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                伊能忠敬の人生

伊能忠敬の人生について考える

−NTV「知ってるつもり?!」を見て−

伊能忠敬の人生。偉業と呼ぶべきものだと思うが、なぜか真似したいとは思わない。自分にできないからかもしれないが。

ただ、忠敬が無心にこのことをやろうとしたのなら、私も何か無心にやれるものを探して打ち込む生き方をしてみたいと思う。

井上ひさしさんという方は、どんな方か知らないが、伊能忠敬にも詳しく、様々なことを(特に人生について)考えてる方だと思った。

注意!この番組での江戸時代の天文事情について若干調べたので、別のページにアップします。ラランデ暦書を至時が翻訳しとげたような説明がありますが、どうも息子がやり遂げたようだ。また、忠敬が農民という風にいっているが、身分はなんだったのだろう。刀を忘れていくという表現は、帯刀が許されていたのだろうか。

1月27日(日)「知ってるつもり?!」というNTV系のテレビ番組(1年に2回ぐらいしか見ない)で、伊能忠敬が特集された。製作者(ディレクター・台本作家を含めたスタッフの皆さん)は、生き甲斐論や、第二の人生ということを意図して作ったのだと思うが、正味40分で表現するとしたら、よくできた番組だと思った。井上さんのコメントを中心に構成したのもよかった。考えるヒントになったので、ビデオテープからおこして引用させていただいた。

方法は、デジタルビデオに録画したものを、コンピュータにキャプチャーして、再生しながら文字を打っていった。写真4枚はいずれも番組中に使用されたもので、サイズも見本程度で大きくないので、引用という形で、ホームページに使わせていただいた。

<台本> 番組中のナレーション
井上ひさし>井上ひさしさんのコメント
<家訓・手紙>忠敬の手紙を、おそらく番組で口語訳したもの
<片岡鶴太郎>パネラーとして出演した片岡さんのコメント
# : 私のコメント


伊能忠敬の像(NTVテレビより)

<台本>

不況やリストラにゆれる今、サラリーマンの間で会社一辺倒の生き方が見直され、自分の生き甲斐を模索する人が増えている。

#タイトルのナレーション。僕は、自分探しを今年の目標としたが、たくさんの人が自分探しをしているのだ、生き甲斐を求めているのだろうということが改めて分かった。酒を飲んでいても、生き甲斐論や自分探しの話をすることがないから、自分だけがそんなことを考えていると思っていた自分がちょっと恥ずかしかった。

ただ、会社一辺倒の生き方が見直されというくだりは、なんでそれではいけないのかと考えてしまう。それだけ、ほんとにやりたい仕事をしていないということなのだろうか。それとも、仕事は仕事、人生は人生と分けて考える人が多いということなのだろうか。

私の母は、農業と家事一辺倒の人生だったと思う。辛いこともあっただろうが、結局は幸せだったと思っているのだが・・・・


測量する伊能忠敬(NTVテレビより)

<台本>

17年間に歩いた距離実に3万5000キロ地球ほぼ1周分、歩数にすれば、5000万歩になる。

#たしかにすごい。50歳から31歳の学者の弟子になり、55歳から歩き始めて17年というのは、真似しようにも普通の人にはできないことかもしれない。

1日5000歩歩いている人(普通に歩く人の平均?)は、約3.75キロだから、1年で1368キロ、50年で約6万8千キロ。歩かない人の一生分ぐらいにあたるのだろうか。

<井上ひさし>

一言で言いますと、愚直ですね。その愚直さというのは、ほとんど神々しいくらいの、重ねれば重ねるほど神々しくなっていって、結局のところ日本の海岸線を全部歩いていくわけですよね。

#愚直という言葉は、僕はあまり使わない言葉なので、よく分からないが、別な言葉でいえば、何かにバカになれるということなのだろうか。

<井上ひさし>

新田開発が盛んですから、新しい田んぼを作ったときに、じゃあ水の流れがどう変わるかというのをいちいち記入したやつを、その仕事としてやる過程で、実は測量を勉強しないとけないんですね。だから、いきなりさあ第二の人生どうやるかっていうのはダメですね。最初の人生の中で自分の一番面白い、これなら自分が一生かけてもいいっていう仕事を第一の人生の中でやったり準備したりしながら、次の山でそれを展開していくっていう風にやっていかないと・・・・

#その通りかもしれない。こんな言い方もあるんだと感心した。そういう意味で僕も、自分は今まで何をしてきたかを振り返ることにしたのだ。そうしないと次の山に向かえない。

<息子に託した家訓>

身分の上下にかかわらず、役に立つことや正しいことであるならば、必ずやり遂げるべきである。

#番組では、忠敬がもっぱら自分のためにやったというような主題をバックボーンに通していたが、忠敬も老後に何か役に立つことをと思っていたに違いない。

ただ、「役に立つこと」「役に立つこと」とは思っていなくて、やったことが結果として役に立ったということではあるが。


肖像画(NTVテレビより)

<井上ひさし>

やっぱり目の前にある仕事をどれだけ愛するかっていうとちょっと話がオーバーですけれど、その中から自分がこの仕事をこういう所から喜んでやるんだっていうのをやっぱり見つけないとですね。その第二の人生に対して、第一の人生でなんか準備するっていうのは無理かもしれませんね。

#さすがに井上ひさしさんはよく考えていると思った。会社一辺倒を反省して第二の人生といってもダメだと僕も思う。今の仕事を好きになって愛して励むことだと思う。

忠敬も、50歳になるまでは、伊能家の仕事や、名主としての仕事を愛して一生懸命やったのだと思う。

<台本>

恒星図、中国で研究された星座表だ。忠敬は胸の奥底に、少年時代の星への情熱をずっと抱きつづけていた。伊能家の使命を果たした今、それが再びむくむくと湧きあがってきた。人のためではない、自分の人生を生きるとは?  忠敬は一大決心をした。家業をすでに成人した息子に譲って自分は隠居を決意。寛政7年、自由の身となった50歳の忠敬は、一人江戸へと旅立った。それは第二の人生への旅立ちでもあった。宇宙の秘密を知りたい。学問したい。そして自分の人生を生きたい。

#ちょっと台本の書きすぎのような気もする。僕は原典にあたってないのでなんともいえないが、宇宙の秘密を知りたいと思ったり、学問をしたいと思ったり、自分の人生を生きたいと思ったのだろうか。これから自分にできることはなんだろうぐらいは思ったと思うが。

師匠の高橋先生と5年間つき合った中で(死ぬまででは9年なる)教えてもらったことが大きいのではないだろうか。しかし、ただ地図を作りたかっただけではないようだ。幕府天文方測量所(通称暦局)、の高橋至時に弟子入りしたということは、天体の運行や地球の大きさに興味があったのは事実だろう。

その当時の天文の状況を調べてまたアップロードしようと思う。世の中はどの程度の知識を持っていたのだろうか。

<井上ひさし>

一番大事なのは、先生だと思いますね。結局そういうことからいうと人と人のつながりとか、それから、何かはじめるときにいい先生につくとかですね。そういう人生生きていく上で大事なことが、忠敬さんの後半生にいっぱい詰まっているんですね。


肖像画(NTVテレビより)

#僕も先生は大事だと思う。井上ひさしさんも高橋至時の忠敬に対する影響を大きく考えているのだと思う。

何をやるかが決まったときには先生が大切だ。その前にぼんやりでもどうするかが見えたとき、よい先生との出会いは、そのぼんやりをはっきりさせてくれるかもしれない。

この他にも、後半生(つまり35歳以降?)には、テレビでは紹介しきれないたくさんの出会いがあったのだろう。

<忠敬、息子への手紙>

私がこのように測量して廻るのは、後世に名誉を残すつもりだからではありません。これは自然の天命なのです。

#このくだりが一番好きだ。天命だと思えるなんてなんて幸せなんだろう。

<井上ひさし>

自分の歩くたんびにその仕事の面白さや重大さが分かってくると思うんです。なんかこう割り切ったものじゃなくて、やれば自信がついて次の目標へぶつかっていって、そこに到達するとさらに自信ができて、っていう風にやっていくうちにどんどん大きく強くなっていくっていう姿も忠敬先生の日記を見るとなんとなく感じ取られるんですね。

人間は小さな力ですけど、それを10年20年ていう風にこつこつ積み重ねていくと、とんでもない量から質が生まれてきて、途方もない仕事ができるんだなっていうのも、忠敬が身をもってわれわれに教えてくれてますね。

#僕の人生も、そんな感じかもしれない。だんだん自分で自信をつけてきたようだ。忠敬の日記に目を通しているというのはただ者ではない。忠敬の著作でもあるのだろうか。

教師をやって26年。量が質に変わったのだろうか。

<片岡鶴太郎>

僕は、人間として生まれたっていうことは非常に僕は自由だと思ってるんですね。ある種の孤独でもあるし、自分はどう生きてどう死んでいくかっていうことが僕の中で大きなテーマで、ほかに何もないんですね。やりたいことをやっていく。伊能忠敬もあの地図を作ることは、幕府のためでも、世間をどうしようかということでもなく、わたくしがやりたかったと思うんですね。自分が知りたかったんです。自分が知りたいと思う、ものすごい根源的な、この方の根源的な欲望だと思うんです。それを貫いただけで、辛いとか辛抱とか、そういうものを乗り越えようとかいうんじゃなくて、ただただ知りたかったんです。知っていくうちに一歩踏み込んでいったらまた新しい世界があって、喜びがあって感?があって、でまた行ってというそれでね生きていった。僕はそうある姿があって、僕もそう生きたいな。だからそういう自分探しというのは、やっぱり孤独だと思うんですね。そこを行き着かないと始まらないんじゃないかなって気がするんですね。で、結果世のためにもなってるんですね。

#鶴太郎さんも自分探しなんだと思ったのが第一印象。欲望という解釈も素直だ思った。

どう生きていくか、どう死んでいくかというのは僕にとって最大のテーマではない。やれることを一生懸命やるのが生き方だと思っている。とりあえず現在の僕の結論だ。もちろんもっと考えればそれ自体が大きなテーマになるかもしれないが。ただ考えているだけではダメだと思う。実際に行動しなければ。

片岡鶴太郎さんという方も、昔「家裁の人」という番組で見たことがあるが、これだけのコメントの中で孤独という言葉を2回使っていて、根源的という言葉も2回使っている。相当生き方を考えているのだろうか。また、辛いとか辛抱とか、僕だったら思いもつかない言葉を使っているということは、そういうものの人生における意味を考えていらっしゃるのかもしれない。

このページをアップロードした後でアクセスしたら、次のような参考になりそうなページがあった。

やっぱり佐原に行くべきか?

NTV「知ってるつもり?!」
次週予告のページなのでトップページから検索してください。

http://www.ntv.co.jp/shitteru/

国立国会図書館
大日本沿海輿地全図の電子資料43枚が見られる

http://www.ndl.go.jp/exhibit/50/html/catalog/c072.html

伊能忠敬記念館
所蔵品目録や参考文献が面白い

http://www.city.sawara.chiba.jp/kinenkan/kinenkan-top.htm

伊能忠敬はどんな人であったか 伊能忠敬研究会のご案内
リンク等が充実し、伊能忠敬についてはとても充実

http://www2s.biglobe.ne.jp/~auto/inoh.html

最終更新
2011年 5月 21日 (土)
(Open 2001/05/27)
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