「イレギュラーの神様」

(15)

 

 

 思い出深い宝瓶宮でカミュとアイザックと共に眠った氷河は、次の日の昼下がり、双児宮を訪ねた。

「――――氷河」

 洗濯物を干していた凪が、振り返る。

「いらっしゃい。……と言っても、誰も居ないけど」

「星矢と紫龍はどうした」

「アイオリア様とシュラ様が、訓練のお誘いにいらしてね。カノン様は、デスマスク様と一緒にお出かけだ」

「……そうか」

 氷河は、短く息を吐いた。

 話しながらも手を休めないでせっせと働く後姿が、幼い日の思い出と重なる。

『―――――ぼくは、聖闘士になるよ。氷河』

 振り向くことなくそう言った少女は、あの時どんな顔をしていたのだろう。

『お前……』

『心配なら、いらない。君はシベリアに行くんだ。……自分の望みだけ、叶えたらいい』

 低い声は、氷河を怯えさせるには十分で。

 彼は、結局最後まで、彼女の顔を見る勇気が出なかった。

『ぼくは、ぼくで。自分の選択を、貫くよ――――――』

 些かの震えもない、鋼鉄の刃のような声だった――――――

「……氷河?もし、よかったら。お茶でも飲んでいかないかな?」

 明るい声に、氷河は我に返った。

「美味しいのをいれるよ。ゆっくりしてれば、他の方が来るかもしれないし」

「いらん」

 氷河は無表情に遮った。

「そう?じゃ、訓練場に行く?私も、タオルを届けに行こうかと」

「……何のために聖域に来た?」

「え?」

「俺は。お前は死んだものと思っていた。……聖闘士になった後で、誅殺されたのだろうと」

 二人の間を、ざあっと風が駆け抜けていった。

「企てが発覚して、追われたのではないのか?それで海底神殿へ逃げ込んだのか」

 氷河の詰問に、凪は静かに笑った。

「――――違う。聖闘士にはなれなかったんだよ、本当に」

「なぜだ」

「師匠に売られた。何も知らない人だったけど、彼の子供の治療費のためにね。どうやら、天の配剤と言うやつらしい」

 氷河は、かすかに目を見開き、それから大きく息を吐いた。

「……そうか」

「うん。それから、何度も売られて海底神殿のカノン様の元へ辿りついた。……本当に、それだけなんだよ。氷河」

 氷河の瞳が、一瞬歪んだ。

「……嘘をつくな!」

 彼は、叩きつけるように叫んだ。

「お前の憎しみが消えるものか。幾年を経たところで、お前が許せるものか。まして!」

「……何?」

「星矢たちから聞いただろう。この聖域の主は、誰なのか」

「聞いたよ」

 いつしか無表情になっていた凪が短く答える。

「……何もかも、解った。君たちの運命も、私の辿った汚れの道も、みんな」

 その口調に、氷河のうちで「ああ、やっぱり」と呟くものがあった。

 同時に、身を走る故のない恐怖。そう、凪はやはり。あのころの、凪のままだ―――

「……凪。聖域へ来るべきでは、なかったんだ」

 氷河は、緊張をたたえて言った。

「星矢たちが知る前に。聖域から、出ていってくれ。俺に……お前を殺させるな」

 吐き捨てるように言った氷河を、凪が見つめる。

「……それが君の答えか」

「そうだ。何も……壊したくないんだ。頼む」

 恐怖を押し隠して言葉を重ねる氷河に、凪が理解できないように首を振る。

「今の私に何が出来る?君たちは聖闘士で、私は何の力もない一般人だ」

「それでもだ!」

 氷河は、きつい口調で言った。

「俺はお前が恐ろしい。出ていってくれ。そうでなければ、いつか俺はお前を殺すことになる」

 身体を走る恐怖に突き動かされるようにして、氷河は言った。その感情には、確信に近いものがあった。

 凪に力がないのは知っている。

 自分たちを始めとした聖闘士みんなの、アテナに捧げる忠誠を信じてもいる。それでも、打ち消すことのできない何か。

 凪を。ここに置いておいては、いけない――――――

「恨みたければ、俺を恨めばいい。出ていけ」

 凪は、しばし氷河の思い詰めた顔を眺め、軽く頭をかいた。

「恨まないよ、別に。解った、出ていくよ」

「本当か」

「ああ。今の君の答えで、十分だ。星矢も紫龍も、多分瞬もそう言うだろう。なら、ここにいるわけにもいかない」

 そこで、凪は少し笑った。

「一輝については、聞くまでもないな。ぼくを恨んでるのは、多分あっちだろうし」

「……」

 氷河は、思わず目をそらした。

 何だって、こんな時に思いだすのだろう。今、一番考えたくないことだ。

「会ったら、君から伝えておいてくれ。殴らせてあげたいけど、今それをすると多分ぼくは死んでしまうから、と」

「……それはない」

「え?」

「一輝は知ってる。何でお前が、あの時ああしたのか」

 今度は、凪の動きが止まった。

「……沙織さんか?」

「そうだ」

 氷河は目を伏せながら低い声で言った。

「……すまなかった……俺は、何も知らずに」

「別に君に謝ってもらう筋合いじゃないよ。しかし、内緒にするって約束だったのに。君にまで喋ってくれたか」

 舌打ちする凪に、氷河はありったけの誠意を絞って言った。

「俺は。本当に、幸せだった。マーマを見つけることも、出来た。しかしそれにもまして、カミュに出会えたことは幾ら感謝しても足りないほどだ。それだけは、言っておきたい」

「……」

 凪の強い瞳が氷河を見る。その目は、今初めて、あの頃と同じ光をたたえていた。

 やはり変わっていない―――――と氷河は思った。

 そして、やはり彼女はここに居てはいけない人間なのだ、と言うことも――――――

「……お嬢さんが来る、という知らせが入ったら、到着の前に姿を消そう」

 踝を返して、凪は言った。

「星矢たちにも、カノン様にも内緒で。……多分、それが一番いいと君も思うだろう?」

「……すまない」

「君が謝る筋合いじゃないと言ったろう。……みんなが幸せでいるのなら、それでいいんだよ。氷河」

 愛しているよ――――――――

 かすかな呟きを残して宮の中へ戻っていく凪を、氷河はそれ以上なにを言うこともできずに見送った。

 ただ、自分の無力さが、恨めしかった。

 

 朝、教皇の間へ出仕した早々、サガは門番から届いた連絡に目を剥いた。

「何かあったのか、サガ」

 海底の件でちょうどそこにいたカノンが、兄の様子に声をかける。

「……アテナがいらした」

「……あ?」

「入り口にアテナがおられる。アンドロメダとご一緒にな。こうしてはおれん!出迎えに行くぞ」

「って……おい!俺も行く!」

 慌ててカノンは後を追った。

 2人して12宮の階段を下りながら、ついでに通り道の黄金聖闘士を片端から引きずり出す。

「なるほど、アテナの小宇宙だ……サガ、隠してたのか?」

「馬鹿をいえ。急に思い立って、連絡なしでおいでになったそうだ。全く、飛行機に乗るのなら供の者をつけたものを……おい、カミュと弟子も叩き起こせ。ミロ」

「もう起きている。アイザックもついでだ、来い。……瞬が一緒なんだろう?なら大丈夫じゃないか」

「しかし、従者が一人では心もとないだろう。何ものかに襲われたらどうするのだ」

「辰巳と言うあの男も一緒なのだろう。一応」

「計算に入るか、馬鹿者。忠誠心はあるかもしれんが、聖闘士相手に竹刀で戦いを挑むような男だぞ。盾になるくらいしか役に立ちはせん」

 失礼な言い合いをしながら、ガンガンと音を立てて下りていく。

 星矢、紫龍の青銅コンビも巻き込んで、黄金聖闘士のほぼ全員が白羊宮についた頃には、沙織も宮の入り口にやってきていた。

「お久しぶりです、皆さん。何も、全員で出迎えなくとも良いのですよ」

 幼い勝気な笑顔と、強く大きい包み込むような小宇宙。黄金聖闘士たちも、ホッとするような思いで笑みをこぼした。

「とんでもございません、アテナ」

 サガが、一同を代表して進み出る。

「一刻も早くアテナにお目にかかりたいのは誰も同じことです。ご連絡を下されば、歓迎の支度を整えていたのですが」

「そう大げさなことではありませんから。私が日本に居るために、サガには苦労をかけてしまっているようですし、たまには皆さんにお会いしたいと思って」

 沙織の言葉に、サガは恭しく膝をついて、女神の手を取った。

「勿体ないお言葉です。遠路、お疲れでしょう。教皇の間へ上がる前に、我が双児宮で一休みして行って下さいませんか」

「ええ、お言葉に甘えます。カノンも、構いませんか?」

「もちろんです」

 カノンが速攻で頷く。

「当然、我々も呼ばれて良いのだろうな?」

「そうだな。アテナはお疲れだろうし。ゆっくり座って頂いてから、ご挨拶を申し上げるべきであろう」

 一同が同意し、沙織の手を取ったサガを先頭に、わいわいと皆で階段を上がる。

 後ろには、護衛を黄金聖闘士たちに譲った瞬が、氷河や紫龍と再会の挨拶をかわしながら続いた。

「……あーあ。辰巳さん、必死だよ。沙織さんにへばりついてさ」

「よっぽど離れるのがヤなんだろうな。サガと張り合おうってのが無理だと思うけど」

「こう言っては気の毒だが、引き立て役になっていると言えなくもないな」

「……本当に気の毒だよ、紫龍……」

 瞬の突っ込みに星矢は笑ったが、氷河は気がかりそうに声を顰めた。

「……星矢」

「ん?」

「凪はどうした?」

「……あ」

 紫龍が小さく声を立て、瞬が振り返る。

「……星矢、この前電話で言ってたっけ。本当にいるの?」

「おう。……おい、心配そうな顔すんなよ、瞬。大丈夫だって」

「そう思うか?」

 紫龍もやや不安げな顔になる。しかし、星矢は自分に言い聞かせるような口調で繰り返した。

「大丈夫だって。アテナは沙織さんだってことは、もう知ってるみたいだしさ」

「しかし、沙織さんの方は驚くだろう。急に凪に会ったら」

「多分ね……ぼくも、何も言ってないし」

 て言うか、言えなかったよ、と瞬がばつの悪そうな顔で呟く。

「いきなり会わせない方がいいんじゃないかなあ……黄金聖闘士たちのこと、驚かせてもいけないし」

「かもな……凪、双児宮に居るんだっけ?紫龍」

「多分な。よし、俺が先に行って来よう」

「俺も行くよ。……サガ!」

 星矢は、走って先頭に出た。

「俺たち、先に行って一緒にお茶とか準備してるからさ!みんな、ゆっくり来いよ」

「そうか。解った、頼む」

 沙織に合わせてのんびり歩くサガは、特に怪しまずに頷いた。

 星矢と紫龍が階段を駆け上がっていくのを、氷河と瞬は不安げに見守った。

 

 宮に着いた頃には茶菓子の準備が整っているだろう、との予想に反して、黄金聖闘士たちがついたときも双児宮は静かだった。

「紫龍、どうした」

「いや……カノン、あいつはどこかに行っているのか」

「……ああ、そうだった」

 カノンが、今やっと思い出したようにポン、と手を叩く。

「買い物に行かせたんだった。すっかり忘れていたが」

「……早く言いたまえ、そういうことは」

 シャカが顔をしかめる。

「それでは、誰がアテナにお茶を入れて差し上げるのだね」

「私がやろう。……アテナ、どうぞお座りになってお待ち下さい」

 教皇代理自ら台所へ向かおうとするサガに、沙織は苦笑した。

「お構いなく、サガ。それより、今話に上がったのは、ポセイドンからカノンの元へ使わされたと言う召使いのことですか?私もぜひ会いたいと思うのですけど」

 途端にカノンの顔が引きつり、一同の間から忍び笑いが洩れる。

「……アテナ……ご存知で……」

「ええ。ポセイドンが、私にも手紙をくれたものですから。とても美味しいお茶を入れてくれるそうですね」

 沙織がニッコリと笑う。

「……それは確実です」

 カノンは、ヘドモドしながら言った。

「ええと、アテナ。その……」

「文句を言っているのではありませんよ。あなたもサガも忙しいことですし、家事をやってくれる人がいるのは良いことではありませんか。双児宮も、随分と綺麗になったようですし」

「……寛大なお言葉、痛み入ります。確かにあれの茶は疲れが取れますから、ぜひアテナにもご賞味いただきたく思いますが」

 ばつの悪い顔で頭を下げたカノンは、宮の外を見た。

「しかし、その茶を淹れる当人がまだ戻りませんな……そろそろ帰ってきてもいいころなのだが」

 その言葉に、星矢たちがこっそり顔を見合わせる。

「あー……俺、迎えに行ってこようか?途中で会ったら抱えてくれば、大分早いし」

 再び星矢が提案したとき。シャカのゆったりした声が遮った。

「その必要はあるまい」

「あ、本当だ!何だ、もう金牛宮まで来ているではないか。おーい、凪!」

 ミロの脳天気な声。

「アテナがお越しなのだぞ!急いで上がってきて茶を淹れろ!」

 金牛宮の出口から階段を半分上がったところで、その声を聞いて凪の足が止まった。

「……?どうした。早く来い」

 今度はカノンが呼ぶ。

「それは可哀相と言うものです。随分と荷物が重そうではありませんか。あんなに野菜を抱えていますよ」

「よし、持ってやるとしよう」

 ミロが階段を下りていく。

「ちょうどいいではないか。今日はアテナの歓迎の宴と行こう。アテナ、あれは料理もなかなか」

 振り返ったカノンの言葉が途切れた。

「……アテナ?」

 沙織の真っ青な顔と強張った表情。

 急に具合でも悪くなったのか、とカノンは手を伸ばしかけて、隣の辰巳まで土気色になって震えているのに気づいた。

「……アテナ。どうかなさいましたか」

「カノン……」

 アテナが、目を大きく見開いてカノンを見上げる。

「ポセイドンから送られた少女と言うのは……凪なのですか……?」

「は……」

 答えながら、カノンはようやく、凪もまた沙織の幼馴染みであることを思い出した。

「はい。アテナもお見知りおきの、凪でございます」

「……!」

 一度、ギュッと目を瞑った沙織が、辰巳の側を離れて皆の前へ出た。

 ついて動こうとする聖闘士たちを制して、凪に向かって階段を下りる。

 一方、ミロの横の凪は、野菜の籠を両手に抱えたまま、真直ぐに沙織を見据えて動かなかった。

「……?」

 どうしたのだ、とミロが尋ねる。何でもございません、と言いかけたとき、沙織が凪の前に立った。

「……凪。あなたは……生きて……」

 沙織の伸ばした手が凪の腕に触れようとしたとき、凪が激しくそれを払った。

 パン、という叩くような音に続いて、凪の手から落ちた籠からオレンジやトマトが転がる。

「……何をする!」

 ミロが血相を変えて怒鳴る。階段の上で見ている他の者も息を飲んだ。

 しかし凪は、沙織に負けないほど蒼い顔の中から、射殺そうとするような厳しい眼差しで沙織を睨んだまま立っていた。

 沙織が、払われた手を胸に当てて一歩後ずさる。

「……凪」

「さわるなよ。お偉い女神様」

 その声は、ぞっとするほどに冷ややかで、静かな激怒を秘めていた。沙織がびくりと身を縮める。

「……凪。私は、ずっとあなたに」

「黙れ」

 強い口調で、凪が遮る。

 黄金聖闘士たちは初めて訊く、乱暴な口。しかし星矢たちにとっては、もう遠い昔の記憶の中に強い光を放っている、あの声。

「……凪!アテナに何と言う無礼な口を聞くのだ!」

 叱責の言葉を投げたカノンにも、凪は答えなかった。カノンは、驚きで絶句した。

 自分と巡りあってから、一度たりとも。彼の召使いが主の言葉を無視したことなど、なかった。彼の立場を超えてどこまでも慕ってきてくれた、嘆きの深さまでも知り尽くしていたはずの少女が、今はまるで知らない人間のように見えた。

 ただ凪は、沙織を睨みつけたまま、低い声で笑った。

「……この状況で、あんた、何を言いたい?昔と同じ、あなたの命令一つで私は首を折られる。何を、聞かせてくれる?」

「……やめて」

 沙織は、必死で首を振った。

「私は……あなたに謝りたかったのです。それができないまま、あなたが死んでしまったと思って、どんなに」

「私の知ったことではない!」

 凪は跳ね返すように言い放った。

「あなたの気持ち云々を大人しく聞いてやるつもりもない!なら、あなたに私の気持ちが解るとでも抜かすのか!」

 ガッ、と胸倉を掴んだ手を、すぐに誰かが抑えつけて離させた。

「凪、止せ」

「氷河、紫龍」

 何時の間にか、側に立って両腕を押さえつけている幼馴染みの2人に、凪が踏みとどまる。沙織の横にも、星矢と瞬がいた。

「お嬢さん、拙いって!」

「でも……!」

「後で言っとくからさ、とにかく今は」

 逡巡する沙織を宥めた星矢が、凪の目に気づいてばつが悪そうに目を伏せる。

 凪は、ぐっと唇をかんだ。

「……満足だろう、女神様。今の私は、あなたに手を上げることすら許されない」

「凪、私は」

「腹が立ったら、そこの誰かに命じたらいい。目障りな首を飛ばせ、と言えば、あなたの聖闘士は誰でも喜んで私を殺すだろう」

「やめなさい!」

 沙織が激しく首を振る。

 星矢と瞬がそっと沙織の手を引き、上がって行きかけた沙織が振り返った。

「……あなたは。私を恨んでいるのですね。今もまだ」

「!」

 凪の瞳が燃えた。

「恨んでる、だと!?7年たって何か変わったことでもあるってのか、この野郎!!」

 紫龍が慌てて抑えにかかる。

「よせ。お前が騒げば、サガとカノンが困るんだぞ」

「……っ」

 ギリギリと歯噛みをした凪が、絶叫した。

「女神アテナ!!この身体を流れる憎しみと怒りがあんたに解るか!!あんたが忘れても、私は絶対に忘れない!!」

「……やめろ」

 氷河が肌に食い込むほど強く凪の腕を掴み、しかし凪が構わずに叫び続ける。

「覚えておけ、アテナ!私を殺さない限り、この怒りに終りはない!!」

「……っ」

 ふらり、と沙織の身体がくずおれた。

「沙織さん!」

 星矢が慌てて支える。アテナ、と叫んで駆け寄る黄金聖闘士たち。

「……貧血のようです。宮の中へ運んで、寝かせて下さい」

 急いで宮へ入るものたちの中から、ムウとデスマスクがちらりと振り返った。

 紫龍と氷河が、凪の腕を取り押さえたまま小さく首を振る。

「凪のことは、俺たちに任せてくれ。頼む」

 黄金の2人は、無言で向き直って仲間に続いた。

 残された紫龍は、凪の肩を掴んで重いため息をついた。

「……馬鹿な真似を……もう、聖域には居られんぞ」

「……解ってる」

 凪が低い声で答える。

「出ていく……つもりだったんだ。あの女が来る前に」

「……間が悪かったのだ。連絡なしで沙織さんが来るとはな」

 氷河が舌打ちをする。紫龍が怪訝そうな目を向けたが、凪はただ小さく、「氷河」と呟いた。

「君の言う通りになりそうだ。いつか、君はぼくを殺すのかもな」

「……そうなって欲しくない。今なら間に合う。出ていってくれ」

「ああ」

 凪は、ゆっくり二人の手を離れて歩き出した。

「……すまない……」

 掠れた声で残された囁きに、氷河は泣きたくなった。隣の紫龍が、やるせない目で凪の後姿を見やる。

「……聖闘士の俺たちも、沙織さんを認めるには長い葛藤が必要だった。まして凪は、家族を失っているのだ……許せないのも、解る気はするが」

「……」

 そうではないのだ、と言いかけて、すぐに氷河は口を閉じた。

 言わずにいる真実が、胸に圧し掛かるように重い。

 いっそ、何も知らせぬままに死んでいてくれたのならば、と思ってしまう自分に感じるやり場のない怒り。

 なぜ、こうならなければならなかったのだろう―――――

 答えの出ない問いを繰り返しつつ、氷河はゆっくり踝を返し、紫龍と共に双児宮に向かって歩き始めた。

 

 

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