚えているよ。
     きみは窓から2列目の前から2番目の席に座っていた。
     その席っていうのはだいたいよく視線がとどまる目立つ位置なんだよね。
     その席にきみがつまらなさそうにうつむいて、長い足を持て余すように投げ出していた。
     ちらりとみせる顔つきは冷たく青く凍りついていた。肌の色が白く透き通っていた。
     斜めに構えたけだるそうな態度も気になった。そして授業には身が入ってなかった。
     そのきみがだね、少しずつ変わっていったんだよね。
     机を見ていたきみが、1センチづつ上を向くようになっていったんだよ。
     そしていつのまにか、わたしの話にじっと耳を傾けるようになっていった。
     大きく変わったのは、学校から合唱コンクールの会場まで歩いて
     きみと話しながら歩いて、いろんな話をした日からだろうね。
     それは偶然で、ただ背が高くて列の一番後ろにいたきみのその最後尾にわたしがついたことから。
     学校のことや家庭のことや兄弟のことなど
     きみってこんなにも陽気なおしゃべりやさんだったのって不思議に思ったくらいよく話をしてくれた。
     そんなとこまで話していいのかなっていうくらい正直に素直に。白さにほんのり赤味がさしていた。

     きみは気づいているのかな。きみの様子はいつも見ている。
     授業中はもちろん、掃除の時間には玄関をせっせと掃いている姿を2階から見下ろしているよ。
     こころのなかをのぞいてみたいなと思いながら。
     そのうちにもっとたくさんのことを自分から語り出すだろう。
     季節は秋を過ぎ冬を乗り切り、もう春がやってきたんだから。



















     【エピソード4】                                           2002.01.12.Sat. 
     夜明け前夢をみたまだ見ぬきみの

     Chiltan BBSを開くと
     こんにちは僕です。
     というメッセージが、画面の上を浮き沈みウェーブしながら風が吹き抜けるようにはいり
     次に写真が送られてきた。
     頭部から徐々にゆっくり思わせぶりに現れてきた。モノクロでその人本人の顔写真らしかった。
     どこかの国の俳優というわけでもなさそうだった。
     日本人の遺伝子を持った顔つきでいまいち俳優になるにはなにかが足りない。
     それはどういう意味かって本人だったらおそらく聞きたくなるだろう。
     という理由にもならない理由から、きっとその人本人なのだろうという確信が持てた。
     僕っていつも知りたいなって思っていた人だったのでついじっと見入ってしまった。
     う〜ん、それなりにかっこいい。誰かに似ているようで誰とも似ていない、初めて見る顔だなと思った。
     渋く深みのある上部1/3で、瞳は考えに耽っているように少しだけ視線をずらして斜め下の何かを見ていた。
     憂いを含んで思いつめたようにも見える。なにを考えているのか好奇心やらなにやらがうごめく。
     もっとじっくり見たいと瞳孔が開くと突然その画面が消えた。

     すると、がっかりさせないように気づかう絶妙なタイミングですぐ
     その僕が、ギターを奏で歌っているビデオライブが送られてきた。
     額に汗をキラリとさせてトレンチコートのような服に身を包み足でリズムをとって熱っぽく歌っている。
     その姿に惹きつけられて不思議に思ったのが、右手で弦を押さえ左手で弦をはじいていたこと。
     そんなことはちょっと気になっただけ。
     Queen のお気に入りの曲を歌っているような雰囲気。
     その中のどの曲を歌っているのかが問題なんだ。
     Love of my Life? You’re my Best Friend? ’39?
     そして声を聞きたいと思ったのに。
     音源がoff になっていた。
     おお、BBSもこんなことができるようになったんだあ
     この時代に生きていてよかったなあ、なんて思ったりしていた。

     夢解釈というのがひとつの学問にもなってしまうくらいだから
     わたしもおもしろい試みをしてみようかなというだいそれたことを考える。
     1 なぜそのような夢をみるにいたったのか。
     2 この夢の中にどのような願望をみるのか。
     3 このような夢をみる人物の性格はいかようなものか。
     以上を知り尽くしている本人に語らせ解釈させたら面白いでしょうね。
     答えは明解。しゃべりたくてたまらない人物だし。
     ていうか願望だらけだもんね。きかずとも知れるか。


































     【エピソード3】                                       2001.11.12.Mon. 
     きみはヒーロー

     今日は文化祭の代休日。文化祭良かったよ。
     オープニングは、体育館の西の大窓に貼られたステンドグラスの披露で幕開け。
     環境がテーマで各クラスが選んだ動植物が鮮やかに浮かび上がった。
     結構内容豊富で、いちいち書き出すとなると気が遠くなってくる。
     模擬店でチョコジャム(たこのかわりに)焼き屋とかデジタルカメラを上手く使ったプリクラとか
     みたらし・わたがし・ネギ焼き・ぜんざい・ドラあん・腕相撲・輪投げ・ホットケーキ……
     恐怖の館っていうお化け屋敷とかも。

     体験学習で外部の方を講師に招いたいろんな講座もあった。
     わたしは「天使の花壇」っていう講座担当。簡単に言えばフラワーアレンジメント。
     ちょっと面白いハプニングは、終わりの挨拶のときに講師の方々(5人)に何か一言考えておいてね、
     って頼んでおいたら
     彼が 「天使のような講師の方々に教えていただいて、講師の方々のような花壇ができました。…後略」
     という挨拶を述べ始めて、まじまじと彼の顔を見てしまった。
     この挨拶が講師の方々におおいに気に入られ、
     あの子きっといい彼女できるわよ。喜んでいたよって伝えておいてね、とか言い残されて、
     講師の方々は上機嫌になって帰って行かれた。
     わたしだって好奇心が刺激されて担任のところにすっとんで行って伝え、そして聞いた。
      「あの子そういうキャラ?」「ぜ〜〜んぜん、真面目。よくそんな歯の浮いたような科白が言えたわねぇ。」
     いやはや。まいりました。
     
     やっぱアトラクションでしょ。 最高でしたよ。
     3年の学年主任の先生に「盛り上げてあげたから日本酒1本ね。」って請求したら
     「そんなんお安いご用ね。今度2月に3年の先生と生徒だけのお別れ会があるけど、それに特別御招待。
      ひとりで歌って踊ってワンステージ用意しておくから出演してね。」って言われた。
    
      しかしですねぇ、はぁ〜〜。
      さらにまいったのは、クラゲのような軟弱男。  いっつも会うと、ウィンクしてくる。
     眼精疲労?とか、そんなんじゃ駄目ねもっと上手くやらなきゃとか からかっても めげずにウィンクしてくるんだぜ。
     それがシャイなんだねぇ。
     舞台裏で1時間も前から、心臓が飛び出した鼠みたいにそわそわびくびく。
     2階の照明位置から舞台を覗きに行ったり
     「オレもうドキドキ。どうしよう。外行って来る。」 なんて言って外の空気を吸いに行ったり来たり。
      はじめて舞台で歌うんだって。そりゃ無理もないよね。
      「ちょっと先生のそばに来て座って落ち着きなさい。」 「そんなことしたらよけいあがってしまうよ。」逃げて行く。
      「先生、僕の横で派手にパ〜ッっと踊ってね。」両手を大きく広げてちょっと踊る真似をする。 
     「まかせといて。パ〜ッと踊ってあげるから。すぐ横でね。」

      それがそれが。カーテンが開いてからというもの ハーモニカを吹き、ギターを奏で、歌う。
      プロ!じゃん。さっきまでとうって変わって 堂々としている。
      音程もバッチリ。聞き惚れたよ。ほんと。
      ずっと聞いていたいと思った。おうおう、きみってきみって……。
      「春、流れる」 きみのこころのなかってこんなんだったのかぁ〜〜…・・。 きみらしい。
      「あの紙ヒコーキくもり空わって」 だから両手広げて踊ってねってね。
      舞台の前に100人くらい女生徒が寄ってきて一緒に踊っていた。
      きみはヒーローだった。
      そして紙ヒコーキが紙吹雪のようにいくつもいくつも飛んできた。
      踊り子は客席よりも ライトをあびて熱っぽく歌うきみをずっとずっと見つめていた。

      曲の途中でアトラクション担当の先生が竹箒をわたしに渡す。
      ほんとにあの人ったら。わたしは魔法使いのおばあさんなんだって。
      そうよ、わたしは魔女。魔女なんです。


















     【エピソード2】                                          2001.6.4.Mon. 
     若狭のきみ

     今から2年前の出来事である。
     ああ・・・青い空 小さい弧を描いて迫ってくる日本海 突き出た陸と砂浜が入り混じるリアス式の若狭湾。
     昨年と同じ風景がそこにあった。しかし 昨年とは違うおもいが残った。
             
     11人の少年(わたしも少年になったつもり)が乗り込むいかだは あっという間にほぼ3人で作られた。
     立派な組み立ていかだのミニチュア模型をじっと眺めていたあるT少年が言う。
     「要するに 丸太がひもで縛られていればいかだが出来上がるってわけだ。」
     それまで知恵の輪を解くようにひもの縛り方を探っていた少年Gにはピンとこないようだった。
     Tはさっさとひもで縛り始め 一本を終え2本目に取りかかった。
     そこへ様子をじっと観察していた少年Hが加わり作業が急ピッチで進んだ。
     焦ったGも本気になって みるみる8本のいかだが組まれ出来上がった。

     さっそく浪打ちぎわまで11人で持ち上げて運び 後ろを押して海に浮かばせた。
     みんながわれもわれもと乗り始めたらだんだんいかだの作りのいいかげんさが露呈してきた。
     8人が定員のところに11人が乗るのだからやむをえないといえば言える。
     8人が乗った時点で沈みかけていた。.
     そこへあと3人が乗ろうとするから乗り込むたびにいかだが左右に大きく揺れ少しずつ沈む。
     「バランスをとってえ〜。こっちの方が深く沈んでいるよ。」とわたし。
     「こっちも沈んでるよ。これ見て。尻が海につかったまま。」反対側に座っているM少年が答える。
     11人全員乗ったときにはいまにも沈みそうだった。実際すでに深く沈んでいた。
     いかだが不安定なので腰を落ち着かせられないのか
     いつでも飛び込む態勢をとろうとするのか いかだの上に数人立っている。
     「早く座れっ。」 ひとりひとりこわごわ座る。
     座るたびに大きくいかだが揺れ 同時にみんなの心もひやひやっと揺さぶられる。
     最後まで立っていたGの座る番がきた。
     転覆しないようにバランスをうまく取ってゆっくり座ってくれるのをみんなじっと待っている。
     そのときぐらりと揺れた。
     「ちょおっとお〜〜!」わたしは叫んでいた。
     緊張と不安が高まっていく。
     続いてまた今までにない大きな揺れがきた。
     かろうじて安定を保っていたいたいかだはとたんにひっくり返ってあっという間に全員が海に放り出された。
     「ばかやろう!」と絶叫していた。 図ったなとおもった。あいつならやりかねない。
     腰まで水につかって服が水浸しになってしまった。

     もう一度気を取りなおして全員いかだに乗り込み無事出航できた。
     岸から遠く離れ一息つこうということになった。
     「だれか歌ってえ。」リクエストがかかる。
     「よう〜し,じゃあウルトラソウルねっ!」
     Gがうれしそうだ。ふっ。歌ってやんねえ〜ぞ!

     結局 深いところでもう一度海に落ちた。
     ザブ〜ンと海に入ると濃密な液体の感触と濃厚によどんだエメラルドグリーンの視界が広がる。
     Gの白いTシャツが妖怪のように揺れていた。
     浮かび上がって顔を出すと潮が辛い。
     全身ずぶ濡れになったら もうなにも怖いものがなくなって いかだ乗りを楽しめるようになった。
     いかだが海に沈んで絶えず塩水につかりっぱなしでも 大きく揺れても平気になった。
             
     ああ・・・青い空 小さい弧を描いて迫ってくる日本海 突き出た陸と砂浜が入り混じるリアス式の若狭湾。
     11人の漂流者は この日なんと心地よい6月の風に吹かれていたことか!





















     【エピソード1】                                            2001.5.20.Sun. 
     「Forever Love」のきみ

     わたしは 小泉さんのファンである。 その小泉さんが好きだという 「Forever Love」 ってどんな曲?
     
     仕事が終わってゆとりができた火曜日(5月15日)
     好奇心の強いわたしはさっそくレンタルCDショップで借りてきて話題の曲を聴いてみることにした。
     ゆっくり流れてくるイントロのピアノに聞き覚えがあって,どこかで聞いたような・・・。
     深い記憶の海の底からゆっくりと息を吹き返すように浮かび上がってきた。
     ・・・それは2年前 3人の少年たちが文化祭で歌ってくれた曲だった。
     これまでずっと長い間 XJAPANのこの曲は忘れられようとして思い出の片隅にひっそりと転がっていた。
     甘い感触を伴って思わず曲にひきこまれていく。
     歌詞を手に取ってしみじみ読み返してみると,胸にしみてくる・・・・。
     こんな気持ちで歌っていたのか。この気持ちを伝えようとしていたのか。
     わたしよりもずっとおとなにおもえる。
           
     2年前のことが鮮明によみがえってきた。
     あのときは,1学期のきりのいい最後までが非常勤講師の任期だった。
     生徒たちとのお別れがあってから半月余りして
     夏休みの8月に学校に出かける用があり たまたま音楽室の前を通りかかった。
     ドラムが響いてきたので 好奇心の強いわたしは素通りできない。
     いったいだれがたたいているのだろうかとのぞいてみた。
     そうしたら,少年Tと少年Kだった。 
     少年Sはそのとき遅刻のため会えなかった。
     ドラムはKで ピアノはT。
     バイクが似合うTがピアノとは意外だった。
     「へえ〜〜,ピアノできるんだ。ピアノ暦何年?」
     と聞いてみた。そうしたらなんと
     「俺,習ったことない。はじめて。」
     と いとも簡単にそっけなく答える。
     それにしては流れるように情緒たっぷりと聞かせてくれる。
     そうまでしてピアノを弾くのはなぜ?動機が知りたくなった。
     「どうしたの?なんかあったあ?」
     どこまでも間の抜けた人である。
     「先生に聴いてほしいから,文化祭 絶対見にきて。」
     心を射貫くように冷静な口調で言われ 
     慌てたわたしは すぐには気の利いた言葉を返せなかった。
     もちろん 2か月後 聴きに言った。
     楽屋に入る前にTが暗い会場の中のわたしを探し出して声をかけて来た。
     「先生,これからやるから聴いてくれよ。」
     そう言って駆けていった。

     「Forever Love」ってこんな曲だったんだあ・・・ 。