約6年前の違反を理由に処分執行

 

 免許不携帯など一部の違反を除き、交通違反には点数がつく。いわゆる違反点数≠セ。累積が基準に達すると免許停止など行政処分の対象とされる。
「反則金や罰金より、俺にとっちゃ免停のほうが痛い」
 という運転者は少なくない。
「俺は高い罰金を払ったんだ。このうえ、なんで免停という罰まで受けなきゃいけないんだ。ひどいよ」
 という運転者もいる。
 しかし、行政処分は罰≠ナはない。懲らしめとしての罰は、反則金や罰金、極めて悪質な場合は懲役刑を受けることで終わる。二重に処罰することは憲法第39条で禁じられている。

 では行政処分とは何なのか。『交通の教則』にこう明記されている。
「この制度は、危険性の高い運転者を道路交通の場から排除しようとするものです」
 他の法律書にも同様のことが書かれている。行政処分は罰ではなく、「危ないヤツを排除して善良な運転者や歩行者の安全を守ろう」という行政目的のための処分なのだ。
 もちろん、警察が「こいつは将来も危険だ」と決めつけて国民を排除するなんて、考えてみればそれ自体が非常に危険性の高いことといえる。目的から逸脱した運用は絶対に許されない。当然の話である。

 さて、以前にもレポートしたNさん(東京都)のケース。彼の処分までの経過はこうだ。
【96年9月】 92q/h超過(12点)。事情があったとはいえ違反は事実で素直に反省。のちに罰金10万円を払う。
【96年10月】 43q/h超過(6点)。こちらは身に覚えがなく否認。すると起訴され、正式な裁判で争うことに。
【97年6月】 12+6=18点は免許取り消し処分の基準だが、なぜか90日の免停処分を執行される。
       これは、12点のみでまず処分したものと思われる。
【01年3月】 43q/h超過について最高裁で有罪判決が確定。罰金6万円。
【02年5月】 期限までに免許を更新せず、免許は失効する。
【02年6月】 「うっかり失効」として免許を再取得。その際、90日免停に相当する「保留処分」を執行される…。
       以下これを本件処分という。

 本件処分執行のときの処分通知書は、理由欄に「前歴0(1)回・累積点数18(6)点」と記載されている。
 前歴0回で累積18点なら取り消し処分の基準(15点)を超えるが、97年6月に90日免停を受けていることを考慮して「前歴1回・累積6点」で処分した、ということなのだろう。 なんにしても、約6年前の違反と約5年前の処分を理由に処分を執行されたのである。そして、
「そんなアホな話があるか!!」
 というのがNさんの主張だ。

 ご存知のとおり、1年以上を無事故・無違反で経過すると、累積点数や処分の前歴がゼロになる。『交通の教則』にもそう明記されている。
 この特例は「運転者に目標を持たせて安全運転を促す」との意味もあるようだ。しかし、だからといって「危険性の高い運転者」を野に放って良いわけがない。1年以上も無事故・無違反であれば 、危険性は消失したと捉えて差し支えない、そう考えての特例のはず。
 さらには、2年間以上を無事故・無違反で経過したあと1〜3点の違反で捕まっても、それからさらに3カ月間を無事故・無違反で経過するとその1〜3点はカウントされなくなる (累積の対象から外される)という特例もある。
 これらのことからわかるのは、無事故・無違反の期間は、運転者の「危険性」を量るに当たって大事な要素である、ということだ。

 Nさんの無事故・無違反の期間は、1年や3年どころではない。違反からは約6年、処分からは約5年が経過している。「危険性」などとっくに消失していることになる。にもかかわらず「危険性の高い運転者を排除する」処分を執行されたのである。
 そこでNさんは「本件処分は裁量権の濫用だ」として損害賠償(金額は50万円)を求める訴訟を02年10月、東京地裁に起こした。被告は石原慎太郎都知事 だが、実質は警察(本件では警視庁)だ。

 ところで、処分の執行は通常、運転者を出頭させて処分の書類を交付することで行なわれる。平日の昼間になかなか出頭できない運転者もいる。単にズルけて出頭しない運転者もいるだろう。一方、違反容疑について刑事手続きで争っている途中の場合、警察は「裁待ち」として処分を待つこともある。理由は なんであれ、処分の基準に達していながら出頭せず、したがって処分を執行されずにいる運転者は全国にたくさんいる。
 そして、その間に1年以上が無事故・無違反で経過してしまう、つまり「危険性」が消失してしまうケースも少なくない。Nさんの裁判がどうなるか、全国の多くの運転者にも興味あるところだろう。

 被告(警察)側の主張は要するに、
刑事処分と違って行政処分には時効の規定がない。本件処分を違法とする法令はない。よって適法なのだ
 というものだった。本件処分時におけるNさんの「危険性」の高さについては、一切触れなかった。それはそうだ。触れようがないのだろう。
 3目の弁論で双方の主張はすっかり出尽くし、あとは裁判官の判断(判決)を待つだけと思えた。
 ところが齊藤顕裁判官(東京地裁・第6民事部)は、「何か補完することがあれば」とさらに期日を設けた。
 常時300件もの事件を抱えて多忙を極めるといわれる裁判官が、なぜ結審を渋るのか。私は傍聴席で不思議に感じた。もしかして「被告さんよ、もっと肯けるネタを出してくれ。でないと棄却できないぞ」ということなのか。そんなことまで感じてしまった。

 第4回の法廷で、被告側は要するに「
92q/h超過の翌月43q/h超過の違反をするとは悪質だ。危険性は高いのだ」と主張してきた。
 Nさんにとってそれは「お前はアホか?」と笑いだしたくなる主張だった。43q/h超過については言いたいことがあるけれども、結局それらは約6年も前のこと。問題にしているのは 、そんな昔のことではなく、本件処分時における「危険性」の高さなのだ。裁判の争点は、「危険性」が消失した者を「排除」することの妥当性なのだ。
 Nさんには 2人の代理人弁護士がついており、当然そのあたりをしっかり主張した。裁判官は(被告側の主張に?)いまいち物足りないような感じを漂わせて結審した。

 03年3月31日(年度末)午後3時、判決が言い渡された。
「主文。1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする」
 Nさんの敗訴だった。
 行政処分の目的および「1年以上……」といった特例の規定に照らせば、Nさんが「危険性の高い運転者」でないことは明らかではないか。いったいなぜ棄却なのか。

 判決書の結論部分「当裁判所の判断」に、行政処分の目的についての記述は一切見当たらなかった !
 そして、約6年前の違反は「危険性の高い行為であった」こと(つまり第4回期日で被告側が苦し紛れに主張したこと)、「本件処分に至る過程における原告の対応」などを挙げ、「(本件処分は)裁量権を逸脱、濫用したものとまでは認められない」とされていた。
 おいおい待ってくれよ、と私は思った。
 刑事手続きの決着がつくまで処分を待つとしたのは、警察のほうである。1990(平成2)年6月22日の参議院・地方行政委員会で、当時の 関根謙一交通局長が「
刑事裁判で今客観的事実の存否について争っているということがわかりました場合には、多くの場合処分を保留するということをしているかと存じます」と答弁している。処分が先延ばしになったのも、刑事裁判が長くかかったのも、 Nさんの責に帰することではない。また、そもそも、「×年間以上無事故・無違反なら…」という特例の規定のどこにも、処分対象者の「対応」により特例から除外するなどとは書かれていない。

 結局この判決は、行政行為をムリに追認したものと言わざるをえないように思う。判決に従うなら、50年間無事故・無違反のチョー優良運転者を、50年前の違反を理由に「危険性が高いから」と処分できることになってしまう。
 以上を読んで、「ああ、裁判で争ってもどうせダメなのか」とあきらめるか、あるいは「被告(警察)と裁判所は、そういう論法でくるのか。ならば俺は…」と作戦を練るか、そこは読者諸兄のお考え次第だ。


『ドライバー』(八重洲出版)2003年5-20号に若干加筆
2008年7月21日、さらに加筆
Nさんが受けた処分については『改訂新版 なんでこれが交通違反なの!?』で詳述
 

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