最終更新日2008年9月1日

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鬼道 神道 仏道 の中の道教

日本人の信仰、宗教に潜む道教については、 日本人は全く気付いていない。
認めているのは一部の学者であって、 一般大衆も学会も認めたがらない。
古代の歴史を知ることから現代の日本人(私)の宗教観を解きあかしたい。 
私の読んだ歴史書、古典、歴史学者の発表書籍から得た知識を 掲載しますので、
皆さんの反対、賛成のご意見を伺って私の知識の肥やしにしたくおもいます。

1:【お日待ち】について、ご存じです

今から、数十年さかのぼると、【お日待ち】という一種のレクリエーションが農村にあったのをご存じですか。
中国の道教の坊さんである道士考えだした信仰が基になっている。中国道教の思想風習を取り入れて日本固有の文化としている。

2:おこうじんさま【お荒神さま】についてご存じですか

荒れる神様と竈の神様では、つながりがあるのですか。 でも竈のあった 時代には「くど」の前の柱にお札が、はってあったのを 覚えています。 実は道教の司命神が潜んでいたのです。  中国道教の思想風習を取り入れて日本固有の文化としている。   

3:【むし】について、ご存じですか
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【大辞林】のむしの項に次のような説明が載っている ◎人間の体内にあり、さまざまな考えや感情を起こすもとになると考えられているもの。 「〇〇が知らせる」「ふさぎの〇〇が起こる」 ◎何かしようとする考え「浮気の〇〇が起きる」「悪い〇〇が頭をもたげる」【大辞林】 体内のむしとは、どんなむし。とんぼ、かまきり、寄生虫。どんな虫か、お考え下さい。中国道教の思想風習を取り入れて日本固有の文化としている。

4:【散歩】の語源について、ご存じですか
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五石散という薬を服用するときの注意を、中国の魯迅は解説しています。 五石散は奈良の正倉院の薬帳にも記載されている仙薬です。五石散という薬を服用するときの注意を、中国の魯迅は解説しています。 五石散は奈良の正倉院の薬帳にも記載されている仙薬です。これも、中国の思想風習を取り入れて日本固有の文化としている。

5:お盆とお中元、この由来は。ご存知ですか
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道教とはどんな宗教かと突然質問されても、また、解説されても 理解は困難です。 一応読むだけにしてください。おいおい、 分かっていただけるよう努めます。仏教に中央アジアの信仰が合体し、中国に入り成立した盂蘭盆経に基ずく風習が日本に入って「お盆」の日本固有の文化になった。

6:インド仏教の因果応報と道教の功過応報について
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インド仏教が中国に伝来して、道教と習合して中国仏道となった。 中国仏教に道教が潜んでいることに、我らはは気が付いていない。「親の因果が子に巡る」は中国の功過応報思想であって、仏教の因果応報とは本質的に異なるので、注意してください。


アジアのなかの日本の神道を吟味するためには、道教の信仰とのつながりを軽視してよいはずはない。その内実にはわれらが予想する以上に密接な様相が横たわっていた。そこであらたな視角から神祇信仰と道教との関連を究明することにしたい。……p55『神道と東アジアの世界』上田正昭著

興味あることに「仏教」という用語は西洋思想が導入される以前のわが国では一般に用いられなかった。明治期以前、仏教は「仏道」あるいは「ほとけのおしえ」と呼ばれていた。……p9…『原始仏教の世界』中村元監修

ところで、いわゆる神道というのは日本の民族信仰であって、これは、日本の固有信仰であったといわれる。その形成は既に弥生時代に始まると推定されるので、その意味では民族信仰とするのは穏当であるが、固有信仰というのを、日本列島以外に現在においては展開していない信仰という意味以上の価値をふくむものと解するのは、かならずしも妥当ではない。すなわち、日本で独自に発生し独創的に展開して完成されたもの、したがって、日本民族にとっては唯一にして絶対的な信仰であるとの価値観を未来永劫本質的に具有している、といったような理解をすることは誤りである固有信仰という表現の語は、ややもすれば、そういった把握をされがちなことばであることは否定できなかろう。その意味で、”在来信仰”という表記のほうが[仏教や儒教・キリスト教などを外来信仰ないし外来宗教というのに対して]むしろ適当と考える。『日本古代の道教・陰陽道と神祇』下出積與著 

思想、信仰、社会、政治にわたる総合的文化史の立場からの説もある。後者の立場からの考えには、中国人固有の文化を、政治、社会との関連から儒教と道教との二つの象徴的なものとして把握し、そのいずれもが、文化複合体であるとする考えである(なお儒教と道教を対照的にとり上げ、中国の政治、社会を解明した点では、マックス.ウェーバーの大著がある)。本稿は、この立場を主とし、上述のような「道教」という用語の分析とその歴史的定着化を跡ずけて、「道教とはなにか」をさぐろうとしたものである。p10、『道教』全三巻、分担執筆、平川出版社、【道教とは何か】

道教の宗教思想と日本古代のそれとを比較検討していくわけですが、比較検討していくためには、まず中国の宗教思想の歴史を正確に研究し整理しなければ比較検討の仕様がありません。

魯迅の実弟で文学者である周作人は次のように述べている。私はいつも思うのだが、中国の人民の感情と思想は鬼に集まり、日本では神に集まる。したがって中国を理解しようとすれば礼俗を研究せねばならず、日本を理解しようとすれば、宗教を研究せねばならない。『魯迅』…「人」「鬼」の葛藤。丸尾常喜著。岩波書店1993年12月22日。第一刷発行。

封建時代、社会の現実に希望を失い、山林に隠棲して潜心修道し、世俗に交わらずに孤高を保った知識人が少なくない。道教は、彼等のある種の精神的な依りどころとなり、安らぎの場となったのである。しかしながら社会の下層では、道教が符水で病気を治したり、悪魔払いや除災招福をしたが、民間に流行した卜占や八卦、姓名判断、風水、占星術などの巫術あるいは迷信と結びつき、文化がたち遅れ、医師もおらず薬も少ない農村部において、とりわけ容易に伝播したのである。そして、神廟の林立をもたらし、いかなる土地神、冥土の城隍神、財神、竃神、関帝、玉皇大帝、など、いずれも祭祀して、礼拝の対象とした。また、多くの道教活動が次々と受け継がれて習わしとなり、ゆったりと移り変わって、民間風俗を形成し、代々にわたって伝えられて、引き続き今日にいたっている。……『中国の道教』金 正燿著

科学が隆盛して発達している今日では、恐らく人は本当に、永遠に死なないで得道成仙することができると信じているものにあうことは、めったにあるまい。人々は、武当山に登ったり、労山に遊んだり、門神の札を貼りつけたり、道観の縁日に遊びに行ったりしても、ちゃんと別の考えと目的をもっているのである。しかし私たちは、わずかでも道教を理解することで、祖国の歴史と文化を広く知る手助けにでき、さらに多くの事柄を深く考え、認識する手引きと成し得ることに気づくのである。……『中国の道教』金 正燿著

平田篤胤(1801〜1882)は、『赤県太古伝』『老子集説』『三五本国考』『大扶桑考』など多くの著の中で、道教に現われている思想が、我が国の神典と関係があることを指摘し、道教を高く評価している。………中略…… 彼は、それらの経典によって、道教を彼独自の立場で理解し、その晩年の著『赤県太古伝』では、日本神道と中国の神道、すなわち道教との関係に注目し、日本の神道を理解するたには、中国の神道を深く研究することが不可欠である、とまで言っている。………p39?『道教』全三巻分担執筆、平川出版社

天武天皇の病気平癒には、儒教の恩賞制度、仏教の読経の儀式、道教の解除の呪術などいろいろな祈願方法が用いられていますが、 「鬼道」の道教の
1:祭祀まつり  2:祈祷いのり  3:禁呪まじない
4:祝詞のりと  5:護符おふだ  6:憑依かみがかり  7:神託おつげ

の七点セットの巫術もそれぞれ重要視されていたことが、 天武紀の記述の用語(古典中国語)の検討によって確認されます。…福永光司発表、第三回春日井シンポジウム

いみじくも魯迅は、「人はしばしば、坊主を憎み、尼を憎み、回教徒を憎み、キリスト教徒を憎むが、道士は憎まない。この理屈がわかれば中国のことは大半わかる」とのべている。中国医学の歴史はどの部分で輪切りにしても、そこに道家の思想とか、道教の色あいが、あるいは濃く、あるいは淡く、にじんでいるのである。 『道教』  全三巻  分担執筆  1983.2.5.初版 平川出版社 【道教の展開】

魯迅先生はかつて、中国の文化の根底には全て道教があり、「それに基づいて、歴史を観察すれば、多くの疑問はたちどころに解決できる」

日本を創ったのは中国である。日本文化を創ったのは華僑である。こう言うと感情の上で納得できないのは無理もない。しかし歴史上の大変動があり、社会の構造が一変したあとになって、以前の歴史を回顧すれば、新しい時代の常識からは理解しがたいことばかりなのは当然である。……『倭国の時代』まえがき、 岡田英弘著 朝日文庫

科学が隆盛して発達している今日では、恐らく人は本当に、 永遠に死なないで得道成仙することができると信じているものにあうことは、めったにあるまい。人々は、武当山に登ったり、労山に遊んだり、門神の札を貼りつけたり、道観の縁日に遊びに行ったりしても、 ちゃんと別の考えと目的をもっているのである。しかし私たちは、わずかでも道教を理解することで、祖国の歴史と文化を広く知る手助けにでき、さらに多くの事柄を深く考え、 認識する手引きと成し得ることに気づくのである。……『中国の道教』金 正燿著

「コメント」道教は人間の本音の信仰だと私は思っている。本音とは人は心配、憂え、怒り、羨望、喜び、満足、感謝と様々である。それにあわせて「かみ様」に対する願はかわってくる。ときには、呪詛となることもある。ときには、望外の願をおねだりすることもある。 それは覇者即ち、皇帝の道教となって、ときには農民の必死の願が道教となることもある。戒律、禁忌、はない。金 正燿は『西遊記』の世界が道教の世界だと述べている。Kino


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1:福永光司氏の道教
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日本書紀、古事記、などの資料には、現在のアメリカに匹敵する古代中国の文化思想儀式などが取入れられて日本固有の王権が成立したことが分かる。しかし、信仰に対する王権の歴史はあるが、庶民の信仰の歴史は定かではない。古代日本の建国の正当性をドロナワ式に作りあげたきらいがある。

2:金 正燿氏の道教
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前2300年〜前1800年頃、中国に殷という国家があったことが知られている。殷の王は彼等一族と国家が益々繁栄することを天に祈った。 天候に恵まれ豊作であるようにと、隣国との争いに強気で出るべきか、話し合うべきかと、天の声を願った。そこで供え物をして、亀卜で天の声を占った。この時代の天の声とは先祖の霊であって、先祖にお伺いを立てることである。殷虚から出土した青銅の祭器に刻み込まれた古代文字から判明した。鬼道のはじまりである。王権道教は先祖信仰にはじまるが、民草。庶民、百姓の信仰の歴史もほのかに推察できる。。

3: 道教(日本人学者の分担執筆書)
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「道教とはなにか」
道教は儒教と同じく、中国人及び中国社会の総合文化態である。その要素には哲学、思想、宗教、迷信、民衆生活、風習、慣行、道徳、文学芸術、科学等があり、またはそれらと関連をもっている。中国の歴史を通じて、風土、地域的条件のもとでの政治、社会、文化の各事象との関連の中で展開された中国の代表的民族的宗教である。
文化複合体であるとする考えである(なお儒教と道教を対照的にとり上げ、中国の政治、社会を解明した点では、マックス.ウェーバーの大著がある)。
因果応報は仏教の教え、中国人や我々は、功過応報が社会通念である。
「善行を行えば、いい報いがある」これが仏教の「因果応報」の教えであると教わった。中国には「功過応報」という言葉がある。てがらをたてればご褒美がもらえる。悪事をはたらけば罰を受ける。という意味である。 私は最近まで「因果応報」を「功過応報」と同じに解釈していた。仏教の「因果応報」は奥が深い教えであって、 中国の「功過応報」は生臭い諺である。

4: 中国の鬼、日本の鬼
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『詳解漢和大字典』・『字統』・『史記』孝武帝本紀、第十二・『三国志』陳寿著「魏書」[烏丸・鮮卑・東夷伝]・「屬書」「劉焉伝」・「魏書」[張魯伝]・『魯迅』 ……「人」「鬼」の葛藤。丸尾常喜著・『新唐書』における鬼神、鬼道、鬼主(神主)などを検索してみた。
魯迅の実弟で文学者である周作人は次のように述べている。 私はいつも思うのだが、中国の人民の感情と思想はに集まり、日本ではに集まる。したがって中国を理解しようとすれば礼俗を研究せねばならず、日本を理解しようとすれば、宗教を研究せねばならない。(「我的雑学」十四、1944)

5:邪馬台国と鬼
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古事記に記されている「かみ」を拾ってみる。八百万神(やおよろづのかみ)天つ神の御子、熊野の山の荒ぶる神、国つ神、などとある。 これらの神々は「祖先霊」と書き替えると理解しやすい。「祖先霊」に自然神すなわち太陽神とか天神地祇などが付加されものであろう。
今は亡き御先祖様を中国ではという、お寺の過去帳のことを鬼籍というではないか。中国のは日本ではと呼ばれ、特に天孫降臨族の子孫はすべて「かみ(神)」であるということになる。
私は、「鬼道を事とし、能く衆を惑わす」とは女王卑弥呼の交霊術もしくは、降神術と解釈している。
和気の清麿も宇佐の八幡宮に詣うで御神託を受けている。

6:小乗仏教、阿含経
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大野晋氏がテレビ出演した。「大野晋さん、 あなたの漢字事典が馬鹿売れに売れているそうですが何故そんなに売れるのですか」とアナウンサーが訊ねた。 「たとえば、”思う”と”考える”の違いは」という項目では、”思う”はゆび一本つきだして、一つ事象についてそう思う、”考える”はゆび二本突き出して、二つ以上の事象についていずれが妥当かと考える。 こんなふうに漢字を解説した事典ですと大野晋が答えていた。 思ったことや、定説が正しいとするならば、論争は不要である。なぜなら、考えてはいけないというに等しいからである。私、自らもこの過ちを度々犯している。 外遊してカルチャーショックを受けて考え方が変わった、と洩らすひとが意外に多い。知らないことが非常に多いということであろう。 私は大乗仏教は小乗仏教に優るかのような、錯覚をもっていたが、考えなおす必要がある。小乗仏教と大乗仏教とを読み比べることによって、お釈迦さまの偉大さがわかってくる。
                                  
小乗仏教である阿含経はお経の中で最も古いお経といわれている。阿含経に次いで、般若経群が創作された。般若経は「空」の思想を説いたものであるが、摩訶衍の方が大乗より古いといわれている。
阿含経には大乗の言葉はない。般若経でも比較的古いものと新しいものとがある。
法相宗などになると、不空実相、諸法実相なる言葉が現れる。空ではあるが実は不空であるのが実相である。空ではあるが、もろもろの法則に従っているのが事実であると、補足された。それが法相宗であり、法華経もその流れに添っている。
大日経に至っては理趣経で「愛の表現」や「魔がさす心の葛藤」は自然の現象で菩薩像であると言っている。お釈迦さまは次々と「悟り」の解釈をよりこまかく解説している。お釈迦没後数百年から千年余経って創作されたお経であるに拘らずお釈迦さまの言葉だと主張している。後から史実が在来の史実より古く上に載ると、富永仲基の加上説はいっている。
阿含経では「悟り」を詳細に解説していない。
「お釈迦さまの悟り」に、以上の諸宗派の悟りはふくまれるが、「お釈迦さまの悟り」はこようなせまい解釈の悟りではないと、私は考えている。広大無辺であるが故に次々と時代に合わせて「我聞如是」と云う三千年前のお経が新たに発見される。そして信じて疑わない。これを加上説と云う。
                               
大乗仏教経典の特徴の一つは不可思議なエピソードが多い。小乗仏教は世界で最も不可思議の少ない教えであると言ったために、追放された教授がある。(確かイスラエルの大学教授だったと記憶している、)しかし、大乗も小乗も伝承である。お釈迦さまの著作ではない。小乗の経典が大乗になり現代に近づくほどに不可思議やご利益のある菩薩や如来が増えてくる、帝釈天とか八部衆とかは人ではない「非人」が現れる。
「信じて疑わない」のが信心であるが。現代科学が発達し、マスコミが速報する時代である。両者のバランスに留意すべきである。

7: 大乗仏教、般若心経
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●私は次のように考へる。
仏教経典は大乗、小乗に別けられている。 般若心経はどの大乗仏教にも引用されているから、般若心経は他の大乗経典より成立年代の旧い大乗仏教の経典である。
その般若心経は阿含経に含まれる用語、思想を引用していること。 mahayana 摩訶衍、大乗の言葉を始めて使用したことが知られている。 大乗とは「すぐれた教へ」ということである、阿含経信者が自らを卑しめて小乗仏教と自称することは有り得ない。小乗仏教では我々と同じ人として、大乗仏教では超人として記述されている。

8:吉野裕子氏の陰陽五行
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いわゆる神道というのは日本の民族信仰であって、これは、日本の固有信仰であったといわれる。
その形成は既に弥生時代に始まると推定されるので、 その意味では民族信仰とするのは穏当であるが、 固有信仰というのを、日本列島以外に現在においては展開していない信仰という意味以上の価値をふくむものと解するのは、かならずしも妥当ではない。

すなわち、日本で独自に発生し独創的に展開して完成されたもの、したがって、 日本民族にとっては唯一にして絶対的な信仰であるとの価値観を未来永劫本質的に具有している、といったような理解をすることは誤りである。
固有信仰という表現の語は、ややもすれば、そういった把握をされがちなことばであることは否定できなかろう。 その意味で、”在来信仰”という表記のほうがー仏教や儒教・キリスト教などを外来信仰ないし外来宗教というのに対してーむしろ適当と考える。……『日本古代の道教・陰陽道と神祇』 下出積與著 吉川弘文館

9:桜井徳太郎氏の民間信仰
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我々は宗教とか信仰について、あまり厳格な定義など考えたこともない。だが、道教について勉強するとなると、これを宗教と云えるか、民間信仰というのか、両者の違いはどこにあるのか。定義が定まっていないと議論が噛み合わないことになる。宗教論議の標準として掲載する。道教では信仰の対象はなんでもよい。気が向けばイワシであろうと、キリストであろうと、構わない。

10:阿満利麿氏の日本人はなぜ無宗教なのか
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私は無宗教であると言うひとが日本人には多い。明治政府の日本神道は非宗教であるとか、諸々の宗教に対しての干渉などで警戒感が生じたからではなかろうか。 つまり、日本人の多くが、「無宗教だ」というときには、「特定の宗派の信者ではない」という意味なのであり、キリスト教徒などがいう「無神論者」ということではない。 これは日本が歩んだ歴史の産物で、明治政府が大きく関わっているように思われる。日本人はクリスマスをデコレーションケーキを買って祝う。これは信仰であろうか。

11:発生期の現代神道…神職のための手引書
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大正七年一月から二月にかけて、民俗学者柳田国男の「神道私見」が丁酉倫理学会の講演集に連載された
柳田は国家神道よりも民間信仰のなかにこそ日本神道の源泉を求め得ると主張したのに対し 国学院大学教授の河野省三は同誌に「柳田君の『神道私見』を読む」をもって異見を示した。   8:9:10:と関係づけてお読みください。

昭和二十一年九月十日に発行された藤樫準二(当時の毎日新聞記者)著 『陛下の”人間宣言”ー旋風裡の天皇を描く』(同和書房刊)であらう。同書の中に 「これまでに『朕は神なり』と仰せられたこともなく、ただ指導者が、勝手に神格化してしまったのであるが」……とあるが昭和初期、我々は信じてそれに従った。たとえ、 疑いをもっても、指導者の命令には逆らえない。

人間は自分の教養或は、価値観でものを決定する。
どんなに良い事柄でも反対派があるはずである。不敬罪、治安維持法、 国民総動員、挙国一致、タブー、という言葉は疑問点をすべて隠してしまうから、反対を抑え、疑問点を隠すに都合のよい合い言葉である。リーダーとか、それに同調する輩に注意せねばならない。
国民の総意だとか常識だこか軽々しく言い切ってもらっては困る。

日本王権は中国王権の道教に類似している。日本庶民の信仰文化は中国に類似している。敗戦後、経済では先進国の仲間入りしたが、精神的には国家神道から抜けきらない。明治の建国精神から江戸時代にもどって、日本の常識は世界の非常識と揶揄されないようにしたい。

知・情・意」という言葉がある。
こうすれば、ああなる。と知っているが、我慢できなくて、やっちゃた。あいつが悪いんだ。このとき、
「こうすれば、ああなる」は客観的判断で、「智」である。
「分ちゃいるけど、やめられない」は主観的判断で。「情」である。
「意」を主動するのは「情」のことが多い。そして悪い結果は他人になすりつける。
神のお告げに従わないと「罰」が当たるぞ。「神さまのお告げ」って本当?。怖いから従おう。恐怖の「情」が「智」に勝って「意」はお告げに従った。お告げに従って得をするのは誰であろう。今でもよくある「神」「お上み」のためと云われた時は、周りの鬼卒の監視の目が怖い。