■ 梅花文学大賞 ■
四元康祐 『世界中年会議』(詩集)  思潮社

行ってきまあす!

朝幼稚園へ行った息子が
夜三十五歳になって帰って来た
やあ遅かったなと声をかけると
懐かしそうに壁の鳩時計を見上げながら
大人の声で息子はうんと答えた

今まで何していたのと妻が訊けば
息子は見覚えのある笑顔ではにかんで
結婚して三年子供はなくて仕事は宇宙建築技師
俺もこんな風に自分の人生を要約して語ったっけ
おや、こいつ若しらがだ

自分と同い年の息子から酒をつがれるのは照れるもので
俺は思わず「お、どうも」とか云ってしまう
妻がしげしげと息子と俺の顔を見比べている
だがそれから息子が三十年後の地上の様子を話し始めると
俺たち夫婦は驚愕する

よくもまあそんな酷い世界で生き延びてきたものだ
環境破壊、人口爆発、核、民族主義にテロリズム
火種は今でもそこいらじゅうに満ちれていて
ええっとその今が取り返しのつかぬ過去となった未来が息子たちの今であって
ややっこしいが最悪のシナリオが現実となったことは確かだ

あのう、駄目なのかな、これからパパやママが努力しても?
さあて、どうだろう、時間の不可逆性ってものがあるからねえ
妻は狂言の場面みたいに息子の袖をんで
ここに残って暮らすよう涙ながらに説得するが
それはやっぱり摂理に反するだろう

未来はひとえに俺たちの不徳のなすところなのに
息子は妙に寛大だ
既にその世界から俺が消え去っているからだろうか
聞いてみたい気がしないでもないけど
まあどっちでもいいや

「僕らは大丈夫だよ、運が良かったら月面移住の抽選に当たるかも知れないし」
息子はどっこらしょと腰に手をあてて立ち上がり
俺と握手をし妻の頬に外国人のような仕草で口づけをし
それから真夜中の闇を背に玄関で振りかえると
行って来まあすと五歳の声をあげた

『世界中年会議』より