『縞縞』の方法


詩は周期性から世界を叙事する行為だ。つまり、周期性に世界を叙事する根拠を見定めることが「詩」に要請されていることだと私は考えている。

『縞縞』は、字義通りの意味を追う詩ではない。意味伝達を目的としてコミュニケーションをもとめる詩ではないのだ。『縞縞』は、マテリアルが選択されている理由や、詩の周期性を意識する体験によって、聴(読)者みずからが新たな意味、アイデンティティを画定することを求めている。

『縞縞』というタイトルは、制作を始める前にすでに決めていたのだが、それは、川上紳一著『縞々学──リズムから地球史に迫る』(東京大学出版会 1995年)を参照したことによる(表記は変えた)。縞々学とは、「四六億年の地球の歴史のなかで、地球上で起こった周期的な変動(リズム)や突発的な出来事(イベント)を手がかりに、地球の動的状態を理解しようという」地質学者、地球物理学者、生物学者、物理学者、非線形数学者らによる先端的な共同研究だ。例えば、生物の大量絶滅、地球磁場の逆転頻度、衝突クレーターの生成年代、海水準変動、大陸洪水玄武岩の活動などには、いずれも三千万年の周期性がみとめられ、これらの現象には銀河系の構造との相互作用があるのではないかという説を打ち出したりしている。縞々学は、地球内外の複数の視点から、新たな地球システムモデルを構築しようとこころみているのだ。こういったダイナミズムを含意して、『縞縞』というタイトルを選んだ。また、縞々学であつかわれる周期性の多くが、非線形のものであることにも留意している。

「同時多発」という(陳腐だがいまどきな)状況を、詩でいかに表現することができるのか、という問題がある。今回の『縞縞』の制作も、「同時多発」をいかに叙事するかということから出発した。そして、「純粋詩」「縞縞1〜5」「セルフポートレート」という3系統の詩を、タイトルどおり縞縞に配列するという形態で「同時多発」をしめすことにした。当初は、3系統の詩がつねに並行する5つのパートからなるように制作したが、完成後、作曲家との相談で、いくつかの詩をずらし全体を7つのパートにした。

「純粋詩」は、私が2001年から制作し続けている作品で、今回は新たなヴァージョンを制作した。『縞縞』での「純粋詩」は、線形の時間や現象の概念をあらわすグリッドの役割を担っている。また、この線形性と対応する運動として、「縞縞1〜5」「セルフポートレート」がテーマとする、海外為替市場の相場の変動にあらわれる非線形的な運動が意識されている。

「縞縞1〜5」は、『旧約聖書』の「バベル」の変奏として、通貨の起源とその興亡を虚実皮膜で語る。神話的な語り口は、「神の見えざる手」を象徴している。

「セルフポートレート」の系列は、通貨、海外為替市場について語る。さまざまな通貨の硬貨や紙幣の単位には、それぞれの文化固有の言語、思想体系と繋がった周期性があらわれていると思う。また、グローバリゼーションとローカリゼーションの問題についても、異言語間のコミュニケーションではなく、統一通貨と地域通貨の価値と信用の興亡がシンクロする海外為替市場からとらえることで、現代のリアルと向き合うことができるのではないかと考えている。

『縞縞』は、イラク戦争に対して、日本政府が参戦の意思を表明して1周年目にあたる、2004年3月20日に初演する曲のために書き下ろされた。(「東京混声合唱団第194回定期演奏会」より)

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