「日の光さえも射さない、その国で」

(5)

 

 

 ジェンシャーがノヴァを通じて告げてきた、アルキード大公訪問の日。

 パプニカの王宮は、誰も彼も騒然としていた。

「……大魔道士様が戻ってこられると……」

「本当か?何でも、魔界で王になっていたとか」

「大戦の頃より、あの異常な魔力といいモンスターどもをやけに庇うことといい、人でないような印象を受けていたが……」

 囁きの交わされる王宮の奥の間で、レオナは三賢者と共に座して動かなかった。

 横には、衿を詰めた武闘家の衣装をまとった同じ年頃の女が、落ち着かない様子で立っている。

「……レオナ。本当に、来るのかしら……私たちの知ってる、あのポップなのかしら?」

「判らないわ。……使いの騎士に聞いたところじゃ、だいぶポップ君とはイメージが違うけどね」

 レオナは、強いて笑って見せた。横の女の腕には、ロモスの紋章がある。

 武闘家マァム。

 ダイやポップ、魔剣戦士ヒュンケルと同じく勇者アバンの直弟子で、バーンとの大戦にはポップの次にパーティーに加わったメンバーだ。

 20数年前に、初めてアバンが一人目の魔王ハドラーと戦った折のパーティーの僧侶レイラと戦士ロカの間に生まれた一人娘でもあり、いわば二つの大戦をつなぐ運命の子でもある。

 強く優しく、お転婆ながら芯は暖かい彼女は、“慈愛”の象徴とされていた。

 大戦の後は、レオナの勧めに従ってロモスの実家に戻り、ロモスの将軍職を受けながらも故郷の村で暮らしていた。

 その彼女は、今回、ポップの消息を知らされて、急いで飛んできた。

 さらに、一行の中の占い師であった少女メルルもテランの神殿より呼ばれてきている。

 もちろんノヴァもいるし、ベンガーナのアキーム将軍まで呼ばれている。

 できる限り、ポップにとって懐かしい顔を揃えたのだ。

 ただ、ヒュンケルやクロコダインといった、かつて魔王軍に身を置いていたことのあるものは避けた。

 そう言った、いわば脛に傷持つ連中と魔界の住人となったポップがあまり親しげにするのは、周りの目が気になるからだ。

 レオナの未来の伴侶にと目される勇者ダイと部下のラーハルトも、この場にはいない。

 出張中で連絡が取れなかった、という言い訳を用意して、状況すら知らせてはいなかった。

 理由は一つ。

 彼女自身は認めるのも嫌だったが、現実から目は逸らせない。

 万一、険悪なことになったときに、ダイがどちらにつくか。判断が、つきかねたからだ。

 もちろん、ダイは人間の味方であり、相手が大魔道士でさえなければ絶対の確信を持って大丈夫だと断言できるが―――――――ポップだけは、危険だ。

 単なる意見の食い違いならまだしも、ポップの命が危険にさらされたら、ダイは世界より親友を選びかねない。

 もちろんレオナがそこまで追い詰めなければいいのだが、ポップもあれで頭の回転の速いことではレオナに引けを取らない。

 まさか、と思うが、全てを読んだ上で自ら命を駆け引きに使うくらいのことは思いつく頭を持った相手だ。

 それが怖くて自分は逃げたのだ、という声が胸の隅で聞こえたが、やむを得ない。

 意地のために国を賭けるわけには行かないのだ。

「……夕刻には着く、とのことだったわ。そろそろかしら」

「ポップ……」

 マァムが呟いたとき。ノヴァが「え……?」と声をあげた。

 みなの視線が集まる。ノヴァの目は、窓の外の空を見上げていた。

「……」

 青空の下を、何かが飛んでいる。

 近づいてくるに連れて形の判ってくるそれは、ドラゴンだった。

 5、6頭のドラゴンが、列をなして宙を翔けてくる。背には、一人ずつの人影を乗せている。

「……」

 自分たちの姿を見せつけるように大きくパプニカの上空を旋回して、ドラゴンに乗ったものたちは王宮へやってきた。

 下の庭園では、みなが見上げてわあわあと声を上げている。

「姫様……いえ、女王陛下」

「……ええ」

 レオナは立ち上がって歩き出した。マァムやノヴァ、三賢者も後に従う。

 王宮の門で、レオナは足をとめた。

 目の前に、次々と舞い降りるドラゴン。高位魔族特有の青い肌をした騎手たちが、慣れた身のこなしで竜の背から飛び降りる。

 ……その先頭に、一人だけ。やや小柄なドラゴンから下りた黒衣の魔道士は、人と同じ肌の色をしていた。

 5歳のときからつけていたトレードマークなのだ、という黄色のバンダナが、黒い髪の間から伸びて風にそよぐ。

「……ポップ君」

 レオナは、ほんの少し口を動かした。

 背後に四人ばかりの魔族を従えて、青年は真っ直ぐに顔を上げて立ち、そしてにやりと笑った。

「よっ、姫さん!久しぶり」

「……!」

 レオナの少し後ろで、マァムはこみ上げる熱いものを抑えた。

「ポップ……」

 会議でもめた挙句に、居場所をなくして地上からいなくなってしまった、と聞かされた7年前。

 お前が好きだ、と大戦の戦火の中で告げられた言葉に返事もしないうちに行ってしまった、一つ下の少年。

 好きだと言われるまでは、弟のように思っていた。

 長くて短い戦いの日々を、守ったり守られたり、助けたり助けられたりしながら、一緒に歩んできた。かけがえのない、仲間。

「ポップ」

 彼女は、何歩か足を踏み出した。

 青年の目が、マァムに視線を移す。

「おっ!マァムもいるじゃねえか。ロモスの紋章……ってことは、お前、将軍か?そりゃすげえや。さすが武闘家娘」

「……!」

 マァムは、思わずダッシュをかけていた。

「ポップ!あなたねえ……何やってたのよ、勝手にいなくなったりして!!」

 7年前によくどやしつけていたのと同じ調子で、自然に手が上がっていた。

 しかし、バシッと言う音は、マァムの平手ではなかった。

「……」

 マァムは、一瞬何が起こったか判らずに、動きを止めた。

 ポップの後ろにいた、魔族の女性だ。

 騎士姿をしたその女が、マァムの手を跳ね除けたのだ。

「下がりなさい。大公殿下に無礼を働くのであれば、私がお相手を致しますよ」

 冷たい目をして剣に片手をかけた女を、慌ててポップが引っ張る。

「おいノエル。大げさにすんな。昔っからこーだったから、つい手が出たんだろうよ」

「昔は昔ですよ、大公殿下」

 今度は、やはり魔道士姿の青年から声が割って入った。

「今の騎士団副長の判断は、間違ってはいないと存じます。そちらのご婦人はロモスの将軍と仰せられた。仮にも一国の将軍が他国の貴族に容易く手を上げるは無礼でしょう。無論、それが地上の礼儀ゆえ習え、と大公が仰せられるのならば、我々に否やはございませんが。返って地上の方々がお困りではないですかね?魔族の騎士は大抵の人間より遥かに力が強いですから」

「……判った、判った。俺が悪かった、ラムレス。気ィつけるから、お前らもいちいち騒ぐなよ」

 うるさそうに手を振ったポップは、まだ動けないマァムに向かって肩をすくめて見せた。

「悪いな。何しろ、俺がアルキードから出て遠出するなんざ、そうあるこっちゃねえからよ。うちの連中、ちっとピリピリしてんだ。地上に来るの自体、初めての奴が多いしな。だからビンタはもう勘弁な」

「……え、ええ……」

「で、姫さん」

 ポップはレオナのほうに向き直った。

「この連中は、俺の部下だ。さすがに一人でって訳にも行かなくてな」

「当たり前でございましょう」

 ぎろ、と魔道士姿の青年がポップを睨み、ポップが「やれやれ」と呟く。

 青年は、レオナたちに向かって軽く頭を下げた。

「女王レオナ、並びにパプニカの方々にご挨拶を申し上げます。魔界はアルキード公国の魔道軍副指令にして、偉大なる大魔道士マスター・ポップの弟子の一人。名はラムレスにございます、お見知りおきを」

 続いて、先ほどの女騎士が進み出る。

「アルキードにあって大公の御身と領土とをお守りする騎士団の副団長、騎士ノエルと申します。大公の、古き知己なる方々にお会いできて光栄です」

 ラムレスの後ろに立っていた、もう一人の女魔道士も自分の番を受ける。

「アルキード魔道軍に席を置く魔道士の一人、ラムレス副指令の配下。レサラ」

「騎士ジェンシャー。女王陛下と三賢者の方々、それにリンガイアのノヴァ殿とは既にお会いしているが、ロモスの将軍には初めてお目にかかる」

 と、4人の挨拶が終わるのを待って、ポップが自分の乗ってきたドラゴンを手招きで呼び寄せた。

「で、あと一人。こいつが俺の相棒だ。リュウっつーんだけどよ」

 とてとてとて、とやってきたドラゴンは、

「シャギャ」

と一声鳴いて、まるで人間のように頭を下げて見せた。差し出された前足を、ノヴァが恐る恐る握る。

「しばらく世話になるぜ、姫さん」

 ゆったりと笑ったポップの顔は、昔のようでいて、どこか違った深みを見せていた。

「女王と呼んで頂戴、アルキード大公」

 レオナが返す。

「ようこそいらして下さいました。このたびの訪問を歓迎します。さあ、中へ」

「ああ、そうさせてもらうぜ。パプニカのレオナ女王」

 ポップは「行くぞ」と部下たちに一言告げた。

 魔族の騎士たちと魔道士たちが、それに従う。

 リュウと呼ばれたドラゴンもついていこうとしたのを、慌ててアポロがとがめた。

「あ……ドラゴンは、外に繋いでおいてもらおうかと」

「シャギャ?」

 振り向いて引き返そうとしたリュウに、ポップが声をかけた。

「そいつも人数のうちだぜ、アポロさんよ」

「しかし、ドラゴンなどが王宮に入っては」

 アポロの言葉に、リュウが意味を理解したように頷いて、他のドラゴンたちの方を指し、一緒に待ってるよ、というような仕草をする。

 しかしポップは、無表情な目で見返しただけだった。

「ほお。いきなりそれかよ。案の定だな、ここは」

「ポッ……」

「あのな、アポロさん。人間の格好はしてねえが、そいつは俺の連れだ。他のドラゴンは外でもいいが、リュウが入れねえんなら俺は帰るぜ。とても交渉なんざできないからよ。アルキードは、国民の半分が人間の形してねえ国だぜ。今回、わざわざ人間に近そーに見える奴ばっかで来たのは、一応でも気を使ってやったんだ」

「……しかし」

「言っとくが。その場合は、この先魔界がらみで何かあっても、二度と連絡して来ないでくれよ。俺たちも、二度と地上に話しにきたりしねえだろうからな」

「何か、と言うと」

「さあ?ま、こっちとしちゃ、ヴェルザーが地上に手ェ出してる間はアルキードも平和でいいだろうってとこだけどな。そんときゃ、またダイの尻叩いてやらせんのか?」

 緊張感が流れたのを、レオナの声が破った。

「……いいわ、ポップ君。そのドラゴンも一緒に。その代わり、絶対に城の人間に危害を加えさせないって約束して頂戴」

「大丈夫だ。俺に何かあったんでもない限り、こいつは何もしねえよ」

「シャギャ」

 リュウが頷く。

 ポップ以下、魔族の騎士2人、魔道士が2人。

 そしてドラゴンを加えた一行は、厳かにパプニカ城へ入城した。

 

 見覚えのある城の中を、リュウを横に従えて、ポップはゆっくりと歩いた。

 アルキードのキャッスルより遥かに瀟洒な装飾を施された廊下や、窓からのぞく整えられた庭園。

 何もかもが、7年前に見ているもののはずなのに。アルキードに慣れきった彼の目には、こそこそと視線を注ぐ人々の肌の色が一様に同じであることすら、違和感があった。

 王宮にいるもの全てが人間だ、と悟って、腹立たしさがこみ上げる。

 魔族も獣人族も、一人もいない。

 戦時中に王宮を守って戦ったクロコダインやチウは、デルムリン島へ行ったきり戻らなかったのだと判る。

「シャギャ」

 小さな声でリュウが呟くように鳴く。

 ポップの空気を感じ取ったのだろうと察して、呟きを返してやる。

「……何でもねえよ。気にすんな」

 ちらりと後ろに視線を投げると、澄ました顔のノエルの後ろで、既に一度来ているジェンシャーが真っ直ぐ前に視線を据えている。

 ラムレスとレサラは、魔道の探求者らしく、抑えつつも目に好奇心が見て取れる。

 その顔を見て、すーっと心が冷えていくのが判った。

“……今さら。未練なんざ、アホくさい。何期待するってんだ、俺がここに?”

 彼の国は、アルキードだ。

 地上を追われて魔界に赴き、命がけで7年を戦い抜いて、彼はここに立っている。

 魔界の女を妻にして、魔族の仲間や部下に囲まれて、ベンガーナの田舎に住む父母ですらもはや別世界の人間でしかない。

 パプニカについては、何をかいわんやだ。

 彼はただ、己の目的のためにのみ、再びここを訪れたのだ。

 レオナとパプニカを、どのように傷つけようとも。

『ほいじゃ、行ってくるぜ。あと頼むわ、アレスティン』

 出掛けに声をかけたときの、総司令官アレスティンの姿が甦る。

『かしこまりました、マスター・ポップ。くれぐれも自重下さいませ。遊びに行くのではないのですから、ご用件がお済みになったらとっとと帰って来て頂きたいものですね』

『へいへい、大人しく留守番してろ。何だったら、クーデターしてもいいぞ?俺がいない間はお前が責任者だからな。魔道士団も騎士団も』

 冗談のつもりで言った台詞に、一瞬だがアレスティンの瞳に本気のむかつきが走ったのを、ポップはしっかり見て取っていた。

『寝言なら寝てからどうぞ、マスター。言っておきますが、万一トンズラなどなさったら、アルキード全軍が地上を焼け野原にしてでもマスターを追いかけて捕まえさせて頂きます。そのへん、しっかりと弁えた上で、慎重な判断をお願いしたいものですね』

『お任せ下さい、アレスティン司令。俺が付きっ切りで見張ってます』

 誰が逃がすか、と勢い込んで力強く頷いたラムレスに、うへ、と呟いて見せながらも、ポップは自然な苦笑を浮かべていた。

“バーカ。俺に行くところなんかあるかよ、アルキードの他によ?”

 妻がいて友のいる場所を故郷と呼ぶのなら。彼の故郷は、紛れもなくアルキードだ。

 そう思うと、地上へ出て太陽を見たときに僅かながら揺らぎかけた心が、どっしりと根を張るのが判った。

 ポップは、笑みを浮かべ、改めて城の中を眺めながら、案内されるに任せて歩き続けた。

 

 

061117 up

 

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