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治療モデル分解の時代 20081029(水)
健康保険による鍼灸治療は6疾患に限定されています。この6疾患(神経痛、リウマチ、五十肩、頸腕症候群、腰痛症、頸椎捻挫後遺症)限定について治療範囲が狭すぎると批判される先生方は少なくないと思われます。
しかし6疾患の中には神経痛という疾患名があり、神経痛に類するものはたくさんありますし、何と言っても医療機関への受診統計資料でも、鍼灸治療を受ける患者の中で肩疾患(頸腕症候群等)と腰痛(腰痛症等)疾患で80%以上に達するということは部位的にはたった2カ所ではありますが、鍼灸治療の得意分野を生かす最大の疾患ということができます。
さて、健康保険を念頭に入れた場合、鍼灸治療の「鍼灸の持ち味」をきちんと生かした治療ができるのかどうかというのがこれから鍼灸治療を始めようとしている先生方の最大の悩みではないかと思われます。
そこで、今回は鍼灸治療を始められたお若い先生、また、これから鍼灸のライセンスをとろうとしておられる若い鍼灸学校の学生さんの方々に最近の医療市場から感じる点についていろいろ述べながら健康保険による治療を提案したと思います。
最初の設問として、さきほど言いましたが、若い鍼灸師や鍼灸学校の方々の考える「鍼灸の持ち味」とは一体何かということです。
一般に今まで多くの治療院で行われてきたのが「じっくり患者を診る」のということです。これは現代医療との比較の問題として考えられてきた評価点であろうと考えられます。しかし、最近の現代医療の診療態度をいろいろ聞いてみますと確かに従来から大病院では3時間待ちの3分間治療などと批判されてきた観がありますが、現在では個人医院などではかなり丁寧な診察態度になっております。これは偏見抜きに認識した方が良いでしょう。
また、従来からいわれていたような「現代医学は病気を診、東洋医学は病人を診る」というように東洋医学は「全人格的医療だから温かい医療」という考え方です。
しかし、それはそうだろうかと疑問を持たざるを得ません。そもそもそういう考え方は鍼灸師側で勝手に考えていたフシがあります。
実際には内科領域ではかなり丁寧なインフォームドコンセントがなされ、それに対応する治療法(主に薬物療法)もそれが患者にとって最良の方法かどうかは別にして患者の要求を全て満たすようにしていますし、自律神経系領域では心療内科、精神科が最近患者の訴えをしっかり聴取するシステム(臨床心理士の導入など)を作って非常に対話重視で頑張っています。
さらに、鍼灸師側が考える「じっくり診る」「病気を診るのでなく病人を診る」の考え方をはるかに超えるものとしてインターネットの普及も無視できません。
インターネットは全ての患者を医療賢者にしました。
アルビントフラーの代表的著作「パワーシフト」には現代の日本で現実化しているような医療状況がとっくの昔(1991年〈何と17年前!〉に著された)に書かれています。
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アメリカで医師たちの力が支配的であった頃、医学的知識は彼らの独占物だった。処方箋は職業上の秘密のようにラテン語で書かれていて、患者にはわけのわからぬものだった。医学雑誌や学術書は、専門家向けだった。医学上の会議は部外者に門を閉ざしていた。医科大学への入学と、そこでのカリキュラムは医師たちの手に握られていた。
それにひきかえ、医学的知識を患者たちが身に着け始めた今日では、事態は驚くほど変わった。パソコンやモデムを便えば、誰でもデータバンクからアジソン病から頬骨真菌症にいたるまでの全医学的資料を、家庭で入手できる。それどころか特殊な病気や、その治療法については、資料を読む暇のない普通の医者より患者の方が、ずっと多くの情報を集めることができる。
PDRとして知られる二三五四頁の大冊『医師机上便覧』でさえ、誰でも手に入る。一週間に一度流される生涯学習チャンネルを見れば、医者向けに特別に企画された十二時間ぶっとおしの、程度の高い番組を勉強できる。こういった番組の多くには「一般視聴者には向かない」といった但し書きが付けられている。しかしそれを見るか見ないかを決めるのは視聴者のほうである。
アメリカではこの番組以外にも、医学ニュースや医学に関したことが報道されない週はない。現に木曜日の夜には『アメリカ医学協会誌』の内容をビデオにした番組が、三〇〇局から放映されている。報道機関は医療過誤をニュースとして流す。安価なペーパーバック本を買えば、そこには素人向けに、注意しなければならない薬の副作用、どんな薬と薬を混ぜてはいけないとか、コレステロールを減らすダイエットは何か、などの情報がある。さらに大きな医学的成果が達成されると、それが医学誌に発表されたばかりであっても、医師たちが掲載購読誌を郵便受けから取り出す前に夕方のテレビニュースで伝えられる。
つまり、医学専門家の知的独占が完璧に打破され、その結果、医師は神の座を滑り落ちたわけなのだ。(「パワーシフト」アルビントフラー著 徳山二郎訳 フジテレビ出版 p28)
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少し前までは「医療機関でろくに病気の説明もしてくれない」などという不満もあったようにきいておりますが、今では患者の方が病気の内容や薬の副作用までよく勉強しているという状況であります。
このような患者が医療賢者になっている状況で鍼灸師側にどのような影響が出ているのかも考えておかなければなりません。
第一に、鍼灸治療のその治療手法の現代医学的な説明を要求してくるようになるでしょう。
第二に、「効く」「効かない」の専門的な説明、すなわちEBM(確証)を求めてくるでしょう。
第三に、医療賢者とはいえ、必要に応じて鍼灸師側の独自のきめの細かい説明が求められます。
第四に、治療内容を「安らぎの場」(じっくり時間をかけて治療)として設定するのか「除痛(ペインクリニック的な)の場」(比較的短時間での成果を期待する)として設定するのか、二極分解を余儀なくされるように思われます。その分解は鍼灸師側が考えているそれより、はるかに患者の方がドライに割り切ってゆくと思われます。
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柔道整復問題を考える 20081221
柔道整復師が批判される原因
1 免許者の増加
2 対象疾患少い 急性疾患だけではやって行けない
→慢性疾患を認めたら今の同意無しが崩壊
3 現実の治療はアメニティー要素強い
不正請求はいかなる手段をもってしても防ぐことは不可能
1 個人で請求できる以上団体の縛りは無意味
2 「治療の結果としての報酬」が「報酬の為の治療」に逆転している
3 免許者の増加で廃業者は不可避、どうしても廃業させないなら不正しかない
最近の柔道整復問題については一部のマスコミと業界関係者の間ではさまざまな論議がされておりますが、少々エキサイトし過ぎの観があります。
今回の問題はいろいろなものが同時に論議されておりますが、論議の内容をひとつひとつ分けて論じなければなりません。
内容を分けてみると以下です。
一)柔道整復師の不正請求
二)柔道整復師の取り扱い疾患の内容
三)柔道整復師の施術形態
です。
第一に、柔道整復師の不正請求はこれは犯罪ですから取り締まるべきであります。この場合柔道整復の行う健康保険上の施術報酬は受領委任払いでありますからして、法的には患者の同意の下に請求していることになっていますので、患者が了解していない請求内容は患者側から柔道整復師に対して「同意の内容と異なる」=契約違反という訴えによって返還命令が出されるべきであります。
そして、法律的には患者が詐欺罪(おそらくこの罪です)で訴えない限り犯罪は成立しない。
第二に、柔道整復師の取り扱い疾患については一応急性期の外傷性疾患ということになっております。この外傷性疾患の意味についてはいろいろ論議のあるところであります。
「外傷とは損傷のうち外因によるものをさす。外因の種類は特に問題としていないため塩酸をかぶったというのも外傷となる。」(wikipedia)
大体wikipediaのような解釈であろうと思います。外因はいろいろあります。
2 外傷の種類
2.1 物理的要因によるもの
2.1.1 機械的要因によるもの
2.2 内部的なもの
2.3 熱的要因によるもの
2.4 電気的要因によるもの
2.5 放射線要因によるもの
2.6 化学的要因によるもの
(wikipedia)
「機械的な要因によるもの」は理解がしやすいのですが、問題は「内部的なもの」であります。例えば腰を曲げた時に起きた筋筋膜性の疼痛(捻挫)などは内部的なものになります。つまり機械的な要因ではなく内部的なものであります。当然にも負傷原因は腰部屈曲によるものであります。これらがおそらく柔道整復師の病名の根拠となっているものであります。
第三に、柔道整復の施術形態。これは低周波とマッサージに類似している後療法が主のところが多いと聞いています。これが柔整にゆけば健康保険でマッサージをしてくれると患者がいっているところのものであります。しかし、これはおそらく医療機関でも同様のことはしていますし、これをもって医療機関が批判されたことは寡聞にして聞いていません。従って柔道整復師が後療法としてマッサージに類似した治療行為をしたとしてもそれは何ら批判の対象とはならないと思います。
そこで、最初に戻って柔道整復の施術が何故これほど批判を受けているかといえば、不正申請です。わかりやすくいえば水増し請求です。
これは不正を犯している個々の柔道整復師の問題でありまして、柔道整復師全体が批判される問題ではありません。例えば、医師の中で誰かが不正請求したら医師全体が批判されるということは昔はありましたが今ではないでしょう。今ではそれは意味のないことで不正を犯した個々の医師をそれぞれ罰すれば良いと国民が納得しているからです。
では、何故、いま柔道整復師が批判されるのでしょうか。水増し請求以外の要素を考えてみましょう。多少偏見も入っておりますが、
一、 施術内容についてアメニティー要素が強い
二、 病名のつけ方に無理がある
三、 他の同種業界、同類業界からの批判
整形外科、マッサージ師、
四、 医療費の増加を憂える厚労省、保険者からの批判(?)
一)について
アメニティー要素が強い医療は一部では「医療ではないのではないか」と批判する向きがありますが、日本では「医療は苦痛を伴って受けるもので気持ちの良いものは医療ではない」という考え方がまだ色濃く残っております。従って、柔道整復師の後療法に対する批判もそのようなものであろうと推測できます。
二)病名については5疾患です。それも全て急性期の外傷性疾患ということで、多くの保険者が何らかの身体運動に付随する障害ととらえていますが、静止的な筋緊張(等尺運動)でも障害は発生しますし、必ずしも身体の外からの力(外力)だけでないことは周知の通りです。また、捻挫のような筋筋膜、靱帯系の疾患は日常生活動作の内容によっては反復的に生じる可能性があります。
三)整形外科やマッサージの方々から柔道整復師の治療内容は近似しているという意味で敵対的に見られている可能性があります。
四)医療費の増加といっても柔道整復の費用は健康保険全医療費の1%です。無駄使いして良いわけがありませんが、医療費増加の点でいえば柔道整復を批判する前にやることはあるのではないでしょうか。
以上、柔道整復師問題にについて考えてみました。
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法律的根拠がない内部規制は問題を残す 20081122
日本では護送船団方式の考え方がまだ色濃く残っております。つまり、業界団体が団結してそれに基づいて業界利益の為の政治運動をしたりしております。こうしたことは当たり前のこととして容認できるところもありますが、問題はこうした政治運動を強制したり、業界内部で勝手に規範を作ってこれに基づいて組織構成員を規制するということです。これは業界内の不正を糺したり、モラルハザードを防ぐことがあるという意味では評価できるところもありますが、規範に同意しない又は従わない業界人に対して法律的手続きを経ないで勝手に処分するようなことになると問題が生じます。
現在問題になっているような不正請求などは法律(問題がある通達もありますが通達なども含みます)に基づいて行政や保険者が処分すべきであって、業界の監督がなっていないという批判に答えんとして、業界内の自浄作用を強制すれば業界内での私刑に発展しないとも限りません。
例えば、内部審査会なるものを作っている団体も少なくありませんが、内部審査はそれが法律に基づいて社会保険労務士や行政書士らによって運営されるのであれば良いのですが、そうではなく、一会員が又は団体の指導部の面々が審査するとなると多くの問題をはらみます。
一、そもそも素人が他人(施術者)の申請書を審査する権利はない(社中で勝手に決めているだけ)
これなど、審査員(施術者でもある)の競合相手の施術者の審査をする場合など嫌がらせが発生しないとも限らりません。
二、患者のプライバシーの保護が法律的に守られない可能性があります(今まで問題が起きていないだけ)どんな患者がどのような治療を受けたのか、審査員(施術者でもある)に筒抜けになる。
因みに、療養費の申請を直接保険者に請求するのが当然のことですが、患者本人の請求などで保険者とは関係のない会社内の総務課などを経由して申請書を通す場合など非常に問題が生じやすい。
三、施術者のプライバシーが守られない
施術者の収入などが同じ施術者に明らかになる。
以上のことを慎重も慎重を期し、考慮した上で運営されることが望ましい。
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殺伐とした医療家同士の非難の応酬 20081123(日)
最近、医療領域での論議が殺伐としているのは、医療が社会的問題として成熟しつつあるように思います。つまり、医療=絶対善という図式が崩れつつあるのではないでしょうか。
今までは医師は診療開始義務(どんなときにも患者が要求したら医療行為をしてあげなければならない)があって、医療行為は崇高なものとしてとらえられていました。
しかし、例えば「患者よがんと闘うな」論争でも明らかになったように「治療しない方が良いこともある」や「間違った治療が正当な治療であるかのごとく説明され行われてきた」などが伝えられるようになって、「医療=絶対善」という図式から「医療=コストと必要性によって判断」という考え方が一般大衆に浸透し始めてきたということでしょう。
ただ、実際問題、医療供給側としてはいろいろコストがかかる為に経営上の判断もあるわけで、それがいってみれば自らの治療の過大な必要性の宣伝や医療市場の患者争奪戦になっており、今のところ柔道整復師がそのターゲットになっているとも言えます。
ただ、このような医療の現状の中で少しでも医療に不満があると、業界団体を非難したり、犯人捜しを始めるという風潮は気をつけるべきであろうと思います。
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健康保険財政の困難な状況 20090201
療養費の支給に関して最近の状況は非常に厳しいとの見方が業界関係で流れております。確かにこういう経済状況ですから、保険者も厳しくできるところからやってゆこうという意向もあるのでしょう。
こうした状況に鍼灸師が危機感を募らせるのは当然のことと思いますが、見方を変えれば健康保険制度全般について、国民が全体がその認識を変える絶好の時期かと思われます。
ただ、本当に国や保険者全体が危機感を持っているかといえば、それは少し違うのではないかと思われます。むしろ、実際に実務を担当している事務方には危機感をあおっておいて、国や保険者指導層は違うことを考えているということもあるかもしれません。
かつてセンターに以下のような本を紹介されたことがあります。少し参考になるかもしれませんので、その引用文をそのまま載せてみます。
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「『がんと闘うな』論争集」
患者・医療関係を見直すために 著 近藤誠 日本アクセルシュプリンガー出版
権威主義、非科学性、営利性を排す −医療改革の過去と現在、そして未来− P248
世俗的な栄達よりも、患者本位の医療の実現に力を注いできた新旧「講師」が語る、日本の医療の現実 医学評論家・元東京大学医学部講師 高橋晄正(たかはし こうせい)さん P 248
■ 消防、警察が営利業だったら、どうなる?■ P 260
高橋 外科医というのは切るのが商売だし、それとぼくなんか東大で見てたら、やはり収益を上げないと研究費の配分に関係してくる。そういうことがあって、40歳を越えた女性の子宮筋腫はすぐ手術となりやすいしー消化器外科の大御所の手にかかって、ある村ではまるで゛無胃村″になってしまったなんて話もある。(笑)。だから、医に営利業的な形態を持たせてしまったことに問題がある。資本主義の体制ではあっても医の営利性を許している国はそうはありません。
近藤 おっしゃるように、欧米では個人病院というのは見ませんね。
高橋 ヨーロッパでは開業医の設備投資が制限されてる。かってこんな話を聞いたことがあります。イギリスで日本の開業医のレントゲン普及率を自慢したら、「日本のお医者さんは幸せですね」って言われたそうで。でも、それはある意味では軽蔑の言葉でもあったと思う。
本誌 どういう意味での軽蔑ですか。
高橋 持っていれば使いたくなるでしょ。元も取らないといけないし。
近藤 いまでも、日本のCTの普及台数は全ヨーロッパのそれを上回っていると言われるほどで。
高橋 営利業であるがゆえに、使用過剰になる。医者のほうは、見つくろいで勝手にできるから−病名をたくさんつければいいんですから。実に危険な自由主義診療なんですよ。政治でそれを解決できなければ、市民のほうで自分である程度手術を断る方向に持っていくしかないでしょう。
私は昔、薬の使い過ぎを批判したときは「健保連」から原稿や講演の依頼を受けて随分利用された。ところが、根本的な問題として日本の医療を社会化するべきであると言い始めたら切られたんです。あそこのトップは厚生省や大企業と関係が深いから。
近藤 薬にしても、病院、診療所の中で処方箋を書いて、薬も売りつけるということは欧米ではないわけですね。
高橋 アメリカでは技術料は高いけれど、薬の濫用で患者に迷惑をかけることは少ない。イギリスでは医療を営利の中に入れてはいけないと切り離して国営にしたし、ドイツの場合でも国家医療計画できちんとしている。
近藤 医療をどう展開するかという根本のところで、日本にはフィロソフィーがなかったんでしょうね。
高橋 フィロソフィーを考えると、医というものは営利業であってはならない。よく言いますけれど、消防とか警察が営利業だったら、どうなる(笑)。
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もし、上記のようなことが本当であるとしたなら国及び保険者指導層と保険取扱の事務方とは全く違った考え方で保険行政を行っている可能性があります。つまり国や保険者指導層の思惑とは別に事務方や窓口の方々は真面目に医療行政を行おうとしているということです。
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療養費の本人請求への転換について 20090203
さて、最近になって鍼灸の療養費の請求について委任払い(代理受領)から患者本人の請求に切り替える傾向がでてきているようですが、これが不正請求や安易なアクセスなどの抑止力であるとして保険者側から提出されるならば、これを否定的にとらえるのではなくむしろ全ての鍼灸師はこれを受けて立ち。患者自身の請求を完全にバックアップする態勢をとらなければならないと思います。
鍼灸の療養費の請求は医師の療養の給付や柔道整復師の受領委任払いなどとは異なり協定がありません。ただ民法上の代理請求をしているだけです。つまり鍼灸師と保険者との法制度上の関係は非常に脆いものなのです。ですから、保険者から「患者本人の請求にしてください」と言われたらそれに対抗するすることはとても個々人のレベルではできません。
こうした状況は今後とも傾向的に拡大してゆく可能性があります。そこで、これからは少し長い展望で鍼灸の健康保険制度の維持発展のための努力をしてゆかないとなりません。
そのキーワードは「国民が健康保険に賢くなる」ということです。すなわち国民が今の健康保険制度を学び国民自身が鍼灸の健康保険治療を支持するように学習し、現在の行政のあり方を改革してゆくことが本当に必要な時代になったということです。
国民一人一人が自分の意見を発信するなどということは従来では不可能または困難なことでしたが、インターネットが当たり前の時代になった現在では十分学習し発言するチャンスもあるということです。
医師から同意書発行を求める困難性や複雑な療養費支給申請書作成の複雑性に失望している鍼灸師も少なくないと思われますが、何事もとにかく行動を起こさない限り事態は打開されません。
第一に、患者様には鍼灸は医科の「療養の給付」とは異なり「療養費の支給」であることをしっかり認識してもらうことです。
このことは大変重要で、従来は鍼灸師側もお医者様のつかう健康保険と同じようなものであるというふうに積極的にその違いを説明してこなかったこともあるかもしれません。
しかし、これからは療養費のなんたるかをしっかり説明しておく必要があります。論点は患者様が主体になって保険者と関わるということです。
第二に、鍼灸師と保険者との関係は単に患者様を介してのみの関係ですから、鍼灸師側が保険者とトラブルをかかえると患者様に迷惑がかかるかもしれないという観点をいつも持ち続けることが必要です。
保険者とケンカをするなど論外で、もし納得のゆかないことがあれば丁重に口頭質問する、または文書で丁重な質問状を出すなどを通して結果として保険者との関係を良好にするという獲得目標で行う必要があります。これらの口頭質問や文書質問は常に患者様の了解をとってから行うことが必要です。
一にもニにも患者様が主体で鍼灸師はあくまでも治療行為を受けた患者様を通してしか保険者とはつながりを持っていないということを認識すべきです。
第三に、患者様本人請求(正確に言えば被保険者本人の請求)しか認めないと保険者が言ってきた場合には、速やかに患者様と話し合いの上、書類提出の諸準備をします。
この場合も患者様自身が書き込む欄は全て患者様自身の手で行うことができるよう指導し、鍼灸師が代行するようなことは厳に慎むべきであろうと思います。「患者様が面倒であろう」という思いやりはどうしても出てきますが、そのような情に流されれば結果として健康保険制度の発展につながりませんし、なによりも健康保険の主体は患者様であるという認識が育ちません。
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柔道整復への不支給問題について 20090208(日)
最近、療養費の支給を規定した健康保険法第87条の新?解釈で、柔道整復師の施術に対してその療養費の支給に制限を設ける保険者(日本郵船健康保険組合)が出てきているそうです(鍼灸柔整新聞2009年1月25日より)。
報道によると「不支給決定通知書」というタイトルを使わず「支給申請に係る不支給等のお知らせ」として、柔道整復師の審査請求を回避する巧みな方法をとっているということです。
また、この「お知らせ」には下記のような健康保険法第87条の「やむを得ない」という文言を前面に押し出した内容で「不支給等のお知らせ」の根拠としているとのことです。
保険者の不支給理由は以下です。
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@健康保険法第87条にある「やむを得ないと認めるとき」は、被保険者側に特殊な事情があって、療養の給付を受け得なかったものと、保険者が認めたときである。
A「やむを得ないと認めるとき」に該当すれば当然、療養費は支給されるが、現在の医療機関の分布状況、救急医療体制等を勘案すれば、「被保険者側に特殊な事情があって、療養の給付を受け得ない」ケースは非常に少ないものと弊組合では考えている。
B『受領委任契約があるから健康保険から療養費が支給されて当然だ』と言われる柔道整復師の方もいるが、受領委任の契約は、「受領委任制度に基づき、療養費の受領の委任を受け、保険者等に請求できる」ということであり、支給するかどうかを決定するのは保険者の裁量の範囲であるという立場を堅持している。
C「医師の診療を受けるか、柔道整復師の施術を受けるかの選択は患者の自由である」ということは言うまでもないことだが、「健康保険の療養費の請求を行うということであれば上述の制約がある」ということは被保険者等に周知している次第。
鍼灸柔整新聞第849号 2009年1月25日より引用
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今のところ、柔道整復の施術に対する不支給であり、この保険者の見解と処分に対する批判は柔道整復界とし当然やっておられるであろうと思います。
しかし、この保険者の不支給理由を読んでみますと、従来の療養費に対する厚労省の通知から大きく逸脱しており、これを見過ごしておいてはいずれ鍼灸マッサージの療養費支給にも飛び火する可能性がありますので、慎重にこの保険者の論点について検討してみます。
今回は以下二つの論点によって反論を試みたいと思います。
第一の論点は、条文の解釈の方法について「やむを得ざる」のみの解釈に偏っているのではないかという点、第二の論点は、87条の条文についての柔道整復や鍼灸、マッサージへの指導と解釈については厚労省の多くの歴史的な通知が前提となっているのに、何の手続きも無しに一保険者が新解釈を導入しても良いものかどうかという点です。
一)健康保険法第87条の二つの条件のうち一方だけを持ち出しての判断は妥当か
ここで上記の保険者の独自の解釈の元となった健康保険法第87条を改めて紹介します。
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健康保険法第87条
(療養費)
第八十七条 保険者は、療養の給付若しくは入院時食事療養費、入院時生活療養費若しくは保険外併用療養費の支給(以下この項において「療養の給付等」という。)を行うことが困難であると認めるとき、又は被保険者が保険医療機関等以外の病院、診療所、薬局その他の者から診療、薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において、保険者がやむを得ないものと認めるときは、療養の給付等に代えて、療養費を支給することができる。
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上記の文章を平たくいえば以下です。
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A)療養の給付若しくは入院時食事療養費若しくは特定療養費の支給(「療養の給付等」という)を行うことが困難であると認めるとき
又は
B)保険医療機関等及び特定承認保険医療機関以外の病院、診療所、薬局その他の者から診療、薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において、保険者がやむを得ないものと認めるとき
(法第87条第1項)
に療養費を支給する。
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です。
この保険者は健康保険法第87条にある2つの支給条件のうち後半の「保険者がやむを得ないものと認めるとき」の文言だけを盾にとって、その理由にしております。
しかし、87条の条文を良く読みますとご覧のとおり支給条件を2つ書いてその間に「又は」ということばでつなげて書いてあります。
条文を更に簡略化すると
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A)療養の給付を行うことが困難
又は
B)保健医療機関以外で受療して保険者がやむを得ないものと認めるとき
です。
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この2つの条件は「又は」の文言でおのおの独立した条件として成立しています。
つまり、「A」「B」2つの条件のうちのどちらか一方でも条件を満たしておれば療養費を支給することとして健康保険法第87条ではうたっております。
ところがなにを勘違いしたのかこの保険者は2つの並列的な条件のうちの片方「B」の「やむを得ない」だけを取り出して、支給を渋っているということです。
では、現実問題として柔道整復や鍼灸、マッサージの療養費の請求はこの健康保険法第87条の条文のどこに依拠してされるのでしょうか。
いうまでもなくこれらの施術は現在では主に「A」の「療養の給付を行うこと困難」な条件に依拠して療養費を請求しており、そのことを根拠に給付されております。
柔道整復の場合は患者が整形外科を選ぶよりは柔道整復の施術を積極的に選んできたという経緯(柔道整復術は整形外科の治療とは異なるという認識)、そして現代においてもなおそのような認識をもって厚労省は指導してきております。
鍼灸の場合にはそもそも医療機関での給付はできないわけですから、「療養の給付を行うこと困難」な条件に全くあてはまります。
マッサージの場合も同じく医療機関でマッサージを給付していない場合が支給対象になっております。
そこで、以下健康保険法第87条の総体的な解釈(条件「A」「B」の位置)について論じてみたいと思います。
今回の保険者はどうやら条件「A」の部分については言及せず条件「B」を主にその論拠としておられるようです。
保険者が「B」の条件を持ち出すのは結構ですが、「B」は単独であるのではなく「A」とセットで存在しており、「A」の条件を無視して「B」の条件のみで支給の可否の根拠にするのはいかがなものかと思われます。
わかりやすくするために文章の構造をそのままに少し内容を変えて考察してみます。
公園に次の様な張り紙がしてあった場合にはどのように解釈するでしょうか。
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この公園は以下のような利用条件になっております。
A)年齢3歳以上7歳未満の児童である場合
又は
B)利用希望について当公園管理者がやむを得ないと認める場合
公園管理者
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これは87条のような文章構成をそっくり真似たものです。
「A」「B」のような文章構成は「A」の条件以外の許容条件の必要性にもとづいて「B」が作成されます。
当然にも「B」の「やむを得ない」とはどんな場合かの細則も必要になってきます。いきなり公園管理側のその場その場の恣意的な判断基準が降ってわいてくるわけではありませんね。
さて、この公園利用規則にそって考えてみた場合「A」の条件を満たしているものに対して、公園管理者が「B」の裁量だけを利用条件にもちだしたとしたら利用規則に反するとして非難されるのは目に見えていますね。この利用条件は「A」と「B」は「又は」でつながっているので「B」と同格であり、「B」だけを持ち出すことはあり得ないからです。
これは高校の「数学」で習う「集合」の問題です。
条件「A」と条件「B」は「又は」でつながっておりますので「A」と「B」は和集合です。この和集合が健康保険法第87条の条文です。これ図で表すと以下のようになります。
A B (Aの円とBの円が一部重なり合った図)
上記の図での集合部分は瓢箪型の∞の部分です。つまり「A」の条件でも「B」の条件でも施設を利用できます。つまり利用条件は集合の記号で現せば「A∪B」です。
しかし今回この保険者の解釈は「B」の条件だけを取り出しているわけです。仮に「いや、真ん中の三日月型で条件『A』も入っている」と言われるかもしれませんがこの部分を日本語では「且つ」という意味、集合の記号で表せば「A∩B」ということで、「A」と「B」の和集合である「A∪B」全く異なります。
以上、見ましたように「又は」でつながる複数の条件構成文の場合には一つだけ取り上げて条件とはできないということです。健康保険法第87条とはそいう論理構成の条文です。
二、健康保険法第87条の「保険者がやむを得ざると認めたる」の文言を一保険者が独自に解釈することには妥当性があるのか
次に、健康保険法第87条の条件「B」である「やむを得ざる」という条文の取り扱いについて考えてみたいと思います。
「保険者がやむを得ざると認めたる」の文言は確かにかかれています。しかし、今、この条文、それも抽象的な87条の条文に戻ってその解釈をする場合、保険者が勝手に「近くに整形外科がある」なる解釈を導入して良いものでしょうか。
「保険者がやむを得ざると認めたる」の文言だけを取り出し、とにかく「法律文に保険者の裁量権が書かれているから」というその理由だけでその他の条文や法の基本精神を無視して保険者が独自に「認められない」内容を自由に作る権限=解釈権が与えられているかどうかということについては慎重にすべきでしょう。こうした解釈を導入する場合には、それらの解釈が健康保険法の精神に沿っているかどうかの具体的で全国民的なレベルで論議が必要であろうと思います。
すなわち、この「やむを得ざる」の文言は全国民的な解釈(それは厚労省によって法律から通知に至るさまざまな指導によって示される)を経ずして各保険者に勝手でバラバラな解釈と裁量権を認めたということではないと考えるのですが国民の皆様は如何でしょうか。
一つの例ですが、かつて、横浜市で往療マッサージを1年の期限(厚労省の通知では期間制限はない)で打ち切るという不支給がありました。その理由は「保険者に裁量権がある」そしてその内容たるや「一年以上マッサージをやっても意味がない(保険者の理由口頭回答)」でした。
この不支給について当然被保険者はこれを不服として審査請求を出しました。審査請求では通達が優先されるか保険者の裁量権が優先されるか注目されましたが社会保険審査会の裁定は「保険者に無制限の裁量権を認めたわけではない」として支給するように指導されました。
当然ですね。保険者は支給に際して国民全体への平等性を問題にしなければならないし、それには厚労省の通知等に示される全国的なスタンダードを守るべきです。
そこで、療養費の支給における「やむを得ざる」の内容を今一度検討してみたいと思います。
1)柔道整復の「やむを得ざる」についての厚労省の指導内容
柔道整復の場合の「やむを得ざる」について厚労省はどのように指導しているのでしょうか。これは「療養費の支給基準」(社会保険研究所刊)の「柔道整復師の施術」の冒頭「沿革」のところに詳しく出ております。
「沿革」(省略)(「療養費の支給基準」平成20年版をお読み下さい。当センターHPにも抜粋が掲載されております。 社会保険研究所電話03−3252−7901 URL http://www.shaho.co.jp/shaho)
以上、柔道整復術を受けた患者に対して「やむを得ざる」に相当する理由とその対策が列挙されております。
2)鍼灸の「やむを得ざる」についての厚労省の指導内容
次に鍼灸では「やむを得ざる」は厚労省の通知でどのように指導されているのでしょうか。
これは「医師の同意書添付」や「再同意の更新」「医療併用禁止」などです。これらは「やむを得ざる」の具体的な内容です。これ以外にも通知で細かく支給条件を指導しております(これは柔道整復も同じですね)。これらの全通知をもって「やむを得ざる」としているのです。
3)マッサージの「やむを得ざる」についての厚労省の指導内容
マッサージの「やむを得ざる」の内容は鍼灸と同じく「医師の同意書添付」や「再同意の更新」などです。
以上柔道整復、鍼灸、マッサージの「やむを得ざる」の内容を見ました。
上記のとおり厚労省の通知及びその他の指導の中には既に「やむを得ざる」内容が含まれており、そのような根拠があるから保険者も安心して給付できてきたという経緯があります。
こうした従来の安定した給付の考え方を破ったのが今回の保険者です。もしこの保険者が行ったように「やむを得ざる」の判断を独自にしても良いと許すなら支給条件は確実に保険者ごとにバラバラになります。
このバラバラな状況については鍼灸は療養費支給の条件で過去に以下のような体験をしております。
昭和46年(保険発28号(S46.4.1))では次のような通知が出されました。
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3 通知で言う「医師による適当な治療手段のないもの」とは、保険医療機関における療養の給付を受けても所期の効果の得られなかったもの叉は今までに受けた治療経過からみて治療効果が表れていないと判断された場合等をいうものであること。
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この通知では「(医療機関での治療において)所期の効果が得られなかった」かどうかの判断基準が具体的に示されていませんでした。
そのことによって保険者ごとに判断基準(何を持って「所期の効果が得られなかった」とするか)がバラバラで、1週間くらい医療機関にかかって治らなかったなら「所期の効果が得られなかった」として鍼灸の療養費をみとめるという保険者もあれば、「所期の効果が得られなかった」ということは本来あり得ないとして絶対鍼灸への療養費の支給を認めなかった保険者もありました。
この時代は実に国民が平等に鍼灸の療養費を支給されているとは言い難い非道い時代でありましたが、あまりの不平等性、不均衡性を訴えた鍼灸界のたゆまぬ要請でようやく平成9年保険発150号で解決しました。
以下は保険発150号(H9.12.1)です。
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昭和46年4月18保険発第28号中3のなお書きを次のとおり改める。
なお、通知に示された対象疾患について保険医より同意書の交付を受けて施術を受けた場合は、本要件(「所期の効果がえられなかった」−筆者注)を満たしているものとして療養費の支給対象として差し支えないこと。
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保険発28号の場合は厚労省の通知に不備があったのですが、これを見ても保険者の独自な判断や裁量権がいかに国民に被害をもたらすかが良くおわかりであろうと思います。厚労省の「通知」はその意味で全国民への平等性という観点から保険者に対する細かい判断基準のスタンダードを作っていると言えますし、スタンダードに不備があれば国民的な合意にもとづいて改正すべきです。
しかるに、今回のこの保険者は柔道整復に対して今ごろになって突然、健康保険法87条の原文である「やむを得ざる」の文言をもちだし、その内容(=「やむを得ざる」の具体的判断基準)を以下のように述べている。
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「現在の医療機関の分布状況、救急医療体制等を勘案すれば、『被保険者側に特殊な事情があって、療養の給付を受け得ない』ケースは非常に少ない」
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すなわち平たくいえば、「近くに整形がある」だから「柔道整復師にかかるのは」「やむを得ざる」とは「認め」難いというような解釈を作成しているのです。
しかしそのような「解釈」をするならば、この保険者が主張するような整形外科医院や柔道整復院の立地状況を背景にした治療へのアクセス環境はづっと以前から既に存在し、それは周知の事実だったはずです。そしてそいういう周知の環境を折り込み済みで厚労省が「通知」の改正を繰り返しながら柔道整復師や保険者に対して受領委任払いの実施を歴史的に指導してきたということではないでしょうか。
この保険者がするように新たに「やむを得ざる」の解釈をこのように提出するならば、その文言の解釈や判断内容の是非は厚労省レベル=全国民レベルで問われるべきであって、個別の保険者がおのおの勝手に「やむを得ざる」の判断基準を作成するべき次元の話ではないと思いますが国民の皆様はいかがでしょうか。
繰り返しますが、法律の条文は基本構造であって本来的には細部の解釈についての具体性がないのが当たり前のことです。だからこそ関連法や通知等で(政令、府令、省令、規則その他の関連通知等)で具体性をもって実施、指導してゆくのが法の精神です。そしてそのことによってのみ法の国民に対する平等性が保証されているのだと思います。
いま、法律文に書いてあるからといって、勝手に保険者個々の解釈を持ち出すということは、法の精神に反するし、そのようなことを一つの保険者にでも許したら、他の保険者もまた異なる理由で支給条件を作ってゆくことにもなりかねません。もしそうなれば法の統一性、平等性は失われ、加入する保険者の勝手な判断によって受療条件の不平等が蔓延すると考えますが如何でしょうか。
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柔道整復への不支給問題について 20090217
現在、柔道整復の請求について問題になっていることを俯瞰的にみれば、第一に、整形、柔道整復、鍼灸、マッサージの業者だれもが、そして一番患者様が軟部組織障害、軟部組織の痛みについてだんだん分かってきたということでしょうか。つまり従来、整形にかかって「骨の変形だ骨の変形だといわれてきた」ものが、実は軟部組織の痛みが大半であることが理解されてきたということでしょうか。
第二に、軟部組織の痛みということが理解されてきたことで、軟部組織を直接触る治療=手技による治療が重要である認識されてきた、患者に非常に受け入れられ脚光を浴びてきたということでしょう。つまり、従来、整形や柔道整復師や鍼灸師などで電気治療を中心にしてきたものが、手による治療に転換してきたというとことです。
第三に、これら療術業者の参入とともに施術形態の類似化の転換がかなり短い時期に行われたものですから、市場の広がりは確かにありましたが、業者もそれ以上に増加(特に柔道整復師)したために業者間での熾烈な競争が展開されているとうことでしょう。
こうした背景に、特に柔道整復の後療法や申請内容の透明化が浮上してきたわけです。柔道整復師の後療法重視への転換のためにマッサージ師が非常にその市場を狭められてきたということは事実です。また、整形外科も従来の処置の中にマッサージや低周波治療を導入し、おそらく患者の種類が柔道整復とぶつかり合っているということです。今、柔道整復師は整形外科とマッサージ師の挟撃にあっております。
ただ、現在の保険者や医療関係者及びマスコミの批判をを見ていますと、国民にとってどのように良い医療を提供するのかという視点ではなく、領域争いのような状況になっていることが非常に残念です。

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