りんごのプロフィール
   
この似顔絵↑はAbi-Stationで自作です。↑は書いてもらったもの

はり師・灸師[2001.3.免許取得]
子宮セラピスト[2008.2.宣言]

1964年いて座・B型
同居家族:夫・中2長女・小6長男・小5二男と私

好きなこと:Jazz Dance、パン・お菓子作り、舞台を観ること、スキー、家族キャンプ、読書

↓詳しく↓

大学で英文学を専攻、中学・高等学校英語教員免許を取得、
1987年卒業、電子機器専門商社入社、
人事部採用教育担当として5年半勤務。
社会人としての基本的知識は、
この時の上司に教えていただきました。

1991年秋26歳で結婚、稲木市へ
共働きを1年経験し退職、
1993年28歳で長女を出産。

長女は立川市のとある病院で出産、
微弱陣痛で陣痛促進剤を使用し、
「いいお産」にこだわっていたので悔いが残りました。
長女が1歳の時より1年間、
女性だけの小さな編集プロダクションにパート勤務。
女性問題やフェミニズムについてだけでなく、
社会で生き抜くために真剣に仕事をする姿勢を教わりました。

1995年妊娠8ヶ月で中目黒に転居。
長男を出産の際に、助産院を選び、
素晴らしい助産師さんとの出会いがありました。
この先生から、【未病を治す】ことを体感させていただきました。

長男出産後すぐ半年間、NYのマンハッタンで生活し、
アメリカ社会の厳しさと人種差別を肌で感じ、
まだ気配が薄かったバブルの崩壊を予感、
将来や仕事について真剣に考え、
鍼灸専門学校入学を決意して帰ってきました。

ところが
(笑)帰国後すぐ二男を妊娠、
ここから保育園受難の道が続きます。
3人を別々の保育園に半年、
1年半の間は2箇所に通園しました。

1997年32歳で二男を出産し、3ヵ月後から、
大手乳業会社で営業補助のパート勤務を始めました。
1年後の子どもが1歳、2歳、4歳の時に
周囲の反対を押し切って鍼灸専門学校に入学。

3人の保育園を1箇所まとめたいと毎日思いながら、
午前は専門学校、2時から夕方までパート。
まだオムツも取れない子どもが二人ですから、
この時が一番大変でした。

子どもの発熱で突然お休みしたり、
試験の時にはパートを1週間休ませていただいたり、
職場の方々の理解と協力、保育園の先生方、
夫、両親、妹、義母の協力のおかげで
なんとか学生・仕事・母親をやっていました。

専門学校3年生になりパートを辞めました。
勉強に専念するはずが、家の建設計画がスタート。
2001年3月卒業、鍼師・灸師の国家試験合格。
6月に下目黒に転居。
2001年12月「りんご鍼灸院」開業。


出会った多くの方々から
たくさん教えていただき、助けていただき、
今の私がいることに感謝しています。

一生の仕事として鍼灸師を選んでよかったと
心から思うことがたくさんあります。
今度は私がお役に立ちたい、
大切な人の健康を守りたいと願っています。


小さな鍼灸院の中で、
ゆったりと患者さんと向き合い治療をし、
そして鍼灸院の外で、
多くの方に東洋医学の良さを広める活動を
個人やグループで行っています。


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