■ 梅花文学賞 現代詩 那珂 太郎・高橋 順子 共選 ■
【一般の部 秀逸】
和田 満智子 55 (神奈川県 秦野市)
野 菊

歩道橋の階段の裏側に
昨日まで居た彼の姿が無い
広くなったそこには
ひっそりと
野菊が風に吹かれている
そう言えば今朝早く
パトカーのサイレンを聞いた
二ヵ月近く前から彼はそこに居た
黴の生えた食パンや
空缶が散乱するそばで
汚れたタオルケットにくるまり
目を閉じて横たわっていた
この世のすべてのものに
未練がなくなったように無表情だった

傍らを行き交う人々は
彼のことなど気にかける気配もなく
忙しなく通り過ぎた
彼にも
無心に遊んだ子ども時代や
だれかに想いを寄せた青春時代が
あったはずなのに……
微かな胸の痛みを払いのけて
私も黙って通り過ぎていた

歩道橋の階段の裏側に
彼の姿はもう無い
広くなったそこには
ひっそりと
野菊が風に吹かれている