金沢大学大学院教育学研究科音楽科教育専攻修士課程
学位請求論文【要旨】
題名「ミスター・ビッグ・イン・ジャパン:
日本におけるアメリカン・メタルの受容」
現代の日本において、私達は世界中の様々な文化圏からの音楽を耳にすることができる。特に、イギリス、アメリカ合衆国から日本に輸入されるロック音楽を中心にしたポピュラー音楽は、日本国内のレコード売り上げにおいて主要な部分を占めている。そこで聴かれるアーティストの中には、本国よりも日本での人気が顕著なアーティストも少なくない。彼らのような演奏家は、「ビッグ・イン・ジャパン」(Big in Japan)という呼称を用いて紹介されている。
日本の聴衆の中で絶大な人気を誇っているアメリカ合衆国のロック・バンドにミスター・ビッグ(Mr. Big)という白人男性4人で編成されているバンドがあります。彼らは現在も日本で人気が持続している限られた例の一つである。そのバンドを輸入音楽の日本での受容を問題とする本論の事例研究として採り上げた。
彼らの出身地であるアメリカ合衆国、そしてポピュラー音楽の大きな市場であるヨーロッパ諸国よりも日本国内でのレコード売り上げと、知名度が高い彼らの人気の秘密はどこにあるのか。日本人の音楽聴取者が、異文化としてのロック音楽をどのように受けとめているのか、また彼らはそこにどのような意味を書き込み自分達の文化として取り入れているのかを探ることが本論の大きな目標の一つである。
第一章では、ミスター・ビッグが聴かれている背景となるへヴィ・メタルの発展の歴史を振り返った。様々なサブ・ジャンルが共存するこのジャンルの中で、ミスター・ビッグは、このジャンルに属する演奏家の特徴である「技巧重視の姿勢」と、1980年代半ばに生じたジャンルの性格の刷新に影響を受けたと考えられる「大衆性」という二つの要素を両立させている。
第二章では、ミスター・ビッグが演奏する音楽のテクスト自体の記号論的分析、及びその受容形態の分析を行った。その結果、聴き手個々人の多様な音楽的嗜好に対応した多様な音楽スタイルを体現していることが聴き手にとっての大きな魅力となっているという結論が導かれた。
続く第三章では、消費者としての聴き手に商品としての音楽を送り届ける役割を担っている日本のレコード会社の実状を、ミスター・ビッグが所属するレコード会社の洋楽担当者とのインタビュー調査をもとに明らかにしていった。レコード会社側が考案した日本の独自性を強調した販売戦略が効を奏し、ミスター・ビッグのレコードの売り上げは4枚のレコードが出るたびに増大してきている。
最後の第四章では、聴き手自身のミスター・ビッグの音楽に対する接し方や捉え方をまとめる為に、バンドのファンとのインタビューおよび、アンケートを行った。それによって得られた資料をもとに、聴き手の音楽経験、彼らがバンドに何を求めるのかなどの違いによって聴き手の集団を類型化する作業を行った。それによると演奏家に対する聴き手の要求は様々で、バンドの人気の主要な部分であると考えられる女性ファンはスターと多数の聴衆という関係を解体し、演奏家と自分との間に個人対個人の信頼関係を築こうとする。また自らも電気ギターやドラムスを演奏するアマチュア演奏家としての聴き手はバンドにへヴィ・メタルの伝統的な姿勢である楽器演奏の高度な技巧を求める。それに対して、第2章で見たようなミスター・ビッグの音楽の多様化、つまりへヴィ・メタル以外の音楽スタイルを取り込んでいく姿勢に反発し、より正当な、純粋な形でのへヴィ・メタルの演奏を期待するファンも存在している。演奏家の日本のファンに対する信頼、親近感を雑誌などのマスメディアに発表することによって聴き手との結びつきを確認する作業の上に、多様な音楽的特徴を取り込んだその音楽が、多様な価値観を持った聴き手個々人を惹きつけているのである。
世界の音楽消費大国となった日本において、日本人が外国で生じた音楽文化をどのように受けとめているのかがこの本論の最大の関心事であった。特定のジャンルの特定の演奏者とその聴き手に関するこの調査それに伴った結果の分析の作業を、日本における外国音楽の受容形態を考える上での一つの試みとして位置づけたい。
世界中にコンピュータを介したネットワークが張り巡らされ、多国籍複合企業としてのレコード会社の性格が強調されている現代において、特定の音楽テクストが社会的、経済的、また歴史的背景の異なった文化圏の人々によって受容されるという状況は加速していく一方である。音楽の聴き手、テクストの受容者は、雑誌やテレビといったメディアによって伝えられる音楽テクスト以外の要素、つまり演奏家自身の価値感、性格や容姿を個々人の価値感に照らし合わせて受容しようとする。そういった意味で、異文化としての外国のポピュラー音楽という問題は、将来一層音楽という枠にとらわれない普遍性を帯びることだろう。
index of the "past"
back to contents