1999年度 第3回JASPM関西例会 発表報告
(日時: 1999年 9月18日土曜日 14:00-18:00
場所: 関西大学社会学部マスコミ実習室111)
発表者 中野 隆
発表題目: スプートニクス論
報告者: 小笠原 摂
今回の中野氏の発表は、スウェーデン出身の「エレキグループ」スプートニクスの活動を振り返り、その音楽的特徴を解説するというものであった。そこには発表者独自の分析方法や、同時代のエレキグループとの比較なども含まれる。当時のレコードジャケットを陳列しての説明に加えて、スウェーデンという地理的状況を簡単な説明、そしてバンドの活動の歴史を振り返る。発表者によると、スプートニクスに関する出版物は現在まで非常に少なく、資料収集においてかなりの苦労があったとか。
発表者はバンドの活動の歴史の中の「第1期」と呼ばれる62年から63年の音源を中心に議論を進めた。バンドの中心人物であるボー・ウィンバーグの幼少時代のエピソードや音楽経験を紹介し、それがスプートニクスのサウンドにどのような影響があったのかなどを解説していく。また実際の音の例として、原曲はチェット・アトキンスの「トランボーネ」を紹介し、あわせてアメリカのベンチャーズ、日本の寺内タケシなどを例に出し、いかにスプートニクスのサウンド、特にエレキギターの音色がいかに特徴的であり、発表者にとって魅力的であるかが説明された。それらの音色を表現するさいに使用されたのが「スペース・サウンド」という言葉、そして旋律を評して「哀愁メロディー」という言葉が用いられた。しかし、これらの抽象的な表現は、印象批評の域を出ないばかりか、楽曲分析の手法としては、なんら妥当性を持たなくなる危険性を持つ。分析において分析者の主観的な見方が反映されるのは、不可避の事ではあるが、まさに印象のみをもって語る発表者の態度は、科学的な分析のそれとは遠いものであると感じられる。
また、発表中に使われた概念、用語の誤りの指摘がフロアから多数あった。決定的だったのが、接合理論の誤用である。発表者はミドルトンの接合理論を援用して、スプートニクスの音楽テクストを分析しようとした。ひとつのバンドが演奏する音楽の中に様々な要素がまとめられて、それぞれがまた違った魅力を持つ、という現象を説明するためのこの理論の援用であった。しかしそれは、単なるスタイル上の引用であって、ミドルトンの言う「接合」とは何の関係もないものである。その効果を説明するならば、引用の手法や音楽の意味素などの説明をするべきだっただろう。
中野氏の発表を受けて、フロアでの議論は日本におけるエレキギターの受け入れられ方へと焦点を移した。エレキギターをとりまく当時の日本の状況はどのようなものだったのか。なぜ、エレキは「不良」とされたのか、エレキギターは当時の若者文化のなかでどのような意味を持っていたのか、などが主な論点であった。報告者自身がポピュラー音楽の中のギターに関心があるということもあって、ここで交わされた議論は今後の研究に対して何らかのヒントを与えてくれたように思う。
発表者はスプートニクスの「普遍的な価値を論じ、主張したい」と発言したが、それでは上に書いたように印象批評の羅列に終わってしまう可能性がある。分析方法において何らかの改善があれば、それは回避できるかもしれない。そのような意味からも、以下に紹介する関西大学の小川氏からの発言は、中野氏の今後の研究の方向性に対しての、有益な示唆であったのではと考えられる。それは、「エレキギターをとりまく当時の(60年代の)日本の状況は、非常に興味深いものがある、したがってそれらを含めたスプートニクスの日本での受容をさらに調査し、研究を進めた方がいいのではないか。」というものである。フロアからの意見などを参考に、今後中野氏がどのような研究成果を報告してくれるのか楽しみにしたい。