駐禁レッカーの歴史

 

 小学館の『ビッグコミック・スピリッツ』で今年(01年)5月ころ『駐禁ウォーズ!!』が連載スタート した。私はその原作をやらせてもらっている。漫画はウヒョ助。昨年同誌に連載してご好評をいただいた『交通被告人 前へ!!』(単行本上下巻発売中)に続く、本格交通違反コミックの第2弾だ。ちなみに、集英社はマンガと呼び、小学館はコミックと呼ぶんだそうだ。

 『駐禁ウォーズ!!』は、新聞社の地方支局のアルバイト・羽鳥裕子が、免停中の先輩記者に頼まれてクルマを運転し、路上のパーキングメーター(60分300円)の白線内に駐車するところから始まる。
 通常の駐車場は料金後払い。パーキングも後払いと思い込んだ羽鳥は、300円入れずにクルマを離れる。1時間ちょっと経って取材が終わり、600円を握って戻ってくる。と、クルマが今まさにレッカー移動されているところ。泥棒 だっ!! あっ、おまわりさん、こいつらとっ捕まえて!!

 ところがミニパトの女性警察官は、パーキングは規定の時間、規定の料金を先払いすれば駐車できるが、そうでなければ駐車違反だ、違反なら移動するのだと、強引にクルマを持ち去ってしまう。
 取り返しに警察署へ出頭した羽鳥は、わけもわらぬまま違反キップを切られて反則金(1万5000円)の納付書を交付され、続いてレッカー料金と保管料で合計1万4800円を請求される。駐車していい場所に駐車して、600円を先払いか後払いか間違えただけで、まったく不要なレッカー移動をされ、合計2万9800円!? ンなバカなっ!!
 先輩記者たちはみな、「違反は違反だ。警察様に逆らってもしょーがない」と言うが、羽鳥は、あまりの怒りに鼻血をたらーりと流し、宣言する。
「絶対に納得いかないっ。とことん闘ってやるっ!!」

 そんなバカな取り締まりがあるのか? コミックだから大げさなんじゃないのか? と眉をひそめる方もおいでだろう。ブー。そんなバカな取り締まりがあるのである。パーキングメーターの白線内に駐車して、料金未納 (ただし60以上経過してから)または時間超過でレッカーされるのは、これは日常茶飯事。
 運転者が戻ってきた場合、移動作業に着手する前だとレッカーしないが、吊り上げてしまうともう運転者が「返せ。移動は俺がする!」と言っても運び去ってしまう ことは実際ある。まあ、駐禁レッカーは泥棒忍者のように素早く密かに行われるため、運転者がレッカーの現場に遭遇することは少ないけれども。

 羽鳥は、レッカー車を追い回して業者の事務所へ乗り込み、駐禁レッカーがいかにオイシイ商売かを突き止めてブッたまげたりする。
 やがて、協力者が現われる。地域住民から親しまれている、熱血で正義漢の若い巡査・通称ニカちゃんだ。この巡査は警察を愛している。愛しているがゆえに、実績を上げるためだけの不適切な交通取り締まりが警察への憎悪と不信をあおっていることを憂慮している。そんな取り締まりはヤメさせ、誇りをもって働ける警察にしたいのだ。
 この2人の周囲に、実績亡者≠フ女性警察官や、組織内での保身に汲々とする中年の巡査部長、ダンス・ウィズ・マネーとあだ名される署長、スクープ欲しさにその署長に取り入り、羽鳥をスパイしろと命じられ葛藤する先輩記者、レッカー業者の取締役に名を連ねていて、次の参院選に立候補して法務大臣の座を狙っている元警察庁長官、そして、警察庁次長候補ナンバーワン(次長にさえなれば2年ほどで長官に昇りつめる)の交通局長などがからむ。この交通局長は、とんでもないワルで、じつは羽鳥はその“隠し子”なのだ……。
 『駐禁ウォーズ!!』には、私が長年にわたり得てきたいろんなものをブチ込んでいる。また、新たにずいぶんいろんなことを取材した。何人もの元警察官に何回もお会いしたりもした。ニカちゃんには、その元警察官たちの気持ちを込めさせてもらったつもりだ(ありがとうございます)。
 そうやっていろんな情報や資料を得たけれども、コミックに盛り込めるのはごく一部(ギュッと絞ったエッセンス)でしかない。コミックのフキダシには入らなかった面白情報を、以下ご紹介しよう。

 違法駐車の移動措置、つまり駐禁レッカーが始まったのは、1960年12月20日。その年制定・施行された「道路交通法」に、駐禁レッカーについての規定 (第51条)を盛り込み、実際に始めることにしたのだ。
 その前日の12月19日付けで「違法駐車に対する措置について」という通達が発出されている。「警察庁保安局長から各管区警察局長、警視総監、各道府県警察(方面)本部長あて」として。

 この規定の趣旨は、旧法令においては、駐車の制限に関する規定に違反して駐車している車両があり、そのため交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあっても、警察官は、犯罪捜査としては処理できても、これに対して移動する等の措置を命じ、又は自らこれを移動する等の措置をとることはできなかったので、このような事態に対処して警察署長又は警察官が駐車の方法の変更、移動等の措置をとることができること及びその手続を定めたものである 。

 つまり、危険で迷惑なバカヤロウ駐車があっても以前は、違反として検挙する(刑事罰を与える)ことしかできず、危険で迷惑な状態を解消することはできなかったので、それをできるようにした、というわけ。
 なるほど。けっこうなことかもしれない。でも、個人の財産に警察権力(行政)が手を付けるわけだから、恣意的な運用があってはならない。そこで、通達はこう指示している。

 この規定の運用に当たっては、この規定に定められている要件を厳格に守り、その手続を慎重にして、いやしくも不当に車両の所有者又は使用者の権利を侵害するようなことがないようにしなければならない。この規定の運用について特に留意すべき点は、次のとおりである 。

ア この規定による措置は、単に違法な駐車があるということだけでは足りず、その違法駐車により具体的な交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれもある場合における措置である 。

 ところが現在、
「違反は違反ってのは、まあわかる。だけど、レッカーする必要はぜんぜんないじゃないか!」
 と怒る運転者が非常に多い。
「警察に文句を言いまくったが、どこも答えは違反だから移動した≠フ一点張り。納得いかんっ!」
 と激怒する運転者もいる。
 法律の趣旨、通達による指示は、完全に無視されているようだ。どうしてそうなってしまったのか。

 警視庁交通部が作成した『実務 駐車取締り』という本に、駐禁レッカーの歴史が載っている。表紙に「取扱注意」とある。なかなか面白い。
 交通機動隊によるレッカー移動取り締まりが開始されたのは、前述のとおり1960年12月20日。当初は、危険防止および交通の円滑を図ることは警察の当然の仕事だからか、あるいはとにかくレッカーを合法化することが目的だったからか、運転者から料金を徴収するようにはなっていなかったようだ。
 ところが翌1961年11月1日から、移動および保管料の徴収を開始する。このときも、行政代執行法の規定を準用するのだと通達が出ている。行政代執行とは、公共の目的のため、たとえば道路をつくりたいんだけど1軒だけどうしても立ち退かない家屋があるとき、強制的に取り壊す、あれのことだね。かかった費用は、その家屋の持ち主から実費を徴収することになっている。
 当時のレッカー料金は、いくらだったのか。『実務 駐車取締り』には出ていない。それぞれのケースに応じた実費だったのだろうか。
 1968年7月1日、おなじみ反則金の制度がスタートする。それまで、交通違反もいちおう犯罪だっちゅうことで裁判を経て罰金を徴収していたが、運転者に不服がなければ、反則金という行政上のペナルティを払ってオシマイにすることもできるようにしたのだ。
 1967年までの6年間、だいたい400万件台だった取り締まり件数は、これを境にどんどん増え、1975年には1000万件の大台に乗る。反則金稼ぎの取り締まりが増えるのではないかと懸念されたことが、そのとおりになったのだ。
 この時代は、高度経済成長期と呼ばれる。1945年の敗戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争による特需≠烽り、日本は急速に復興。1968年にはGNPが資本主義国の中ではアメリカについで第2位となり、公害問題も登場する。そういう時代の中で、警察も効率とカネ儲けへ動き出したのだろうか。
 1970年12月1日、駐禁レッカーの一部を民間業者にやらせるようになる。ただしこのときはまだ、警察の要請に基づきその都度、出動する形だった。料金は1000円または1100円と定められた(警視庁管内の場合)。70年といえば私は16歳。石川県金沢市内ではロードショー(2本立)が350円くらい、ラーメンが安い店で170円くらいだったか。
 翌1971年7月28日、「移動専従民間委託体制」なるものが開始される。署長と契約した民間業者が、駐禁レッカーに専従する体制、つまり現在と同じやり方がこのとき誕生したのだ。そして、料金はイッキに5000円に引き上げられる!
 以後どんどん値上げされ、1998年4月1日から現在の1万4000円(警視庁管内)となった。この料金、法律では「実費を勘案」とされているが、算出根拠を調べてみると、非常に怪しいと言わざるを得ない。

 そして現在、本当に危険で迷惑なバカヤロウ駐車ではなく、危険も迷惑もない、ただ形式的に違反だというだけの駐車が、じゃんじゃんレッカー移動されている。なぜ、こうなってしまったのか。
 駐禁レッカーのシステム自体が、警察一家の商法≠ナあること。とにかく実績を上げればいいのだという警察の体質。……もあるけれども、私としては、それを支え育ててきたのは、まあ一概には攻められない面もあるとはいえ結局は、唯々諾々とカネを払い続けてきた運転者のほうだと思う。そういう辺りも『駐禁ウォーズ!!』にはしっかり入れていくつもりだ。
 インチキレッカーという現象にただ怒って警察官を恨むだけでなく、その裏にあるものを考えてもらえればと思う。


2001年10月頃発売の『ドライバー』 に加筆。
 
※『駐禁ウォーズ!!』はその後、予定を大幅にオーバーして約1年間、連載されることとなった。
※1960年12月19日発出の通達は、遅くとも2000年12月5日には廃止されている。
※作品に登場する「行政制裁金」は、04年の法改定で「放置違反金」として姿(初期段階の姿)を現した。
 
 

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