「日の光さえも射さない、その国で」

(4)

 

 エイミと共にベンガーナのランカークスへ戻ったノヴァは、家の中から今も話し声が聞こえることに眉を寄せた。

 一つは師の声で、もう一つは、間違いなくあのジェンシャーだ。

「先生。失礼します」

 ガチャ、とドアをあけると、案の定、騎士姿のジェンシャーがいる。

 その前で、座ったロン・ベルクは偉く難しい顔だ。

「ああ、戻ってきたか、ノヴァ殿。……後ろのケバいご婦人は?ロンの愛人か」

 ぴき、とエイミの額に青筋が立ち、ノヴァは慌ててフォローに入った。

「パプニカの三賢者の一人、エイミさんです。その、先生に御用があるとかで」

「おや」

 ノヴァの言葉に、ジェンシャーの表情が少し変わった。

「向こうから来てくれたか。……失礼した、賢者エイミ。パプニカのお方か」

「……ええ。あなたは?魔界からいらしたジェンシャーさんという騎士の方でよろしいのかしら。ロン・ベルク様のお友達の」

「ああ。ロンが腕をやられたと聞いて、アルキード特製の薬を届けに来ていたんだがな。魔界へ戻って地上へ出た理由を大公殿下に報告したら、もう一度行って来いとの命を受けた。今度は、パプニカかカールの女王陛下にお会いして来いと」

「え?」

 ノヴァとエイミは目を見張った。

「……何のために、かしら?」

「アルキードの使者として。不可侵条約を結ぶための」

「……!」

 エイミは絶句した。まさにレオナが考えていた通りのことを、先手で向こうから言われたのだ。

「パプニカのレオナ女王かカールのフローラ女王が了解したら、他の国にも話を通して頂ける。それ故、お二方のどちらかにお会いしろと言われた。ロンの弟子はリンガイアの将軍の子息だから取り次いでくれるだろう、とも」

「……随分と詳しいな、ジェン」

 ロン・ベルクが友人を遮った。

「その魔界の大公とやらが、何で俺の弟子の素性まで知ってやがる?地上の国名や王族は調べれば判るとしても、だ」

「さあ。それは俺の知るところじゃない」

 ジェンシャーがあっさり投げる。

「大公殿下は深い叡智と広い知識をお持ちの方だからな。ただ、アルキード以前には地上にいたと聞いたことがあるから、大方その時にでもお知りになられたのだろう」

「……地上に?」

 ロン・ベルクの眉が、ぴくりと動いた。しばしの沈黙の末に、彼は重ねた。

「ジェン。お前の仕える魔界の大公の、名は何と言う」

 ジェンシャーが少し眉をしかめる。

「軽々しく呼ぶのは恐れ多いが。魔道士団の連中は、マスター・ポップとお呼びしているな」

 その名を大事そうに舌に載せて、魔界の騎士はそう言った。

 

 それから数時間後。

 レオナは、目の前に立った魔族の青年を眺めていた。

 彼を伴って戻ったノヴァとエイミも、横に控えている。

 レオナの傍らにいるアポロとマリンの表情は、緊張を浮かべていた。

「―――――初にお目にかかる。地上にある人間の国、パプニカの女王レオナよ」

 肌は高位魔族特有の青色で、それが鮮やかな緋色の衣装に映えている。

 見事な騎士姿の青年は、りんとした声で言った。

「魔界、アルキード公国の騎士団の一人、ジェンシャー。主たる大公殿下の命により、使者として参上した」

「……ようこそ、ジェンシャー」

 レオナは、挨拶を返した。

「まずは、伺います。あなたを遣わしたという魔界の大公の名は、ポップと言うの?」

「いかにも。偉大なる魔界の大公にして、神を超えたる魔法力を持つ大魔道士であられる」

「……!」

 その場に、軽い衝撃が走る。ノヴァとエイミから聞いてはいたが、やはりか。

「……では、人間なの?魔界の大公と言うのは」

「さあ」

 ジェンシャーは、静かに答えた。

「アルキードは種族を問わぬ国、国民は能力のみで判断されるので、何とも。大公殿下は確かに人間と同じ肌の色をしておられるが、個人的には、あの方の魔法力は人間とは思い難いような気も」

「……そうですか」

 レオナは軽く目を瞑った。

“……ポップ君……生きてたの……”

 強大な魔法力で統治された、種族を問わぬ国。

 あの哀しい目をした魔法使いに、これ以上ふさわしい国があるだろうか。

 国をアルキードと名づけたことも、納得がいく。二十年程前に地上から消え去った同名の国は、勇者ダイの母の祖国だった。

 ダイの母であった王女ソアラは人外の存在である竜の騎士を愛したために惨殺され、残された竜の騎士バランは怒りと悲しみに狂ってアルキードを地上から消滅させたのだと言う。

 バランからそれを語られたポップは、種の違いを超えんとの祈りと、親友の両親である悲劇のカップルへの鎮魂を込めて国名を定めたのだろう。

 今のアルキードは、バランとソアラの二人がもしいたら、種の垣根を越えて幸せに暮らせるであろう国なのだと―――――――

「……それで?彼は地上に対して、何を望むと言うのかしら」

「ヴェルザーに対して望んだのと同じものを。互いに境を侵さない、という確約だ」

「不可侵条約ということね。それではあなたの国は、地上に野心はないというの?この地上に攻め込んでくることは、決してないと言い切れるの」

「大公殿下は地上をお望みではないと仰せられている。神々は人間に地上を与え、魔族と竜族に魔界を与えた。それゆえに、魔族は地上で人間と争っても勝つことはない。無駄なことに力を費やすよりも、魔界に生きる幸福を思うのが得策である。それが、アルキード建国の理念だと」

「……!!」

 一瞬、レオナは思考がついてゆかなくなって黙った。

 モンスターに情を寄せて地上を追われた人間から語られたその言葉を、彼女たちはどう取ればいいのだろうか?

 本心か、それとも空ろな建前か。

 沈黙の中、ジェンシャーはじっとレオナの顔を見て、一呼吸置いていった。

「……大公殿下は、こうも仰せられた。恐らくレオナ女王は、簡単には信じないだろう。その時は、アルキードの意思を見せるため、大公殿下が自らパプニカに伺いたいと思っている、と伝えよと」

「!」

 レオナは軽く目を見開いた。

「ポップ君が、地上に来ると言うこと?」

 頷いたジェンシャーの瞳が、幾らか不快そうな色を浮かべる。

「……失礼だが、女王陛下」

 彼は、厳しい響きを伴った声で言った。

「かつて地上で大公殿下とあなたの間に何があったか、我々は知らない。しかしハッキリ言えるのは、それは昔の話だということだ。あえて名をお呼びするが、今のポップ様は、魔界のアルキード公国を統べる大公殿下であられるのだ。一国の支配者が、和平のために貴国を訪問したいと申し上げている。承知か不承知か、返答を頂きたい」

 長い沈黙が降りた。

「……判ったわ」

 低い声で言ったレオナに、アポロたちが目を見張る。しかしレオナは、反論を許さない口調で続けた。

「アルキードの大公にお伝えなさい。パプニカの王宮は、地上と魔界との和平条約のために客人をお迎えする用意をすると」

「承知した」

 ジェンシャーが深く一礼する。それを見据えたレオナの表情は、仮面をかぶったように硬く青ざめていた。

 

 キャッスルの最上階、大公の私室でポップはベッドに寝転んでいた。

 傍らには、いつも通りリュウが腰掛けている。

「ポップ。地上へ行くの?」

「ああ。……姫さんが、来ていいって言ったそーだからな」

 物憂げなポップの目が、窓の外を見やる。

 人外の住民たちの暮らすアルキードの国。

 今、この国で、純粋の人間として生を受けたものはポップ一人だろう。

「……誰を連れて行くの?一人は駄目だよ、さすがに」

「当たり前だ。そーだな、魔道士団からはラムレスとレサラ。騎士団は、ノエルとジェンシャーを連れてくか」

「そう」

「それと、お前。そいで6人か、ちょうどいいだろ」

 リュウが一瞬、動きを止める。

「……ぼくもかい?」

「何だよ。二週間もお前と離れてろってか?寂しくて死んじまうぞ、俺」

「だって……でも、アルキードの守りは?」

「そのためにアレスティンは置いてくんだ。何かあったら連絡入れさせるし、すぐに戻れるように魔法陣つきのアイテムを持って歩けばいい」

 そう言って、ポップは寝転んだままで手を伸ばして、リュウの頬に触れた。

「お前だって。地上が見たいだろ?……ずっと会いたかった奴がいるんだからよ。憧れ続けた、懐かしい奴も」

「……」

 リュウの瞳が瞬く。

「ポップ……ぼくは、君がいればいいよ。これ以上は、夢も叶わないと思ってる。君といれば、それでいいんだ」

「なら、ついて来いよ。俺と一緒に」

 そう重ねると、リュウも抗わなかった。

「うん。……君の側に、いる」

 俯いたリュウの頭を、ポップは抱き寄せた。

「……よその家じゃ、さすがにヤりづらいからな。今夜のうちに、しっかり満足しとくぜ」

「ん……」

 リュウが微かに声をあげる。

 月も星もない漆黒の魔界の夜を、激しい甘やかな空気が包んでいった。

 

 

061027 up

 

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