薬物療法

睡眠薬の減量、中止を希望する方へ

はじめに
ベンゾジアゼピン系薬物の長期処方の適正化を推進するため2018年度診療報酬改定では、不眠や不安の症状に対し12カ月以上、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬を長期処方している場合、診療報酬を減点することが決まりました。これは、国が医師に対して「ベンゾジアゼピン系の薬物の長期処方は止めましょう」という指導なのです。
それでは、なぜベンゾジアゼピン系薬物は長期の服用が好ましくないのでしょうか?ここでは、国による適正化が推進される背景について説明し、次に、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の減量、中止の実際の方法について解説します。

適正化が必要な背景(薬物依存と常用量依存)
ベンゾジアゼピン系薬物には、抗不安薬と睡眠薬があります。どちらも似たような作用を持っていますが、睡眠薬として用いられるものをベンゾジアゼピン系睡眠薬と呼びます。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、正しく使えば非常に効果的な薬物です。しかし、他の薬と大きく異なる特別な作用があります。それは、依存、耐性、離脱、反跳性不眠などを引き起こす作用です。

依存とは、薬物を欲したいと思う強い要求です。薬が切れると不安になり薬を飲みたい気落ちがとても強くなります。
薬物依存では、本来なら守るべきルールを無視して薬物を服用してしまいます(医師の指示を守らず過量に服用してしまう、同一処方を得るために複数の医療機関受診する、ネットなどで違法に薬物を購入する)。
さらに進んだ身体依存と呼ばれる状態では、薬物を中断すると離脱症状が出現します。

耐性
同じ効果を得るために、薬物の量が少しずつ増えていくことです。はじめは1錠の睡眠薬で眠れていた人が、しばらくすると1錠では思うよう眠れず、2錠、3錠と少しずつ睡眠薬の量が増えていってしまいます。

離脱症状
離脱症状とは、薬物を中止すると、不安、不眠、身体の振え、発汗、動悸、時にけいれんなどの激しい症状が出現することを言います。ただし、離脱症状が軽い場合には、それと気付かないこともあります。軽度の離脱症状は、薬物依存の原因として重要です。

反跳性不眠 (リバウンド)
以前からあった不眠症状が薬剤の中止により強く出現することです。離脱症状の様な激しい症状ではありませんが、薬物を中止できなくなる重要な原因となります。薬を飲み忘れた日に急に眠れなくなったり、悪夢を見ることがあります。

依存、耐性、離脱、反跳性不眠などが、薬物の必要がなくなってからも、中止することが出来ず長期に服用を続けてしまう原因と考えられています。

下図にハルシオンを毎日服用している人が、中止した時の睡眠の悪化について示しました。中止した日の夜は、寝つきが悪くなり、夜間に何度も目覚め、悪夢を見ることもあります。これがリバウンド(反跳性不眠)です。

常用量薬物依存(たとえ1錠でも軽い依存は起こります)
以前は、薬物依存は多量の薬物を服用している時に起こると考えられていました。しかし、通常の量でも軽度の依存が起きてしまい、その結果中止出来なくなることがあります。この状態を常用量依存と呼びます。

睡眠薬の減量と中止
睡眠薬は、急に中止すると、すでに説明したように離脱や、リバウンド(反跳性不眠)が出現し、かえって睡眠薬を止められなくなることがあります。減量中止は、専門家の指示のもとで行う必要がありますが、一定の条件が整っていれば、患者さんご自身で中止することが出来ます。

まず現在服用中の睡眠薬の量、種類を知る必要があります。

1.現在、睡眠薬は下記の薬物1種類1錠のみである、しかも投与量は右の量である。
この場合、減量中止は必ずしも難しくありません。

□ トリアゾラム(ハルシオン、ハルラック) 0.25 mg
□ ゾルピデム (マイスリー)  5 mg
□ ルネスタ           1mg
□ エチゾラム (デパスなど) 0.5 mg
□ ブロチゾラム(レンドルミン) 0.25 mg
□ ニトラゼパム(ベンザリン、ネルボン)  5 mg
□ エスタゾラム(ユーロジン)       1 mg
□ ゾピクロン(アモバン) 7.5 mg
□ リルマザホン(リスミー) 1 mg
□ ロルメタゼパム(ロラメット、エバミール)1mg
□ クアゼパム (ドラールな) 15 mg
□ ニメタゼパム(エリミン) 3 mg
□ ハロキサゾラム(ソメリン) 5 mg

しかし

2.現在服用中の睡眠薬が2種類以上である、
3.睡眠薬が1錠であっても、上記の量よりも多い。
4.下記の睡眠薬を服用している。
    
□ フルニトラゼパム(サイレース、ロヒプノール) 

5.上記の睡眠薬に加え、鎮静作用のある下記の薬物が寝る前に併用されている

□ トラゾドン(レスリン、デジレル)
□ ミルタザピン(リフレックス、レメロン)
□ レボメプロマジン(ヒルナミン、レボトミン)
□ クロルプロマジン (コントミン)
□ アミトリプチリン(トリプタノール)

2,~5の場合には減量、中止には時間がかかります。専門家の指導のもとでの減量、中止が必要です。もちろん、減量しない方が良い場合もあります。

ここでは、1の睡眠薬と使用量で、
1) 現在の睡眠が良好である
2) 中止することが不安で、なかなか中止が出来ない
3) 全身状態は健康である
4) うつ病や他の精神疾患に現在かかっていない、過去にかかったこともない
5) 減量、中止について主治医も同意している

このような患者さんについて、減量の仕方について説明したいと思います。

減量は少しずつ、出来るだけゆっくりとすることがポイントです。最も早くても4週間に4分の1の減量をお勧めします。また、多くの場合、減量時にリバウンド(寝付けない、中途覚醒、早朝覚醒、悪夢、目覚めた時の不快感、日中の不安感など)が起きます。リバウンド自体は治療の必要のない正常な反応であること、リバウンドは長く続かないこと(1週間は我慢する)、などを知識として予め知っておくことが重要です。錠剤は、まず半分にする必要があります。市販のピルカッターを使用すると良いでしょう。ピルカッターは通販、調剤薬局で購入出来ます。ピルカッターの実際の写真を下に示しました。

減量の実際
ここでは、ハルシオン0.25mgを毎日1錠服用している患者さんの減量について説明します。まずピルカッターで錠剤を半分にします。半分の錠剤をさらに半分、つまり4分の1にします。半分の錠剤と4分の1の錠剤を床に入る30分前に服用します。つまり、4分の3の量から減量を開始します。
まず、4分の3の量に減量します。減量して2,3日は睡眠が悪化する可能性もありますが、これはリバウンドという正常の反応です2,3日で睡眠が改善します。
この量を少なくとも4週間服用します。睡眠が安定していることを確認して、次は、半分の量に減量します。ここでも数日間リバウンドが起きます。この量を4週間服用します。なお、睡眠が安定するまでは次の減量をしないで下さい。
次は、4分の1の量に減量します(4分の1の量はうまく錠剤が切れないこともあります、その場合大きい方の錠剤を用いて下さい)。この量で4週間以上服用し、睡眠が安定した段階で、最後に睡眠薬を中止します。中止後には不眠の悪化、悪夢などのリバウンドが起こりますが、これを乗り越えてしまえば大丈夫です。その後は、必要であれば不眠に対する認知行動療法を行って下さい(本ホームページの精神療法のメニューを参考にして下さい)。


薬物療法のガイドラインとは

うつ病などの心の病気に薬物を使う場合、医師には薬物療法に対する十分な知識と経験が必要なことは言うまでもありません。ただし、医師は絶えず新しい知識を取り入れなければなりません。製薬会社は新薬の良い点を宣伝しますが、それはあくまで宣伝であり、公正な知識とは言えません。では、どうやって医師は新しい薬物療法の知識を得るのでしょうか? 
そこで重要な役割を果たすのが海外の薬物治療ガイドラインです。ガイドラインは常に最新の論文から統計学的な方法を用いて、効果と副作用の両方を検討し、推薦する薬物を決めていきます。また、今では、世界の治療ガイドラインをインターネットで誰でも見ることが出来ます。ここに、日本を含めた世界のガイドラインを並べてみました。

世界の代表的治療ガイドライン
1) 英国国立保健医療研究所(NICE)のガイドライン:イギリス発の世界的に有名なガイドラインです。精神科非専門医に対するガイドラインも示してあること、治療コストについても検討していることなどイギリスの医療事情が反映されています。
2) 米国精神医学会(APA)のガイドライン:米国の精神医学会が作成したガイドラインです。
3) 生物学的精神医学会世界連合(WFSBP)のガイドライン:精神疾患の生物学的側面を重視する学会の作成したガイドラインです。
4) 日本うつ病学会のガイドライン:日本人の臨床家、研究者が作成したガイドラインです。安全性にも十分配慮されているため、ガイドラインを遵守すれば副作用を避けることができます。
5) 国際神経精神薬理学会(CINP)のガイドライン;薬物療法に関する国際学会が作成したガイドラインです。最新の改定は2018年であり、日本で用いることができない新薬についても記載されています。
6) 気分と不安治療に関するカナダネットワーク(CANMAT)のガイドライン:カナダで作成された気分障害と不安障害に焦点を当てたガイドラインです。最も新しく、最も丁寧に作られています。日本で用いることができない多くの種類の薬物療法について検討し、妊娠中の治療、不安を伴う時の治療など医師が遭遇する様々な状態に対し適切な治療を推薦しています。

 精神科の医師はこれらガイドラインの中から最新のものを参照にして、かつ個人の特性(すでに罹患している病気、例えば高血圧、糖尿病など)、個人の好み(例えば、抗うつ薬に対して極端な恐れを抱いている)、遺伝的特徴などを考慮しながら薬物を選択していきます。
さらに、最近では新しい統計的方法(ネットワークメタ解析)によって、それぞれの薬物間の効果の差、副作用の差が分かるようになってきました。多くの精神科医師は、常に新しい学問を学びながら日々の患者さんの治療にあたっています。

精神科で用いられる代表的薬物

1)抗不安薬
抗不安薬は、不安感や不安から生じる身体反応(動悸、息苦しさ、喉のつまり、発汗)を和らげる作用があります。しかし、多くの場合、患者さんには不安になる原因(環境因)があります。抗不安薬は、不安感や不安に伴う体の症状を一時的に和らげて、ストレスに冷静に対応する状況を作ります。また、強い不安のため行動が著しく制限されている場合には、薬物により不安を抑え日常行動を取り戻すことが出来ます。不安にはこれといった原因がないこともありますが、原因のない不安も時間がたてば自然によくなること少なくありません。この場合よくなるまでの間、薬物療法により生活が楽になります。このように、抗不安薬は即効性があり、大変有効な薬物です。しかし、使い方によっては依存がおこることがあり注意が必要です。依存が起きやすい処方は、力価が強く半減期の短い抗不安薬を一日3回服用するような処方です。したがって、投与する前から依存が起こりにくい処方計画を立てることが重要です。また、減量時には一時的に不安症状が悪化することがあり、これを元の不安症状の悪化と考えないことが重要です。

2)抗うつ薬
 抗うつ薬は、うつ病の治療で最も信頼できる治療法です。しかし、うつ病の診断は必ずしも簡単ではないこと(当ホームページ精神科診断を参照して下さい)、軽症のうつ病では抗うつ薬の効果がはっきりしないこと、診断の明らかなうつ病に用いても一部の患者さんでは、効果が表れないことなどの問題点があります。抗うつ薬の効果は投与後数週間経って初めて現れることもあらかじめ知っておく必要があります。
最近の抗うつ薬は、副作用は少なくなりましたが、副作用の発現には個人差があります。セロトニンやノルアドレナリンに作用する最近の抗うつ薬で、頻度の高く困った副作用は減量時、あるいは中止時の離脱症状です。離脱症状をうつ病の悪化と考えないことが重要です。 
抗うつ薬の最も注意すべき副作用は、若年者に用いた場合、イライラしたり、自分を傷つけるような行動が発現することがあることです。また、躁うつ病は、うつ病のような症状が長く続いた後、躁状態が表れ始めて「躁うつ病」と診断できるものです。躁うつ病の前段階のうつ状態に抗うつ薬を用いると躁状態が誘発され、怒りっぽくなったり、浪費したり、眠らないで活動的になったりすることがあります。うつ病だと思っても、家族に躁うつ病の患者さんがいる場合、20歳以下でうつ病が発症した場合などは、抗うつ薬の使用は慎重にしなければなりません。

3)抗精神病薬
 抗精神病薬は本来、統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想、興奮)に対して有効なお薬です。また、再発防止にも効果があります。再発を予防することは統合失調症による脳のダメージを最小限に抑えるためきわめて重要なことです。抗精神病薬は、最近では躁うつ病の治療、あるいは、うつ病において抗うつ薬の作用を増強する目的で使われることが多くなっています。抗精神病薬は、抗不安薬や抗うつ薬と異なりドーパミンという神経伝達物質の作用を抑えることによって効果を発揮します。
抗精神病薬の問題点は使い方が比較的難しいことです。というのは抗精神病薬の副作用は人によって出方が全く違うからです。人によっては重いパーキンソン症状(体の動きが悪くなる、手が震える、よだれがでるなど)や女性では生理が止まることもあります。また、ヒスタミンという神経伝達物資を抑える作用を有している薬では食欲が出てしまい体重が急激に増えてしまうこともあります。最近のお薬はこうした副作用が少なくなっていますが、人によっては強い副作用が出ることがあるのも事実です。副作用のコントロールには経験と薬理作用に対する知識が重要です。長期に服用するお薬ですから医師との信頼関係も重要です。