水の中を見たい 1998/09/22
料理をするのは好きですか? 1998/0715
星に願いを!1998/10/30
馬を引っ張る 1999/02/04
備(そな)えあれば憂(うれ)いなし 1999/02/18
料理をするのは好きですか? 1998/0715
夏になると南伊豆にはたくさんの人たちがやってきます。そして、バーベキューなどをして楽しみます。家族や友達でワイワイ言いながら料理をして食べるのはとても楽しいことです。
私もタイで生活していた頃は、夏になるとよくバンガローに泊まって家族で何日間かを過ごしたものです。午後になると町に買い物に出て夕食と朝食の材料を買いに行きます。何を作って食べるか考えながら買い物をするのはとても楽しいものです。仕事も家族で分担します。材料の準備をしたり調理をしたり食卓の準備をしたりも楽しいものです。
ところが、普段の東京での生活はどうかというと、早い時間帯に帰宅できたときはよく家族で準備しました。でも、仕事が忙しくて遅く帰ったり、会合で遅くなったりするときはなかなかそのようにできません。みなさんのお宅ではいかがでしょうか。特に、両親ともに仕事をしているご家庭では、家族そろって食事はしても、準備から一緒にすることは少ないのではないでしょうか。
人間は、食べることが好きなはずです。そして、好きな人と一緒に食事をするのは楽しいはずです。作った料理を食べてもらうのは喜びのはずです。男も女も変わりません。調理実習はとても楽しそうです。
もう少しで長い夏休みに入ります。学園の子供たちが健康になるために必要なもののうち最も大きなものが家族の信頼と愛だと思います。難しいことは考えず、どこかに出かけなくても結構です。何回か家族で一緒に食事を作ってみませんか(お腹が空いているときに、何か作ろうと誘うのがこつです)。好きな人と一緒に行動する幸せ、好きな人のために何かする幸せを思う存分味わわせてあげてください。夏が終わって、また一回り健康になった子供たちに会えるのを楽しみにしています。
水の中を見たい 1998/09/22
4年生理科の校外学習に同行したときのことです。「先生、あそこに魚がいっぱいいるよ。」「え?どこ?」「ほら、大きいのがいるよ。」「どの辺?」「そこだよ」「あ、見えたよ。すごいね。」川面を見ながら、橋の上でこんな話をしました。
子供には魚の姿が見えるのに、私にはしばらく見えないという経験をしたのです。水面は、空を写して光っています。風が吹いて波があればなおさら水の中は見にくくなります。水の中の様子を見るためには、水面に目の焦点を合わせず、水面下に焦点を合わせる必要があります。また、水面より暗い水中に明るさを合わせなければなりません。歳をとるとだんだん目の能力が落ちますから、歳のせいにしたいところですが、そうとばかりもいきません。偏光の眼鏡をかけなくても水の中がよく見える釣りの名人と呼ばれる人もいるのですから。
ところで、子供の心もなかなか見にくいものです。表面的な様子は誰でも見えますが、気持ちや心はよく見えません。さらに、大人が考える(思い込む)子供の心と、実際の子供の心はギャップがあり、見えたつもりのことも多いのです。
でも、釣り名人がいるように子供の心が比較的よく見える人がいるのです。学園の職員にはそういう人が多くいます。子供の性格はもちろん、大人の性格さえすぐに見抜きます。もちろんパターン化して見ているのではないのです。あくまで色眼鏡をかけずそのままを見ることができるようです。
大人たちは、ともすると表面の様子に目が行きがちです。表情(楽しそう、つらそう、悲しそうなど)や言動に惑わされることなく、心にピントを合わせ、露出も心の中の明るさに合わせることによって、子供の心を看ることができるようになりたいものです。かつて流行した立体視のように、しばらく練習すると自然に見えるようになるかもしれませんが、見よう見ようと思ったり、こだわりがあったり、自分だけがかわいかったりすると見えないかもしれません。
私は、星を見るのが好きです。子どもの心の水面下にも宇宙があります。その宇宙は、果てしなく広がり、大人の常識では考えられないこともしばしばあります。しかし、根底には、よく生きたい、できるようになりたいという気持ちがあります。この宇宙を感じながら生きていけるのは幸せです。そのようなとき、きっと目の良い子どもたちは、先に生まれたものたちの喜び、悲しみ、願いを心の目で感じ取ってくれるのだと思います。
星に願いを!1998/10/30
流れ星が流れている間に3回願い事を言うとその願いは叶う、という言い伝えがあるそうです。実際にはなかなかいえるものではありませんが...
先日、とてもすばらしい願い事に出会いました。毎年合同で運動会をしていただいている、地元竹麻小学校の校長先生の願いです。「杉並から子どもたちに保護者が会いに来ている時にぜひ運動会をしてあげたい」この強い願いのおかげで、雨の面会日に運動会ができてしまったのです。あいにくの雨も10時に止み、弓ヶ浜からダンプカー4台の砂が届き、両校の児童、保護者、職員、地域の方々、全ての力で校庭が使えるようになりました。言葉では言い尽くせない感動的な運動会でした。この校長先生の願いには、感謝の気持ちで一杯です。
ところで、子どもたちは様々な願いを心にひめています。誉めて欲しい、友達の強い言葉から逃れたい、大きな魚を釣りたい、運動が上手くなりたい、○○君と自然に話がしたい、原籍校で楽しく過ごしたいなど、子どもの心が見えてくるといろいろな願いに気づいてきます。言葉にできない、どうしようもないかすかな願いもありますが、そのほとんど全部が、状況を良い方向に改善したい(何かが欲しいというものも含む)というものです。
この願いに気づいた大人はどう行動すべきか。これが大問題です。子どもたちで解決させるか、大人が口を挟むかを判断します。基本的には病気が自然治癒を待つように、子どもの力で解決させるのが良いと思います。しかし、どうしようもないものは、早期に発見してアドバイスしてあげることも大切です。また、その願いを実現すると他人に迷惑がかかる場合は、大人として止めさせることも必要です。いろいろありますが、いずれにしてもその前提として、願いが弱い子には願いを意識できるようにし、表現が難しい子には心を開いてあげ、相手を思いやる心を育て、問題を解決する智恵がつく体験をいっぱいさせてあげる事が大人の役割だと思います。
18日未明には、うまくすれば20分間に3000個以上の流れ星が見える可能性があります(しし座流星群)。私は、子どもも大人も愛と希望と智恵のある健康学園にしたい、そして18日が晴れて欲しいと願っています。みなさんは、どんな願いをお持ちですか?
馬を引っ張る 1999/02/04
私の田舎に流鏑馬というお祭りがあります。乗り子を乗せるため、定位置に馬を連れてくるのですが、いくら手綱を引っ張っても馬は動きません。引っ張るとかえって後ろに下がったり暴れたりします。馬が暴れると大人が5人がかりでも押さえるのは難しく、乗り子は振り落とされてしまいます。
では、馬を動かすにはどうしたらよいのでしょうか。調教師ではないのでよくわかりませんが、信頼関係のある人間が、頭のそばに立って「前に行くよ」と言ったとき動いていたように記憶しています。
子どもの教育でも同じ事がいえるように思います。大人の路線に引き込むために子どもに綱をつけて引っ張ってはいないでしょうか。子どもは馬に比べれば体重は軽いので、動くかもしれません。でも、強引に引っ張れば引っ張るほど後ろに下がるように思うのです。自分たち大人の世界でも、あまり信頼していない上司や仕事上のリーダーに強引に引っ張られたら気分はよくないはずです。
小さいころとても上手にしつけたつもりでも、強引にしつけたしこりが残る場合もあります。特にこれから自分の身体的成長と精神的成長にアンバランスが起きやすくなる思春期を迎えては、お子様の教育には細心の注意が必要です。学園と家庭は遠く離れていますが、常に心はそばにいて、進む方向を一緒に考えながら育てていきたいものです。愛情の名のもとにかわいがりすぎるのは、別の意味で馬を引っ張っていることにつながります。
子どもを育てるのは大変なことですが、とても楽しいことでもあります。広い視野を持ち、柔軟な発想を持って、きちんと諭すことができる、保護者や教師でありたいと思っています。そのためには、自分たちも、信頼される大人にならなければなりません。子どもを育てる以上はそれだけの責任があります。
健康学園では、馬を強引に引っ張るようなことにならないよう話し合って進めています。私は、保護者の皆さんと、お子さんの教育や子育てについて、一緒に勉強し、そして行動していけるようにしたいと考えています。
備(そな)えあれば憂(うれ)いなし 1999/02/18
みなさんはいくつぐらいことわざを知っていますか。この文章の題名もことわざの一つです。私は、健康学園に来て一年になりますが、よくこのことわざを思い出しました。「先を見通して準備しておけば、後でくやしい思いをすることはない」ということですね。でも、もっと深い意味があるように思います。
私は、できる限り自分でいろいろなことを決め、自由に生きたいと思っています。
(自分勝手ということではありません。他の人と話し合いが必要なときは十分話し合います。そしてその結果にしたがいます。)そのためには、余裕やゆとりが必要なのです。ゆとりがないと仕事や勉強に追われることになります。追われる生活では自由に生きることが難しくなります。ところが、見通しを持って準備しておくと心に余裕が生まれます。そして自由に生きられると思います。
ことわざはいろいろな解釈がありますが、今に残るものはそれなりにいろいろな人々の人生の智恵になったものだと思います。みなさんも自分に合ったことわざを探してみてください。
いよいよ卒園です。みんなとても成長しました。きっとたくさんの努力があったことと思います。でも、その陰には、家の人、健康学園の人、友達、地域の人、そして原籍校の人のささえがあったことを忘れないでください。
これから様々な人生を歩む君たちが、自分の先生を見つけ、友達に出会い、今という一瞬を大切にし、自分の生き方を考え、世界中の人と助け合いながら生きていくことを心から願っています。