鼓膜形成術

 「鼓膜が破れると一生耳が聴こえなくなる」。実は私も子供のころはそう習っていました。実際、今でもそう心配している人は多いのではないでしょうか?どうぞご安心ください。鼓膜は破れても再生しますし、そうでなくても手術で治すことが出来るのです。
第七回  『鼓膜形成術』について
  鼓膜というものは耳の穴の一番奥にある皮膚と粘膜が合わせられた薄い膜で、外から入ってきた「音」である空気の振動を捉えてさらに耳の奥にある内耳へと伝える大切な臓器です。これが破れるとその面積に応じて聴力の損失が生じ難聴になります。たとえ鼓膜が全面的に失われたとしても全く聞こえなくなるわけではないですが、音全体としては7割から9割の損失となるので大変な障害といえるでしょう。
 この鼓膜が破れる原因としては、急性中耳炎の治りが悪い状態が長く続いた場合の慢性中耳炎や、耳掻きで耳掃除の最中に強い力が加わって鼓膜を破損したり平手打ちを耳に喰らって風圧で鼓膜が裂けるといった外傷性のものが挙げられます。外来でよく目にするのはお母さんやお父さんが耳掃除中に小さな子供が急に抱きついてきて耳掻きが奥まで刺さり鼓膜を破ったというケースですが、相手が子供なだけに怒るに怒れない複雑な表情に同情することもしきりです。
 普通、耳鼻科の外来で急性の鼓膜の破れを診た場合にはそこに特別な処置は行わず、細菌感染の予防のための抗生物質を処方して経過を見るだけのことが多くあります。言葉は悪いですが「放っておいても」鼓膜は自然と治って塞がることが多いからです。例えるなら腕に注射をしてもその後が穴になって残ることがないように、鼓膜も皮膚としての治癒機転が働き自然治癒してしまうのです。
 しかし、鼓膜の穿孔が広範囲である場合は話が変わってきます。鼓膜は皮膚と違ってその奥に裏打ちする皮下組織が存在しないためあまりに大きな穿孔を起こした場合、往々にして慢性的な鼓膜の欠損を起こしてしまうのです。また、穿孔した傷の周辺に細菌等の感染を起こした場合も、その治癒には支障があり穿孔が残ってしまうことがままあります。従って鼓膜穿孔を起こした場合にまず大切なことは、その周囲に感染を起こさないことになります。劇症の急性中耳炎や鼓膜穿孔の場合に抗生剤を内服してもらったり抗生剤の入った点耳薬を使用するのはそういった理由からなのです。
 急性の広範囲の鼓膜穿孔や中耳炎の場合は先ず炎症を抑えて、次いで鼓膜再生の一助となるよう穿孔部分に免疫性の低い紙(ベスキチン:蟹の甲羅から造った無免疫性の素材です―等)を穿孔部に貼り付けて1〜2週間そのままに様子を見るというやり方(これを鼓膜穿孔閉鎖術といいます)が一般的です。そして、これらの治療で残念ながら改善が見られなかった場合(通常受傷後2週間以上)には鼓膜形成術の出番となるわけです。

 鼓膜形成術とは、一般に耳の手術として行われる鼓室形成術(これは鼓膜や中耳の慢性的な炎症の治療に用いられるもので、高度なケースでは耳たぶの後ろから切り込み中耳の粘膜を根こそぎ掃除する大掛かりなものもあります)の最も簡易的な手法で、基本的には耳の穴を覗きながら鼓膜にのみメスを加える手法です。ここで技術論を述べてもお分かりいただけにくいでしょうからそのメリットを説明させていただきますと、まず何より痛みや体全体への影響が少ないことが挙げられます。小さな子供の場合には全身麻酔をかけることもありますが、通常は耳の穴の壁に麻酔を打つ局所麻酔のみです。耳たぶに切開を加え軟骨の膜をわずか数o四方摘出し、これを鼓膜の穿孔に裏打ちして人工人体用糊で貼り付けることで手術は終了します。うまくいけば5分、長くても30分で終了する手術であり、大人の患者さんにも負担は最小限で済むでしょう。入院も一泊、あるいはその日帰り手術も可能です。
 次のメリットとしては患者さん自身の体組織から材料を採りますので他家移植のような免疫の問題が起こらないことが挙げられます。
 また、手術の最中から聞こえ具合の判定が可能なため(何せ患者さんは麻酔で眠っているわけでありませんから…)、聴力に関しても患者の十分な改善感を確かめながら手術を進めていくことが可能となります。
 手術の翌日と一週間後、一ヵ月後の診察をして改善が見られればそれ以上の負担を患者さんにかけることもありません。このような条件のため、鼓膜に孔があいてしまった場合の治療として多くの患者さんにお勧めしている手法なのです。もちろん、中にはこの手法では完治し得ない慢性難治性の中耳炎もありその場合には改めてより高度な術式(鼓室形成術)を勧めることとなります。 

鼓膜が破れてしまうということは、患者さんにとって大変な重傷感を伴うトラブルであることは確かでしょう。しかし、その解決方法を病院が保有していることを理解していただき、安心して早めに受診していただくことが、選択しえる最も適切な手段なのではないでしょうか。
 
 次回からは、聴こえの神経が傷害される「感音難聴」ついてのお話しをしばらく。

対馬いづはら病院 耳鼻咽喉科   山口 勉

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