横浜市の新「同意書」を検討する

2000/09/05
鍼灸保険情報センター


 横浜市は従来から療養費による在宅マッサージを一律1年で打ち切るという指導をしてきましたが、心ある施術者が1年で打ち切ることは不当であると神奈川県に審査請求を提出し、結果、神奈川県は施術者の主張認める裁定を下しました。
 横浜市ではこの神奈川県の裁定を受けて、新たに以下のような「あんま・マッサージ継続施術の同意書」を作成し、1年経過後更にマッサージを継続するときは以下の同意書を使うよう指導してきました。

         
          あんま・マッサージ継続施術の同意書
 患 者 住 所            横浜市        
 氏     名
 生 年 月 日            明治・大正・昭和     年    月    日
 1.傷  病  名
 2.発 病 年 月 日         平成   年   月   日
 3.当初同意年月日         平成   年   月   日
 4.当初同意時点の病状の状態
 (詳細に記入願います)

 5.1年間マッサージ治療を実施したことによる病状の回復等の効果
 (詳細に記入願います)

 6.マッサージ治療 (必要理由)を継続することの必要理由及び最終目標の状態
 (最終目標の状態)
 (詳細に記入願います)

 7.最終目標に達する年月      平成     年    月予定
 上記のとおり、マッサージの継続施術に同意します。
 (提出先)
  横浜市長

           所 在 地
             保 険 医 氏 名

 (注意)
 1 この同意書は、マッサージ治療を1年を越えて継続して行う場合に提出していただくものです。
 2 同意書に記載されている内容に不明な点がある場合には、同意医師に照会させていただきます。

 さて、上記の横浜市の「継続施術の同意書」(以下「新同意書」という)を見て全国の皆さんはどのように思われるでしょうか。

 以下検討してみたいと思います。

一 新同意書の問題点

 第一に、この新同意書は基準(継続治療が認められるかどうか)があらかじめ設定されていないということです。
 とにかく改善があれば継続治療を認めてもらえるのか、それともかなり大きな改善(例えば歩けない人が歩けるようになった等)がなければ認めてもらえないのか、同意する先生もおそらく困るでしょうし患者さんや施術者も困ります。
 基準設定がなく保険者の裁量ということになれば審査に必ずバラツキがでてきます。
そして不平等が生まれます。介護保険が何故、介護ランクの主要な判断は数値でカウントするようにしたのでしょうか。
 基準がないと主観が介入し差別が生じるからです。事実、介護保険制度施行以前には施設のサービスを受けるのに今のように割り切れる状況ではありませんでした。
 横浜市ができるだけ早く、マッサージ継続のガイドラインを発表していただけるよう心より祈りたいと思います。

 第二に、同意書については厚生省通達の趣旨から言えば、”患者がマッサージを要望し、医療機関での給付が困難な場合に在宅または施術所での治療を認めるための証憑”を簡単な書式として提出させるというものです。
 従って「治療効果」に対する医師の判断はいわば、医師の経験と蓄積においてなされるものであり「何故マッサージ治療の継続が必要か」は患者の現在の客観的な傷病の状態のみならず、患者の傷病に対する改善意欲、QOLの保証、予後において患者の傷病が現在の状態よりは悪化しないような予防的な効果の期待等、これらの総合判断に立って決定されるものです。
 それは医師の医療現場での裁量権も非常に多く含まれています。
 「健康保険法の解釈と運用」では、診療の必要性についての制度上の考え方を次のように述べております。

 「施行当初は,疾病であっても,身体異常の結果個人の労働能力に影響を及ぼし被保険者の平常の労務に障害を来たすものを保険事故としての疾病として取り扱うこととし,労働能力に全く関係のない疾病は除外するものとしていた。

中略

 しかし,昭和十六年に至り,従来の労働能力との関連性を払拭し,診療方針を
 『健康保険ノ診療ハ被保険者ノ健康保持増進上最モ妥当適切ナルモノタルヲ要シ先天性タルト後天性タルトヲ間ハズ医師トシテ治療ヲ要スト認メラルル程度ノ傷病二対シ之ヲ為スモノトス』
と改め,労働能力と直接関係なくとも,被保険者の健康の保持増進上必要とみとめられれば疾病の範囲内とすることとした。
 したがって,現在では,保険医療機関及び保険医療養担当規則第十二条で
『一般に医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して』
行うとされている。
 したがって,施行当初は疾病の範囲外とされていたものでも,現在では範囲内とされるものが相当数あり,その範囲は極めて広いものである。たとえば,先天性瞳閉鎖症は,生理的な機能回復のため治療を要すると医師が認めれば疾病の対象に入り・・・」
(「健康保険法の解釈と運用」 出版「法研」)

 当初は「労働能力」に「関係するかしないか」という具体的説明が可能な診療必要理由が、後に「医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる(もちろん給付対象疾病の範囲内での話です)」という医師の主観(もちろん医師の知識、経験での判断)を重視した給付の考え方に変わっております。
 何故、「医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる」としたのでしょうか。
 それは、疾病に対する診療の必要性の是非は現場の医師にしか、リアルタイム性と具体的性をもって判断できないからです。
 時々刻々変化してゆく傷病進行状況や身体状況など医療の現場でしか判断できないものがあり、診療の必要性は医師の判断に任せてきたという歴史的事実、そして、その結果過剰診療などの負の面は確かに出現はしましたが、にもかかわらず、「医療の現場での判断には善意を前提としている」という考え方がないと医療は円滑に行われないというのが現在においてもなお底辺に流れている考え方であり妥当な線でしょう。
 マッサージの継続治療の必要性についての記述にしても、医療現場での判断の不確定要素、流動的要素の存在が前提ですから、これらの内容についていちいち説明させたとしても、果たして記述や口頭での報告だけで傷病の状態やマッサージの必要性を正確に伝達できるかどうか非常に疑問ですし、その上非常に煩雑な同意書を書かせようとするのは、行政による市民サービスの劣化につながりかねないと思いますが如何でしょうか。

 第三に、鍼灸の同意について保険者から「何故鍼灸が必要かどうか」と問い合わせを受けた医師が「鍼灸が当該痛みの緩解に適当と考えた」と答えると、保険者に「鍼灸が何故適当と考えるのか」とたたみかけられ非常に困ったとの報告を思い出します。
 この保険者による医師への質問は「ウルトラ・ナンセンス」であることはお分かりですね。
”選択される可能性のある対象が複数あり、その各々の対象について具体的に優先差別化、比較差別化が不可能または困難な場合、それらの選択理由について論理的客観的評価に耐える回答をする”ことは理論的に不可能、という意味でウルトラ・ナンセンスです。

「何故ウーロン茶を選んだの(緑茶もあるじゃない)。」
「何故ラーメンを選んだの(ソーメンがあるじゃない)。」

 この種の質問に対する論理回答を求めても、これに対して理論的に答えるには困難ですよね。
 ただ「主観で選んだ」としか答えようがありませんね。(もちろん日常会話ではあり得ます)

 先ほどの保険者の医師に対する質問は「何故鍼灸治療を選択(同意)したの(他にも理学療法が沢山あるじゃない)。」ということです。
 鍼灸を選択同意し、その他の理学療法を患者に勧めなかった理由についての論理的客観的回答は非常に難しいですよね。
 さて、そこで横浜市の継続必要理由ですが、医師に「マッサージの継続が必要であると認める理由」を記述させても、保険者から「何故それがマッサージ継続の必要理由になるの(その位の症状ではマッサージを必要としない人だっていますよ)。」なんて言われたらそれ以上答えられませんよね。
 「マッサージ継続のための基準スコア(どこまでならば継続治療の必要性を認めるか)」を公的に横浜市が示さない限り、マッサージ治療の継続が必要か必要でないかの選択基準を主観的に設定しようと思えば理論的には無限に存在し、そしてその優先差別化、比較差別化の分岐点について客観的評価に耐える基準設定することは現段階では論理的に不可能です。
 横浜市のこのような指導はマッサージの続施術の必要性を書かせても医師の記述内容がそもそも判定のための記述として有効かどうかわからないという意味でナンセンスです。


 第四に、横浜市は「療養費の支給基準」(社会保険研究所)の中の「治療効果を検討したうえ療養費支給の可否を決定すべきであろう。」という文言を重視しているようです。
 横浜市はこの文言の中の「治療効果」については、「右肩上がりの」(症状が上向きに良くなってゆく)「治療効果」として理解おられるようです。
(他の保険者もそういう理解が多いですから以下の文章は一般論として読んでいただいても良いです)
 この「療養費の支給基準」の文言について少し検討してみます。

 A)この「文言」は厚生省の通達に書かれているのではなく単なる解説文であります
 横浜市がテキストとして用いている「療養費の支給基準」の「第4あん摩マッサージ指圧師の施術」の中の「支給対象」の文章は社会保険研究所が考えた療養費の支給基準の「要約解説文」でありますが、この文章の問題点は厚生省の通達には書いていないことまで書いているということです。
 この文章は「療養費の支給基準」(同上)を最初に発行した時点では単なる「解説文」であったと思われますが、やがてこの単なる「解説文」が厚生省の「通達文」のように一人歩きし始めているのです。
 実際に横浜市が新同意書の理由にしているような「文言」=「治療効果を検討したうえ療養費支給の可否を決定すべきであろう」は厚生省の通達では一言も述べておりません。
 厚生省の「通達」には規定していない「療養費の支給基準」(同上)の「解説文」を横浜市のいう「適正化」(実は「締め付け」とも取れる)の理由にすることは、マッサージ利用の円滑化にとってゆゆしきことであり、今後ともこの「療養費の支給基準」(同上)の「『支給対象』の『
文言』は厚生省の『通達による支給基準』では触れていないことも書いてある」
ということを全ての国民、施術者が主張してゆかなければならないと考えます。

 B)この「文言」が厚生省の通達文としてみた場合にも不確定なところがあります
 「療養費の支給基準」の「支給対象」の「解説文」の文言を「厚生省の指導基準である」と100%認めたとしても、「治療効果」については厚生省は「右肩上がりの治療効果」とは一言もいっておりません。
 これは横浜市が「勝手」に理解しているらしき?ものです。
 そこでこの「治療効果」という「概念」を理論的に整理しておきましょう。
 「治療効果」とは傷病に対する治療に何らかの改善の証があることですが、この「治療効果」という「概念」については臨床上では一般的に2種類の評価形態があります。

 1医療行為における「治療効果」がその後医療行為を反復的継続的に行われなくてもそのまま維持できる場合
 2医療行為の反復的継続的な行為によってのみ「治療効果」が維持できるという場合
以上の2種類です。

 この1、2のどちらも臨床上では医療行為における「治療効果あり」と判定されます。
(臨床上では当たり前ですね)
 慢性疾患の治療の場合には殆どの場合が当てはまります。
 最も簡単な例では高血圧症に対する血圧降下剤等の投与です。
 この場合、血圧降下剤を1回でも数回でもある限定した回数投与したら高血圧症が治癒して、その後血圧降下剤等を投与しなくても標準の血圧が維持できるようになったという例は極めて少ないと思います。
 殆どが反復的継続的な治療によってのみ「治療効果」が維持できるというのが実状です。
(これは一般的に医療機関で高血圧症の患者に指導し診療している内容ですね)
 在宅マッサージにおいても、マッサージをやめると現状の改善が維持できないのでどうしても反復的継続的な治療が必要であるという場合が非常に多くあります。
 医療機関での医療には反復的継続的な治療を許しながら、マッサージにのみ「右肩上がりの効果」がない反復的継続的治療は認められないという見解を下すならば、医療制度の下での国民の受療の平等を認めないあまりにも差別的な考え方ではないでしょうか。

 C)「治療効果」とは「右肩上がりの治療効果」であるとしても問題が残ります
 「治療効果」を「右肩上がりの治療効果」であると認めたとして、問題は横浜市が「右肩上がりの治療効果」の「内容」をどのように規定するかです。
 「麻痺疾患」の場合、「麻痺自体」は傷病のステージによってその違いはありますが症状が固定(完全片麻痺の方が健康な人のように歩けるようになったというような改善な少ないという意味です)するケースもあり、麻痺を「マクロで診た場合」何時までも「右肩上がり」の治癒過程が続くわけではありません。
 ですが、こうした「症状固定」かに見えるクライアントでも微細な点について診ると治療効果(例えばお箸がつかめなかったのが少しつかめるようになったというような効果)
は上がっており、生活動作全体をミクロな観察まで含めて検討すれば症状の改善は続いてゆくというのが臨床マッサージ師がみた現実的な感想です。
 しかし、こうした「微細ともいえる治療効果」を医師に認めていただけるかどうかは、実際問題、医師によってその考え方を異にする場合があります。
 こうした医師の考え方の違いでマッサージが受けられる人と受けられない人との差別が出てくる可能性が推測され、横浜市の指導の仕方によって市民の間に制度運用上の差別が生まれるという状況になります。

 D)「右肩上がりの治療効果」のみ医療の給付対象として認めるであるとの考え方は医療制度全体からみた場合は無理があります。
 医療には「疾病の治療」と「疾病の予防」があります。
 「疾病の予防」は現在の医療制度における医療行為の重要な構成要素です。
 この「疾病の予防」という考え方が医療の現場に主役として登場し始めたのは慢性疾患が主流になりはじめた1970年代頃からです。
 急性疾患減少、代わって慢性疾患激増その他環境汚染や高齢化問題が出始め、今まで日本の医療が遭遇したことのなかった医療状況を背景に医療現場の考え方が徐々に変化し始めた頃です。
 「疾病の予防」とは「健康の保持」のための医療も「予防」であるし、現在の「疾病」によって他の「疾病」を誘発、そのことによる現在の「疾病」の悪化を防ぐ医療も「予防」というのが「予防」の概念です。
 こうした歴史的な医療の考え方の変化を受けて「老人保健法」では昭和57年に「予防医学」をうたっております。
 「老人保健法」では「第1条(目的)この法律は、国民の老後における健康の保持と適切な医療の確保を図るため、疾病の予防、治療、機能訓練等の保健事業を総合的に実施し、もって国民保健の向上及び老人福祉の増進を図ることを目的とする。」としております。
 また、この老健法の「衆議院社会労働委員会における附帯決議=老人保健法案に対する附帯決議」では「政府は、本法の施行に当たり、次の事項について、速やかに適切な措置を講ずるよう配慮すべきである。」として「老人医療におけるはり、きゅう、マッサージの取り扱いについては、その需要にこたえられるよう特段の配慮をすること。」としてはり、きゅう、マッサージの予防医学の側面における供給についても「特段の配慮をすること」としております。
 横浜市には、今一度「老人保健法」の精神を検討してもらいたいと思います。

 E)「右肩上がり」の「治療効果」にこだわる横浜市は「右肩上がりの治療効果が認められない医療は『維持期の医療』であり、本来は介護保険ですべきだ」との意見をお持ちのようです。
 この意見は横浜市だけでなく、多くの保険者の真面目な意見であることは理解しています。
 しかし、寝たきりの方=介護給付該当クライアントに対するマッサージ施術は介護保険では通所施設等「施設」での「機能訓練指導員」による施術しか認められておりません。
 それならば、通所不可能または通所困難な寝たきりの方が在宅でのマッサージを要望した場合は現時点ではどのように解決するのでしょうか。
 現実の制度が整備されていないのに一般的に「正しい主張」をされても困りますし、在宅のマッサージに限っていえばこれは「机上の空論」としか映りません。
 更にいわせていただくと社会保障制度上必要な医療(医療制度)や福祉(福祉制度)に使うお金の供給は法制度上の違いがあったとしても、結局国民の税によって賄わせていただくということですから、国民が負担した税金を有効に使うという意味では、在宅マッサージの料金は結局国民が支払うもので、医療保険も介護保険も同じものです。
 医療と介護の行政的区別と棲み分けは認めるとしても、在宅のマッサージに限っていえば、横浜市のように介護給付に入れるという手段方法をとるわけでもなく、医師の同意書の中身を詳細に記述させれば(煩雑にすれば)適正化が行われるであろうという発想から、結果として国民が必要な社会保障制度を受けにくくする可能性が危惧されるこの意見はどう考えてもおかしいし認め難いものがあります。

 第五に、同意書の下欄での保険者の医師への「警告」ともとれる「注意書き」(=「同意書に記載されている内容に不明な点ががある場合には、同意医師に照会させていただきます。」)です。
 これも「適正化」のためということですが、同意を書こうとする医師はこれを見てかなり圧力を感じるのではないかと考えられます。
 実際に保険者から同意医師へ連絡や調査が入ることによって、その後、同意書発行が拒否された(マッサージ施術への同意理由を保険者から根ほり葉ほり聞かれ「同意したことに問題があったのではないか」と理解する医師もおられます)という例は非常に多く聞きます。
 行政の調査はそれが善意から出発したものであっても、行政としての指揮権、裁量権等を背景にしたものであれば、調査される側は精神的なストレスや業務(診療)時間のストレスが生じるのは当然と推測されます。
 制度が少なくとも国民のためにあるならばこうした行政権の行使やその可能性の示唆について慎重であるべきではないでしょうか。

 以上、いろいろ横浜市の同意書の問題点を長々と書いてきましたが、横浜市が今後の在宅のマッサージの支給と指導について心温まるご配慮をしていただくよう心より願っております。


二 新同意書を円滑に運用するための諸課題

省略


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