「交通違反相談センター」について
「交通違反相談センター」とは何か。かつて雑誌に書いたことがあります。記事はこちらです。
私が「交通違反相談センター」と称したのは1997年7月からです。
しかし、事務所を設けてスタッフを雇ったわけではありません。また、ご相談等への対応はそれ以前からずっとやってきていました。つまり、何も変わっていないわけです。にもかかわらず、なぜ「交通違反相談センター」と称したか。
それは要するに、交通事故についてはさまざま相談窓口があるが、事故よりずっと件数の多い違反については皆無といってもよいような状況だ。違反者たちは無知のなかに置かれ、泣き寝入りと迷信や憎悪が渦巻いているといえる。そりゃいかにもマズイだろう。不服があれば主張していく道が、ほら、このようにあるよ。その道をたどって主張 していける不服なのか、まずはそこんとこよく考えてみようよ。
と、わかりやすく訴えたかったからです。
泣き寝入りしかないと思っていたときは「ちぇっ、警察は汚え」で終わっていた違反も、争う道があるとわかれば、また違うものが見えてくるでしょう。できるだけ多くの方にそれを見ていただければ、と思ったからです。
その後、インターネットが一般的になることでネット経由のご相談等が爆発的に増え、さらに、ふとしたきっかけから2000年6月末に『ビッグコミック・スピリッツ』(小学館)で『交通被告人 前へ!!』(私が原作。漫画家はウヒョ助)が連載スタート。第2弾の『駐禁ウォーズ!!』 へと続き、チョー多忙となりました。「パンク寸前だ」「パンクしかけてる」が口癖になりながら、しかしそれなりに楽しく充実してやってきました。
ところが、2001年6月の健康診断で成人病関係が「要医療」とされてから、いよいよヤバくなってきました。2001年9月下旬には、それまで「月刊交通違反on the web」(同年8月にこのHPを自力で設けるまで私のネット上の本拠地といえたHP。現在は私はノータッチ。詳しくはここを)に設けていたご相談等専用のBBS(掲示板)も残念ながら閉じざるを得ませんでした。ご相談等を受ける窓口をどんどん縮小せざるを得ない状況 になっていったのです。
こんなことで「交通違反相談センター」などと称していてよいのか。じつは悩んでいるところです。
ご批判はあるでしょうが、ピンチとぎりぎり格闘してこそ発展もあるのだろうと、抜本的な改革を夢みてなんとかしのいでいるところです。お許しください。
というふうなことを書いたのが2002年5月27日。『駐禁ウォーズ!!』の連載は2002年6月に終わり、現在の状況はどうか。
1997年7月からの6年数カ月の歳月をふり返って、いくつか思うこと、自分なりにわかってきたことがあります。データ化もそろそろ2000件になりますし、近々また『ドライバー』で発表しましょう。2003年12月3日 今井亮一