松田 達 Tatsu Matsuda / 建築家


《コンティニュアス・モニュメント》から《エクソダス》へ、終着点と出発点


特に若い世代、1970年代生まれかそれ以降くらいの世代だと、スーパースタジオと聞いてもピンと来ない人がほとんどではないだろうか。せいぜい歴史の授業で聞いたことがあったりするくらいで、1970年前後のラディカルな建築家だというイメージくらいしかないだろう。彼らを日本に詳細に紹介したのは磯崎新の『建築の解体』(1975)くらいで、僕自身もほとんど磯崎さんのテキストを通してしかスーパースタジオのことを知らなかった。ただここでは少し別の視点からスーパースタジオを紹介したい。

スーパースタジオなんて知らないし自分がつくりたい建築と関係ないという人が多いかもしれない。確かに実現された彼らの作品は家具やインテリアのいくつかの作品くらいだ。でもレム・コールハース/OMAに最も影響を与えた建築家の一人だといえばどうだろうか。OMAから大いに影響を受けてしまった僕たちは、スーパースタジオから間接的に影響を受けていないとはいえない。OMAに興味を持つ人だったら、彼らを知っておいて損はないはずだ。

レム・コールハース/OMAの最初の作品《エクソダス、あるいは自発的な建築の囚人》は、1972年にエリア&ゾエ・ゼンゲリス、マデロン・フリーセンドルフらとともにイタリアのカサベラ誌のコンペ「意義ある環境としての都市」に応募され、後日コールハースのAAスクールのファイナル・プロジェクトとして提出された。ロンドンの中心部を貫く巨大な帯状の壁は、束縛することで恍惚を与えるという逆説的な自由を人々に提供する建築であり、ロンドン市民はそこに囚われるために自発的に古い街から逃げ出してくる。人々の夢も悪夢も実現するこの建築は、救世主的なユートピアをアイロニカルに批評する。

コールハースはこのプロジェクトの参照元を二つあげている。一つがベルリンの壁で、もう一つがスーパースタジオの《コンティニュアス・モニュメント》だ。AAスクールのサマースタディのため1971年にベルリンを訪れたコールハースは、壁が南北に走っているのではなく、実はまさに西ベルリンを取り囲んでいることで、その内部に自由を生み出しているという逆説に感銘を受ける。またベルリンの壁そのものが恐ろしく美しかったことにも驚きを覚える。《エクソダス》との関係は明らかだ。コールハースは拘束することで逆説的に自由を生み出すという建築の力を発見した。

スーパースタジオの《コンティニュアス・モニュメント》(1969)は、シングル・デザインと彼らが呼ぶホワイトキューブの連続による巨大な構築物がマンハッタンを囲い込み、ニュー・ニューヨークと名づけられる。一部の摩天楼が立ち並ぶエリアだけが、都市がシングル・デザインによって計画されなかった時代の記憶として対比的に残される。ホワイトキューブという基本的な要素によって家具から都市計画まですべてがデザインされてしまえば建築家がやることは何も残っていない。つまりデザインの終着点である。コールハースはこの作品に強く影響されたことを告白している(後にコールハースは、スーパースタジオのアドルフォ・ナタリーニをAAスクールに招いて講演会を企画している)。

《コンティニュアス・モニュメント》は1968年の5月革命によって明らかになったユートピアの不可能性を、その翌年にアンチ・ユートピアとして描き出した。スーパースタジオの手法は、反ユートピアの思想とともにコールハース/OMAに引き継がれる。《エクソダス》において「古い」ロンドンの一部が壁のなかに取り込まれている点にも《コンティニュアス・モニュメント》との共通点を見ることができるだろう。偶然のように、《エクソダス》はコールハース自身のロンドンからニューヨークへの「エクソダス」も象徴している。コールハースがニューヨークに移ったのは、1972年のプロジェクトの提出直後のことだった。コールハースの出発点はスーパースタジオによって与えられたのである。

スーパースタジオの建築の実作は少ない。しかしコールハース/OMAこそは、スーパースタジオの精神を実現した建築家なのだといえるかもしれない。北京に建設が予定されているCCTV(中国中央電子台本社ビル)。立体的にループになったこの超高層に、「コンティニュアス・モニュメント」のメビウスの輪的解決を見ることができるだろうか。僕らは再びコールハースというめがねを通して、スーパースタジオの声を聞かなければいけない。