05/8/11up 05/9/9更新  06/1/1更新

 

汚い取り締まりを警察はなぜするのか?

 

 汚い、ズルイ、恣意的な、交通の安全・円滑・事故防止には役に立ちそうもない、警察への信頼を失わせる取り締まりを、警察はなぜするのか。
 そう言って怒る人が多い。

 取り締まりの背景には、莫大な警察利権がある。反則金だけで年間800〜900億円。これは財務省のものにならず、「交通安全対策特別交付金」として警察の縄張りへ流れる。そのほか、停止処分者講習や違反者講習、駐禁レッカー移動、パーキングメータ・チケットの管理、免許更新の事務や更新時講習など、いろんなものが、天下り先である交通安全協会に委託されている。
 そして、現場の警察官には件数(点数)の「努力目標」、ノルマがある。件数で管理されれば、どうしたって、違反の悪質性などは抜きに、とにかく件数を上げればいい、ラクして数を稼ごうとなってしまう(それが警察官らの心を蝕むとの指摘もある)。
 現場の警察官が、税金で働いて取り締まり、生じたカネは天下り先へ流れ込む、という利権システムがしっかり構築されているのだ。そこから、汚い取り締まりが生まれるのだ。

 ノルマを消化するための取り締まりに、違反・事故の抑止力などあるはずがない。
 実際、年間1100万件以上取り締まっても取り締まっても違反はあふれているし、事故発生件数はほぼ毎年、過去最悪を更新している。エアバッグの普及等により死亡者こそ減っているけれども。

 私はこれを「交通商法」と呼んでいる。悪徳商法の一種と見なしている。

 しかし、警察に限らず、行政体・組織が利権へ走るのは、ごくごく自然なことだろう。植物が太陽へ向かって伸びるのと同じことだろう。
 私としては、いちばん責任があるのは、国民自身(主権在民、民主主義の国における主役)だろうと思う。
 ノルマ消化のための大量の取り締まりは、効率がなにより大事。1件1件に手間をかけていられない。ほぼすべての運転者が唯々諾々とカネを払ってくれるおかげで、成り立つのだ。
 反則金の納付率は、制度がスタートして40年近いが、95%を下回ったことが1度もない。毎年100%に近い。略式で罰金を払う率は、近年かなり下がってきているとはいえ、まだまだ略式が大半といえる。
 駐禁レッカーや免停など行政処分に不服があれば、「行政不服審査法」にもとづいて不服申立(無料)ができるが、それをする人は0.1%に満たない
 汚いズルイ取り締まりは、やり放題なのである。

「そうは言っても、争う(反則金を払わずに不服を主張していく等する)のは、こっちも面倒だ。たいした額でもないんだから、反則金を払うほうが得だ。仕方ないよ」
 という声もよく聞く。
 悪徳商法が、「今すぐカネを払うほうがお得ですよ」というシステムにしておくのは、当たり前だろう。支払いは義務だとか、払わないと逮捕されるとか、そんなふうに思い込ませるのも、基本だろう。

 そして、「じゃあ、正義のために争うことにするわ!」という人に、私は言っておきたい。
 「虎の威を借る」という言葉がある。「正義の威を借る」必要はない。「違反は事実か」「事実として処罰すべきか」「すべきとしてどれくらいの罰が適当か」、あるいは「執行された処分は適正・妥当か」、そうしたことを、運転者の主張・立証も聞きながら適切に判断してもらう(させる)のは、当たり前のことなのだ。そうした積み重ねから、紙に書かれた法律(の運用)が生きたものとなっていくのだ。
 当たり前のことを淡々とやればいいのである。やたら「正義」の鎧(よろい)をまといたがる人は、もともと自分の主張に自信が持てないのではないのか、私はそんなふうに思う。
 争うべきか、それ以前に、いまのこの運転は捕まったら堂々と争える運転か、よく考えてほしい。
 とりあえずそんなところで。

 

 

「駐車違反はあふれてるし、制限速度なんてだれも守ってねーじゃん。そんなことでいーのかよ!?」
 あなたもそう思ったことがあるだろう。

 多くの人が当たり前に日常的に違反している状況が、いいわけがない。非常に悪い。
 なんと「法制局長官在任10年」という著者の『法令作成の常識』(日本評論社)にも、ズバリこう書かれている。

「社会の大部分の人々がある法令に違反するという状況にあり、また、その人々の意識では、そういう法令に違反することが別段悪いことと思われず、たまたまつかまったものが運が悪いと思われるような状態になっては……その法令は空文化し、いわゆるザル法となる……こういうザル法が出現することくらい、一般の人々の遵法精神をそこなうものはない……人々に、その法令のみならず、一般に法令を守る気がなくなってくるのは無理もない」

 交通違反の検挙率は1%に届かない。極めつけの「ザル法」だ。が、違反は日常的にあふれているから、つまり分母が巨大だから、1%に届かない取り締まりでも、そこから生まれるカネは巨額となる。そのカネは警察の縄張りへ流れ込む仕掛けになっている。

 こんなことで事故が減るはずがない。エアバッグの普及などで死亡者数こそ減っているが、事故発生件数は右肩上がりで増え続けている。
 人々の遵法意識を損なわせ、警察利権を支える、それが道路交通法の実質的な存在意義といえる。

──『ドライバー』06年1-5号に書いた記事より

 

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