最終更新日03/09/23
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昭和59年に私は嵯峨野高校に入学した。
新たな高校生活を始めるうえでクラブ活動は重要な要素であり、真剣に考えなければならないものである。
私は、中学時代「天文気象部」に所属し、3年生の時に部長になったりしていたので、高校に入っても同じ様なクラブに入ろうと思っていた。
そういう考えだから当然「地学部」に入部したわけだが、当時地学部には3年生の部員が二人だけの弱小クラブであった。まぁ、文化系のクラブの中では最もマイナーなクラブではあるが、部員二人だけというのは見窄らしいものである。
しかも、私が入部してすぐに3年生部員は引退してしまい、入部した途端に私は地学部の部長となってしまったのでした。(笑)
さぁこれからどうしよう・・・
とりあえず、部員集めを始めたところ、中学時代の天文気象部の仲間が3人入部してくれた。しかし、地学部はマイナークラブでありこれ以上は望めないと思っていたところ、なんと入部希望者が殺到していたのである。
6月までに部員総数50人近くに膨れ上がった、文化系一番の巨大クラブになっていたのでした。
しかし、部活動に出席する者は限られた者ばかりで、同じ中学出身の仲間しかいませんでした。
どうやら部活動はしたくないが、クラブに入っていないと内申書の評価に関わるために、あまり活動が活発でなさそうな地学部にとりあえず入部しておこう、という輩がほとんどであったのです。
こんな状態はよくないと考えた私は、直ちに幹部会を召集し、皆の意見を聞き、こう結論がでた。
やる気のない人間は不要。少数精鋭部隊になろう!
というわけで、幽霊部員の皆さんに一人一人電話で意思を確認し、地学部員としてまじめに活動していく気持ちがない者は退部してもらった。
こうして地学部員は総勢8人の精鋭部隊となり、活動を開始した。
しかし、いままで弱小クラブであった地学部には、まったく物資が欠乏していた。星を観測しようと思っても、天文台はおろか、望遠鏡1台もなく、気象観測をしようにも百葉箱すら存在しなかった。よって、物資は自分たちの機材を集めての活動となった。
まぁ、活動といっても部長の趣味が反映されるものであり、月1回の天体観測会くらいしか活動と呼べるものはなかったのですが・・・(汗)
だが、こんな弱小クラブにも世間の注目を集められる機会が年1回やってくるのでした。 そう、それは「文化祭」。
文化祭は、文化系クラブの祭典。これに目立つことが出来れば予算もアップし、女の子の部員も入ってくるかもしれない・・・(爆)
入部当時の地学部の年間予算は・・・なんと三千円・・・(涙)
女子部員は・・・幽霊部員だったので辞めていただいて・・・0・・・(涙^2)
閑話休題。
さて、文化祭の出し物で女の子に人気のあるものは・・・星占いかぁ!・・・
って、これじゃ日渡早紀の「星はすばる」じゃあるまいし・・・(核爆)
というわけで、(どういうわけ?)プラネタリウムをやることになり、私は女の子に人気の出るように(まだこだわるか?)ギリシア神話を全面に押し出した内容の脚本、演出、効果を手がけ好評を博した。(女の子部員は入部しなかったけど・・・)
こうした地道な活動によって、私が2年になる頃には地学部もある程度認められて、文化系クラブでも活発な部類になっていました。
さらに、新入部員勧誘活動を強化し、なんと7人も女子部員が入部したのでした。(喜) しかも、年間予算が10倍以上の5万円!これで備品も買えるってことで、望遠鏡は高くて買えなかったけど、双眼鏡をゲットすることが出来ました。
ますます勢力を拡大する地学部のイベント(観測会)には、地学部以外の参加者も増え、他校の生徒まで参加するようになってきました。
3年生の時には、ハレー彗星が76年ぶりに太陽に接近し、テレビなどでもよく報道された影響か、ハレー彗星観測会を開くと、学校の屋上には望遠鏡の順番待ちの生徒で溢れました。(大げさ)
そんなわけで、2年以上部長をつとめたのですが、受験のため引退しました。
高校卒業後もしばらくはみんなで集まって、観測会をやったりしていたのですが、みんなが大学を卒業する頃には音沙汰もなくなり、私も京都から離れ、今は東京の空の下。
とうことで、勝手に嵯峨野高校地学部OB会のホームページを作成しました。
これを見てくださった皆さん、たまには夜空の星を見上げてみてはいかがでしょう。
何か心の中に発見できるものがあるかもしれませんよ・・・
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上記の他に、以前あったと思われる望遠鏡の接眼レンズ。(特に50ミリは重宝した) その望遠鏡は誰が持ち去ったのか?誰か知っていますか?接眼レンズは私が持ち去りましたが・・・(爆)
それから書籍類。なかでも、1年の時まで顧問だったS田先生の著書、2000年分点星雲・星団一覧は重宝しました。これも私が持ち去った・・・(核爆)
その他、壊れた風速計や訳の分からないものがありましたが、(エレキギターや楽譜集などなど)部室撤収の際に一緒に処分してもらいました。
嵯峨野高校地学部61年当時のメンバー (私が当時高校3年生の頃)
<部長>の私・・・
2年以上クラブを独裁し続けてきたので、自分の好き勝手させてもらっていた。まるで「究極超人あ〜る」(ゆうきまさみ著)の鳥坂先輩のように・・・(笑)
地学部は活動日が決まっていなかったので、私が部会を開きたいと思ったら、当日に放送で部員を呼び出していた。
よって地学部の活動は、私の思いつきで部員が踊らされているようなもので、企画立案・スケジュール調整などは全て私が行っていた。
私は当時、クラブを4つ掛け持ちしていたし、学校以外にもアマチュア無線関係の集まりや、アニメの同人誌関係の集まりなどで大変多忙な人だったので、文化祭などの大きなイベント以外では昼間の活動は無かったのでした。
所持機材は、ミザール10センチ反射鏡(焦点距離600ミリ)+赤道儀・50ミリ×7倍双眼鏡・50ミリ×7〜12倍双眼鏡
<副部長>のA堀くん
小学校からの同級生で、中学生の頃からの星好き仲間。
研究熱心で現実的な腹心。いつも私の無謀な計画にいちゃもんをつけるが、この人がいなければ地学部はアウトローとなっていたかも・・・
地学以外では日本の歴史が好きで、よく古墳巡りなどに付き合わされたものだ。
そういう彼は、現在奈良で古墳やお寺などに囲まれて静かに暮らしている。
所持機材は、6センチ屈折(焦点距離1000ミリ)+赤道儀・10センチ反射鏡(焦点距離1000ミリ)+赤道儀
<会計>のO槻くん
中学時代からのアニメ仲間。私がいいかげんなので金勘定はすべて一任されていた。
穏和な性格で、地学部が部員不足で困っているときに快く(無理矢理)入部してくれた。
地学部には部費というものが無かったので会計の仕事は少なかったと思うが、部長の無理難題に負けずによくやってくれたと思う。
<顧問>のA養寺先生
私が高校2年のときに嵯峨野高校に赴任してきた地学教師。前の顧問のS田先生は年寄りだったが、今回の顧問は若くて観測会にも参加してくれる。
しかし、観測会の最中はいつも地学準備室で眠っていた。女子生徒が参加するといつまでも付き添っているが・・・
<新部長>のAっちくん
なぜ地学部に入ったかよくわからないが、一番部活動に出席していたため部長に任命した。彼はなんの特技もないように思えたが、面白いほどの生真面目でみんなの人気者となった。
彼は小便が近いのか、休み時間ごとにトイレへ行く。そしてなにやらカチャカチャと小便器に向かって立っているので、気持ち悪がられていたが、彼は一生懸命小便を振り絞っていたようだ。
まぁ、おかしな奴である。
<以下部員>
S藤くん
小学生からの悪友。私と同じで夜行性の性格。よく夜中の街をうろうろしては、警察に補導された仲間。
高校中退しても部活には必ず参加してくれた。
所持機材は、10センチ反射鏡(焦点距離600ミリ)+赤道儀
O原さん
後輩の女子部員の中で一番部活動に貢献してくれた。プラネタリウムのアナウンス役をやってくれたが、私の読みにくい原稿をNGなしの一発OKで録音できた才女。
彼女はボウリングがプロ並みの実力者で、なんとマイボールやマイシューズを持っていて感心させられた。
H田くん・Hやしくん・H郷くん
頭文字がHな3人組(お前もHやろ!って声が聞こえるが気にしない(爆))
中学時代の天文気象部からの仲間。みんな大人しい性格で、私の横暴にも黙って従ってくれる健気な人たち。
I田くん・N川くん
O槻くんやH3人組に誘われて入部してきた。
この人たちも大人しい性格のようで、類は友を呼ぶの典型か。この人たちも文句一つ言わずに私の横暴に何も言わずに従ってくれていた。
<以下イベント部員>
高校からの悪友。同じ演劇部員。
実は彼も夜行性で、すぐに夜行性軍団の仲間入りを果たした。よって、夜通し行われる地学部の観測会にも必ず現れてくれた。
今は串カツ屋の若旦那。マダムキラー・ホステスキラーの男前。
H本くん
小学校からの同級生。同じ演劇部員。
彼には人権が認められておらず、いじめられっこのように扱われていたが、彼には野望が渦巻いていることを私は知っていた。(笑)
観測会では使いっ走り担当。
N津くん
彼のことを語れば256GBのテキスト文書ができるほどの波瀾万丈・支離滅裂な人物である。中学時代からの悪友で、当時洛陽工業高校に通っていた。
彼はアパートで一人暮らしをしていたため、夜行性軍団の恰好の溜まり場を提供してくれていた。前述のA堀くんとS藤くんと彼と私でフォボスカルテットという悪行軍団を形成していた。
K田くん・M野くん・U女くん
中学時代の友人で、K田くんは京都商業(現在の京都学園)、M野くんは花園高校、U女くんは洛陽工業高校の生徒。
K田くんは中学の天文気象部の仲間で望遠鏡も持っているが、M野くんとU女くんは観測会は夜中の遊び場と思っていたであろう。
まだまだ紹介しきれないほどの正式部員・イベント部員がいましたが、地学部の活動を世間に知らしめる役割を果たしてくれていました。
高校の地学部という小さな世界の中で、偶然部員になった人、イベントに訪れた人など、一時的にしろ同じ時間を共有できたことを、一緒に星空を眺められたことを、いつまでも忘れられない思い出が出来たことを、みんなに感謝します。
上の写真は、卒業写真からスキャナーで取り込んだので、画像にノイズが乗ってしまいました。
後列左より、A養寺先生、I田くん、N川くん、M先生、E藤くん、F瀬くん
前列左より、Hやしくん、H田くん、A堀くん、私、O槻くん、H郷くん
女っ気が無いって?3年生部員には女子がいないからです。
地学部の活動は、前述の通り私の好き勝手によるものでした。よって私が好きな天体観測が主な活動となり、その他の地質学や気象学については全く無視されていました。
天体観測がメインの活動ですが、その中でも人気があったのは流星観測でした。流星って見たことがない人って多いのですよね。特に夏のペルセウス座流星群の観測会では、多いときで1時間に50個以上流星が光り、参加者はみんな感動していました。
他には、月食の観測や、ハレー彗星の観測などの天体イベントの観測で人を集めていました。
天体観測以外では、私個人的に地震雲の研究をしていました。「地震雲」とは、地震発生前後の地中のエネルギーが大気中に放出され雲という形で現れるものと考えられ、地震予知の宏観現象(地震直前に動物が騒いだり、井戸水が枯れたりする現象)の一つとして一部の人が研究されていたもので、私は中学生の時に図書館で読んだ「これが地震雲だ」っていう本の影響を受けて観察していたもの。津波で犠牲者の出た日本海中部地震を見事に予知して、友人たちを驚かせたのに味を占めて、地学部員たちに地震雲の観察を義務づけたりしていた。
主な活動
<定例観測会>
季節ごとの星雲・星団などの観測を行う。しかし、地学部の機材では銀河系外星雲や散光星雲は、なかなかきれいに見えないので、主に散開星団の観測や、惑星などの観測が主体となる。
定例観測会では、いつも暇な奴が出てくるので、トランプや麻雀などが重要なアイテムとなっていた。それが目的のイベント部員が多数現れたのは言うまでもない・・・
<流星群観測会>
流星群の観測が一番力が入っていたと思う。特にペルセウス座流星群の観測は、中学からやっていた数量記録などのデータと併せて文化祭で発表展示したりしていた。よって、定例観測会の時と違って、参加者には役割分担がされて、方向観測担当、記録担当、タイムキーパーなど分担して行っていた。
流星群観測会では、「飛んだっ!ペルセから白鳥、1等級、痕なし!」「光ったっ!おうしからオリオン、−2等、痕あり!」っていう叫び声が響いた。その叫びを聞いたタイムキーパーが「1時36分28秒っ!」って叫び、それらの情報を記録担当が流星観測記録用紙に記入する、という方法でペルセウス座流星群、双子座流星群、四分儀座流星群、水瓶座流星群、牡牛座流星群の観測を行った。
<新入生歓迎会>
各クラブの活動を新入生にアピールする催しで、新入生全員を体育館に集めて、各クラブの代表者が壇上で熱弁を振るう。マイナーな地学部を、いかに楽しいクラブに思わせるかパフォーマンスする。それに併せて新入部員募集のポスター作り。すべて私の趣味で、私が脚本・演出・美術監督(笑)を行った。
<文化祭>
文化祭は、地学部の活動を一般の人々へアピールする唯一の場であり、ただの根暗な集団と思われないように、地学部はロマンと科学が同居したすばらしい集団ということを知らしめる企画を行った。
まず、ロマンの部分はプラネタリウムの投影会。これも、ただ投影するだけでは意味がない。ストーリー性を持たせて、特に女性に対して地学部とはロマンを追求する集団だと、勘違いさせるために(笑)ギリシア神話のアンドロメダ姫と英雄ペルセウスの話など、女性が特に興味を抱く内容を厳選して、脚本・演出・効果音を考えた。
科学の部分は、星の一生や流星観測結果などの研究内容を、写真などを織り交ぜた展示を行った。
あとがき
高校を卒業して十数年がすぎました。
高校時代が一番楽しかったような気がします。自由で、気の合う仲間が多くて・・・
今では、嵯峨野高校は、私たちが学んだ校舎はすべて取り壊されて立派な校舎が建っていました。
観測会で使用した南校舎の屋上も、北校舎の地学教室も無くなってしまって・・・
しかも、当時は私服だったのが、今では制服を採用したみたいです。当時は私服だったので、よく授業を抜け出して喫茶店でさぼったりしていましたが、今ではそんなことできないのでしょうね・・・
今ではもう、所在の知っている地学部員はA堀くんとS藤くんだけで、他のみんなは何をしているのかなあぁ・・・
あの頃に返って、みんなで観測会でもやりたいなぁ・・・
って思う、今日この頃でした。