「日の光さえも射さない、その国で」

(10)

 

 

 城内、サミット会場の辺りで騒がしい物音や叫び声が上がり始めたとき。

 ヒュンケルは、自室で書物を開いていた。

「うわあああっ!?」

「おい、何があったんだ!大魔道士様か、あれは!?」

 城の衛兵が走る音、女たちの悲鳴。

 そして何より、立ち上っている凄まじい闘気が、悪寒に似た感覚となってヒュンケルの背筋を刺激した。

「……!?」

 本を置いて立ったヒュンケルは、廊下に飛び出して目を見張った。

 広間に隣接した中庭。その上空に、ポップが浮いていた。

 ドラゴンに跨らず身ひとつで、悠々と空に立つ黒衣の魔道士の前には、ポップの連れで騎士団の副長と名乗った魔族の女が、これもぽっかりと宙に浮かんで居る。

 抜き身の剣を持った部下を前に、ポップが薄笑いを浮かべているのが遠目にも解った。

 シャギャ、とドラゴンが雷鳴のように嘶く。

 廊下の手すりに手をついて身を乗り出し、呆然と見つめるヒュンケルの目の前で。

 魔力で生み出された凍気と炎が浮かび、もつれ合い絡み合い、すぐに一体となって弾けた。

“―――――――ポップ”

 思わずヒュンケルが胸の内で呟いた名に、応えるように。

 紫の視線の先で、ポップはからからと、天を突くように哄笑した。

 

「……それでは。七国の賛同のもとに、地上の全ての国がアルキードと相互の不可侵を確約するということで、よろしいですね?」

 レオナが念を押す声が広間に響き、王たちがそれぞれに微かな肯定の動作を見せる。

 七国全ての王が自らの意を表すのを待って、ポップも、ゆったりとした動きで軽く頷いた。

「では、この後は、結ばれる条約の詳細な点を個別に決めていきましょう」

 フローラが、自然に後を受けて続ける。

“……予想通りですね、ここまでは”

 アバンは、そっと声に出さずに呟いた。

 ポップが現れた時の衝撃の一幕の後、ここまでは、不自然なほど平穏に時間が過ぎていた。

 初めから、あくまでも不可侵条約の締結を前提に、サミットは進んだからだ。

 議題は最初から、アルキード側がどんな条件を望んでいるか、を尋ねることに終始しており、まるでポップへの質問会さながらだった。

 ポップの方でも予想していたと見えて、笑ったり冗談を飛ばしたりしながら、自分が欲しいのは単に地上が魔界へ攻め込んでこないとの確約だ、とハッキリ告げた。地上の王たちは、重々しくそれに頷いた。

 頭からアルキードとの交渉を拒否する国王も、不信や敵意をあからさまにする者も、1人も居なかった。

“……まあ、それはそうでしょうね”

 ポップの後ろに立ったままでじっと人間たちに視線を注いでいる青い肌の騎士や魔道士を一瞥して、アバンは、無言でやや皮肉な笑みを浮かべた。

 7年前。大戦後のポップは、ダイを探す旅の道すがら、全ての国々で嫌と言うほど魔法を披露してきたのだ。

 大戦中にはポップの魔法を目にする機会のなかったオーザムやリンガイアの国王も、その時にはたっぷり見聞きしている。

 失踪の直前ごろには、勇者ダイを育んだ聖なる地、デルムリン島さえも攻撃対象に上げようという提案が出たパプニカ宮殿の会議の席で、

『俺を死体にして踏んづけてける奴が居るってんなら、やってみやがれ』

と言い放ってメドローアをぶっ放した話さえ残っている。

 もちろん本気で狙いをつけたりはしなかったが、天に向けて放たれたその一撃で、その時に雷雨を降らせていた雲が全て吹き飛び一気に晴れ上がった、と言う伝説が囁かれているくらいだ。

 侵略を受ければともかく、好き好んで、大魔王と直に渡り合ったことのある大魔道士が率いる魔界の軍勢などと剣を交えたい国は無い――――それは、初めから解っていたことだった。

 詳細な事項の検討を進め、地上の王国同士の紛争にはアルキードは不介入であること、地上のどの一国にも特別には肩入れしないこと、などの皆が予想していた部分が概ね片付いた辺りで、時刻は正午を迎えていた。

 レオナの指示で昼食が運ばれたとき、ポップが、すっと立ち上がった。

「シャギャ?」

 尋ねるように鳴いたドラゴンの頭に手を置いて、ポップはレオナの方を向いた。

「あーあ、肩こっちまった。なあ姫さん、ちょっと庭借りていいか?」

「用件によるわよ。何をするの?」

「おう。うちの連中、こっち来てから全く訓練してねえし、大分なまってんじゃねえかと思ってよ。昼飯前にちょっと運動させてやる。有難く思えよ騎士団副長ならびに魔道士団副長」

 にやり、と笑みを向けられて、後ろの魔族たちの中で、ノエルと言う女騎士が真っ先に、げえ、と言う顔になる。

「……戦闘訓練という意味でございましょうか、大公殿下?」

「おう。あ、俺とリュウは見物な。いいか、姫さん?」

 レオナは少し迷って、

「いいわ」

と言った。

 連れが皆ハドラーやキルバーン級の実力を持っている、と言うのはポップの言だが、丸ごと信じたわけではない。今日、バウスン将軍やアバンの目の前で魔族の戦士たちの力量と訓練の様子を見せてもらえると言うのなら、その機会は掴んでおきたかった。

 ロモス王の従者にはマァムも加わっているし、リンガイア王の後ろにはノヴァもいる。ベンガーナ王は、アキーム将軍を同伴している。彼らの実力を測る審査員としては、十分な顔ぶれだ。

「言っときますけどね、焼け野原にされたりしたら困るわよ」

「了解。だそーだ、お前ら。十分に注意しろよ。庭がメチャクチャんなって姫さんにシメられんのはこの俺だ」

「……いっそ、それを狙いたいくらいですけどね……」

 ぶつぶつ言うノエルとムスッとしたラムレスを先頭に庭へ出た4人の魔族に続いて、ポップもドラゴンを従えて外へ出る。

「よーし。そうだな、ラムとノエルで一組、レサラとジェンで一チーム。ただし、副長コンビはハンデつきな」

「……」

 ため息混じりに女騎士とガミガミ屋の魔道士が進み出て、残りの2人と向き合う。ポップは、傍らにリュウと言うドラゴンを連れたまま、手を叩いた。

「よし。3・2・1、GO!!」

 ポップの号令と共に、ジェンシャーと呼ばれた騎士が跳んだ。

「はっ!!」

 剣を構えて斬りかかったのを、ノエルの剣が難なく防ぐ。その背後に回り、レサラと言う女魔道士がヒャダインを放った。ラムレスがすかさずフバーハ、続いてベタンを唱える。

「!!」

 地面に押し付けられかけたレサラを、ジェンシャーが風のようにさらって翔けた。呪文の有効範囲を出て下ろす間もなく、ノエルの剣が襲った。

 息詰まるような攻防を、ポップは薄い笑みを浮かべて見ていた。

 アバンは、室内で人々の中から見物していて、思わず嘆息した。

 武芸百般を自認し、数え切れないほどの激戦を経てきた彼には、騎士たちの力量も魔道士たちの能力もはっきり見て取れたのだ。

“……これは、また……何とも、見事な”

 強い。身のこなしや剣撃の鮮やかさ、呪文を織り上げるスピードからさえ、一人残らず一流の戦士であることがひしひしと感じられる。

 ちらりと横へ視線を投げると、ノヴァやマァムを初めとした王の供の戦士たちが、誰も皆すっかり引き込まれた表情で見入っているのが解った。

“……最も。チーム分けがこれでは、勝負はすぐ着きそうですけどね”

 アバンは、あくまで冷静にこっそり呟いた。

 どちらも奮闘してはいるが、2人ずつに分かれたペアのどちらが勝っているかは一目瞭然だった。

 彼の見たところ、レサラと言う魔道士も優れた使い手だが、力量ははっきりとラムレス青年に劣る。ジェンシャーと言う騎士もまた、まず腕力そのものでノエルに一歩を譲っている上に、おそらくは乱戦状態における経験値で負けているのだろう。

 ラムレスとノエルが特にチームプレイを意識せず自由に動いていてすら、勝敗は明らかだった。

「……よし。ハンデ発動」

 唐突にポップが呟くのが聞こえ、同時に風のような音が唸った。

「!」

 アバンは、一瞬目を見張った。

 ポップの右手と左手が、体の横でそれぞれに別の呪文を発動していたのだ。

 メドローアか、と身構えたが、そうではなかった。片方はメラだが、もう片方は氷系の呪文ではない。バギだ。

「バギメラ!」

 拳を固めて打ち合わされた両手から、炎の刃が飛び出した。

 その意図は、すぐに解った。真空の刃に押されて走る炎が、酸素を求めて凄まじいスピードで空を翔け、ノエルとラムレスに襲い掛かったのだ。

 連射が可能と見えて、一つや二つではない。詠唱通り単純にバギとメラを合わせたものらしく、ひとつひとつは小さめだが、ポップが続けざまに打ち合わせる拳から、無数に弾け出してくる。

「……!」

 ヒュンヒュンと飛ぶ炎の刃に囲まれて防戦に回った副長2人に向かって、レサラがベギラマを唱えた。ラムレスがフバーハの詠唱を中断して同じベギラマで相殺し、すぐに再びフバーハを再構成して炎を防ぐ。そのラムレスに剣を向けたジェンシャーの懐に、ノエルがするりと入り込んで肘打ちを入れる。

「おい騎士団副長、しっかり防いでくれっ!」

 騎士2人のもみ合う拍子に前髪を掠めた刃に髪を散らされ、ラムレスが怒鳴る。

「解ってますよ!そっちこそ、前をお留守にしないで下さいよ、魔道士団副長!」

 フバーハで防ぎきれなかった炎を何とか受け流したノエルが、叫び返す。

「おらー!走れ走れー」

 はっはっは、と楽しげに笑いながら次々と炎を打ち出すポップに構わず、ノエルが跳んだ。

 ラムレスが片手を上げ、ノエルの体がさらに上昇していく。トベルーラの応用だろうか、ラムレスが魔法力で支えているのだ。

 ポップの放つ炎に煩わされない高さまで来て、ノエルは剣を構え直した。

 おそらく一撃必殺の剣撃があるのか……と察したアバンは、ぎくりとした。

 いつの間にか。ポップが、自らも飛翔呪文で宙に浮いていたのだ。

「!」

 ぎょっとした表情で体をよじったノエルが、さらに顔を引きつらせる。

 魔族の女騎士を挟むようにして、ポップの従えていたドラゴンもまた、空を飛んでいた。

 硬直した彼女をよそに、ドラゴンが深く息を吸う。

 一方、ポップの右手には火炎呪文、そして左手には今度こそ氷呪文が発動していた。

“ばかな……魔族でも、この至近距離で食らったら”

 本気でポップは部下を殺そうとしているのか、と考え、アバンはぞっとするのを感じた。

 次の瞬間。ポップの呪文の詠唱に重ねて、ノエルが鋭く叫んだ。

「ラム!!」

「ノエル!!」

 魔道士の青年が怒鳴って返す声が聞こえた。

 ドラゴンの炎が吐き出され、ポップの呪文が完成した。

「メドローア!!」

 全てが、一瞬の出来事だった。

 アバンが我に返ったとき、頭上ではポップのメドローアとドラゴンの炎が、音を立てて激しくぶつかり合っていた。

「シャギャアァァア―――――!!」

 火の粉が舞い散る中、ドラゴンの開いた口から迸る炎がメドローアを弾く。

 ひとしきり向かい合った後、メドローアが消えるとドラゴンも口を閉じて炎を収め、一人と一匹は身軽に地上へ降りてきた。

「……」

 アバンは、無言でそこを眺めた。

 ノエルと言う騎士を抱えたままで、ラムレスがへたり込んでいる。

“……信じ、られない……”

 女騎士がメドローアと炎とに挟まれた、あの瞬間に見えた光景。それがようやく、頭にしみ込んで来る。

 ラム、と叫んだ女騎士は、迷うことなくメドローアに背を向けた。そして、一瞬だけ早く放たれたドラゴンの炎を、剣に闘気を集中させて、ごくわずかな間だけ防いだ。

 その間に、地上のラムレスがルーラを唱えていた。

 結果。ドラゴンの炎に遅れることコンマ一秒ほどでメドローアが炸裂する寸前に、そのエネルギーの衝突から、ラムレスがノエルを救い出したのだ。

「よしよし、天晴れ天晴れ。巧くしのいだじゃねーか。誉めてつかわすぞ」

 ポップがすいっと地上へ降り、ドラゴンが再びそれに寄り添う。

「………」

 ノエルとラムレスは、恨めしげな目つきでその一人と一匹を見上げた。

「……本気で死ぬかと思ったのですが」

「生きてるだろ」

「寸前までいったんですっ!!」

 ラムレスが、消滅呪文と竜の火炎とノエルの闘気のトリプルコンボで生じたエネルギーを破って超高速ルーラを連続使用したせいで魔法力を使い果たしたらしい様子で、それでも口調だけは強く怒鳴り返す。

「あそこまでやりますか、二人してっ!俺たちに何の恨みがあるんです!!」

「全くですよ。何を根に持ってるのか知りませんが、容赦の無いのも大概にして貰えないものですか、大公殿下?」

「何いってんだ。自慢の部下を信用してるからこそ、メドローアも撃てれば火も吐けるんだぞ、俺らは。なあ、リュウ」

「シャギャ」

 ドラゴンが、しれっと頷く。

「……くそ……覚えといて下さいよ、大公……」

「……とか言っても無駄でしょうけどね……どうせ、笑い話のネタに覚えておいて下さるくらいのものでしょうからねえ……」

 ぐったりしながら悪態をつく副長2人。地上で見上げていただけのレサラとジェンシャーは、所在なげに顔を見合わせている。

 ポップは、面白そうにカッカッカっと声を上げてまた笑った。

「気にすんな。にしてもまあ、面白いっつーか。こーゆー時だけだな、お前ら同士で名前呼ぶの」

「……あの状況で“魔道士団副長”と呼んでいたら、その間に死んでいますよ。大公殿下」

 好きで呼んだのではありません、とぼやくノエルに、ラムレスが顔をしかめて

「当然だ、気色悪い」

と呟く。

 へたり込んでぼやく2人にまた笑って、ポップは踝を返した。

「ま、しばらく休んでろ。メシはとっといて貰ってやるぞ。ジェン、レサラ、もう会議が再開するぜ」

「はあ」

 気の毒そうなすまなさそうな表情をあるかなきかに浮かべたレサラより先に、ジェンシャーがさっさと主に従う。

「ではお先に、ノエル副長」

「……ええ。私の代わりとは言いませんが、半分くらいでも大公殿下の手綱をシメておいて下さいね」

「ついでに今日の標的を逃れた幸運に感謝しておいた方がいいぞ、ジェンシャー。今日は他人の身だが、明日はわが身だからな」

 副長コンビが座り込んだまま一言ずつ返す。

 すたすた戻ってきたポップは、アバンに向かってにっと笑って見せた。

「結構やるでしょう。うちの連中」

「………ええ」

 アバンは、やっとのことで言葉を押し出した。

 他に何を言っていいか解らない程に、衝撃が大きかったのだ。

 ノエルやジェンシャーたち騎士の力は、ヒムやラーハルトなど仲間内のモンスターで特に戦闘力の高い面子に比較しても、全く遜色が無かった。魔道士団のラムレスは、地上ではもはや使えるものの居ない重圧呪文を披露して見せた。

 個人の能力の高さでは地上の戦士の誰にも引けを取らないことを、アルキードの精鋭たちはハッキリと見せ付けたのだ。

 そして、それがどうやって培われたものであるのかも。

 おそらく魔界のアルキードでは、今のような訓練が日常的に行われているのだろう。

 個人の能力の高さに驕らず、個性の違う仲間とチームを組んでフォローしあい、最大限の効果を生み出すための厳しい戦闘訓練。

 それも一瞬の判断ミスで本当に命さえも落としかねないような危険な訓練をあえて繰り返す理由は、一つしかない。どんなにリスクが高くても、必要だからだ。

 大戦中の人間の勇者たちもまた、そうだった。時をかけてゆっくりと自らを鍛える余裕がなく、極限まで自身を追い込みながら急激に力を伸ばしていった。

 中でもポップは、その第一人者であったといっていい。何せ、初代大魔道士であるマトリフの修行は、緻密に計算されたアバンのそれに比べて、遥かに荒かった。

 あまつさえ、冒険の初めには特に秀でた点のない魔法使いであったポップを、当人の焦りと強い希望に応えて短期間で超一流の大魔道士に鍛え上げるため、マトリフは凄まじい無茶をした。マトリフ・オリジナルの大呪文の幾つかに至っては、ある意味ポップは、文字通り体を張って命がけで覚えなければならなかったのだ。

 その経験が今のアルキードの訓練形式を作っているのだろう、とアバンは察した。

 外部からの不確定要素の介入や予測不可能な事態の勃発をも組み込んだ、実戦に限りなく近い形での訓練。その中で経験を積み、戦い方を身体に叩き込んでゆく。

 今のアルキード国軍は、ポップ抜きでも十分すぎるほどに手強い精鋭部隊なのだと手に取るように解る。

 しかし、アバンが真に驚愕した点は、他にあった。

 魔界で部下を得て軍勢を造り、冥竜王ヴェルザーさえも憚ることなく、自らの国を築き上げて維持する。それをポップがどうやって成し遂げているのかが、初めて垣間見えたのだ。

“……本当に、信じられませんよ”

 アバンは、へたり込んでいる副長たちをちらりと見た。

 心なしかそっぽを向くように座り込んでいる蒼い肌の騎士と魔道士の姿に、ぞくりと寒いものを感じる。

 躊躇いも迷いもなかった、あの動き。互いに名を呼び合うだけで、彼らには十分だったのだ。

 名を呼ぶだけのやり取りで、ノエルは仲間の助けを求め、ラムレスが行動可能な状態であることを確認すると瞬時にポップに背を向けて、全闘気を集中して前の炎だけを弾いた。

 一方ラムレスは、ノエルのその行動を予測し、腕さえ既に伸ばした姿でノエルの真横に現れて、最短の時間で窮地から連れ出した。

 ――――それが、何を意味するか。

 アバンは、身震いしたくなった。

 ほんの少しでも不安があったら、ノエルはメドローアに背を向けて全エネルギーを前方の防御に使うより、両方の攻撃を避けようとして余波で傷を負っていただろう。ラムレスは、ノエルが予想外の動きをして同士討ちになるのを恐れ、瞬間移動呪文を避けて飛翔呪文で助けに向かい、そのために逃げるのが遅れて負傷していただろう。

 互いが互いを100%信じて居ればこそ、2人共に無傷で窮地を脱することが出来たのだ。

 自分の能力だけでなく、仲間の性格と能力を熟知して、その判断を疑うことなく、微塵も迷いなく信じて動けることの確かさ。

 それがどれほど難しいことか、そして命がけの戦場でそれが出来るのがどれほど強いことか、歴戦の勇者であるアバンは誰よりも良く知っている。

“恐ろしい軍を作りましたね……ポップ”

 おそらくは、バーンとの大戦で得た経験と知識の全てをつぎ込んで。自分自身の国と軍とを一から築き上げた彼の精神力がどれほどのものだったか、今は自ら為政者としてカールの復興に取り組むアバンにも想像はついた。

 ―――――完全に、私の手を離れた。そう思った。

 強さだけでなく、精神的にも、能力的にも。成長して一人前の男になった今のポップは、既にアバンが導く存在ではない。それを今、疑う余地もない絶対の真実として思い知らされた。

 彼は、不意に途方もない脱力感を覚え、必死で崩れないよう身体を支えた。

「ほい、お待たせしましたー♪」

 ポップが広間に戻り、席に着く。いっせいに注目した各国の人々の顔は、みなそこはかとなく青ざめて見えた。

 もはや疑う術もない。かつて全世界に鳴り響いた大魔道士の力は、今も衰えることなく健在であるどころか、さらに強大ですらあるのだ。

 そして、その国を守って冥竜王にさえも立ち向かうと言う魔族の騎士たち、魔道士たちの強さもまた、紛れもなく本物だと明らかになった。

 事を構えるわけには行かない。おそらく、誰もがそう考えているのだろう。

“――――それに”

 アバンは、冷めた昼食を景気よく口に放り込み始めたポップが横のドラゴンにも食べ物を分け与えているのを、ちらりと見た。

 ポップの足元に大人しくちょこんと座っていたつぶらな瞳のドラゴン。口に肉切れを咥えて、きょろきょろ辺りを見回したり、ポップのローブをツンツンつついたりしている。

 ……他に、気に留めたものがいるだろうか?メルルとレオナくらいは気づいているかもしれない。しかし、騎士たちの並外れた剣撃に目を奪われていたノヴァは駄目だろう。王たちも、総じて魔族たちやポップの派手な動きに目を引かれていたようだ。

“――――あの。小柄な、ドラゴンが―――――”

 消滅呪文を、炎だけで相殺したことの意味を。

 もちろん、ポップも最大出力ではなかった。おそらくメラとヒャドを合わせたくらいのレベルだったろうが、それでも威力は、並みの魔道士のメラゾーマを凌ぐと言われたポップのメラの数百倍になる。

 それを軽い炎ひと吹きで完全に相殺したドラゴンは、さして疲れているようにも見えなかった。

 ポップの一行の中で一人だけ人間類似の形態でなく会話も出来ないドラゴンは、ポップから片時も離れずに大人しくしていること、会議の間もポップが片手でじゃらしていることもあって、みな単なるペットか何かのような視線を向けている。

 だが、先ほどの一幕からは、リュウと呼ばれたドラゴンもまた、種に合わぬ小さい身体にとてつもない戦闘力を秘めていることが伺えた。

“……スカイドラゴンではない。陸ドラゴンのようですが、レオナ姫はあれがポップを乗せて飛んできた、と言っていましたね。色にしてもサイズにしても、始めてみるタイプのドラゴンです……後で、マトリフに尋ねてみましょうか”

 内心で呟いてじっと見つめたアバンの視線に気づいてか、リュウというドラゴンが

「シャギャ?」

とアバンの方を振り向く。

 邪気のなさそうなキョトンとした目がパチパチと瞬いたとき、ポップがロッドでごん、と叩いた。

「よそ見すんな、こら。浮気してっと丸焼きにしちまうかんな」

 リュウが、頭をさすりながら急いでブンブン首を振る。じっとその顔を見たポップが、果物を右手に、不意にドラゴンに向かって左手を出した。

「お手」

「シャギャッ」

 リュウが、すかさず前足をちょこんと乗せる。途端に、またポップはリュウをはたいた。

「だからやるなよ、天下のドラゴン様が。犬かお前は。断れ阿呆」

「シャギャ……」

 半眼になってぼやくドラゴンの姿から、『お手って言ったくせに……』とでも言いたげな雰囲気が漂う。その様子は、何も知らずに見たら思わず笑ってしまいそうなユーモラスさを湛えていた。

「ば―――――か。ほら、来い」

 ポップに引き寄せられるまま、飼い主の膝に頭を乗せてゴロゴロと気持ちよさそうに目を細めたドラゴンは、まるきり人畜無害にすら見える。

「食った食った、ごちそーさん。それじゃ姫さん。始めようぜ?」

 にかっとポップの向けた笑顔に、レオナが笑みをつくって見せる。

「……ええ。お昼休みの余興をありがとう、ポップ」

 書類を取り上げて会議の再開を告げたレオナの手が、かすかに震えていることに気づいて。アバンは、一瞬だけ瞠目した。

 

 

071128 up

 

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