ナチスと私
 
 
 
今ではナチスの体制が消滅して久しい。したがって、私はあの体制が言語道断で狂気であったことをよく  
知っている。しかし、私たちはあの病理学を自信をもって分析できる段階にはまだ至っていない。  
ナチスを「文明」社会から決定的に隔てる特徴はいったい何か? それはまだ解明からほど遠いのが現状  
ではなかろうか。確かに、粗野まるだしの偏見、人種的優越性という甚だ手のこんだ理論、暴力の美学、  
倫理的病理学などが云々されて久しい。それでも私たちはいまだに「何故あんなことが起きたのか?」と  
問い続けている。  
   …ボリア・サックス『ナチスと動物…ペット・スケープゴート・ホロコースト…』(青土社)より  
 

なぜ自分はナチス第三帝国を関心の対象とするに至ったか? 
一般に、このテーマについては「ドイツ軍、およびその兵器のメカニカルな機能美に惹かれて...」という 
弁明が多く見られる。で、まあ、実際それが真の理由になっている人もいるにはいるのだろうけど、しかし 
それだけで全ておさまるとは思えない。「イデオロギーとは無縁な機械ロマンの追究」なる健全っぽい建前の 
背後に、ナチズム本体へと延びる暗渠のような支流があるのではないか? 
そうでなければ、そもそも第三帝国趣味が「業界」として成立するはずがないと思う。 

ということで自分の内面をふりかえってみる。するとその起点は、おそらく中学の頃にまで溯る。 

私が中学生だった1980年代中頃、それは「校内暴力」「イジメ」が急速に社会問題化した時期であった。 
私が通っていたのは学区内でも指折りの不良中学で、小学校から進級する際、越境通学を行うことでその学校に 
入るのを避けた友人も多かった。そういう中学校である。私がそこに入学してしまったのは、ありていにいえば、 
私も私の親も、「不良」というものについて『ドラえもん』のジャイアンみたいなガキ大将のイメージしか持ち 
合わせていなかったからに過ぎない。だったら何とかなるだろう、ということで。 

そして始まった中学生活、それは私の甘っちょろい認識を打ち砕く地獄だった。どんなものだったかといえば、 
「大人たちの事なかれ主義ぶりを的確に見抜き、逃げ場のない恐怖を巧みにふりまく」アンファンテリブルが 
何人かいた、といえば充分だろう。一般に美徳とされる「気はやさしくて力持ち」の気質がもっとも愚弄され、 
徹底的に踏みにじられる世界。で、私の親もそういう穏当な理念で私を育てたため、私は当初、すさまじい 
イジメの標的になった。ことあるごとにインネンをつけられて殴る蹴る。逃げ場はないし救いも来ない。この 
ままでは殺される。どうしよう.....と追いつめられたとき、私は理解した。 

「強い」奴ではなく「狂暴」な奴こそがこの場を制する   

ことを。それはつまり「不条理の効用」というものである。やるときは狂犬のように挑め。手加減など絶対に 
してはならぬ.....そして私は戦い、めでたく「恐怖」の仲間入りをした。もうこれで暴力におびえながら 
暮らす必要はない。自分自身が、恐怖の原理を心得た暴力装置と化したのだから。 
恐怖のコツは突然性とメリハリにある。やわらかい笑顔で談笑しながら、突然顔面に鉄拳一発、そして相手が 
うずくまったところに蹴りを二発。「なぜ...?」と涙目でカモは問う。まさにカモならではの愚鈍な思考だ。 
理由なんて無い。そう、知ってるか? 黒ひげというあだ名で有名だった英国の海賊エドワード・ティーチは 
部下とトランプをしながら、しばしば机の下で突然銃をぶっ放して部下の足に穴を開ける習慣があったそうな。 
悶絶しながら「なぜ...?」と涙目で問う部下に向かって黒ひげは一言「こうでもしなきゃ、てめえらは誰が 
ボスなのかすぐ忘れちまうからよ」...ああ、1グラムの真理を含んだ暴力の光。 

そして私は中学時代を生き延び、高校生になった。 
よりによって、高校生活は絵に描いたような平和さだった。 
学校が進学校だったこともあり、社会についてそれなりに真剣な議論を展開する級友が多かったのだが、彼らの 
おぼっちゃま的な理想論に触れるたびに私はものすごい違和感を感じていた。しかしその一方、自らの置かれて 
いた境遇が前衛的なものだったこともある程度認識していて、結局、性善説じみた空論と自身のベタな暴力実績 
との板挟みになって悶々としていたのである。青臭い理想主義じゃダメだというのは中学時代の体験からしても 
よくわかる。そう、私は人間の低劣な暴力的本能のなんたるかを知っている。というか、自分自身もその原理に 
まみれて相当ひどいことをやってしまったし。 
それゆえ新たな理想を構築するなら、自戒の意味もこめて、そういった「人間心理のエグい現実」に充分対抗 
できるものでなくてはいけない、と考えて、考えて、考えたあげく、私はひとつの結論にたどりついた。 

そうだ! 人間に自由意志というものが無ければいいのだ!   

現時点では無理だとしても、やがては医療技術の発達により可能となるだろう。人間の個性ゆえに生じてしまう 
非効率や摩擦というものが完全に排された「回路」としての人類社会。理想となる雛型はシロアリの社会、その 
ストレスなき集合意識性。そう、集合意識のレベルにおいて、初めて人格なり個性というものが表出してくれば 
良いのである。 
通常の理想社会論が最終的に「個人の良識」というハードルを突破できないのに対し、私の案はその問題自体を 
物理的次元に還元させることで解決する。で、単なる技術の問題となれば、実現可能性もグッと高まる。おお、 
実にすばらしい。これは完璧だ。 
表立ってはあまり語られないが、実は熱心なナチ・シンパだった動物行動学の巨人、ノーベル賞受賞者でもある 
コンラート・ローレンツはこう述べている。「我々にとっては種族と民族性がすべて。個々の人間にはいかなる  
意味も無い」  

.......そう、いま思うに、実にそれがナチスと私の「出会い」であった。 

ローレンツの例は、「アウシュヴィッツ抜きのナチズムというものはありうるか?」というテーマについて、 
現在にも適用可能な重要な示唆をふくんでいる。上記した私の発想は、その無意識的な「底流」を掘り起こして 
積極的な解釈を附加しようとするものだった。人間社会の現実ストレスに対する最も有効な科学的対処法が 
ナチズムのリニューアルである。それは人間を人間以外の何物かに変容させることにより、社会的・心理的な 
諸問題を「克服」するのではなく「除去」することを目指す...... 

だから私には「万物のタテヨコを不自然なまでにきっちり揃えたがる」ドイツ人気質の洗練された理念的成果と 
してナチズムが出現したことについて何の不思議も感じられないし、彼らが、自分とは正反対なカオス的性向を 
持つスラヴ族の集合意識に対し、騎士修道会全盛の時代から執拗に攻撃を加え続けてきた内面的動機も非常に 
良く理解できる。 
そう、私にとってドイツ兵器のたぐいというのは「機能美のあこがれ」の対象などではなく、単に居心地の良い 
観念の座なのである。理念の再確認の場なのである。それ以上でも以下でもない。 

.......だが本当にそれで良いのか?? 

すぐ問題を「除去」しようとするお前の態度はいかん。実にいかん。そんなのが本当に解決といえるのか?  
ということを私に正面きって突きつけてきたのは、職場の上司というか先輩というか親友というか、とにかく 
そういう男だった。些末なあげ足取り的スタンスで理念を否定されるなら、それこそカエルの面にションベンと 
いう風情で全く気にも留めないのだが、この男の場合は違う。私よりグッと深い精神性を持っているし、加えて 
その言葉の背後に、彼自身の見解だけでない「何か」を抱えていることが直観的に察知できたからである。 
なので今、私は、公私にわたって深い精神的リハビリの途上にある。 
彼は「愛」という言葉を好む。私がその真意と再会できるのはいつのことだろう。 

ときに、中学・高校の体験を通じて私に生じた精神的変容の中で、ひとつ非常に象徴的なものがある。 
それは、詩心というものに普通に感応できなくなったことである。 
小学校時代の私は詩作が得意で、周囲の評判も良かった。だが地獄を経て、というか自分が地獄と化して、その 
感覚がまったく無くなってしまった。そしてこれだけは、自分の精神的状態を把握できるようになった今もなお 
回復していない。 
もちろん、詩というものの価値を完全に認識できなくなったわけではない。だがそれはカルタゴ滅亡の情景を 
眼前にした敵将スキピオ・エミリアヌスの慟哭や、ワグナーの『ニーベルングの指環』終幕のカタストロフィの 
場面のような、荘厳な「死と破壊」の場面に限られるのだ。 

私の精神的問題を憂いて何とかしようとしてくれるもう一人の親友、皮肉にも詩的感覚の豊かなロシア人の 
女性は、以前、私の目を見つめながらこう呟いた。 
「あなたのような瞳の人、初めて見た。あなたの瞳は本物の暗黒。本物のブラックホール......」  

その後これが変化したのかどうかについては、怖いのでまだ聞いていない。   
                                                                                        

 
 
 .....以下続刊であります。