城戸
塩川原橋
下天辻
金刀比羅神社口(特急通過)
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狭隘区間
 長く、狭く、そして暗い天辻隧道を、やっとの事で抜け出すと、新宮駅行き特急は阪本の集落を眼下に見下ろす形で、うねる峠道を一気に下ります。車窓をぐるりと見渡しても、遙か頭上まで視界が広がる隙がありません。バスが左へ右へと激しく向きを変えると、ときたま十津川峡谷から差し込む日差しが、遙か熊野の神々が誘うかのようです。

 天辻隧道の出口から天辻停留所までは、起伏が少なく比較的緩やかなカーブが続きます。さらに杉木立の木漏れ日の中を走り抜けると、左に旧天辻峠の路が近づき、「道の駅吉野路大塔」が目前に現れます。ただ、「バスの駅」は少し先に外れた「大塔コスミックパーク星のくに」の前にあります。(道の駅は車で来るところなので停留所はいらない・・・・・・笑) ちなみに、まぶしいくらいに星が美しい事で有名な大塔村では、その名も星のくに停留所で途中下車してコスミックパークでプラネタリウムを楽しむのも一案です。

 星のくに停留所を過ぎると、阪本の集落を左下に観ながら奈落の底へ吸い込まれるように勾配がきつくなります。次の下天辻停留所を過ぎると阪本に背を向けて更に急勾配を下り続けますが、数分後には沢をなめるようなヘアピンカーブを止まりそうな速度でそろりそろりと曲がって、再び阪本を正面に勢いよく峠を下り始めます。国道は、登坂車線が続くので広く造られているのですが、右に頭上を覆うまでにそそり立つ崖、左に木立を縫いながら白い飛沫を巻く渓流に挟まれる形で、あまり広い視野は期待できません。

 路面上の「急カーブ」の警告を目印に左へ大きく曲がると、右手の視界が抜け落ちるように開け、今までマッチ箱ぐらいの大きさに見えていた集落が、熊野川を隔てて目前に広がります。そして、視線を定める暇もなくキョロキョロしていると、まもなく最後の勾配を下り終えて目前に現れた朱塗りの鉄橋を渡り、阪本停留所に到着します。なお、最後の下り勾配から鉄橋にかけては狭隘区間が続いており、橋梁上でも大型車と普通乗用車のすれ違いが難しいです。(鉄橋の写真等は「阪本−猿谷」を参照)

 
@吹雪の日、天辻隧道を出た、新宮駅行き特急。(永谷−天辻)
 当日の奈良盆地は晴天でした。この気候の差からも、千メートル近い標高がある天辻峠越えの険しさが良くうかがい知れます。
Aこれから天辻峠を下る、新宮駅行き特急。(天辻停留所)
 停留所は、付近一帯に続く古い石垣に沿って、新宮方面だけにポールがぽつんと置かれています。 ここから旧道に出て、昔の天辻峠に登ると天誅組本陣跡があります。ここはまた、高野大峯街道と西熊野街道が交差する交通の要所であり、在りし日を偲ばせる街道の面影が少しだけ残っています。
 ただし、車窓からはそれをうかがい知ることは出来ません。
B阪本から天辻峠を登ってきた大和八木駅行き特急。(下天辻停留所)
 道の駅が出来るまではここにドライブインがあり、古い案内板を見ると下天辻停留所が主要停留所になっていた時代がありました。
 新宮駅行き特急は、たいていここでブレーキテストを行います。(特に、ブレーキテストの標識はありませんが・・・・・・)
C天辻峠を登り始めた、大和八木駅行き特急。(阪本−損保橋)
 数時間にも及ぶ険しい紀伊山地縦走を熊野川に導かれる形で果たしたバスは、ここで川に別れを告げ、最後の難所である天辻峠越えに挑みます。鉄橋を渡り、今来た道を引き返すかのように向きを変え、山肌にまとわりつく峠道をゆっくりとたどりはじめますが、やがて山肌の裂け目へと吸い込まれるようにその姿を消して行きます。
D天辻−阪本では唯一の狭隘区間を走り抜ける大和八木駅行き特急。(阪本−損保橋)
 ここは、天辻峠を南側に下りきり、阪本の民家に初めて出くわす当たりにあります。「狭隘」の注意標識とともに、そぎ落とされるように1車線が消えてしまいます。ただし、視界の良い区間なので、あらかじめ対向車に注意していれば、さほど危険ではありません。
 このすぐ近くに、旧国鉄五新線阪本隧道の南側出口があります。新宮駅行きに乗車した場合、少し振り返らないと見えませんが、道路脇すぐにあるのですぐそれと判ります。
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