オービス裁判の基本パターン

 2005年5月に『ラジオライフ』へ送った記事に若干加筆
2011年2月14日、さらに少しだけ加除訂正


「東京簡裁の交通違反事件をすべて傍聴してやる!」
 という目標をはっきり立てて2年ほどになるか。
 その前から、仕事がら裁判傍聴はよくしていたが、特定の事件を取材にいくのではなく、とにかくぜんぶ傍聴してやれと思いついたのだ。以来、電車で片道1時間、往復700円の交通費をかけ、霞が関の裁判所ビルへせっせと通っている。たぶんバカである(笑)。
 近年、自民党が突然、「司法改革」を言い出した。遅くとも09年5月までには「裁判員制度」がスタートする。私もあなたも、裁判官の隣にすわって刑事事件を審理する「裁判員」に選ばれるかもしれない。裁判は、ニュースやテレビドラマだけのことではなくなるのだ。
 というわけで、交通違反事件から見える裁判の実態を、おバカな傍聴マニアにちょいと語らせてくれ。

 私が通っている場所は、正式には「東京高等・地方・簡易裁判所合同庁舎」という。地上19階、地下3階。「首都を管轄する裁判所として,毎年多数の事件が提起されており,年間の事件受理数,裁判官数及び法廷数等は全国一で,日本における最大級の裁判所である」と地裁のHPはいう。とくに4階から8階までの5つのフロアに、たくさんの法廷が整然と詰まっている。
 傍聴は誰でもいつでもできる。東京の場合、入り口で持ち物のX線検査があり、金属探知器のゲートをくぐることになるが(これは“オウム裁判”が始まったとき設けられた)、入ってしまえば、どの法廷へ行くのも自由だ。途中から傍聴してもいいし、途中で出てもいい。ただし静かにね。
 児童、生徒、学生が教員に引率されてよく傍聴にくる。女子大生をナンパする者もいるらしい。この私も、「どんなの傍聴したらいいですかぁ」と女子大生から声をかけられたことがある。「よしよし、おじさんが優しく教えてあげる。いひひ」とは私は言わなかったが、「こりゃあ、ナンパは簡単だぞぃ」と実感した。
 地裁は、“オウム裁判”のほか“スーフリ事件”や、最近では俳優・萩原健一さんの恐喝事件などマスコミでも有名な事件が多い。
 本誌前号の大川総裁の連載で「裁判ウオッチャー」としてホームレス芸人・阿曽山大噴火さんが紹介されたが、彼とは裁判所でよく会う。萩原健一さんの公判は、20枚の一般傍聴券を求めて280人だか押し寄せたと、阿曽山さんから聞いた。
 しかし私は、ちょうど時間が空いたときしか、そういうのは傍聴しない。私の目当ては簡裁の交通違反事件なのだ。

 なぜ簡裁にこだわるのか、そこには理由がある。
 罰則を伴う違反の取り締まりは年間800〜900万件。そのほぼ9割は、軽い違反(反則行為)とされ反則金の納付書が交付される。反則金を払えば、裁判がどうこういうことにならない。納付率は100%近い。
 残りの1割と、反則金を払わなかった人は通常、いわゆる交通裁判所(東京だと墨田か立川)へ呼ばれる。そして、略式の裁判手続きによりささっと罰金を払って終わる。
 ごく一部、なにか不服があって、略式に応じない人がいる。その多くは不起訴になる。が、不起訴にならず、起訴(公判請求)されてしまう人もいる。そのほとんどが、東京の場合は霞が関の東京簡裁の法廷へ出てくる。
 いったい何が不服で略式に応じなかったのか。運転者の言い分を、公開の法廷で検察官、裁判官はどう扱うのか。そこが見所なのである。 

 簡裁の刑事法廷は、5階と7階と8階に分散して、フロアのいちばん端に1つずつ、合計3つしかない。地裁の人気事件とちがって、傍聴人はまずいない。最初の頃、「被告人の方ですか?」と書記官などから声をかけられたりした。被告人以外の一般人は、簡裁の交通違反の法廷へなど普通は来ないのだ、私と、同じくマニアの礼田計さんを除いて。ちなみに裁判所ビルには、 阿曽山さんや礼田さんなど何名かマニアがいて、地下の飲み放題1000円の食堂で交流したりするのね。
 それはともあれ、傍聴メモをもとにパソコンで作成したデータによると、03年1月から05年4月末までに私が東京簡裁で傍聴した交通違反は75件になる。
 東京地裁や他県の裁判所での交通違反、また、どこの裁判所であれ交通違反以外の事件も含めると(パソコンに入力したものだけで)204件。1件の公判が何回にもわたることがあり、1年間に裁判所へ通う回数はかなりになる。

  それでだ、簡裁の75件の交通違反のうち、59件がスピード違反。そのうち50件が自動速度取り締まり機(略して自速機)によるものだ。
 50件のうち22件は東京航空計器の「
オービスV」。
 オービスVは、ご存知のとおりループコイル式だ。路面下に埋め込んだ磁気センサーで速度を測定する。LaからLjまでが36枚撮りのフィルム式で、最新型のLkは画像伝送式(電子式)。04年10月にタレントの所ジョージさんが首都高速の湾岸線、羽田付近のオービスに捕まったと報じられたが、あれがオービスVLkだ。所さんは略式で罰金を払ったものと思われる。
 情報公開条例を利用して、オービスVLkの契約書を開示請求したところ、新奥多摩街道ほか3カ所の「新設・更新工事」について1億6233万円の契約が、警視総監と東京航空計器との間で結ばれていた。都内7カ所の端末装置と、3カ所の警察の中央装置の「保守委託年間契約」は1819万5450円だった。
 50件のうち28件は三菱電機の「
高速走行抑止システム
」(略して高抑。俗称・新Hシステム。レーダ式)だ。
 高抑の契約書も(こっちは千葉県警に)開示請求した。豊砂の第1交通機動隊前ほか2カ所の設置工事について5294万1000円の契約が、千葉県知事と三菱電機の間で結ばれていた。
 「東京簡裁>交通違反>スピード違反」の傍聴データは、あとは光電式が6件、追尾式が1件、方法不明が2件となっている。
 「東京簡裁>交通違反>スピード違反以外」は、酒気帯び、無免許、道路の不正使用(つまりラーメン屋台や100円マンガの露天)などだ。

 東京簡裁でスピード違反事件の傍聴を重ねていると、どうしようもなく気づくことがある。
 それは、裁判官も書記官も廷吏も検察官も傍聴人も、ときに国選弁護人も同じ法廷へ、次々と見知らぬ被告人がやってきて、もちろんそれなりの個性はあるけれども、基本的にはみな似たような主張をし、同じように検察官から突っ込まれ、同じように裁判官から 有罪とされ、去っていくことだ。法廷はオートメーション工場。被告人はベルトコンベアに乗って流される“馬の骨”……。そんなものを感じたりもする。
 よく見られるパターンを5つ、挙げてみよう。


(1)否認→自白
 被告人は、起訴状の内容に誤りがあるかどうか、まず意見を求められる。さあ、何を言うのか、私は傍聴席から(被告人には申し訳ないが)わくわくしながら注目する。
 ところが、「間違いありません」と答える被告人がよくいるのだ。間違いないなら、略式に応じてささっと罰金を払ってしまえばいいのに、なぜ略式を蹴ったのか。被告人は言う。
そんなスピードは出してないと思っていましたが、起訴されて、弁護士さんから証拠書類の写しを見せてもらい、機械は絶対正確なのだと話を聞き、私のほうの勘違いだったのだろう、と思うに至りました
 これを、どう聞くべきか。
 捜査段階での誤測定の主張はウソ。ゴネてれば不起訴になると思っていた。が、起訴されてしまい、もうダメだと投げ出した……のかもしれない。
 あるいは、誤測定との確信があるのに、「争っても勝てないうえ、裁判官の心証を悪くして、刑務所行きになるよ」と国選の弁護人(弁護士)から説得され、あきらめたのかもしれない。
  裁判所法の規定により、簡裁のスピード違反が懲役刑とされることはあり得ない。しかし後述するように、本当に無実でもまず勝てないのが日本の裁判だ。不起訴という形で救済されなければ、もう見込みはないといえる。それで、泣く泣くあきらめたのかもしれない。
 足立区の環状7号線(一般道)外回りの高抑により超過59q/h(測定値109q/h)と測定・撮影された被告人は、こう述べるのだった。
当時、前後にけっこう車があり、私は普通に走っていました。撮影された瞬間、メータを見たところ、そんなに出ていませんでした。しかし、無実の証拠はありません。機械に従います

 109q/hなど出していないけれども、109q/h出したと認める? そんなバカな!? だが、こういう被告人は珍しくない。
 裁判官、検察官、弁護人はどうするか。以前、千葉地裁で、侮辱されたと感じたのか真っ向から怒った裁判官がいた。弁護人はあとで、「あの裁判官は特別です」と苦笑した。
 東京簡裁では、怒る者はいない。「おかしいじゃないか」とは誰も突っ込まない。
 悪くいえば、へんに突っ込んで被告人が自白を翻しては面倒なので、知らん顔する…のだろうか。良くいえば、どうせ有罪(相場どおりの罰金刑)しかないのだから、侮辱は甘んじて受け、被告人に負担をかけずに早く終わらせてやろうとする…のだろうか。
 被告人が起訴事実を争わなければ、裁判はすぐに終わる。多くは即日、淡々と相場どおりの罰金刑を言い渡し、早ければ30分くらいで終わる。数日後か1週間後になることもある。
 109q/hのその被告人は罰金9万円だった。これは制限50q/hの一般道における普通車の相場だ。 首都高速なら8万円だったろう。
 訴訟費用(国選弁護人の報酬)は、東京簡裁では、即日判決の場合はまず被告人の負担とはされない(詳しくは『なんでこれが交通違反なの!?』を)。

(2)流れにのっていた
制限速度は60q/hだが、流れは100q/hくらいでした。そこを、流れにのって走っていただけです。あとで制限以下で走ってみたら、ムリな追い越しをされたりして非常に危険でした。制限速度が低すぎるのです」
 そのように言う被告人もよくいる。制限以下で走ることが如何に危険かわかってもらおうと、ビデオ撮影してくる被告人もときどきいる。私が傍聴してきた限りでは、そのビデオが証拠として採用されたことはない。「本件違反時のものではないので関係ない」と退けられるのだ。
 「流れ」は、犯行の動機や悪質性に関係する。しかし、だからといって情状を酌量しては、制限速度を守らないことを裁判所が容認することになる。
 それでだろうか、検察官、裁判官はこう突っ込む。
「制限速度(指定速度)は公安委員会が交通安全のために決めている。公安委員会が決めるからには、何か相当の理由があったのだろう。だから守らなければ危険なのだ」
 論理的におかしい。
「制限速度が低すぎるから流れにのって走ったということは、制限速度を無視して何q/hで走っても(たとえば制限が60で流れが100の場合、140で走っても)いいということか」
 すり替えである。被告人はそんなことは言っていない。
 しかし現実に、検察官、裁判官はそう突っ込むのだ。
 首都高速の中心部は狭く曲がりくねった区間が多く、あまり飛ばすのは危ない。それを理由に、新しくできた快適な直線区間でのスピード違反は危険だと責めるのも、信じられないかもしれないが、法廷ではごく普通の論法だ。
 そして結局、「違法な流れを理由に、どうこういうことはできない」と、相場どおりの罰金刑が言い渡される。こんなことを述べた裁判官もいる。
「車の流れは、被告人が言うとおりなのかもしれない。だがそれ(制限以下で走れば危険だし、オーバーすれば捕まること)は、すべての運転者が負担するリスクだ。一切、咎めを受けたくなければ、制限を守るしかない。流れにのるのはリスクを犯すことだ。どこまで覚悟してルールを守るか……」
  なるほどねえ、自速機の位置を警告するレーダ探知機やカーナビは、不条理なリスクから逃れるための正義のアイテムだったの!?

(3)緊急避難だ
濃いスモークガラスのベンツが接近してきて、窓から鉄パイプのような棒を振り回してきました。腕に刺青があり、棒がこっちのガラスにゴツッと当たりました。恐怖でパニックになり、逃げようとアクセルを踏んでしまったのです
 こういう主張が、とくに自速機の事件で多い。
 近ごろは、ふとした運転のトラブルが殺傷事件になったとよく報道される。とにかく相手を停めて金品を強奪する事件もある。鉄パイプうんぬんが事実なら、刑法37条の「緊急避難」が適用され、無罪はムリでも相当の刑の減軽があって然るべきだろう。
 もちろん、裁判になる前に、不起訴とされることはある。だが、起訴されて裁判になればもうアウト、それが現実だ。
 たとえば、追い越し車線へ出たとき100q/h、走行車線へ戻ったとき90q/hだったという被告人の説明を、「100q/hとか90q/hとか転々と変わって信用できない」と解釈したり、「自速機の写真を見ると、被告人の顔に緊迫感がない」「暴走車が存在したなら、被告人に続いて自速機に必ず測定・撮影されているはずだ」と攻撃したり、検察官はよくやる。
 そして判決は必ず、
「暴走車が存在したという証拠がない。よって暴走車は存在しなかったのだ。仮に存在したとしても(静かな法廷で落ち着いて考えれば)ああもできたはず。こうもできたはず。それをせずにスピードを出したのはダメ」
 との論法で、相場どおりの罰金刑とされる。
 もちろん、「暴走車が……」という被告人の主張はウソかもしれない。誇張かもしれない。だが、本当かもしれない。真実はわからない。わからないときは有罪。それが日本の裁判なのだと、よく心得たうえで準備する必要があるだろう。

(4)誤測定で真っ向否認!
起訴状記載のスピードを出していない。無罪を求める
 この主張もけっこうある。
 裁判の進行は、2つのパターンにわかれる。
 1つは、検察官が出そうとした書証(証拠書類)を不同意とする(つまり裁判官が判断材料として見ることに同意しない)パターン。
 その場合、検察官は、不同意とされた書証を撤回または留保し、証人を呼ぶ。オービス事件の証人とは、機械を扱ったり取り調べを行ったりした警察官や、測定機の製造・販売メーカーの社員(全国を飛び回って専門に証言する社員)や、定期点検を行った社員などだ。
 そうなると、公判は何期日にもわたることになる(詳しくは『なんでこれが交通違反なの!?』を)。被告人には負担だろうと思うが、私のほうは、測定機についていろんな知識をゲットするチャンスになる。
 けれど、傍聴人の興味はともかく、そんな証人尋問が裁判自体にいったいどれほどの意味があるのか、大いに疑問だ。
 というのも、警察官や点検の社員は、メーカーのマニュアルにしたがっているだけ。機械や測定についての知識はない。そしてメーカー社員は、専門の学者でも何でもなく、要するに、
「我が社の商品には、これこれの優秀な機能が備わっておりましてプラス誤差は絶対に出ないのであります」
 と口で言うだけなのだ。「優秀な機能」の信頼性は、誰の立ち会いによるどんな実験で証明されたのか、そういった裏付けは一切ない。たまにデータっぽいものが出ることがあるが、それが適正に作成されたという裏付けは一切ない。
 そんなの、営利企業のセールストークにすぎないではないか。
 私などは傍聴席で、「あちゃ〜。もともと信頼できない機械ゆえに、検察側はこんなアホらしい立証しかできないんだな」と呆れてしまう。オカルト叩きで有名な大槻義彦教授は「エセ計測器」「オカルト装置」だと一刀両断にする(別冊宝島Real『交通取り締まりのタブー!』は必読)。
 ところが裁判官は、
「当法廷で取り調べた関係各証拠ならびにメーカー社員の証言、メーカーが作成した定期点検成績書によれば、測定機にはこれこれの機能が備わっており、本件測定時においても正常に作動していたと認められる」
 と有罪にしてしまうのである。
 これはもう完全に病的だと思う。私はそのことを、あちこちにさんざん書いてきた。『ビッグコミック・スピリッツ』(小学館)で半年間にわたって連載した『交通被告人 前へ!!』(漫画はウヒョ助。原作が私)でもがっちり描いた。

(5)誤測定で書証に同意
 その影響もあるのかないのか、もう1つのパターン、すなわち証人を呼ぶ展開にさせず、1回で終わらせる道を選ぶ被告人も少なくない。
 被告人側が書証に同意すれば、証人尋問はなく、検察官提出の書証だけで「当法廷で取り調べた関係各証拠によれば……」と、あっさり有罪になってしまうのだ。まあ、それでも検察官は誰か1人くらい証人を呼ぶこともないではないが、それはきわめてまれだ。
 首都高速・環状線外回り足立2丁目付近のオービスVLjにより58q/h超過(測定値118q/h)で捕まった被告人は、
その後、九州へ転勤になった。すでに交通費などで多大な出費を強いられてきた。持病もあり、もう耐えられない。きょう判決まで終わってほしい

 と申し出た。これは聞きいれられ、1時間ほどで判決(罰金8万円)となった。裁判官は言った。
「理不尽と闘って主張しぬくには、多くのエネルギーを要する。多大な負担はやむを得ないこと。どんな犠牲も出費もいとわず闘う、そうでなければ自分の存在価値はないと……」
 私はあっけにとられた。メーカー社員のセールストークを鵜呑みして有罪とする理不尽を、誰が被告人に押しつけてるの?

 まあね、裁判官の本意はもっと深いところにあるのかもしれないが、ともあれそんなスピード違反裁判が、巨大な裁判所ビルのフロアの端の、簡裁の小さな法廷で日々行われているのだ。
 でも、傍聴・見学にやってくる児童、生徒、女子大生たちは、知らない。ぜんぜん知らない。私がぜんぶ傍聴してやろうって気にもなるぢゃないか──。

 ※これは私の夢想だが、もしかしたら裁判官は、「被告人の主張を完璧に整え、検察官の立証の怪しさ、オービスの病理を完膚無きまでに突く被告人・弁護人がいれば、無罪も考えてもいい。けれど、そんな被告人・弁護人はいない。自速機の基本的な測定原理さえ知らない者ばかりだ。これではねえ…」と思っているのかもしれない。ただ憤るだけでなく、しっかり準備して争うことが必要と思う。それでも結果は有罪なのだろうが、そんなスジの良い争いを重ねていくことが必要と思う。


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