ニュース45号 2001/9発行

  ■7・27差別排外主義と歴史歪曲に反対して共生社会をめざす横浜市民集会報告

  ■石成基(ソク・ソンギ)さん逝去される

  ■とってもエキサイティングな韓国学習と交流の旅記

  ■県外国籍住民生活実態調査結果が語る在日の現状

  ■日本政府報告書の社会権規約委員会速報!


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■7・27差別排外主義と歴史歪曲に反対して共生社会をめざす横浜市民集会報告

 外国人参政権論議や「つくる会」教科書採択において、また、小泉首相の靖国神社公式参拝においても見られたように、今、国家中心のナショナリズムと排外主義を煽動する右翼的な政治運動が頭をもたげはじめてきています。ファシズムの台頭が思い起こされるようなこうした動きに沈黙することなく何とか声を上げようと、呼びかけ人が誘い合って横浜集会に向けての実行委員会を立ち上げました。そして、単に排外主義に反対の声を上げるだけでなく、この集会を契機にアジアの人々との共生をめざす市民運動のネットワーク作りをしていこうと話し合いました。まさに、その最初の取り組みが今回の「7.27横浜市民集会」でした。

今回の集会は、とかく労働組合の動員に依存しがちだった従来の集会スタイルを改め、参加する市民一人一人の主体性を大切にする市民運動型のものにするよう努めました。それは、排外主義を煽るナショナリズムの台頭には、市民一人一人が自覚的に声を上げていくことが極めて大切だからです。

「7.27横浜市民集会」は130名を越える人の参加を得て久々に開港記念会館の大会議室を埋め尽くすことができました。参加者はこれまでの運動の中で関係ができた方々をはじめ若い人たちの参加もみられました。手作りの市民集会ということもあってとても明るい雰囲気の中で進められ、とりわけ李政美(イジョンミ)さんのミニコンサートがオープニングに花を咲かせてくれました。「京成線」や「アリラン」など李政美さんの透き通った歌声が会場に響き渡りました。

その後、教科書問題では学校現場に立つ教員からのアピール、参政権問題では在日韓国人青年から、それに靖国神社公式参拝や滞日外国人問題などでもそれぞれ主体的に取り組んでいる方々からアピールがありました。また集会の基調では横浜でも民族差別や排外主義の動きが強まってきている現状にあること、そして一部で表面化してきた「つくる会」教科書の採択の動き、またそれに抗議する栃木県下都賀の市民の動きなども報告されました。なかでも、具体的な課題として、この間、横浜市に対して市民団体が、外国人市民施策の実現をもとめて働きかけてきたことに触れ、横浜市側が市民団体と話し合いすら持とうとしていない現状が報告されました。国際室は話し合いを約束しておきながら、「あの時そういわなければ返してくれなかった」などと後になって市民団体を侮辱する態度をとっていることに、参加者の中からも怒りの声があがりました。

 また会場からの発言として、この間「ヨコハマハギハッキョ(夏期学校)」を取り組んできた教員から「市民自らがアジアの人々に加えた加害の事実をキチンと学んでいくことが大切ではないか」との発言がありました。

最後に以下の5項目の要望を盛った決議文が参加者の大きな拍手で採択され、集会の2日後、横浜市に要望書として提出されました。また、会場では運動を支える資金カンパとして51655円のカンパが寄せられました。
【5項目要望】
1 横浜市における歴史歪曲の教科書の採択反対
2 小泉首相の靖国神社への公式参拝反対
3 外国籍市民施策をサボタージュする横浜市政に抗議する一日も早く関係団体との話し合いをもつこと
  同時に、住宅支援や、介護問題など早急に取り組むこと
4 横浜市外国人市民会議の設置を行うこと
5 外国籍市民の地方参政権の実現を行うこと

さて、8・15が過ぎた今、小泉首相の靖国参拝は結局8月13日に行われてしまいました。一方、「つくる会」教科書の採択は0.1%未満の採択に終わりました。(もちろん0.1%未満であってもこれを養護学校に押しつけるという東京や愛媛の教育委員会のやり方は断じて許されるものではありません。)これまでの動きを振り返ってみると、日本各地で、小さくても大きくてもいろいろな形での市民運動の立ち上がりが見られました。こうした動きが少しずつ(もちろんアジアの人々はいうまでもなく世界の人々とも)繋ぎ合うことによって日本社会の流れを少しずつ変えていくことができたのだと思います。

 ただ、これで終わりという訳ではない以上、むしろ、どうしたら平和で友好的な関係がアジアの人々との間に築けるかを、今回のことを素材としながら考えてみる必要があると思います。勿論、歴史との関わりを抜きにしてはあり得ませんし,過去に向き合うことは同時に今を問うことでもあり,また現在を問うこと無しには未来はないからです。

この間の教科書採択や靖国をめぐる市民運動の各地での取り組みは共生社会に向けた第一歩であったと思います。と同時に、改憲を目論む排外主義勢力との闘いの第一歩でもあったことも、また、確かなことなのです。(お)

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■石成基(ソク・ソンギ)さん逝去される

 去る、8月30日午前11時に、戦後補償裁判の原告の石成基さんが、お亡くなりになりました。享年79歳、死因は心不全、意識不明のままのご逝去でした。1992年8月に、故・陳石一さんとともに、戦傷病者戦没者遺族等援護法の障害年金支給却下を不服として、国を相手に東京地裁に提訴し、2001年4月5日に最高裁敗訴判決が下りました。それと前後して、同年4月1日から「弔慰金等支給法」が施行され、ご本人の希望で申請され、見舞金及び生活支援金400万円が支給された直後のことでした。

 「在日の戦後補償を求める会」は、この10年の闘いでしたが、石さんは、戦後一貫して、様々な形で闘ってこられました。 亡くなった日に、李仁夏代表と共にご自宅に出向き、お顔を拝見しました。その表情は力いっぱい闘い抜いた人の、安堵のようなものがうかがわれました。まだ、意識のある時、国連の社会権規約委員会の動向を気にされており、私がうかがった最後の言葉は、「日本人と同等の補償をお願いする」というものでした。最後までの闘争心。心半ばの死。自分の意志を貫き通した人生。悔しさと安堵感は、9月3日の通夜、4日の告別式に出席したすべての人々の心に、伝わってきました。

 石さん、本当にお疲れさまでした。そしてこれからは、陳石一さんや鄭商根さん、趙ヨンスさんと共に、安らかにお眠りください。(ち)

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■とってもエキサイティングな韓国学習と交流の旅記

 今年の外登法連絡会議、神奈川人権センター主催の「韓国 学習と交流の旅」は、8月21日〜24日の日程で実施されました。
 ナヌムの家、西大門刑務所跡地、景福宮、日本大使館前の水曜集会、ソウル大学鄭在貞先生の講演会と、観光ツアーでは訪れることのない、日韓の歴史の中での痛みを感じとるツアーであり、エキサイティングな体験もありました。
 特に今年は桜本保育園の保育士さん二人が参加し、感想を残してくれましたので、それを掲載します。

 今年の夏、私は第8回韓国学習と交流の旅に参加した。ビジネスクラスのシートを使いこなせずあたふたしているうちに、わずか1時間50分ほどで仁川(インチョン)空港に着いてしまった。ツア−初日は、そのままバスに乗ってナヌム(分かち合い)の家を訪れた。ナヌムの家とは、戦時中に日本軍の性暴力被害者とされた「元従軍慰安婦」のハルモニたちが、共同生活をしている施設である。

 ナヌムの家に隣接して、日本軍「慰安婦」歴史館が建っていた。そこには、「慰安婦」問題に関するパネル展示や慰安所の復元模型、慰安所関連の遺物などさまざまなものが展示されており、「慰安婦」に関する歴史を垣間見ることができるようになっている。私がそこで最も印象に残ったのは、ハルモニたちが自分の過去を描いた絵の数々だった。中でも、少女が憲兵に引っ張られている絵や、サクラの散る木の下で横たわる裸の女性の絵などを見た時、ハルモニたちの悲しみがズシリと胸にひびいてきて心が苦しくなった。

 私たちが帰るとき、二人のハルモニが見送りに出てきてくださったので、「カムサハンミダ」と言って握手をすると、一人のハルモニが私に短い言葉を言った。何度か聞き返しても意味がわからない。私はただ、「うん」とうなずいてそっと抱きしめた。そばにいた日本人の通訳ボランティアさんに意味を聞くと、「またおいでって言ってるよ」と教えてくれた。それを聞いてじ〜んと胸があつくなり、もう一度ハルモニと握手をした。そして「また来ます」と言って、ハルモニと別れた。ほんのつかの間の出会いだったが、またいつか必ず韓国に来たいと強く思わせる出会いだった。

 次の日は、さらに衝撃的な出来事があった。日本大使館の前で行われる「水曜集会」に参加したことである。この水曜集会は、1992年から現在に至るまで続けられている、ナヌムの家のハルモニたちや賛同する市民たちによる抗議集会である。
 この集会に参加するのは、一筋縄ではいかなかった。全く予想してなかったことが起こったからだ。私たち一行が日本大使館前の道路まで行くと、そこは韓国の警察によって道が封鎖されていたのである。私たちの姿を見ると、彼らは隊を組んで完全に道を封鎖した。その重々しい雰囲気に私はかなりびびった。

 通訳ガイドさんが集会に参加したい旨を警察に伝えると、彼らは「日本人はダメだ」と言う。理由のわからない私は、てっきり「ああ、やっぱり歴史教科書の問題や小泉首相の靖国参拝問題が影響してるんだな」と勝手に解釈していた。

 数十分そこで立ち往生していると、警察をかきわけて一人の韓国人男性が私たちに会いに来てくれた。彼は小声で「これから裏道を案内します。小走りでついてくるように」とだけ言うと、私たちを別の方向へと導いた。最初の裏道は見張りがすでにいて断念。そして次の裏道にも、4人の警察が鉄の盾を持って警備をしていた。「やっぱりダメなのかな。でも、ここまで来て集会に参加できないなんて悔しい!」・・・そう思った時、「えっ?!うそでしょ?!」と思う出来事が起こったのだ。そう、警察の制止を無視して、みんな中に入り始めたのである。私も負けじと警察の間をくぐり抜けようとしたが、一人の警察につかまれどうやっても中に入れない。とその時、後ろから韓国人が数人やってきたのだ。「しめた!」と思った私は、すかさず韓国人男性の後ろにつかまり、彼を盾にして中に入ることができた。それはもう、無我夢中になってやったことである。心臓がバクバクして、「捕まったらどうしよう」という恐怖感を感じながら、小走りで集会の場所まで行った。そこでやっとツアー参加者であり、私の職場の先輩でもあるH先生と再会し、二人で「こわかった〜!」と涙しながら抱きあったのだ。今でこそ笑い話だが、その時は恐怖でいっぱいだった。

 こうして私たちは無事集会の場所までたどり着き、ハルモニたちと一緒に参加することができたのである。そこでわかったことがあった。警察に通行止めされていたのは、日本人だけでなく、集会に参加しようとする韓国の学生たちもだった。そして、警察を配置させたのは日本大使館の要請だったということも。それがわかったとき、私はものすごい憤りを感じた。何百回と続けられている集会に対し、向き合おうとすらしない日本政府に。

 韓国に来てわずか二日目だったが、なんて波乱万丈な旅なんだろうとつくづく思った。この出来事が私にとってあまりに刺激的すぎたのか、三日目の朝に熱を出してしまった。しかしその日は独立記念館に行く日。薬を飲んでちょっと楽になったので、無理を押して行くことにした。独立記念館は、広大な敷地にあり、韓国・朝鮮の歴史に関する膨大な資料が展示されていた。中学のときの歴史教科書に載っていたこともあったが、私が全く知らないたくさんの歴史がそこにあった。そして、私自身あまりにも歴史について知らないことを、強く思い知らされたのである。

 わずか三泊四日の韓国旅行だったが、その場所に行ってみないとわからないこと、感じられないことがたくさんあった。日本に帰ってきて、今一番興味のあることは、歴史を勉強することだ。過去にあったことが、日本と韓国ではあまりに違いすぎていた。歴史にはいろんな見方があるのかもしれないが、互いに共通の認識を持つ必要があると思う。ナヌムの家のハルモニたちのことを、どれだけの日本人が知っているだろう。また、日本に住む子どもたちが、これからどんな歴史教育を受けていくのだろう。いろんな不安はあるが、まずは私が少しでも誰かに伝えていけるようになるために、歴史について知っていく必要があると感じている。そして、また必ず韓国を訪れたいと思っている。(稲村知子)

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 三泊四日と短く駆け足の、それでも刺激に満ちた旅でした。出発前の私にとって一番の目的は、ナヌムの家を訪ねハルモニ方と出会い、戦争がもたらした惨たんたる事実と向き合いたい、というものでした。残念なことに、連日30度を越す暑さが続いた中、ハルモニ方は疲労のため休んでおられ、直接の対話はかないませんでした。

 しかし翌日、前週の小泉首相の靖国神社参拝を受けての厳戒な警備の中、機動隊の盾の壁を押し分けてたどりついた日本大使館前での「水曜集会」では、胸の内の苦しみ、悲しみを訴えるハルモニ方が目の前にいました。若さの輝きと平穏な暮らしを地獄の苦しみの中で奪われた女性が、今は暑さ、寒さの中それぞれの「生」を送りながらも、もの言わぬ建物に向かい魂の声を挙げ続けるその姿を目の当たりにし、ただ立ちつくすばかりでした。(余談ですが、私はこの日誕生日でした。一生忘れない誕生日になりそうです。)

 その夕、学習会で鄭在貞氏の講話の中で印象的だったのは、“今、韓国の歴史研究者の中で、日本の歴史教科書問題を受け誤った歴史観を批判しつつ、自国のナショナリズムをあおるのではなく「世界的な普遍的な平和・相互理解・友好・協力」という視点にたつ歴史認識を日本と共同でつくっていこうという動きがある”という話しでした。そして「政治的意図」と「歴史」を今こそ切り離すことが必要とされている、とのことでした。

 まさに「国家的」に巧妙に歴史観をゆがめていこうとして政治と、それに迎合される「国民」という現在の日本の方向に、改めて恐ろしさを感じました。
 日本に帰る空港で、4日間お世話になったガイドさんの方から「保育園の仕事、頑張って下さい」と励まされました。この旅で受けた刺激と感銘を、自分の足元にある地域や仕事の中にどう返していくのか、自分の中にある歴史観、戦争観、差別感が新たに問われていると感じつつ韓国をあとにしました。(長谷川久子)

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■県外国籍住民生活実態調査結果が語る在日の現状

 先月号でお伝えした今年の総会での「神奈川県外国籍住民生活実態調査」報告について簡単に紹介したい。この調査は1999年12月〜2000年2月に外国人登録原票から無作為抽出した3000人のうち1007人(回収率37.2%)の有効回答を得たにアンケート調査と、それを元に107人にインタビュー調査を行った調査報告である。回答者の国籍比率は、コリアン26.1%、中国26.6%、フィリピン9.2%、ブラジル8.2%、ペルー4.1%、タイ3.0%、いわゆるインドシナ3国1.6%などである。この調査結果からわかる特永住者である在日コリアンの問題は、以下のようであろう。

1 高齢者傾向の進展
 調査結果からの60歳以上の比率は、オールドカマー(この調査ではこの用語カテゴライズされている)23.6%に対して、総合計の比率は7.9%であり、他地域出身別のカテゴリーでも2.2%〜9.6%で、特徴的に在日コリアンの高齢化率が高いことがわかる。法務省統計においても日本人と特別永住者の年齢分布はかなり似ている。

2 就職差別は存在?。それとも改善?
 職業における調査結果は大変興味深いと言える。40歳〜59歳の自営率が52.1%と中高年層の自営率がことのほか高い。この比率は同年齢の男性のみだと74.3%となる。一方、この自営業者層の年金の加入率は男性で34.0%、女性で27.3%と低い。このことから、自営でも大企業の企業の経営でなく、どちらかというと中小零細の自営と予想でき、自営率の高さは、就職差別の要因と予想できる。
 一方、若年層においては正社員が39.7%と多くなり、同年齢の男性だけでは 55.2%となる。調査報告書では「昨今の労働市場の開放傾向」と指摘している。 しかし、私は、「就職差別の経験あり」が、18〜29歳:28.6%、30歳〜39歳:16.7%、40〜49歳:25.0%、50〜59歳:33.3%、60歳〜:14.3%という全年齢層で差別体験者がいることに注目したい。60歳以上はともかくも、30〜39歳はバブル期であったことを考えれば、その年齢層の比率の低さは納得でき、結論として就職差別は存在することの証といえるだろう。これを裏付けるようにオールドカマーの教育の心配ごとでは「就職差別が不安」が32.1%と高率であった。

3 年金加入率の低さ
 健康保険の加入率が約80%を越えるなか、年金加入率は33.3%と低率である。これはもちろん国民年金に国籍条項があった故であろうし、この問題は現在においても高齢者、障害者において制度的な無年金者を生み出している。これを表すように60歳以上においては87.8%が未加入であった。しかし、深刻なのは、それ以外の年齢層においても過半数が年金に加入していない状況である。現在、年金制度をベースに介護保険事業が開始されているが、無年金の問題が解決しないかぎり、在日コリアンの老後は悲観的である。

4 本名(民族名)
 調査全外国籍全体では、62.1%が本名を使用しているのに、オールドカマーになると、本名使用は22.8%と低率になる。しかし、子どもの本名使用率は53.1%となる。もちろん教育現場における環境整備の推進もあるが、この差に「本名をできたら名乗らせたい」という親の期待、本名への思いを感じるのは私だけであろうか。

6 入居
 住まいを探すときの困難では、「特にない」が過半数を超えていることにびっくりした。大阪の入居訴訟以降、国籍による入居差別は違法ということが浸透しているのか、それとも…。しかし、外国籍を理由に断られたのが25.5%と未だに、全体の1/4を占めている現実があることは確認しなければならない。入居の問題は、在日コリアンだけでなく、出身地域別全体で見ると特色がもっとでていている。(次の機会に)

6 インタビュー調査から
 在日コリアンのインタビュー調査は、50歳代から80歳代の在日コリアン一〜二世13人に行われた。植民地支配、そして解放、差別の中での生活と、激動の中で半世紀以上、日本社会に根を下ろした彼女彼らの生活の実態史をどう聞き、どうまとめるか、調査者自身のその重みを感じる文章であるが、ここではその中からでた求められる取り組みを列記しよう。
・在日コリアン高齢者が集える場の保障
 戦中・戦後一貫として「居場所」(物理的な場だけでない)がなかった一世のありままの受け止められる「場」、彼女彼らが臆することなく「自分らしさ」(民族的な)を出せる場が必要。
・福祉年金の増額
 社会福祉、特に年金制度から排除されてきた一世の生活基盤と年金から排除された反省にたち、自治体で行われている(県下いくつかの町村では未実施)福祉給付金(手当)制度の増額(現状:1万8千円〜2万1千5百円)を提言している。また、介護保険の減免などの必要性も提言している。
・朝鮮学校への援助
・教育・学習に関して
 在日コリアンの歴史教育の推進、在日コリアンの子どもたちの本名指導の推進等、学校、生涯教育等の取り組みとその拠点づくり。

 紙面の関係上、かなり荒くなったが、「神奈川県外国籍住民生活実態調査」報告の一部を紹介した。細かくは、報告書が「かながわ自治体の国際政策研究会」(事務局 神奈川県県民部国際課)までといあわせてみてはどうだろうか。もちろん、この調査、在日コリアンだけでなく、様々な外国籍県民の調査となっており、必見である。県国際交流協会並びに協力したNGOの労をねぎらいたい。がしかし、調査はすることが目的でなく、調査した実態から行政が、市民が、NGOが何をなすべきかを考え、行動する第1歩でしかない。この調査結果から21世紀の行政施策はいかに展開されていくのであろうか。ただマスコミ的に人の話を聞きだすだけでない、何かを生む調査であって欲しい。そのためには、私たちも考えなければと思う。(S)

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■日本政府報告書の社会権規約委員会速報!

 さる8月21日にジュネーブで経済的社会的文化的権利に関する国際条約(社会権規約)の第2回日本政府報告書に関わる審査が行われ、8月31日に総括所見が採択されました。

 今回の審査に際しては、国内の様々なNGOがカウンターレポートを作成し、そして60人以上がジュネーブに渡り、8月13日、20日に社会権規約委員にブリーフィングを行い、審議を傍聴しました。私たち、みんとうれんは「NGOレポート連絡会議」でカウンターレポートを提出しました。援護諸法の国籍条項撤廃を訴えていた石さんなどと在日の戦後補償を求める会は、独自にカウンターレポートを作成し、当事者の姜富中さんと弁護士の小山氏等が直接ジュネーブを訪れ、ブリーフィングを行いました。紙面の関係上、その全文は来月号にするとして、ここでは在日の部分だけ簡単にふれてみます。

 在日の問題としては、無年金問題、旧日本軍軍人・軍属の援護諸法の国籍条項問題、地方公務員の国籍条項問題、民族学校の問題、ウトロ問題などがカウンターレポートにとして個別具体的な問題が委員に提起されました。審査はまず日本政府の規約の位置づけについて問われました。

 「規約についてどのような行政措置がとられているのか。〜特定な立法で人種差別に対応する必要がある。特に外国人にはそうだか、具体的な立法化は進んでいるのか〜規約は国内法を上回る国際法である。姜富中事件(援護諸法の国籍条項問題)下級裁判所で国籍差別撤廃のための立法が必要だとしたが、最高裁はこれを棄却した。〜規約が適用されていない〜」。これに対して政府(人権人道課長)は「〜条約は国内法として効力をもち、法律に優先する〜」しながらも「〜合理的区別であり差別ではない。憲法は絶対的な平等を保障をしたものではなく、合理的区別を排除しない」と対抗していたが、むなしい答弁の雰囲気がありありだったらしいです。

 委員ひとりひとりが社会権規約に関する日本政府の対応を具体的な問題をあげながら鋭い質問をぶつけていきました。特に選択議定書批准に関わることが重要な関心ごとのようですが、在日の問題もかなり引用されていた。
 「アイヌ、部落、コリアン…、過去から差別を引きずってきたが、あらゆる差別を撤廃する状況になっていない〜」「コリアンは日本に63.8万人が住んでいる。背景については少々知っているが、非常に悲しい出来事があって〜強制連行されてきた。現在の大半は日本生まれである。〜NGOからいただい資料によると差別に関する申し立てがある。〜(姜富中事件の説明:省略)〜朝鮮人にも正義を与えなければならない。経済権利、同等の権利を与えなければならない。」「一般的説明に納得していない。非差別を漸進的に実施するというが、そうではない。〜合理的な差別や区別というのは理解できない。〜朝鮮学校が設立されているが今まで学校教育法における正規の学校と認められず、国立大学の受験ができなかった」「ウトロは50年住んでいたのに退去されようとしているのに政府は介入しようとしない。〜政府が仲介をすることが必要ではないか。居住の権利に政府が中心的な役割を果たす義務がある。〜」等々と。

 その他、歴史教科書問題、新渡日外国人の問題(教育、生活保護受給等)、障害者、男女問題等、様々な人権問題が審査では委員の方から指摘されていました。あまりにも問題が多いためか、時間が足りず、全く審査しない問題ありました。なお、この報告は、前田朗氏(東京造形大)の速報からの抜粋でした。 来月号に社会権委員会が採択した最終所見を掲載します。とりあえず報告まで。

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