南国に消えたバスの路
 奈良交通の太地線は、昭和63年4月1日に南紀開発(近鉄系列)から路線面免許を譲渡される形で、観光貸切バス事業と同時にスタートしました。(10.31km)なお、南紀開発は、昭和48年に太地土地開発が吉野熊野観光自動車を合併合併した際に社名変更したものです。
 同時に、新宮営業所を南紀支社に格上げし、新宮特急開設以来JR(国鉄)や南海(熊野交通)に一歩遅れをとっていた近鉄(奈良交通)も肩を並べる形で、南紀の観光資源開発を開始したといえます。
 奈良交通の一般路線バスでは、熊野線の熊野市〜新宮駅とともに「潮の香りがする」大変貴重な存在となりました。(十津川くまの特急は残念ながら潮の香りを嗅ぐ間もなく新宮駅に到着してしまいます)また、その沿線は、まるで伊勢志摩で三重交通バスに乗るかのように、太平洋の日差しが年中楽しめました。バスの側面には、鹿ならぬ「クジラ」が描かれていたのは有名な話です。
 そして平成13年、相次いで奈良交通の赤字路線が廃止または減便になる中、とうとう太地線も奈良交通の手から放れ、町営バスに移管されることになりました。
太地駅〜くじら館〜町営グランド             6.8km
太地駅〜くじら館〜町営グランド〜梶取崎       8.7km
太地駅〜グリーンピア南紀〜くじら館〜町営グランド 9.6km

        
これは、平成5年のデータです(「奈良交通70年の歩み」より)
 平成14年(町営バス移管後)の、梶取崎停留所です。 路の向こうには梶取崎灯台が見えます。名前から察するに、昔はこの高台から、太平洋のクジラ船に向かって舵を取る指図を送ったのでしょうか。
 上の写真を見ると、愛らしいクジラが描かれた梶取崎停留所の向こうには、かつてクジラ漁で賑わった太平洋の白波が広がっています。

 ・・・・・・???赤い字が書いてある白い看板は何???近づいてみると、「定期バス回転場につき、進入禁止」・・・なるほど、町営バスの終点ですから。

 ・・・・おっと、ところがどっこい右下には「奈良交通」の四文字が!!遙か遠隔の地で、懐かしさがこみ上げてきます。(一度も利用したことがないのですが)
 右の写真をどうぞ。
 左の写真は熊野交通のくじら館停留所です。この写真では少し判りにくいですが、「熊交」の文字の右には、以前「奈交」と書かれていました。
 なお、移管後の町営バスのポールは別にあります。
 右の写真は、町営グランド停留所です。写真の右隅にはグランドのフェンスが少しだけ見えています。
 当時奈良交通バスは、写真の奥側からやって来て、ここでUターンしていました。
 この辺りの路は、高台の地形に応じて上り下りを繰り返し、強い潮風を避ける垣根や煉瓦塀が左右に迫っています。
 これらの写真は平成14年に、串本の紀伊大島で偶然見つけた奈良交通の廃車体です。私には、型式も判らなければ、いつどこで運用されていたのかも判りません。ただ、後部ドア付近の窓に「1区 大人80円、小児40円」の表示があることから、昭和50年代中頃から後半ではないかと予測されます。方向幕の左の窓は「特急」や「急行」の種別表示でしょうか、それともワンマンの表示でしょうか。
 さらに、どうやってここまで運んだのでしょう。串本大橋が完成したのは、平成11年9月ですし、熊野交通の廃車の方が手に入りやすい環境だと思うのですが。
 どなたか、詳しくご存じないでしょうか?
 
奈良交通in串本
平成14年撮影
平成14年撮影
平成13年撮影
平成13年撮影