俺の主張は正当か?

 

「違反は事実だけど納得いかない。自分の主張は正当かどうか判断してほしい」
 とよく言われる。
 困るんだよね。だって、現場を見てもないのに、一方の当事者による短い説明を聞いただけで、
「あなたの不服はまちがってます」
「あなたは正当です」
 と振り分けるなんて、そんなの無責任でしょ。「正当」と「正当でない」の2つにはっきり区分できるもんでもないだろうし。

 交通の状況や違反の態様は千差万別。そのなかで、紙に書かれた法律をどう運用していくか。
 取り締まりが行われたあと、
「その違反は処罰すべきなのか」
「すべきとして、どれくらいの罰が適当なのか」
 を、運転者の言い分も聞きながら検察官、裁判官が判断していく。その積み重ねから、
「こういう場合は処罰すべきである(すべきでない)」
「こういう場合の処罰はこれくらいが適当である」
 と、法律をどう運用するかおおよその線が決まっていく。紙に書かれた法律が生きたものになっていく。日本はそういうシステムになっているのである。

 個々の人(難しくいえば民主主義の国における主権者)がよく考え、各自の責任において「正当」と思うことをぶつけていくべきと、私はそう思う。
 だいたい、他人から「正当」と言われて自信を持っても、そんなのは付け焼き刃。たちまちボロボロにされてしまうだろう。
 といったわけで、私は「正当かどうか判断」しない。

 ただし、である。私自身ずいぶん何度も警察、検察の取り調べを受けてきた。全国の多数のご相談者から日々報告をいただいてもいる。録音テープも聴かせてもらってきた。
 そうした経験から、取り調べのとき警察官や検察官が何を言うかはだいたい予測できる。
 あなたのその主張は、仲間うちでは、
「そうだそうだ。お前の言うとおりだ。警察は汚い」
 と盛り上がるかもしれない。けど、警察や検察でもそうなると思ったら大まちがい。彼らはきっとこういうふうに突っ込んでくるよ。と、予測することはできる。
「今井さんから言われたのと同じことを、検察官から言われた」
 という報告をいただくことはよくある。

 この際、運転者がよく口にする主張はどう突っ込まれるか、列挙してみようと思う。免停などの行政処分における「意見の聴取」では、その場での突っ込みはあまりないようだが、聴聞官も腹の中では同様のことを思うだろう。
 それら当局の言い分がすべて「正当」だということではない。運転者を屈服させるための巧みな方便というべきものもある。ともあれ、ご自分の不服は正当かどうか考えるための参考になれば幸いだ。

「みんな違反してるのに自分だけ捕まえるのは不公平だ」

  警察力には限りがある。同じ違反でも比較的悪質なものを取り締まっていくしかない。あなたの違反は他と比べて悪質だったのだ。
 仮に悪質性は他と同じでも、とくにあなたを狙ったのではない。あなたと特別な関係にあるわけでもない警察官が、狙うはずがない。あなたにも他の違反者にも、取り締まりを受ける可能性は平等にあった。よって不公平ではない。

「もっと悪質な違反はいくらでもある。そっちを捕まえろ」

 当然、もっと悪質な違反があれば警察官はそっちを検挙した。しかし、現認できる範囲にそのような違反はなかった。
 どの違反を検挙するかは現場の警察官の判断に任されている。警察官はあなたの違反が悪質だから検挙すべきととらえたのだ。

「待伏せは汚い。隠れずに姿を見せていれば、オレも違反しなかった」

 ことさらに身を隠していたわけではない。多少隠れていたとしても、それは運転者たちの普段の運転を見ていたのだ。
 あなたが言うのは「警察が見ていれば違反しない。見ていなければ違反する」ということにほかならない。警察官の人員が限られているなかで、そんな運転者の望むようにしていては、違反・事故は抑止できない。

「違反を防止せず、違反するのを待って捕まえたのは不当だ」

 違反する前に、あなたは違反しそうだからと停止を命じるわけにはいかない。そういう権力行使は許されない。善良な運転者だろう、違反などしないだろう、との前提で見ていたら違反したので検挙したのだ。

「急な腹痛でトイレへ行きたくて、やむを得ず駐車違反した」

 そんなことを言えば違反はチャラになると思いこんでる運転者が多くて困る。どこのトイレで用を足したのか。和式だったか洋式だったか。便器の向きはどちらだったか。便の状態はどうったか、言ってみろ。
 仮に腹痛がほんとうだったとして、30分もトイレにいたとは信じがたい。それほどの腹痛なら病院へ行ったはず。医者の診断書を出せ。腹痛は事実だったかどうか、あなたの会社や家族に確認しよう。

「急な腹痛でトイレへ行きたくて、やむを得ずスピードを出した」

 焦ってスピードを出すのがいちばん危険だ。悪質な違反だ。
 トイレはどこにでもある。公園もレストランも公民館も素通りしたのはなぜだ。

「家族が急病で、ついスピードを出してしまった」

 そのためにあなたや他人が死傷したら、急病だというあなたの家族はどう思うのか。他人の家族はどう思うのか。考えたことがあるのか。

「ヤンキー車からあおられ、怖くなってスピードを出してしまった」

 怖ければ止まればいいのだ。止まったら危害を加えられる? 止まって確認したのか。ヤンキー車のナンバーは? 車種や塗色は? 乗員の様子は? 何も言えないのは、ヤンキー車など存在しなかったからだ。
 仮に存在したとして、脇道へそれることも、交番などへ逃げ込むことも、携帯電話で110番通報することもできたはず。何もせずにスピードを上げたのは、あなたがスピード違反をなんとも思っていないからだ。

「急接近してピッタリくっついてくるクルマがあり、追突されるんじゃないかと怖くなってスピードを出したら、それは覆面パトだった」

 パトカーの警察官は、スピード違反のクルマを認め、取り締まろうと加速し、追尾測定を適正・確実に行うために車間をつめたのだ。
 パトカーでなくても、車間をつめてわざわざ追突するクルマなどいるはずがないし、仮に追突されてもあなたは悪くない。追突したクルマが処罰され賠償責任を負うことで決着する。

「流れにのって走っていたのだ」

 ほんとうは制限速度で走りたかったが前後左右を速いクルマに囲まれてやむなく、というならまだわかるが、当時は前後にクルマはなかったんだろ? そしたら、他車とは関係なしにあなたが勝手にスピード違反しただけじゃないか。

「警察官からひどいことを言われた。許せない」

 警察官はひどいことなど言っていない。仮に警察官の言葉に多少の問題があったとしても、それはその警察官が直せばいい話であって、あなたの悪質な違反を許す理由にはまったくならない。

 まだまだあるが、とりあえずこれくらいにしとこう。突っ込まれて直ちに論破できなければアウトというものでは必ずしもない。検察官は、そうした突っ込みにより運転者の人間を試しているのではないか、そんなふうにも感じられる こともある。

『ドライバー』(八重洲出版)2004年6-5号に若干加筆。

 

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