映画『ヒトラー最期の12日間』(Der Untergang)感想B面
 
 
 
以前にも掲示板で話題になりましたが。

過日、アントニー・ビーヴァーというイギリスの軍事史家が、ベルリン最終戦についての巨大な
ドキュメンタリー作品を発表して大いに話題となりました。単なる事件の記録にとどまらず、この
戦場におけるドイツ側、ロシア側それぞれの「非人道的行状」の背後にある心理状況を冷静かつ
分析的に描き出してより深い知的議論につながるようにした内容で、さすが大英帝国の人間探究力
おそるべし、と唸らずにはいられない逸品でした。これはもうナチ・ドイツ末期戦記の傑作という
だけでなく「戦争ドキュメンタリーの傑作」というにふさわしいでしょう。

その中の、赤軍による総攻撃直前のベルリン市内の緊張を描いた一章の最後は、次のような一節で
結ばれています。

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翌日、ディーター・ボルコフスキという名の16歳のベルリン市民が、アンハルター駅発の市内
電車で目撃した情景を描いている。「みんな顔に恐怖の色を浮かべていた。怒りと絶望が渦巻いて
いた。あんな不平不満の声はいままで聞いたことがない。とつぜん、誰かが騒ぎに負けない大声で
さけんだ。『静かに!』見ると、小柄なうすぎたない兵士で、鉄十字章2個と黄金ドイツ十字章を
つけていた。袖には金属製の戦車4個のついたバッジがあって、肉薄攻撃で戦車4両をしとめた
ことを物語っていた。『みなさんに言いたいことがある』と彼はさけび、車内は静まった。
『おれの話なんぞ聞きたくもないだろうが、泣き言だけはやめてくれ。この戦争には勝たねばならん。
勇気をなくしてはならんのだ。もし相手が勝ったなら、そして、おれたちが占領地でやったことの
ほんの一部でも敵がここでやったら、ドイツ人なんか数週間で一人も残らなくなるんだぞ!』
車内は、針の落ちる音も聞こえるくらいしんと静まりかえった。

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これこそ、総統大本営の「外」の世界に突きつけられた問題の本質だと思います。

映画『 Der Untergang 』ではこれが描かれていませんでした。
いや、これ「だけ」が描かれていなかった、というべきでしょうね。
総統大本営の「内」と「外」を対位法で描く場合、とても重要なことなのに。

そう、これがあってこそ、赤軍兵の乱暴狼藉も、狂信的SS将校の即決裁判も、そして追いつめ
られた者たちが降伏でなく自殺を選んだことも、すべてが重い意味を持ってつながり、暗い輝きを
放ちながらこちらの心に迫ってくるはずなのです。

映画『 Der Untergang 』で、赤軍に包囲されて行き場のなくなった武装SS部隊のメンバーが、
降伏する組と徹底抗戦する組に分かれる場面がありました。徹底抗戦する理由は「俺たちは総統に
忠誠を誓ったのだから........」でした。事実、そう言ったのかもしれません。ウソとは
言い切れないかもしれません。しかしそれで納得してはいかんでしょう。映画上の表現においては
なおさらのこと。

これは個人的な意見ですが、ヒトラー映画を作る場合、その背景にうごめく人々が被害者なのか
加害者なのか、それとも実はそういう分類法自体が倫理思考の罠なのか、ということを多面的に
考えさせるものであってほしいです。
そういう意味で、本作が「ベルリン戦映画の決定版」とならないことを祈ります。
別に大作でなくてもいいから、作るのなら「意味」が本物な映画を作ってほしいです。

「おれたちが占領地でやったことのほんの一部でも敵がここでやったら.....」

でないと、ただただ、ヒトラーという存在の陳腐化が進んでしまうだけです。 

                                                                                        

 
 
 .....以下続刊であります。