「宮城県山元町中浜小学校に義援金を」(2011.6.15) 



宮城県山元町中浜小学校にグアムのメリッソ小学校からの義援金1,383ドル
(約11万円)を届けに行ってきました。中浜小学校は今回の東日本大震災の大津波
で犠牲者は出ませんでしたが、建物は2階建ての2階の天井まで津波に襲われ、屋上
のペントハウスに逃げ込み生徒達は助かりました。もちろん、建物は使うことが出来
ませんので、今は近くの少し高台にある坂本小学校で一緒に勉強をしています。
ただ、学校の周辺は瓦礫の撤去も終わり、何一つ建っている建物はありません。ある
のは建物の基礎だけです。地震は全てを持っていくことはありませんが、その点津波は
全てを持って行ってしまいます。


山元町立中浜小学校 井上 剛校長に義援金を手交。 


井上校長による大津波の説明を受けました。


中浜小学校の2階の天井まで波が来たそうです。
2階の教室のランマのガラスも全てなくなっています。


校舎は南に向って東西に建っており、海は東側
で、この体育館は校舎の西側に建っていて何もかも
持ってってしまった大きな曳き潮から校舎を守って
くれました。


体育館は床も壁も剥がれてめくりあがっています。


校舎の柱にも瓦礫が巻きついたままです。


ガラスブロックの壁は強度が少ないので。


1階ホールの吹き抜けに残る瓦礫。


2階の天井がめくれてます。


機械室でしょうか、分電盤などもガタガタです。


この屋上にあるペントハウスに避難して、一晩過ごし
自衛隊の大型ヘリコプターに屋上から全員で手おふって
救助してもらったそうです。


その屋上から海を見ると第二波は校舎よりも高く
曳き潮でいくらか小さくなって助かったとのこと。


今、校庭はペチャンコになった車の集積所ななって
いますが、その数たるや400台くらいはあるでしょうか。


自衛隊も活躍をされていました。


校舎屋上から海の方を見ますとこの通りで何も
ありません、強い樹だけが建っているだけです。


ここにもこのように建物の基礎だけが残っていて
先に見えます入江もそこにはもともとなくて、地盤も
1mくらい下がってしまい、海が近くなったと言います。


お墓はお骨もありますので、手がつけられない
状態だそうで、墓石も倒れたままです。


道路は場所によってはこのような状態です。


こちらはいくらか海から離れていますが1階
まで波が来たのでしょう。軽量鉄骨造でしょう。


こちらも1階部分は空っぽで今にも倒れます。


瓦礫はこのように数か所に集められています。




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