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橿原市役所前
医大病院前
四条
五井
忌部
国道曲川
木材市場前
大和八木駅
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 十津川くまの特急の伊半島縦断6時間30分の旅は、ここ近鉄八木駅前から始まります。昭和38年3月1日に開通した際は、奈良大仏前(現・大仏殿春日大社前)を始発として、全行程に8時間を費やしていました。
 近鉄高田駅−五條バスセンターや五條バスセンター−近鉄八木駅などの区間運用を終えた十津川くまの特急は、「特急・新宮駅」に方向幕を変えて、旧橿原営業所の近くにある待機場でしばしの休息を取り、定刻の5分ぐらい前になると、長旅の身支度がちらほらと見られる乗客の列の前にホワイト/グレーのツートンボディーをあらためて披露します。
 五條バスセンターを越えて利用する乗客はすぐに判ります。旅話に花が咲く女子大生グループ、運転士と親しく挨拶を交わしながら乗り込んできた老婦人、見送りに来てくれた孫の手を取ってギリギリまで別れを惜しむ初老夫婦。ただ残念な事に、八木駅から新宮駅まで完乗するケースはほとんどありません。私のようなマニアを除いて・・・
 以前は、八木駅を出発するとすぐに観光案内の放送が流れ、少しでも特急バスの雰囲気が車内に漂いましたが、八木駅−五條バスセンターが各停になってからはこの放送が無くなってしまい、ローカル路線バスの雰囲気が色濃くなってしまいました。
@区間運用の十津川くまの特急用車両(八木駅停留所)
 忍海の葛城営業所を出たバスは原方面から新宮駅に到着したバスは、十津川くまの特急と異なって、その運用上、新宮営業所に留置することはありません。営業所で小休止の後、再び池原行きや河合行きとして折り返してゆきます。
A変身!!十津川くまの特急(八木駅停留所)
 161系統の五條バスセンター→八木駅として区間運用を終えると、一気に幕を回して新宮駅行き特急に変身しますが、この時ばかりは、いろいろなコマに驚き、過去の運用の経緯に想像がふくらみます。
D南紀観光の案内板3(八木駅停留所)
 現在の奈良交通南紀特急の案内です。路線図に湯の峰・川湯温泉行きは無くなり、湯の峰・川湯温泉経由新宮駅行きになっています。
 私のHPでは主に「十津川くまの特急」と表現していますが、奈良交通は一般向けに「本宮いでゆライン」という表現を良く使用していますね。
C南紀観光の案内板2(八木駅停留所)
 少し前の案内板です。北山峡特急はすでに描かれていませんが、南紀特急の新宮駅行きと湯の峰・川湯温泉行きが別の便であるように表現されています。ただし、八木駅〜五條バスセンターが各停である事が赤色で加筆されています。
B南紀観光の案内板1(八木駅停留所)
 かなり古いものを流用しています。十津川くまの特急はもちろん、北山峡特急の路線も描かれていた名残があり、後から上桑原〜新宮駅の間が書き換えられています。
E出発前の運賃表(八木駅停留所)
 運賃表の左端に、ぽつんと記された「170」。目線を右に動かすと、ずらり140マスが並ぶ整理券番号。奇術師の帽子か、はたまたドラえもんのポケットか?この後の6時間半、運賃表という小さなブラックボックスから次々に現れる停留所と数字の流れ、デジタル表示にはない紙芝居的な味わいは、紀伊半島縦断の旅をいっそう神秘的なものにしていると言えます。
 写真をクリックして、
6時間半の旅を終え、新宮駅に到着した際の運賃表と比べてみて下さい。
F出発の時を待つ、新宮駅行き特急(八木駅待機場)
 停留所の混雑を緩和するため、原則としてここで時間調整をします。ここは、近鉄橿原線八木駅の北東部、奈良交通旧橿原営業所付近にあります。
Gこれより紀伊半島縦断に挑む、新宮駅行き特急(八木駅停留所)
 冬の柔らかな朝日を浴び、今なお過酷といえる紀伊半島縦断に挑もうと八木駅を後にします。冬の十津川は、奈良盆地の天候と大きく異なるため、まだまだ旅の安泰を予想する事は出来ません。
Hここで病院帰りのお年寄り2人を乗せた、新宮駅行き特急(医大病院前停留所)
 冬この先の交差点で国道168号線と別れ、国道24号線を西に向かいます。北山峡特急は逆に、国道168号線を南下していました。
I停留所で乗客を降ろす、164系統八木駅行き各停(忌部停留所)
 葛城営業所(忍海停留所)を出庫した164系統八木駅行きです。八木駅で休息した後、新宮駅行き特急になります。
@ABC
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