鰻丼のお話

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更新日:
 2009年1月28日



◎うな丼(2006年7月18日、読売新聞)
 東京から茨城、水戸へと抜ける国道6号線。水戸街道と呼ばれる幹線道路だが、茨城・牛久沼付近は“うな丼街道”と名を変える。うな丼発祥の地で、沼岸にウナギ料理店が点在するためだという。牛久沼は隣の牛久市と勘違いされやすいが、行政区では龍ヶ崎市になる。
 「うな丼発祥の地 牛久沼」とのリーフレットによると、うな丼は、江戸後期にできたそうです。その話は、以下の通りです。

 <芝居の資金を出資していた大久保今助が牛久沼で渡し船を待っている間、茶屋で鰻のかば焼きと丼飯を頼んだ。「船が出るぞ」との声に、皿を逆さに丼に重ねて乗り込んだ。するとご飯にはタレがしみこみ、ウナギは蒸されて柔らかくなって、おいしくなった。そこで対岸の茶屋はうな丼を売り出し、街道の名物になった>

 この話は1865年(慶応元年)に出版された『俗事百工起源』(宮川政運著)にも出ているそうです。
 「せっかくの地元の逸話ですから、町おこしにと考えています」と市商工振興課長の大竹昇さん(51)が切り出した。うな丼街道の名は全国区ではないのが、もったいない話だ。「丼のデザインや価格などを統一し、店の味の違いを楽しんでもらえるようにしたい」と今後の展開に意欲を見せる。
 街道でも最北端に位置するウナギ店「寺田屋」で待望のうな丼を食べた。炭で焼かれたウナギはふっくらで、さすがに専門店が軒を並べるだけのことはある。競争原理が働いているのだろう。
 タレはあっさり。好みだろうが、甘過ぎや辛過ぎのタレは飽きてしまうのでうれしい。
 「私が子供の頃、この辺には野ウサギやタヌキ、ムジナがうろうろしていましたよ。沼では天然ウナギが普通にとれてましたね」
 同店の若おかみ、寺田恵子さん(44)が解説する。だったら、このウナギは地元の天然もの?
 「愛知県の一色町から仕入れます。沼の水質が悪く、今は天然ウナギはとれません。仕入れ先は店ごとに違うと思いますよ」
 なるほど。うな丼街道なら、いろいろな地域のものを食べ比べることが出来そうだ。
 7月下旬に関東三大奇祭の一つ「撞舞(つくまい)」でにぎわう龍ヶ崎市。約1キロの牛久沼沿いがうな丼街道。看板には「元祖うな丼」の文字が躍る店もあるが、懐石料理風などを出す専門店もある。

・土用の丑の日
 土用の丑の日に鰻を食べる習慣についての由来には諸説あり、讃岐国出身の平賀源内が発案したという説が最もよく知られています。これは文政5年(1822年)の、当時の話題を集めた『明和誌』(青山白峰著)に収められています。
 それによると、商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため、源内の所に相談に行った。源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。すると、物知りとして有名な源内の言うことならということで、その鰻屋は大変繁盛した。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したという。
 この民間伝承を根拠とするならば、土用の丑の日に食べるものは鰻でなく「う」の付くものでいいのだから、うどんでもうどでもいいことになる。鰻を食べるのが主流となったのは、たまたま宣伝効果が高かったということでしょうか。
 ただし、鰻にはビタミンB類が豊富に含まれているため、夏バテ、食欲減退防止の効果が期待できます。そういった面から鑑みると、当時、夏の時期に鰻を食べたのは理に適った習慣であるともいえます。