闘う純米酒 神亀ひこ孫物語 書評 

(週刊ポスト2007.2.8号) 

 

「アルテン」という言葉を聞いて、その意味が即座にわかる人はかなり日本酒にくわしいか、日本酒業界に携わっているかのどちらかだろう。

アルテンとは「アル添」つまりアルコール添加のことで、日本酒のラベルに原材料名として記載されている「醸造用アルコール」のことだ。

日本酒は、原材料で分類すると米と米麹のみで造られる酒「純米酒」と、それにアル添した酒の2種類しかない。
(さらに糖類を加えた三倍増醸酒というものもあるが)

アル添の酒が市場に出回る時には「本醸造」とか「普通酒」というまっとうな名前で販売される。
純米酒の品質はこの十数年で急激に高まり、生産量もわずかだが伸びつつある。私たちはちょっと探せば簡単にその味わいを堪能することができる。

しかし、信じられないことだが戦前当たり前のように造られていた米と米麹だけの酒は戦後、アル添の登場で完璧に姿を消すのだ。

埼玉県蓮田市に、小さな酒蔵がある。

この蔵で醸される酒は現在すべて純米酒だ。この本はその神亀酒造の蔵元、小川原良征専務が「純米酒こそ日本酒」という信念のもと、純米酒造りに挑んだ戦いの記録である。

「闘う純米酒」という題名はきわめて的を得ている。アル添全盛の時代に混ぜもののない本物の日本酒を造ることは「非常識」以外のなにものでもなかったのだ。
日本酒を酒税の対象としてしか見ない税務署、利き酒もせずリベートばかり要求する酒販店、反発する蔵人。彼への周囲の無理解のすさまじさは、穏やかな文体であってもこの本から如実に伝わってくる。
同時に彼の孤高の戦いによってこの業界の正気と狂気が入れ替わっていることに読者は気付かされる。しかしこの本は業界批判の告発本ではない。

彼の志に共鳴する酒販店や蔵元がやがて少しづつ現れ、純米酒の素晴らしさに目覚めさせられた飲み手がふえてゆく(私もそのひとりだ)。

純米酒にこだわったひとりの蔵元がもたらす日本の食文化の奥深さ、農への回帰、人とのつながりを筆者は多くの人の言葉から丹念に拾って、この本は私たちをいつしか豊かな気持にいざなうのだ。

       (尾瀬あきら・漫画家)