「イレギュラーの神様」

(16)

 

 

 双児宮で一度目覚めてアテナ神殿へ移った沙織は、星矢と瞬が凪についてとりなそうとするのを制して下がらせた。

 一人になると、幼い日の記憶が脳裏に浮かんだ。

 屋敷で共に暮らしていたあの頃も。凪は、沙織を軽蔑していた。

 皆に慈しまれる幸せなお姫様であった沙織に、他の子供たちが憎みながらも畏れや羨望、憧れのまなざしを向ける中で、凪ひとりが全き軽蔑以外のいかなる感情も抱こうとしなかった。

 言葉の端々が、貫くように見る目が、何もかもが明確な侮蔑を沙織に伝えてきた。

 全てを知っていて、その上で辰巳よりも光政よりも、誰よりも沙織を蔑み憎んでいるような怒りの眼差し。まるで、何かおぞましい病原菌を見ているような―――――

“……何も知らないうちは、まだ良かったのかしら?”

 自分が、祖父と血のつながりがないことだとか。孤児たちはみな、祖父の実の子であることだとか。祖父が、自分のために全ての子を生贄に捧げたことだとか―――――

“……いいえ。何も知らなくとも……あれだけは”

 一番思い出したくない、けれど決して忘れることのできない記憶。

 人間・城戸沙織としての自分と、人間の凪を結ぶ断ち難い縁の記憶。

『……をよこすんだ』

『何をするの……?あなた』

 その後に自分の言った言葉が、できるものなら今すぐ死んでしまいたいほどの嫌悪を連れてくる。

 吐き捨てるような捨て台詞と共に狭い物置を出ていった凪が、最後に残したのは。

 一欠片の情もない、完全なる軽蔑の眼差しだった。

“……ああ。それでもまだ、ああ、見なければ”

 一本のビデオテープ。石になったように動かない祖父と、何度も吐いていた辰巳。その向こうのテレビ画面。そこに映し出された、血と苦痛を。

 人間の背負った罪業の全てが凝縮したような、あの光景を―――――――

「……っ」

 沙織は、また気を失いそうになった自分を強いて叱咤した。

“……私は……アテナ”

 ポセイドンと交わした約定がある。

 人間城戸沙織である前に。私は、女神アテナ―――――――

「……サガ。サガ、いますか」

 沙織の声に、教皇の間にいたサガがやってくる気配がする。

 沙織は、ぐっと拳を握りしめて、身体を起こした。

 

 白羊宮の下、聖域の出口へ向かう道の途中で、凪は足を止めた。

「……カノン様」

 夕闇の中から姿をあらわした主は、何とも言えない複雑な眼差しで召使いを見下ろした。

「……出ていくつもりか」

「……お許しを」

 頭を垂れた凪に向かって、吐き捨てるような声が降り注ぐ。

「許すどころではないわ。この上、お前を双児宮においておけると思っているのか」

 答えない凪に、カノンはさらに苛ついた顔になった。

「俺が出ていけと言うまでいる、と言っていたな。そういう意味か。貴様、初めからそのつもりで聖域に来たのか」

「……カノン様にご迷惑をお掛けするつもりはありませんでした……」

 アテナが来る前に暇を貰うつもりだったのだ、というところまでは、口に出さなかった。言い訳になるだけと解っているものを、あえて言う気にはならない。

「ふん。俺が、アテナに無礼を働いたものを殺すために待っていたのだ、と言ったらどうする」

「お受けします。それだけではご迷惑の償いにならないかもしれませんが、せめてお気の済むように」

 即座に返された言葉が嘘でないのを確認して、カノンは舌打ちした。

 いっそ、真実気がふれて人が変わってしまったのであれば、何を思うこともなく首を落とせるものを、と思う。

「……いつものお前だな。なぜ、あのような言葉を吐いた?」

「……」

 凪がうつむく。

「……耐えられると思っておりました。アテナの顔を見ても、その場をやり過ごすくらいのことはできると。自惚れであったと……その場になって、やっと気づきました」

「それほどまでに、アテナを恨んでいるのか?昔のことではないか」

「……いいえ」

 首を振った凪が、カノンを見上げる。

「カノン様。……48人、死んだのです。実の父親に、捨てられて」

 一瞬、カノンは何を言われたのか解らなかったが、すぐに城戸邸にいた子供たちのことだと思い当たる。

「お前の兄弟たちか……90人だろう。生きて戻ったのは10人と聞いている」

「48人です。残りのものは、訓練場を逃れて無事に暮らしております。私は、それを見届けるために旅をしておりました」

 カノンは目を見張った。

「……生きのびた子たちには、過去のことなど忘れて幸せに生きて欲しいと思っています。それは、星矢たちに対しても同じ……けれど私は、死んだ子供たちのことを忘れることができません」

 父の手で、女神アテナに生贄として捧げられて生涯を終えた、哀れな子供たちを―――

「女神もまた。それを忘れてはならない筈です。忘れることは……私が許しません」

 そう言って、凪は目を伏せた。

「けれど。星矢たちもカノン様も、今の聖域で幸せであると言うのなら。それもまた……壊れて欲しくはないのです」

「……だから、出て行くのが一番いいと言うわけか」

 カノンは、やり場のない苛立ちを抑えて言った。

「どこへ行くのだ。また身体を売って暮らすのか」

「はい。……今度は。故郷へ戻られたという海闘士の方々を、見届けてゆこうかと思っています」

「……」

 カノンは、少し迷って口を開いた。

「凪。海底神殿へ、戻るか」

「え?」

「もうすぐ、神殿の再建が始まる。俺も責任者として海底へ向かうだろう。海底にいれば、他の海闘士たちもいるはずだ。そこに止まるのならば、アテナにお会いすることもない」

「……カノン様」

「それも嫌ならば、冥界へ連絡を取ってもよい。俺の命令だと言えば、ラダマンティスとミューが面倒を見てくれるだろう」

 凪は、目をいっぱいに開いてカノンの顔を見た。

「……なぜ?」

「お前は、俺の小間使いだからだ」

 カノンがぶっきらぼうに答える。

「誰ひとり道連れを求めることもなく、己の憎しみだけを抱きしめて。今この瞬間でさえ、兄弟たちに縋ることも俺に情けを乞うことも試みもせずに去ろうとするお前が、あまりに哀れだからだ」

「カノン様……」

「一生に一度でいい。己自身のために、幸せになろうと思ってみろ。恨みまで他人のために背負うのでなく、自分ひとりの望みだけを吐いてみろ」

「……っ」

 激しい感情の波を露わにした表情を見せまいと、凪が目を伏せる。

 それを眺めていたカノンは、不意に他人の小宇宙を感じて振り返った。

「……サガ!」

「2人とも、ここにいたか」

 双子の兄は、歩み寄ってきて弟と召使いを見比べた。

 カノンが、咄嗟に召使いの前へ出る。

「兄貴。こいつは、聖域を出ていくと言っている。確かに許すべからざる暴言だったが、いかに恨もうとアテナに危害を加える力があるわけでもなし、殺すまでもないだろう」

「……そうではない」

 サガは、厳しい目を凪に向けた。

「アテナのご命令だ。その娘が聖域を出て行くことは許さぬゆえ、何としても引き止めよ、とな」

「……!!」

 凪が目を見開く。

「沙織さんが……?そんな!何のために」

「知らぬ。しかし、アテナの命とあらば従うまでだ。追放の許しが出るまで、お前は双児宮に置いておく」

「……っ」

 凪の目に、再び強い感情がよぎった。

「嫌……っ!!お許し下さい、私は!ここに、居たくない……っ!!」

 血を吐くように訴えた少女を、サガが無表情に見下ろす。

「カノン。アテナの命だ。その娘を、双児宮へ連れてゆけ」

「……解った」

 カノンの手が少女を捉える。反射的に抵抗した彼女の腹に、カノンの拳が食い込んだ。

「……う」

 ぐったりと気を失った身体を、カノンが抱える。

 それを見届けて、サガは踝を返した。

 

 アテナ神殿から下りてきた星矢と紫龍を引っ張り込んだ天蠍宮で、黄金聖闘士たちはげっそりとため息をついていた。

「……やってくれる姉ちゃんだぜ……あー来るかよ」

「我々にはあれほど丁寧であったのに、よりによってアテナにあのような態度を取るとはな」

「アテナも、ひどく動揺しておられたな。星矢、アテナは大丈夫なのか」

「……大丈夫だよ。ただ、一人にしてくれって」

 星矢が膝を抱えて力なく答える。

「……俺……もう大丈夫なんだって思ってた。俺も一輝も納得したんだから、凪も解ってくれるもんだって、勝手に思って」

「それは無理だと思うよ、星矢」

 瞬が顔を上げる。

「ぼくたちとは違うよ……ぼく、出発する前のこと、覚えてる。凪……凄く怖かったもの」

「……ああ。聖域で再会した時は、昔の凪に戻ったのだと思ったが。考えが甘かったな」

 紫龍が言い、星矢がますます落ち込んだ顔になる。

 黄金聖闘士一同の疑問を代表して、デスマスクが割り込んだ。

「あのよ。お前らの話聞いてると、どーもあの姉ちゃんだけは特別にアテナのお嬢のこと恨んでるっぽい感じなんだが。辰巳の面も変だったし、何かあったのか?」

「……」

 青銅の四人が、複雑な視線を交し合う。微妙な雰囲気を最初に破ったのは、星矢だった。

「……あのさ。凪が、ずっと俺に凄く優しくしてくれたって話なんだけどさ」

「おう。それで?」

「それ、さ。弟がいたからなんだよ。凪にもさ」

「……本当か?」

 意外にも、今度はアイザックから横槍が入った。

「親の顔も知らない、身内は一人もいないと聞いていたが」

「居たよ。母さんが死んだのも、三歳のときで、ちゃんと顔覚えてるって。……いい母親だったんだって言ってた」

 星矢は、凪について聞いた話を思い出しながら喋った。

「城戸のじいさんの子供生んだ後、結婚して、もう一人子供産んだんだって。離婚した後で凪よこせって城戸のじいさんに言われて、子供2人連れて必死で逃げて、そのせいで体壊して死んだって」

「……」

 黄金聖闘士たちは、かなり嫌な気分で黙った。

 考えてみれば、そう言うこともあるだろう。父親は光政だが、どの子供にも母親がいたはずだ。そして星矢たちは母親が死んだり幼いうちに手放したりしたわけだが、中には嫌がる母親からもぎ取られた子供も居ただろう。

 凪の場合は、母親が頑張って逃げたために凪にかなりハッキリした記憶があると言うことだ。しかし、その経緯では、凪が光政を恨む理由としては十分だ。

「そいで、凪は弟と一緒に施設に入ってさ。けど、弟の方は城戸のじいさんの子供じゃないし、それに病気だったから一緒に引き取ってもらえなくて、無理やり引き離されたんだ。俺と姉さんが引き離されたみたいにさ」

 また一つ、痛い事実が思い出される。

 星矢の姉は、『聖闘士になれそうもないから』という理由で施設に残され、その後行方不明になって、星矢は長いこと必死に探していた。今は見つかって一緒に暮らしているわけだが、それについて星矢が何も恨まなかった、といえば嘘になる。

「城戸邸で、俺が姉さん思い出して泣くと、いつも凪が慰めてくれた。生きてれば会えるから頑張ろうって。それまで自分が姉さんの替わりしてあげるって言って、一生懸命俺の面倒見てくれたんだ。俺も、凪の弟になってやるつもりでさ。本当の姉弟みたいに仲良かったけど、凪が弟のこと忘れたって訳じゃなくてさ。時々、施設から弟が入院したとか退院したとか手紙がきて、その度に凪、一生懸命読んでた。……俺も凪も、いつか会って一緒に暮らすんだって、そう思ってたのに」

 星矢の声が途切れ、後に紫龍が続いた。

「……最後の手紙が届いたのは、凪が城戸邸に来て一年と半年が過ぎたころだった。弟は病院で死んだ、と言う知らせだった」

「うわ……」

 デスマスクが、思いっきり顔をしかめる。あまりと言えば、あまりに痛ましい話だ。

「……酷かったよね。あれは」

 瞬がやり切れないように言う。

「急に悪くなった頃から、何度も手紙が来てたのに。危篤だから会いに来させてくれって、看護婦さんからも施設の人からも。なのに、屋敷の見張りが隠してたんだ。教えてくれたの、死んで二週間も過ぎて、とっくにお葬式も終わって無縁仏になって埋葬されちゃった後で」

 瞬の声が震えた。

「凪は何度も逆らったから、罰なんだって。幾ら殴ってもこたえないお前でも、これは効いたろうって言うんだよ。ぼく、信じられなかった。たった一人の兄弟なんだよ?お母さんが死んだときも、一緒に泣いた家族なんだよ。それなのに、死に目にも会わせないなんて……」

「……それがあの怨念の源かよ」

 デスマスクは、やれやれと頭を振った。

「そりゃ恨むわな。アテナのお嬢の責任だとは言い切れねえとこもあるが」

「屋敷の見張りに人でなしがいたのは、光政氏の責任でしょうけどね……もういないわけですし、そうなるとアテナを恨んでしまったかもしれませんね」

 ムウが同意の呟きを洩らす。

「多分な。弟が死んだ後の凪は人が変わってしまった」

「そうだったよな。全然笑わなくなって、俺とも紫龍ともほとんど口きかなくなってさ。一人で、石のお面被ったみたいな顔して空ばっか見てたよ。……凄い怖い顔だった。今日の双児宮のときみたいな」

「ああ。……それでも星矢は、初め必死になって凪に話しかけてたが、瞬の出発の日を境にそれもやめた」

「瞬の出発の日?何かあったのか」

 デスマスクの問いに、紫龍と星矢がチラッと瞬を見る。瞬は、ため息をついた。

「知ってる。……ぼくの乗ったバスが出た後、兄さんが脱走しようとして。凪が捕まえたんだってね。殴りつけて気絶させて」

 紫龍と星矢の脳裏に甦る、鮮烈な場面の記憶。

 瞬を追おうとして走る一輝。高い塀と、高圧電流の流れる柵。後を追いかける、犬と黒服。

 褒美に釣られた子供たちまでも一輝を追い掛け回していたが、一輝も死に物狂いだった。

 あちこちに隠れながら逃げた末、ついに出口に辿りつこうとした一輝を、凪が捕まえた。

『戻れ』

『……離せ!何するんだ、邪魔するな!』

『君を連れ戻して褒美を貰うことになってる。大人しく戻れ』

 その言葉に、一輝は一瞬目を見開き、すぐに凪に飛び掛った。凪は表情一つ動かさずにそれを受けてたった。

 必死で暴れる一輝を、凪の足が蹴った。

 彼らが誰も聖闘士でなかった、あのころ。本気になった凪に勝てる子供などいなかった。他の子供とのケンカでは負けたことのなかった一輝でも。

『凪!凪、やめろよ!』

 星矢は、泣いて訴えた。

『お前、どうしちゃったんだよ!何でお前が屋敷の連中の手下みたいなことするんだよ!』

 止めに入ろうとした星矢を、凪は突き飛ばすように払いのけた。

 その隙になおも出口に向かおうとする一輝を、地面に引きずり倒して押さえつける。

『……この……っ』

 一輝の拳が、ガッと音を立てて凪の顔面に入った。

 しかし次の瞬間、凪の手加減なしの蹴りが一輝を沈めていた。

 腕を取られた状態でまともに腹に食らって、一輝はそれきり動かなくなった。

 凪が一輝を引きずって歩き出し、その先に屋敷の黒服が待っているのを見たとき。星矢の中で、何かが壊れた―――――

「……ぼくは、恨んでないよ。凪が辛かったのも解る。何もかも憎んで、自分の大事なものまで壊しにかかったんだろうね。まるで、帰って来た時の兄さんみたいに」

 瞬が何となく一輝に裂かれた左肩をさすりながら言い、紫龍が頷く。

「7年経って記憶も薄れていた。数日前に再会した時には、優しかったころの凪だけを思い出して、俺も星矢も本当に嬉しかったんだ。……甘かったな。凪は、今もあの時の憎しみと絶望を忘れてはいないのだ」

 紫龍が話を締めくくり、話を聞き終えたムウは嘆息した。

「……そこまで年季の入った恨みでしたか。とすると、やはり彼女には出ていってもらうべきでしょうね。アテナへの恨みで凝り固まった人間を、おいておくわけにはいきません」

「……そんな!」

 星矢が顔を上げる。

「もう少し、話してみるよ。俺たちみたいに、凪だって」

「――――――無理だよ」

 再び瞬は打ち消した。

「星矢、凪が弟さん死んだって聞かされた日のこと、覚えてるでしょ?星矢にも側に居て欲しくないって言って、一人で屋敷の裏の草むらに一晩中座ってたの」

「……ああ」

 星矢は、泣きたくなるのを堪えた。

 いつもと同じ優しい笑顔で、だけど初めて、星矢に頼むから一人にしてくれ、と言って。

 微動だにせずに、夕日を見ていた――――

「……ぼく、さ。あのとき、兄さんと一緒に戻ったんだ。何か食べたほうがいいと思って、パンだけ隠しといて。そしたらね、凪が、泣いてた」

 瞬は、辛そうに顔をゆがめた。

「何されたって、いっぺんも泣いたことなんかなかったのに。黙ったまま、喚くみたいに口だけ動かして、ワンワン泣いてた。……きっと、声出したらみんなに聞こえると思ったんだよね。ぼくも兄さんも、どうしても声かけらんなくて、黙って戻った。それで、後で兄さんが、爪が食い込むくらいの力でぼくの肩つかんで、言ったんだ。頼むから、お前は死ぬなって。ぼくだけは、何があっても死なないでくれって、そう言った」

 瞬は、抱いた膝に顔を伏せた。

「……酷いこと言うみたいだけど。ぼく、星矢がお嬢さんのこと許せたのは、お姉さんが生きてたからだと思う」

 らしからぬ暴言に黄金聖闘士たちは目を丸くしたが、星矢は予想していたらしく、しゅん、と俯いただけだった。

「行方不明でもさ。生きてたから、最後までは恨まないで済んだんじゃない?ぼくだって、そうだもの。銀河戦争に参加するって決めたの、兄さんが生きてて戻ってきたって聞いたからだよ。もし兄さんがデスクィーン島で死んでたら、ぼくがああなってたよ。絶対」

 確信を持って断言した瞬の言葉に、星矢がぐっと拳を握る。

「……俺……一人で浮かれてた。俺ひとりが姉さんと一緒に暮らして幸せになって、凪の気持ち、全然考えてなかった……」

 苦しみを絞り出すような声。それぞれに明後日を向いた青銅の少年たち。

 黄金聖闘士たちは、何もいわずに後輩たちを眺めていた。

 その中で、ふとムウは思った。

 ―――――凪が。聖闘士になっていたら、どうしただろうか、と――――――

 

 次の日、黄金聖闘士の全員と青銅の少年たちの見守る中、アテナはサガに言いつけて、アテナの間で再び凪と向かい合った。

 蒼ざめた沙織の前に、サガに引きずられるようにして連れ出された凪は、幾分静かな、しかしやはり怒りの表情で沙織を見た。

「……どういうつもりか、聞いてもいいのかな。お嬢様」

「……私は、あなたと話をしたいのです」

「話?」

 凪の眉が上がる。

「何の?謝りたいとか言うのなら、願い下げだ。あんたの謝罪なんて気色悪いもんを聞きたくない。耳が腐る」

 周りの黄金聖闘士たちが、顔をしかめる。

 しかし沙織から、凪が何を言っても口出しも手出しも無用、と予め言われているのだ。ここは黙って聞いているしかない。

「つまらん御託はやめて、ぼくを出してくれ。でなければ、殺せ。行き先があの世でも、あんたと顔をつき合わせているより遥かにいい」

 沙織がまた顔の青さを増す。しかし、今日は沙織も引かなかった。

「凪。あなたが私を憎んでいるのは知っています。その理由も、解っていると思います。言いたいことがあれば、何でも聞くつもりですし、償えることがあればどんなことでもしたいと思っています。私は、あなたに大きな借りがあるのですから」

「……だから、さっきから言ってる。今すぐ、ぼくを殺すか追い出すかしてくれ。ぼくはここにいたくないんだ」

「……それだけは、できません。そうしたら、あなたには、もう二度と会えないでしょうから」

 沙織の言葉に、凪が目を細める。

「そうくるだろうと思った。結局あんたは、自分の我儘を通すだけだ。じゃ、ぼくに何の用があるんだ?」

「私は……」

 沙織の肩が震えた。

「……あなたに。あの時のことを、許してもらいたい、と……」

「……っ」

 凪の目に、再び怒りが燃えた。

「ふざけるな。あんた、何を謝りたいんだ?こうして無理やり閉じ込めて、それでぼくにあんたは悪くなかった、と言わせたらそれでお終いのつもりか?冗談じゃない。ぼくがあんたのたった一つの罪悪感だって言うんなら、未来永劫許しはしない。死ぬまで罪悪感に浸って嘆いてろ」

 話に聞く、迫力の啖呵。星矢と紫龍が語った通り、その凄みに黄金聖闘士たちも、幾分舌をまいた。

「……こら、凪、お前、お嬢様に向かって、何て口」

 辰巳が沙織の横から突っ込む。しかし、凪にギンっと睨まれると、彼も口ごもってしまった。

「辰巳さん、あんたにそれが言えるのかよ。こんな女に魂売りやがって、ぼくがどんな目にあったか、あんたとじいさんが一番良く知ってるな。それで、全部許して水に流すのが妥当だって、あんた、本当にそう思ってるか?心の底から?」

「う……」

 辰巳の顔に、冷や汗がだらだらと流れる。

「さすがにそいつはないんだな?だったら、図々しいのはこの女の方だってのも解るよな。それが解ってたら、死体でもいい、今すぐぼくを出せ!!」

「……お嬢様……」

 辰巳がオロオロと沙織を見る。

「あいつの言う通りですよ。どこでも、行かせちまった方が」

「……できません」

 頭を振った沙織に、凪がうんざりした顔になる。

「付き合いきれない。話がそれだけなら、ぼくは失礼する」

 踝を返した凪に、沙織が必死で呼びかける。

「凪。私に、どうして欲しいですか。どうしたら私の側に居てくれますか。言って下さい。お願いです」

「……」

 凪が振り返った。その目つきに、沙織がビクンと跳ねる。

 凪は、ほんの少し口の端を上げて、そのまま静かな口調で言った。

「死ね。爆竹鳴らして祝ってやる」

 出ていく凪を、サガでさえ止める気にはならなかった。

 

 

061223 up

 

 

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