1回で判決の裁判  弁護人なしとあり

 

「違反キップにサインしないってことは、正式裁判をしたいんだな!」
「文句があるなら裁判で言え!」

 そんなことを警察官はよく言う。ドライバーたちは渋々サインしたり不服を引っ込めたりする。「正式裁判だぞ」というセリフの威力は大きい。みな思いこんでいる。裁判は大金がかかる。何年もかかる。素人にはできっこない。怖ろしい、と。
 でも、ほんとうにそうなのか?
 私は霞が関の裁判所ビルへ通い、交通違反事件を傍聴しまくっている。東京簡裁の事件のうちパソコンでデータ化したものが56件。そのうち16件が、1回で判決まで終わっている。2回目(たいてい翌週)が判決だったものがやはり16件(※05年3月現在)。
 1回で判決の事件を、弁護人なしとありと1件ずつ、傍聴メモからごく簡単に紹介しよう。

  2月某日午後2時16分、法廷に入ると、傍聴席に黒ずくめの男性がいた。被告人のようだ。書記官と検察官は定位置に着席。弁護人の姿はない。傍聴人は私だけ。しーんとしている。2時18分、書記官が男性に声をかけた。
「それじゃね、××さん、中(柵の内側)に入ってそこの長椅子(被告人席)に掛けてください」
 2時20分。奥のドアから年配の裁判官が入廷。全員で起立、礼。
「では被告人、前へ出て」
 と裁判官。まずは人定質問。被告人は千葉県在住で30歳。会社員。
 続いて検察官が起訴状を朗読。被告人は04年5月の朝10時ころ、東京・新木場の357号線で、60q/h制限を45q/h超過する105q/hで大型自動二輪車を運転した、道交法22条違反で処罰したい、ご審理願います、と。
 裁判官が被告人に黙秘権を告知してから、起訴状の内容にまちがいはあるかと尋ねた。被告人は答えた。
「ありません」
 被告人は座り、検察官が冒頭陳述。起訴状の内容をもっと詳しくしたものだ。違反歴が3回あるが前科はなし、測定機はJRCの光電式。
 裁判官が被告人に、検察官が用意してきた書類を証拠とすることに同意するか尋ねた。被告人は「はい」と答えた。何も争いはないようだった。ちなみに「同意する」とは、内容についての評価はともかく、「書類の作成自体がインチキ」ってことはないので裁判官の判断材料にしてもいい、というふうな意味だ。
 検察官が書証の要旨を告知。現認状況の見取り図や、測定機の精度確認書、車検証、供述調書など。
 争いがない場合、通常はこのあと、弁護人と検察官から被告人質問を行う。が、この事件は弁護人がいない。こういう場合、いろんなやり方がある。裁判官が言った。
「じゃ、被告人のほうで何か言いたいことがあれば」
「えーと……」
「じゃ、私のほうできっかけを。普通は墨田で終わるわけだが、被告人が公判(正式な裁判)を望んだ最大の理由を述べてください」
「墨田」とは東京簡裁墨田分室、いわゆる交通裁判所のこと。普通はそこで、略式の裁判手続きにより罰金を払って終わる。略式に応じないと、不起訴か、正式裁判への起訴か、どっちかになる。不起訴の確率は、軽微な違反も含めれば約90%。この被告人は、不起訴とならず、正式な裁判になったわけだ。略式に応じなかった理由を、被告人はこう述べた。
「357号は信号が少なく流れが速い。一方通行で見通しもよい。歩道に人を見かけたことはない。自分は105q/hで走ってしまったので45q/h超過だが、実勢速度の平均が80q/hだから25q/h超過にならないかと。警察官はダメだと言ったが、裁判官はどう解釈するか聞きたくて」
 これは多くの運転者が思うことだろう。危険性や実勢速度に照らして情状を酌量してくれという、ごく真っ当な主張だ。検察官はこう攻めた。
「それは聞けない。流れに沿えば何q/hで走っても違反にならないのか、という結論になってくる」
 被告人はそうは言っていない。検察官の勝手な飛躍だ。が、被告人を悪質と見せるための飛躍やすり替えはよくある。処罰を求めるからには、とにかく悪質でなければならないのだ。裁判官は言った。
「60q/hを本来は守るべき義務がある。80q/hで捕まえないのは、警察のほうで今回は見逃そうかということではないか…とも思われるが、105q/hでペースメーカーになったりすれば、それはダメだ。一般の人が違反しているからといってそれを基準にどうこういうことはできない」
 検察官は、「被告人の主張は整合性のない単なる自己主張である」などとし、罰金7万円を求刑した。略式の相場と同じだ。普通車なら8万円だったろう。
 最後に被告人の陳述。
「免許を取って10年、毎日のように運転しているが、自分(の危険性の高さ)は平均以下だと思う。安全運転に対する認識が希薄と検察官が言ったが、ちょっと言いすぎと思う」
 裁判官は、「被告人も忙しいようですから」と直ちに判決した。罰金7万円。最後に裁判官は述べた。
「自分はこれだけ(スピードを)出しても安全だと、誰も彼も勝手に出すとたいへんなことになる。それだけ言っておきます」
 2時48分、閉廷。ぜんぶで28分間。弁護人も証人もないので訴訟費用は発生しない。被告人は後日、検察庁の徴収課からの指示にしたがい、罰金7万円を振り込むことになる。

 

 次は、1月某日午前10時から同じ法廷で傍聴した、弁護人ありの事件。なんと03年10月の、原付二種(90CC)による26q/h超過だった。もとが青キップ(反則行為)の事件を東京簡裁で傍聴するのは初めてだ。
 検察官も経験がないようで、審理は少し混乱した。「反則金を納付して終わることもできる。納付しなければ刑事手続きに移行する」いう趣旨の「通告」を行わなければ起訴できない(道路交通法130条)のだが、適法な通告を行ったとの立証が抜けていたのだ。審理は23分間、中断。検察官はなんとか通告手続きについて立証した。
 弁護人(国選)は被告人(37歳・会社員)が現場の状況を知ってもらおうと撮影したビデオを証拠申請。検察官は「本件違反自体に係るものではないので不要」と述べ、裁判官は「関連性がないから」と却下。被告人側が取り調べてほしいものはあっさり退けられる、よくあることだ。
 10時39分から被告人質問。主張をまとめるとこうなる。
「あの場所(首都高4号線上り・高井戸入り口の脇の一般道)は規制がわかりにくく、制限の50q/hで走るとどんどん追い抜かれて危ない。流れにのるほうが交通環境に適合できると、当時は思っていた。いまは反省し、少し危険な思いをしながら制限速度で走っている。警察にも改善を求めたい」
 検察官は、
「被告人は不合理な主張をしており刑事責任は軽視できない。真摯な反省が見られず、厳重な処罰が……」
 と論告し、反則金と同額の罰金1万5000円を求刑。「訴訟費用(弁護士の費用)の負担が相当である」とも述べた。弁護人が、
「被告人の主張は正当化されるものではないものの、考慮されるべきだ。可能な限り寛大な判決を」
 と最終弁論。最後に被告人が、
「取り締まりを受けたときは疑問な気持ちがあったが、こうして裁判を受け、自分の犯した罪をよく認識できたことはよかった」
 と述べた。直ちに判決。罰金1万5000円。訴訟費用の負担はナシとされた。10時57分、閉廷。審理の中断を除けば約30分間だ。
 

 みなが恐れる正式裁判だが、多くはこうして淡々と終わる。無理に泣き寝入りしてあとで警察を恨むより、ずっとよいのでは?
 


ドライバー』2005年4-20号の記事に加筆。
 

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