旅  の  話



1.ベトナム(4泊5日)

・「いざベトナムへ」<プロローグ>

moseことわたしは1999.10.17より友達4人とベトナム に行くことになっていた。その出発10日前の夜から物語は始まる。 その晩初めて知らされたことですが、この旅行の中心人物が入院して しまい行けなくなってしまったということです。 その人だけがベトナムに行ったことがあり、その人だけが大使館に知 り合いがいるのです。つまり、その人が行くから、その人がいるから ベトナムにしたわけでして、他のメンバーは誰一人真剣に考えている 者はいなかったのです。 そういう私だって、つい先日まで自分のパスポートが切れていること を知らずにいて、旅行社にビザの申請をしますので、パスポート番号 をと言われて慌てて取りに行った次第で、ベトナムでどこに行くのか、 どんなとこなのかなど、いやいや誰が行くのかも知らずにいたわけで、 ひとのことは言えないと言う事なのでしょう。 一緒に行く顔ぶれを見て、みんないい人間ですのでにこにこしていま したが、改めて彼らがまったく考えていないことを私は痛感せざるを 得ませんでした。まるで伊豆長岡にでも車で行くような雰囲気が暖か く私達を包み込み、心配している私のほうが間違っているような感じ。 皆様にご報告しておきますが、ベトナムは旧フランス領で英語が伝わ らないのでは?香港での乗り換えの時点で(実は成田空港で、すでに いなかった)ツァーコンはすでにいないのです。(パックツァーでな いから) 私が帰ってこれなければ、わたしのホームページはどうなってしまう のでしょうか?つづく。 無事に戻れましたら、また書けます、すみません、また書きます。

・「ベトナム珍道中1」

<ベトナム珍道中五人衆1「ふざけるなエイジェント」>  10月17日(日)午前6:30 心配していた遅れもなく 私の家に全員集合、愛するワイフの見送りもなく出発、予定通り 空港近くの駐車場に車を預け、賢そうな数グループと共に小型 バスに乗り込み空港へ、ここまでは泣きたくなるほど完璧であった。 のに、第一ターミナルに近づいてきてから、われわれの中では 一般常識のある方の私が一言、「ここで降りるの?」 5人衆誰も答えず、駐車場でもらった案内を持っている者が 「第二のようです」と自信なさげにどうにか答えたときには、 すでにバスは第二ターミナルに向かっていた。ここでリーダー にされてしまった正ちゃんがおもむろに、事前にエイジェント からもらっていた案内書を取り出し、問題発言を一発「第一だ!」 それを聞いて、心配してくれた賢そうな家族の奥さんが、 われわれの航空会社を聞いて軽々と「第二でいいんですよ」 だって。 追い討ちをかけるように、運転手さんが「こちらしかあり ません」、ということは? なななんと、エイジェントからもらっていた案内書の受け 付けターミナル(NO.1)が間違っているということか? ふざけるなエイジェント!! それからというもの唯一の頼りだった案内書が役に立たな いのだから、押して知るべし受け付けカウンターは見つか らないは、チェック済シールの貼られたバックを開けてし まう奴はいるは(これは私でした)で不安のてんこ盛り、 さてさて国外脱出はできたのか?・・・つづく。

・「ベトナム珍道中2」

<ベトナム珍道中五人衆2>  私達のためにこの世に存在しているようなエイジェントの おかげで、平凡なはずのこのベトナム旅行も面白くなってし まいました。 この物語を、いやこの現実を分りやすくするために、ここで、 この無計画な五人衆をざっと紹介しておきましょう。 まずは、出発当日にリーダーにされてしまった、正ちゃん。 彼はこのベトナム旅行の言いだしっぺでもあるので、一様 かのベトナムのベテランが行けなくなった時点で、エイジ ェントとのパイプ役などを彼から引き継いだ形になってい る。ちなみに独身で、背が高く、顔もいい。これからも正 ちゃんと呼ぼう。 次に、会計の武ちゃん。 彼は一昨年のハワイ旅行の際、私と同室になったこともあ るので、英語力、計算力、度胸不足は折り紙付き。でも、 いい奴で、一番若いので、パシリ兼運転手兼会計兼斥候 (せっこう)ということになった。もちろん、背も高く、 優しい顔をしたいい男で独身。 ここからが少し凄い。遠ちゃんと保ちゃんの両先輩は、 役に立つとか、立たないとか、そういう問題ではなく、 じゃまになるか、ならないか、いや失礼、実があるかな いか、いや・・・ということで、顧問に就任していただ きました。 そして、一番平凡なわたしが、ベトナム国内でのガイド 兼あちらのエイジェントとの交渉役に落ち着いたわけです。 めでたし、めでたし。おわり。 とはならないわけで、話を戻しますと、まだ私達は成田 空港にいました。 そのエイジェントの妨害工作にもめげず、さすがは日本、 日本語が通じますのでどうにかチケットを手に入れるこ とができ、日本円がベトナムでは使えないという情報も ガイド平田の「ベトナム一人歩き・・・」とかいう本と インターネットの活用により得ていましたので、エクス チェンジもOK。 このあたりから、非常にめげていた正ちゃんの顔にもい くらか血の気が戻ってきた様子でよかったよかった。 どうにかキャセイパシフィックで日本脱出成功。ばんざい!! だが、正ちゃんの緊張はまだまだ続いているようである。 実は、香港での乗り継ぎが難しいと、かのエイジェント から言われていたからであった。そんなことはないよと 香港旅行の経験を鼻にかけて平田が言う。ベトナムでの ガイド役なのだから黙っていればいいのにと私も思う。 そこで、日常では先生と呼ばれている遠ちゃん顧問が一言、 香港空港は新しくなって、見きり発車をしたので荷物な どが混乱しているというニュースを見たことがあるが? えっ!知らなかったな僕か〜。そう言えば、私が来たの は15年前でした。 どきどきの正ちゃんの心配のかいもなく簡単に乗り継ぎ 成功、少し急がないと今年中に完結しなくなってしまい ますので、この辺でベトナムホーチミン行きの飛行機に は乗りましょう。ホーチミン到着でのドラマは、この旅 一番の感動シーンかもしれません。次回予告をしておい< て・・・つづく。

・「ベトナム珍道中3」

<ベトナム珍道中五人衆3>  機内では、武ちゃんのずうずうしい飲みっぷりが気になったく らいで、何ら問題もなく無事ホーチミンのなんとか空港に到着、 みんなが酔っ払いながら手放しで喜んでいるのに、正ちゃんだけ は早足で出口に驀進していた。いくら急いだって、入国手続きや バックの受け取りで思うとうりには進まないのが常識なのにと思 いつつ、他の4人も付いて行かざるを得ないわけです。 入国手続きはさすが共産圏、一人に対して手続きがものすご〜く 長く、英語がしゃべれそうな外人までもがかなりてこずっている 様子でなかなか進まず、私達のような英語もろくすっぽ話せず、 フランス語など「ジュテーム」しか知らず、まさか男の検査官の 目を見つめて言うわけにもいかず、機内で任してくださいよ!と ベトナム語を勉強していた武ちゃんに頼ろうかななどと思うほど 私もおめでたくはなく、まわりを見まわしても日本人観光客など どこにも見当たらないのです。「項羽と劉邦における四面楚歌」 とはこういうことを言うのではないかとも思えてきた。 どうしようかと相談しようと先頭の正ちゃんを見ると、前にいた はずの彼が見当たらない、?・・おかしいなと後ろを見て、私は この歳で悟りを開いてしまいました。 いつのまにか私が五人組の先頭になっており、急いでいたはずの 正ちゃんなどはちゃっかり一番後ろにくっ付いているではありま せんか。4人とも目線を合わすことを避けているところを見ると 、みんなが私を嫌いになったか、他人の失敗を自分の成功に繋げ よう作戦のどちらかであろうことはにぶい私にだって理解できた。 いつのまにか斥候になってしまっていた私は、皆様の期待を裏切 ることなくしっかりその検査官に捕まって、なにを話しても通じ なんだなこの日本人という顔をされながら、ここになにかを書け とばかりに書類を返され、私もとりあえず分ったふりをしてなに か書いて返したら、やはり違っていたようで検査官が自分で書い てくれて私に見せてくれた。そこで旅なれた私は頭の中にある数 少ない英単語の中から、この場面に一番適したフレイズを選び、 軽やかに「サンキュー」と発したかと思うと無事入国していた。 それを見ていた後の4人がスムーズに通過したことは言うまでも ありませんね。 リーダーのくせに最後に入国した正ちゃんは、一人わき目も触れ ずバックを取ると迎えに来ている群れに向かって走っていった。 かと思うとすぐに帰ってきて、身体全体で喜びを表しながら笑顔 で嬉しそうに「あった!あったぞ〜!」と叫んでいる。私達4人 は何のことだか分らなかったが、喜んでいる人を見て悲しくなる 人間はいないし、あんなに喜んでいる正ちゃんを私は見たことが ない。私達もつられてにこにこしながら外に出ていってビックリ、 そこには、なななんと期待もしていなかった日本語の汚い字で 「埼玉不動産クラブ」と書かれた紙を持った青年が、正ちゃん のリアクションに戸惑いながらも笑顔で私達を迎えてくれてい るではないですか。見た目よりもまじめで声だけは大きな、あ、 関係ありませんでした、とてもまじめな正ちゃんはあの呆れた エイジェントのことだから、このベトナムでのエイジェントの手 配がされてないのではないかと、ず〜と心配していたんだね。 あんたは偉い、あたいはあんたを後輩に持って嬉しいよ。 突然「まる子」になってしまったりするmoseですが、今回は まじめに「鉄道員の角筈にて」「アルマゲドン」「踊る大捜査網 のタクシーのシーン」に劣るとも勝れないお涙頂戴のワンカット でした。 ここからは、わたしガイド平田の手腕の見せ所、私達が帰国の途 につく頃にはあなたも必ずベトナムに行きたくなっていることで しょう。次号からのベトナム現地編をお楽しみに。

・「ベトナム珍道中4」

<ベトナム珍道中五人衆4、現地編1>
 かのドラマチックなベトナム、ホーチミン担当エイジェントの クン君(30歳)との出会いですっかりいいきになってしまった 正ちゃんとは裏腹に、すっかり緊張感を帯びてきたガイド平田は、 現地時間PM5:00というのにもう暗くなり始めているホーチ ミンの空を見つめて、初日から行動計画第2案を使わなければな らないことを知ったのであった。ヨーロッパなどの場合、国によ ってはPM8:00でも昼間のように明るくて、夕食を食べて夜 の部に入るのがもったいないようなところもあるので、ベトナム でも期待していたが読みが見事に外れて残念。ま、いっか! ここである時は几帳面、そしてある時はズボラなガイド平田のこ の旅行での大きな目的、コンセプトなんぞを確認しておこう。 @みんなの言うことなど聞かない。 (ん〜ん、なんとも友達思いなご発言だこと。でも、どいこと? 今までの旅行経験から、そこまで行ったのならなぜあそこに寄ら なかったのだろう、と後から悔やむようなことはすまいと心に決 めている。ん!なかなかいんじゃない。そのためにはまったくベ トナムのことなど調べもしていない他の4人の言うことを聞いて はいけないと言う戒め) A現地でデータを集める。 (所詮ガイドブックはガイドブック、現実とのギャップは付き物 であり現地の人間の生の声を聞くのが一番という教え、なんか本 格的な旅のアドバイスみたいじゃない) B病気にならないようにする。 (ベトナムは、赤痢、マラリア等の危険地域とされているので食 べ物、飲み物だけでなく私の場合、蚊に刺されないように虫除け スプレーが必需品。自慢じゃないがmoseはよく蚊に刺される 性質のようで、ここに20人の老若男女と一匹の蚊がいるとする とこの一匹の蚊に一番最初に刺されるのが常に彼である。の教訓) Cキーワードはベトナム戦争、世界遺産、水上人形劇。 以上4点は目的とは言えないがこのグループではかなり大事なこ とのようにもに思われてしかたがない。いや、そう言っていい。 (司馬遼太郎「街道を行く」の言いまわしから引用) わたしはクン君と明日の計画を話し合っているうちに、ベトナム の広さを認識することになるというよりは、「わたしばかよね〜 おばかさんよね〜」って感じ。他の4人に悟られないように急きょ 予定変更、さもそう考えていたかのように明日はクチトンネルと 市内観光ということにして、金額も決めて夕食、マッサージへと 向かう。最初に考えていた明日のバカな計画のことをここで書く と、みなさんもこれから先ガイド平田に任せていいのかと不安に なり、ガイドを武ちゃんに替えろと言われましてももうすんだこ と、戻れませんので彼の名誉のためにも勝手に割愛させていただ きます。次回は初日夜の部(正ちゃん、遠ちゃんがやってくれま す)から二日目に突入できれば幸いです。かしこ

・「ベトナム珍道中5」

<ベトナム珍道中五人衆5、現地編2>
 ホーチミン現地エイジェント(ガイド)のクン君は、非常にひ との良さそうな青年で問題なし、お互いの自己紹介、ホーチミン の概要説明も終わり、クン君からの質問「なぜ、あのホテルにし たのですか?」は〜?なんでそんなこと聞くの?一同きょとん。 日本人はいつも、もっといいホテルを取るそうです。またやられ た〜って感じ、最初からここまで読まれてきた人ならばおわかり でしょう、説明をはぶきます。名誉のために言っておきますが、 旅行代を値切った覚えはありませんよ。 言われたとうりでビジネスホテルに毛が生えた程度、日本人はお ろか外人も学生さんなどがお客さまなようです。5人中、お湯の 出が悪い部屋が2つ、ベットが一つない部屋(シングルユース) が1つ、わたしの部屋などはシャワースペースにカーテンの区切 りがないため、使うたびに便器も洗面カウンターもお湯びたしっ て具合。ここでめげてはいらません、気を取りなおしてクン君に 連れられて、日本人が良く泊まると言う高級ホテルの1階のレス トランに到着、いかにも観光客相手らしい店構え、いるお客さん も観光客らしくちゃんとカメラを手にしておりました(わたしも でした)。日本人はわたしたちだけで、あとはフランス人ばかり さすが旧フランス領、なぜフランス人だと分るのんだバ〜ロ〜な んてからまないで下さいよ、まだ飲んでないんですから。 実は頭に国旗が、ふざけんな!すみません。本当は、保ちゃん先 輩がロシア人、遠ちゃん先輩が◯◯人(隠したのは、あまりに的 外れなためウケ狙いと思われてしまうから)と言い張って聞かず、 武ちゃんが通じもしない英語で聞くことになった。どこから来た のですか?とか聞いたのでしょう、戻ってきて「バリ」ですだと。 皆またまたきょとん、どう見てもバリ島から来たようには見えな いのです。武、パリ(フランス)の間違いじゃないの?あっそ〜 かだって。いい奴なんだけどね、誰か〜、もらってはくれませんか? ここらでベトナム料理をいただきましょう、いきなり出ました 「生春巻き」なんだか反則ぎみですね、いきなりはずるいとわた しは思いますがみなさんのご意見も聞きたいものです。その内に なにやらベトナムらしい音楽の生演奏は始まるは、お綺麗な方々 の舞は始まるはで、両先輩はご満悦、勝手にベトナムのお酒も勧 められて飲んでいた様子です。一方、武ちゃんと正ちゃんは? 出された生野菜をいちいち除けながら神経質に食事をしているで はありませんか。実は、この二人数年前のセブ島でのボランティ ア活動でいたいめにあった経験をお持ちで、今度またやったら言 い訳できない状態なのです。でも、確かさっきの生春巻きの中に も生野菜は入っていましたよ。つづく。 次号は夜の部に突入、ないやら怪しい雰囲気ですぞ。

・「ベトナム珍道中6」

<ベトナム珍道中五人衆6、現地編3>
 9時間も、10時間もかけてやって来たのだから、みんな疲れ きっていてあたりまえだよね、のはずなのに誰一人として部屋に 戻りたがる奴がいないのはなんなんだ〜!おまえもだろ!ハイ! というわけで、かの噂のホテルに戻り、中にあるサウナ・マッサ ージに向かった。 ここで鋭い読者であればある矛盾に気付かれたことでしょう、確 かそのホテルはビジネスホテルみたいだったはずなのに、そうな のに生意気にもサウナとマッサージ室とクラブなんぞがあるので す。そんな暇が合ったら、私の部屋のシャワー室にカーテン付け ろ!といいながらサウナのジャグジーに浸りマッサージを楽しみ に、実は私はマッサージがだいだいだ〜い好きなのでありまして、 上にあがって行った。 はっきり言わせてもらえば、ベトナムのマッサージは下手である。 韓国の本場のマッサージは、日本に比べて勝るとも劣らない。 ベトナムにもそう期待していた私がばかだった。悲し〜い! またクラブも上手く出来ている、サウナの出口がクラブの入り口 になっていて、中から黄色い声が聞こえてくる。その声に逆らえ るほど両先輩は強くなく、他の3人もそれに従わない意味を探す ことも出来ない。つまりは、みんなで遅くまで飲んでいたってわ けなのですが、その中で一人だけお酒を飲まない、飲めない、飲 んではいけない可哀想なmose君がいました。彼はあの年齢で すでに、肝臓をぼっ壊してしまっておられるという輝かしい実績 をお持ちの方で、俗に言う自業自得ってやつですね、でも水割り ならいくらか飲めますなんてバカなことを未だに言っている懲り ないやつです。みんなはビール、わたしは7UP、氷も危ないと のことですが、氷なしで冷えてないコーラ・ジュースは飲めませ ん、かまわず飲んでいました。その横では某先輩がすっかりでき あがちゃってヤングレディと息統合していたかと思うと次の瞬間 には、英語もろくに理解できないわれわれに対し、わけのわから ないベトナム語を発したかと思うとその先輩の左の頬は叩かれて いました。他の4人はそのレディの言葉はわからなくとも、その 様子で十分にどちらの方が悪いのかは判断に出来ました。先輩! たのみますよ!つづく。 明日(次)からベトナム観光になりま〜す。  

・「ベトナム珍道中7」

<ベトナム珍道中五人衆7、現地編4>
 車とバイクのクラクションの音でAM5:00、6:00、 7:00と起こされて、ベトナムの人たちの朝が早いことを知らさ れた。まだ話してなかったかもしれませんが、ベトナムでの交通機 関はバイク、自転車、少量の車であり、バイクの量たるや魚の群れ のようで、信号機もろくにないのにぶつからずに交差していくんだ な〜これが、運動神経だけはいいわたしでも道路を横断するのは至 難の技なのに、現地の方は子供でも平気で渡って見せるのだ。わた しはその技を観察していてその極意を知った、サッカーなどで良く 使われる「アイコンタクト」である。現地の人は運転者とのアンウ ンの呼吸で目を見ながら横断するのだ!凄いがクラクションがやた らに五月蝿いし、危険な行為なのでイェローカード。 出発前に長引いてしまいましたが、出かけましょう。まずは「クチ トンネル」に向かう、約70キロの道のりとのことだが高速道路が あるわけでもなく、例のバイクの群れの中を進むのである、やたら に遠いが飽きない、いろいろな汚い店が道路に面して切れ間なく続 いていて面白い。メインロードから折れて舗装もされてない道に入 ると今度は点々と部落が出現し、たまたま良い日だそうでそこら中 で結婚式が催されていて楽しそう、どこの国でもお祝い事はいいね。 そんなこんなでキョロキョロしているうちにジャングルの中のクチ トンネル観光スポットに到着!まずは、日本語の解説付きのガイド ビデオで概要は理解できたが、ベトコンによって掘られたこのトン ネルが街中まで70キロも続き、サイゴン川に繋がり、地下3階に まで及んでいると言う。人間、死ぬ気になればなんでもできるとい うことなのですね。掘られたトンネルを30m位残してあり、観光 客が通うれるようになっていて、夢中になってくぐっているうちに なにやら左腕にかゆみを覚えた。なに〜、蚊に刺された?!わたし が一番恐れていたことが・・・、あんなに虫除けスプレーを身体中 に吹いておいたのに、やはり外国の蚊も、日本の蚊も一緒で私のこ とをどうしても一番最初に刺さなければ気が済まないようです。 この地でmoseはマラリアにかかって、今晩はパフィーの「アジ アの純真」のように高熱が出て、なんの報道もなく静かに本当の伝 説のmoseに会いに行くことになるのですね。なんて考えている うちに帰りの車でぐっすり、我ながら図太いね、ホーチミン市内観 光は自称ガイド平田の計画通り進んでいったが。つづく。 次は衝撃の戦争博物館、夜の部へと。

・「ベトナム珍道中8」

<ベトナム珍道中五人衆8、現地編5>
 予告通り戦争博物館にとうちゃ〜く、寝てきたので快調そのもの 本物の戦闘機、戦車などが展示してあって、日本などと違うところ は触って、乗っかって、ぶら下がっても誰も文句を言わないところ かな、なんて浮かれているのも今のうち、ベトナム戦争の写真や本 物のギロチンなんかを見てるうちに、戦争の異常さを痛感してくる、 極めつけは枯葉剤による奇形児の本物のホルマリン漬け、まいるね! 女性の方は見ない方がいいと思います。「お兄さん、お兄さん1ド ル」のお土産やのおばさんの声にも負けず、次の観光スポットへ。 旅行好きな方ならご存知のとうりチャイナタウンはそこら中にあり ます、ここホーチミンにも「チョロン地区」という場所がそうで、 ごちゃごちゃ度はピークに達し、いかにも危なそう、まるでニュー ヨークのハーレムのアジア版と言ったところ、でも、この中にある お寺にどうしても行きたかったのです。なぜって、あの渦巻きの天 井からたらす御線香をかけたかったからなのです。ついでに御布施 もしてまいりましたので、マラリアにはかからないと思います、な んてやけに単純でいいでしょ。他にも何箇所か寄って観光は終了、 お疲れ様でした。さて、さて、夕食を済ませるとこれからが保ちゃ ん先輩の独壇場となる、わたしはあくまでも観光地のガイドですの で、ナイトスポットについてはガイド補佐のクン君にお聞きになっ て!とばかりに知らんぷりをしていたら、知らぬ間にカラオケに行 くことになっていて、私もある約束をして付いていったが騙された。 つづく。

・「ベトナム珍道中9」

<ベトナム珍道中五人衆9、現地編6>
 またまたバイクのクラクションの目覚ましに起こされて3日の朝 です。昨日の夕方、急きょハノイ行きのフライト時間が変更になっ た(AM10:05→PM2:00)かと思ったら、夜になってま た変更(PM2:00→PM5:35)、こんなことあっていいの か〜!日本以外では珍しくもないことなので、共産圏のベトナムで す、あたりまえと思いながら立てていた計画も台無し、夜中に立て た代案として、サイゴンデルタ(ガイドブックでは、ホーチミンに 来たら、まず、この街中の道路に挟まれた三角地帯を歩けと書いて ある)を歩くことに決めた。急きょの案なのでみんなに無理強いは せず私一人で歩くことにし、一緒に行く人は朝食のレストランに集 合ということにしておいた。酩酊ぎみだった保ちゃんと風呂好きの 正ちゃんが合流できず、遠ちゃんと武ちゃんの三人衆で市場とか、 喫茶店、どやがい、高いビルからの360度の展望、自転車タクシ ー、ホーチミン一高いビルの最上階のレストランで昼食などをして 空港へ。空港で待つこと2時間、私は椅子に腰掛けてどこでも寝れ るという特技を惜しみもなく披露、みんなはバックが取られないよ うに心配をしていたとのことだが、本当に心配ならば持っていてく れればいいんじゃない?だって、起きてみると4人は武ちゃんがず うずうしくも飛行機に乗るたびにねだってもらうトランプで熱くな って「ばば抜き、ブラックジャック」で賭けているではありません か、俺はもう5万ドン負けてるなんて嘆いていましたが、1万ドン が約100円ですので500円じゃないか!シー、声が大きい!賭 けていることがばれると共産圏だからやばいとのこと、この4人は ここで500円のために捕まって強制労働でも3年位は体験させた ほうがいいと私は思いますがいかがですか?つづく。

・「ベトナム珍道中10」

<ベトナム珍道中五人衆10、現地編7>
 ハノイに着いたのはPM7:30、もうすっかり暗くなっていたが、 それとは別にてホーチミンとは雰囲気が違うことをすぐに感じ取るこ とが出来た。静かである、街中から離れているせいもあるがそれだけ ではない。やはりこちらは本物の共産圏と言える中国にまことに近く 、きてるな〜って感じ、こうこないとね。 迎えてくれチンさんに挨拶をして、まず、今晩「水上人形劇」が見ら れるかを尋ねると、無理とのこと、ベトナムに来たらこれは見ないと いう代物だ、ということは明日がかなりハードになるということにな る。私は目的を持って来ているので、なんてことはないのだが、問題 は他の4人の気持ちである、明日はどこに行くのかどころか、今日ど こに行くのか、これからどこにいくのかも知らずにいるわけで、来て から凄いとか、良かったとか言うというスタイルなのでそこまで連れ ていくのが大変なのです。つまり、あまりハードな思いをさせると反 発する可能性を秘めているので、どのようにして騙して連れていくか なのです、行けば必ず喜ばれるのですから。 実は明日行こうとしている「ハロウ湾」は、ベトナムに二つしかない 世界遺産の一つで「海の桂林」と呼われる素晴らしいスケールの場所 です。が、ハノイから車で片道3時間半、往復で7時間、その後に夜 「水上人形劇」となりますので、半端じゃないんだな〜これが。みん なにガイドブックの写真を見せたり、説明をしたりしてみんなの合意 で行くことになり、チンさんにツアーを組んで金額をはじいてもらっ た。60ドル?安い!3食付いて全て含めてですので、みなビックリ! チンさんも私達も気を良くして、チンさんお薦めのそばやへ向かった、 着いたのはせまい路地にある決して綺麗とは言えない小さな店(扉も ない、ご理解いただけますか?)、まずはビールということで来たビ ールを見て、綺麗ずきの正ちゃんが「こんな汚いビールは飲めない」 というと店の若いのがよせばいいのに、また正ちゃんの前で汚い雑巾 で呑口を拭いたもんだから、ビールは1本も売れないことになってし まった。正ちゃんはそばにも箸が進まず残した始末、あたしゃ〜平気 とばかりに、渦巻き御線香と御布施の御利益でマラリアの危機を乗り 切ったmoseは絶好調。 今度のホテルは、少し古いがホーチミンのビジネスホテルとは比べ物 にならないほどいいホテル、景色も湖に面していて最高〜だが? つづく。

・「ベトナム珍道中11」

<ベトナム珍道中五人衆11、現地編8>
 その夜、かの行けなくなったベトナムのベテランの手配でハノイを 案内するはずだったズイ君にどうにか合うことが出来たが、もう手遅 れで明日はエイジェントに手配してもらっていたし、ズイ君一人で僕 らを満足させることなど、不可能であることは誰の目にも明らかであ った。 ズイ君の力を借りてホテル内の施設を確認していくうちに、このホテ ルがキューバの資金で建ったことやクラブなどは開いているが、今日 はやってないとか、マッサージもあるが今日はもう終わりだとか、こ のホテルはハード面の素晴らしさとは裏腹にサービスとういうソフト 面の著しい欠如が露呈されてしまった。明日はハードなのでわたしは 寝ることにしたが、どうもマッサージが気になり、単独交渉に臨むた めにマッサージの受付らしいところに行き、責任者らしい怖そうなお ばさんに交渉をはじめ、無理無理OKらしく10万ドン(約1,000 円)も払って、遠ちゃんと入場、あ〜悲し!ホーチミンより、まだひ どい。許せん! しょうがなく私達は寝た。ということは寝ないでいる人がいるのです ね、さて誰でしょう?よくわかりましたね、そうです保ちゃんです。 ズイ君の乗ってきたバイクに二人乗りして(こちらでは、二人乗り、 ノーヘルは違反ではありません)、2件ばかりクラブ廻りをしてきた そうです。確か夜半に雨が降っていたと思いますが?と尋ねると、そ う、濡れながら二人でバイクに乗って帰ってきたとのこと、遊びに対 しての保ちゃんに疲れとか限界というもの存在しないのでしょうか? つづく。

・「ベトナム珍道中12」

<ベトナム珍道中五人衆12、現地編9・帰国>
 4日目の朝は雨、今日の運転手さんはホンさんというベトナムの 伊達男、背広を着て、ハットを被りワンボックスカーを運転するの です。そんな姿をこちらに来てからわたしは見たことがない、運転 席に着くとおもむろに帽子を取りフロントに乗せた。カッコイ〜、 でも顔を見るとかなりの年齢のようである。笑うとさっきのカッコ イ〜を取り消さねばならなくなった。ま〜いい、一日よろしく。 ハノイの市街地に観光スポットは少ない、ホーチミンさんの眠るだ だっぴろい広場と一柱寺という寺を覗き、「ハロン湾」に向かい3 時間半の過酷なロードが始まる。やはり広場を見ても、道路沿いの 様子を見てもホーチミンとハノイはかなり違う、僕か〜ホーチミン の方が親しみやすいな。なんて考えているうちにも車はバンバン走 って行く、2時間半ほどは道も良く問題なし、ここからが凄い、ガ タガタ道というのはこういう道のことをいうのだ。わかったか! 気の抜けた日本人どもよ!わかりましたから、もうおやめくだされ お代官様ってところかな、来年には整備するとのことです。皆様が 来られる頃には、こんな素晴らしい体験が出来なくなっているかと 思うと、可哀想で、可哀想で泣きたくなります。うらやまし〜。 でも「ハロン湾」では水上レストランで海鮮料理だもんね!ほら船 着場が見えてきました。チンさんに付いて期待を胸に桟橋を渡って 行くが、豪華客船にはわき目も触れない、じゃ〜私達の船は? ありました隅田川の屋形船とどっこいというか、漁船を改装したも のらしく塗装もひどいもの。でも「ハロン湾」は素晴らしいかった な〜。一度見るかいはありますぞ〜。 帰りも大変だな、こんな道じゃ〜眠れないしな〜とぼやいているう ちに、すでにmoseは眠りについていた。恐るべし、mose。 あの道で眠れるのは彼だけでしょう、他の4人も呆れながら認めて いました。照れるな〜。(誰も誉めちゃ〜いないんだよ!) ハノイに戻り、夕食を取り、そこでもさすがは数少ない日本人、音 楽演奏をしていた一群に囲まれお土産を買う羽目になっていました。 あら、もうPM8:00「水上人形劇」が始まっちゃったんじゃな いの?急いで劇場に入り予約席に着くと直ぐに劇が始まった。私に は、あの音楽と歌に日本の民謡にも通ずる心地よさが感じられたま らなく良かったね。 わたしはこの夜も大人しく寝ましたが、またまた保ちゃんは出かけ、 武ちゃんもお供したそうです。本当に先輩には限界がないようです。 5日目は帰国の日、この旅行中誰一人病気も、ケガも、事故もなく 帰路に着くことができ、AM10:40、ハノイ発、香港経由で、 PM8:00、無事帰国。 ここでベトナム珍道中を終わりにしたいと思います。 パンパカパーン!パーパーパーパンパカパーン! 「ベトナム旅行五人衆珍道中」無事完結、ん〜んよかった。数多く の皆様方からの暖かいアドバイスに支えられ、裏のほうから聞こえ てきたクスクス笑いに発奮しながらどうにか帰国することが出来ま した。写真(必見)などは「歴史街道」(世界)のページまで見に 来てください。


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