■ 現代詩 選評 ■
那珂太郎
高橋順子

【一般の部】

 入選作「光の輪の中で」を書いた伊藤伸太朗さんはこれまでも入選、秀逸の実績のある人である。事物を丁寧になぞるというよりも、彫り込んでゆく趣きのある筆致は得がたいものである。今回の詩の舞台は夜のお寺。《あの世の子供》が手招きし、蝙蝠が乱舞する不気味な世界だが、恣意に流れず、細部をきちんとおさえている。たとえば主人公の履いているズック靴など。それらに支えられて《あの世の子供》のそこはかとない寂しさが伝わるのだろう。
 同じく入選を果たした「父」の坂野敏江さんも必ず秀逸を得てきた実績がある。これまでも家族の絆を優しく描いてきたのだったが、今回は一皮剥けた印象がある。対象が二歳のときに亡くなったという父を描いたために、現実を超える翼を得たのではないのだろうか。じつは現実べったりでは詩にならない、作文でしかないということを体得されたのだろう。最後の饒舌でない一連がいい。
 秀逸となった白井裕子さんの「コスモスの花」はうたっている内容が重たく、有無をいわせないものがある。語り口は素朴で、それゆえにかえって心に残る。優れた技量をおもちの原田亘子さんの「ほんとうにほしいもの」は、世界を拒絶する少年たちの苛立ちに寄り添った優しさがある。斉藤春子さんの「母の日の風景」は身につまされる情景。和田満智子さんの「野菊」は行路病死者の横たわっていたところに野菊が咲いていたというのだが、供花の気持ちを言外にこめた。勝俣文子さんの「狩人」は天空を射る狩人が「初空を背負って歩き出す」ときめきが聞こえる若々しい詩。
 岡田響さんの「暦」は父となった晴れやかな日をうたったものだが、詩はこういうものと決めつけず、もっとのびやかになっていい。森山恵さんの「胡桃」。のぞまない子を生んで「天使」と名づけた英国の少女の話は感動的。辻悦子さんの「叱る」は、病身の自分を叱咤激励する詩。詩はあなたを見逃さないと思います。

【児童生徒の部】

 入賞の中学三年、梅原未里さんの「八方にらみの龍」はお寺やお城などの大広間の欄間を飾っている木彫りの龍だと思われるが、それをすごいなあと眺めるだけではなく、龍の声が聞こえてくるまで眺めているところが、詩であると言えます。
 同じく入賞の小学二年、植田拓夢くんの「カミキリ虫」は、虫をよく観察している。そしてカミキリ虫が「くびをギーコギーコならして」紙を切ることを発見した。詩はなにかを発見することです。
 小学三年、杉山絢子さんの「この本って……」と、六年、小林美月さんの「私の部屋」。大人になると本が「はやくめくって」と言う声や部屋の声は聞こえなくなる。たくさんいろんなものの声を聞いておいてください。六年、立野照子さんの「やぶさめ」は鋭い観察力が光っている。
 中学一年、梅澤瑞生さんの「自分の名前」はリズミカルな楽しい詩。それだけではなく、各行の頭に「うめざわみずき」と振っているのは感心した。同じく中学一年、三谷悠さんの「四角い花」。四角い花も多分きれいだと思う。人だって四角い顔の美人もいるものね。「ふつう」という考え方にあまり縛られないほうが、いい社会になるかもしれないね。
 中学二年、家入愛さんの「ひまわり」はひまわりの大きな花の中の小さな無数の花びらまで、心をこめて見つめている。
 中学三年、白石恵美子さんの「りんごの旅」は古里にむかしの仲間をたずねに行ってももう誰もいないという話だが、主人公が「りんご」だったので、かわいらしさとさみしさが混じった感じのいい詩になった。同じく中学三年、浅見志織さんの「初恋」。「初恋は詐欺だ/初恋は罪のようだから」というのは、初恋を経験するよりも前に逃げているのかもしれない。初恋の人があらわれたら、また詩を送ってください。
 高校一年、川口瑠莉菜さんの「DA CA・PO」。「ダ・カーポ」は演奏記号で、繰り返しの意味。近いうちきっと広い世界に出られますよ。詩を書くことも世界を広げることです。十七歳のリー クリスティンさんの「小さな喜び、平和へ繋がる」は優しい心の詩です。