黒渕口
塩川原橋
坂巻
宗川野橋
市原
大久保口
金刀比羅神社口(特急通過)
下永谷
永谷
城戸
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狭隘区間
 新宮駅行き特急が、初めて出会う関門です。 ただ、意識しなければ知らずに通り過ぎてしまうかもしれません。 なぜかと言えば、たった数メートルしかない狭隘区間ですから。
 西吉野トンネルを出るとすぐ黒渕口停留所です。 車窓の左には宗川が流れ、その対岸には旧JR五新線(現奈良交通専用道線)が併走しています。 
 黒渕口を過ぎるとすぐに城戸の集落が正面川側に広がり、右下りカーブの切れ目すぐに、1車線分のガードレールが集落入り口で行く手を阻みます。 ただし狭隘区間がバス1台分もないので、あらかじめ対向待ちをすれば大きな問題はないでしょう。 新宮駅行き特急は、狭隘区間の手前でスローダウンして対向の有無を確かめると、路面の凹凸に車体を揺すりながら一瞬で通過して行きます。
 あえてこの一瞬の区間を話題に挙げたのは、これから先の道のりの厳しさを予感させられるからです。 一度でもこのバスを利用すれば、城戸から始まる天辻峠の車窓が、峻険な紀伊半島縦断の序章であることに気づきます。 
@小さな狭隘区間に進入してきた、大和八木駅行き特急。(黒渕口−城戸)
 正面の道路標識にあるとおり、左に曲がると下市町に出ます。20系統下市口駅行きが通る道でもあります。
 この道を知らない車は、五條から来ると、いきなりこの時点で慌てることになります。
A小さな狭隘区間に進入してきた、新宮駅行き特急。(黒渕口−城戸)
 狭隘区間を、南側から観たところです。バス1台分もないことがよくわかります。
 この先の狭隘区間に比べればたいしたことはありませんが、なぜ今までこの狭隘区間が残っているのか、ナゾの一つです。
 狭隘区間(黒渕口−城戸)を過ぎると下市方面へ抜ける県道20号線が左に分かれ、すぐにログハウス調の城戸停留所に到着します。 この待合所は、西吉野村林業研究グループが中心となって造られたものです。 利用客の便を考えてでしょうか、新宮方面の停留所プレートには「西吉野温泉口」というコメントが入っています。 ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、現在は五條バスセンターから専用道城戸経由の奈良交通バスが西吉野温泉まで運行されています。 またここは、西吉野村役場の最寄り停留所でもあります。
 城戸停留所を出て、右に宗川を見ながら天辻峠に向かって徐々に傾斜を登り始めると、4分ほどで宗川野橋停留所に着きます。 ここで、橙に塗られた橋梁が深く切れ込んだ谷を貫く姿を目の当たりにします。 これは、かつてJR五新線の宗川橋梁として建設されたもの。 未完成であるにもかかわらず、数分後には列車が行き過ぎるような錯覚を覚えるほどの完成度を持つ近代的な橋梁です。 新宮駅行き特急はこの橋梁をくぐると、すぐに右に大きくカーブを描きながら同様に谷をまたぎ、Uターンする形で再び宗川橋梁をくぐります。 
 宗川野橋では、立川渡、日裏から黒滝村の笠木峠へ抜ける県道49号線が分かれています。 この道は、昭和57年に西野バイパスが開通するまで、一部が国道168線としての役目を果たしており、以前のバスは途中の立川渡で宗川から分かれ、支流の永谷川に沿ってヘアピンカーブを登っていました。 現在も、五條バスセンタ〜日裏間に3往復の奈良交通バスが運行されています。
狭隘区間
 宗川野橋停留所を過ぎ、宗川を大きなカーブで渡るとすぐに左へカーブを描きながら、支流の金刀比羅谷に吸い込まれてゆきます。 同時に車窓が一変し、左右には見上げるほどの森林が迫り、昼なお暗い急峻な峠道が始まります。 金刀比羅神社口停留所(特急通過)あたりからさらに道は険しくなり、左へ右へと次々に現れる急カーブを慎重にクリアしながら天を見上げるような急勾配を登り続けます。 一瞬開けた視界からは、つい先ほどの道程と後を追う車の列が遙か谷底に垣間見られ、その高低差を改めて実感させられます。
 やがて、西野トンネルを抜けて永谷川上流の沢に沿って登り続けると、西吉野村で出会う最後の集落(永谷停留所)を過ぎたころから標高1000メートルの乗鞍岳が正面に迫り、とうとう峠越えの佳境に入ります。 この先、急峻で対向車線に車体を出さなければ曲がり切れないヘアピンカーブが連続する中をそろりそろりと走ります。 中には、急峻・視界不良・ヘアピンと、3拍子そろった箇所もあり、特に冬季は積雪も加わるため、その険しさは想像を超えるものがあります。
 この天辻峠は、今から140年前の江戸時代末期、高取城奪取に失敗した尊皇派の天誅組が、十津川村に陣を求め、1万の幕府軍に囲まれる中を決死の覚悟で越えた路でもありました。 天誅組については、「みかん村の自由乗降区間」の中の「南伊勢街道バスの路」もご覧ください。 また、司馬遼太郎の街道を行くシリーズ「十津川街道」でも天誅組について多くが語られています。
B積雪のあった翌日、天辻峠をいっきに下る大和八木駅行き特急。(永谷−天辻)
 この時、路面にほとんど雪は残っていませんでしたが、年に数回はチェーンが必要になります。 
Cヘアピンカーブを登り新天辻トンネルに向かう、新宮駅行き特急。 (永谷−天辻)
 路側の雪はまだ解けていません。 日当たりの悪いところでは、わだちにもシャーベット状の雪が残っていて、チェーンをするかどうかギリギリのコンディションでした。
 この日は、自由乗降のオルゴールを鳴らしながら走っていました。
狭隘区間
 
 峠の茶店を過ぎてさらに険しい勾配を登ると、目前に全長1174メートルの新天辻隧道が迫り上がるように姿を見せます。 ブラックホールのような入り口は、飲み込まれたら最期、二度と出られないような錯覚に襲われます。一旦中に入ると、「新」とはいえ、昭和34年開通のためにその規格は大変古く、その狭さと暗さに再度驚かされます。
 ほとんど構内灯は役に立っておらず、自らのヘッドランプだけを頼りに探るように前進します。 視線の先には、対向車の光が。 観光バスか? 大型貨物か? 車幅が2メートルを越える車両と対向する場合には、左ギリギリまで寄る必要がありまが、 車高の高い車両は十分に反対側へ寄れないために、さらに対向が難しくなります。 運転席側のサイドミラーを倒すと、そろりそろりと対向を始めます。 低くアイドリングするエンジン音と、小刻みに踏まれるシュッ!シュッ!というブレーキ音が、トンネルの構内に響きます。   
D新天辻隧道の北側(西吉野村側)出口から吹雪の天辻峠に姿を見せた大和八木駅行き特急。(永谷−天辻)
 ここから一気に急勾配を下ります。隧道出口には広場があり、ここで一旦停車して「後続車をまくってから出発します。
E吹雪の中、天辻峠を登り切って新天辻隧道に挑む、新宮駅行き特急。(永谷−天辻)
 この日の五條市内は晴天に恵まれていたのですから、この峠の険しさをうかがい知ることが出来ます。
G新天辻隧道の南側(大塔村側)出口にさしかかった所を、新宮駅行き特急車内から見た風景。(永谷−天辻)
 前方のトラックは、バスの接近を察知してトンネル手前で路肩によって対向待ちをしています。 ここを走り慣れた大型車の運転手は、少なくともこのトンネル構内で十津川くまの特急バスとは対向しないように、あらかじめ注意しているとのことでした。
F吹雪の中、新天辻隧道に挑む、新宮駅行き特急。(永谷−天辻)
 峠は2車線道路ですが、隧道は断面積が小さいために対向が難しい場面に遭遇します。更に、湧水が多いために、冬は凍結の危険性もあります。
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