鍼灸における混合診療について2

2003/12/08
鍼灸保険情報センター


 三 現在の鍼灸おける「混合診療」論議の危険性
 「医道の日本」誌上で鍼灸における混合診療の論議が展開されておりますが、何故このような論議がでてくるのかという社会的背景を先ず考えてみたいと思います。
 以下は当センターの推測です。

 第一に、医療機関で有料、無料の鍼灸治療が蔓延しているということです。
 これは鍼灸裁判を展開している団体が主張しておられるように従来の厚労省の考え方からはあり得ないし、法制度上からいっても先ほど上げました「特殊療法等の禁止」条項(*注5)からいっても違反です。

 (*注5)
 (特殊療法等の禁止)
 第18条 保険医は、特殊な療法又は新しい療法等については、厚生大臣の定めるもののほか行ってはならない。
 ただし、特定承認保険医療機関において行う第5条の2第2項に規定する厚生大臣の承認を受けた療養については、この限りでない。

 上記のように法制度では原則的に「混合診療」禁止ですし、無料であっても、「特別療養費」などに指定されているもの以外の「特殊な療法又は新しい療法等」(療担規則)は原則禁止です。
 現在医療機関において鍼灸治療が蔓延しているからといって、この状況に対する検討もせずにこれを前提にした「混合診療」論議は如何なものかと思います。

 第二に、鍼灸のライセンスを持っている人の増加と独立開業が困難という状況があるということです。
 この状況は第一の医療機関での鍼灸治療と関係しますし、また、柔道整復師・鍼師・灸師のトリプルライセンス取得者の柔道整復施術としての保険請求の方法にも関係します。
 また、同意書が円滑に発行されないことによって国民が健康保健で鍼灸を容易にアクセスできないという状況が根底にあります。
 この状況は「混合診療」を認めたからといって改善できるものではありません。
 むしろ独立開業の鍼灸師の治療経営が困難になる結果として国民は自由に鍼灸を健康保険で受けられなくなる可能性があります。
 鍼灸師が現在の段階でも独立開業において安定的な経営状態ではないことは業界の統計などでもうかがい知ることができます。
 この先、鍼灸学校の増加にともない鍼灸師がますます増加してくることによって恵まれた環境(例えば経済的に余裕のある住宅地域での開業)の方でない限り自由料金での鍼灸経営は困難になるでしょう。
 そこで独立開業経営が困難ならば医療機関での理学療法士のような立場での鍼灸師の生きる道もあるということをお考えになるのは当然かと思われます。
 しかしそれならば今回論題にしているような「混合診療」ではなく「療養の給付」か「特定療養費」か現在行われている鍼灸の「療養費」制度の改善を提案すべきであろうと思います。
 独立開業が困難の条件は単に鍼灸師の増加という要因だけではありません。
 自由料金での鍼灸の市場問題です。
 これは当サイトの「鍼灸マッサージの市場問題について」と題する拙論で述べましたとおり一家族が医療に支出できる金額というのはほぼ決まっておりますので、一般論として考えれば多くの鍼灸師が自由料金市場で経営を維持するのは無理なことかと考えます。
 そこで、当然、健康保険での鍼灸治療という問題になります。
 現在の健康保険での市場はまだまだ伸びる可能性があります。
 現在の「療養費」制度を改善し鍼灸師の大半が健康保険で独立経営が安定的にできるならば、医療機関での「混合診療」だけではなくもっと広い視野からの論議ができると思います。

 第三に、たとえ「混合診療」でも現代医療においてあまり陽のあたらなかった鍼灸に「医療」の陽があたることは良いことではないかという考え方があります。
 確かにその側面はありまた健康保険制度における鍼灸師の立場が保証されれば一概に否定すべきことではないかもしれません。
 しかし鍼灸治療という医療的効果の側面だけを取り上げて鍼灸の「混合診療」を論じた場合果たしてそのことが鍼灸全体に陽をあてることになるかどうか疑問です。
 「混合診療」とは先にも述べましたとおり医療機関で「療養の給付」と保険外負担による自由料金による診療が併存することです。
 仮に鍼灸治療を鍼灸師が行うという前提で「混合診療」を認めたとしたならばどのようなことになるのでしょうか。

 、医療機関内での鍼灸治療の料金設定でのばらつきが出てきます。
 非常に高い治療費を設定するところもあれば無料にするところもあるでしょう。
 この料金設定は健康保険制度に非常になじみにくいものです。
 資本主義的な市場原理が貫徹するようなサービス提供であったならば各々そのサービスに見合った市場競争が働き、ある程度合理的な料金が設定できます。
 しかし健康保険制度の中で保険料金と自由料金が混在しますと、自由料金としての鍼灸治療のサービス費用について(例えば無料治療の場合など)不足分が出てきた場合、非市場原理で行われている保険制度からその費用を補填する可能性があります。
 これは社会資産の合理的で公平な活用という面からみて非常に不合理であり不公平なサービス提供といわざるを得ません。

 、患者側は保険医療機関での鍼灸治療というサービスの質と量の根拠となる商品単価が分からないわけですから、どの程度のサービスを良しとするのかその基準が設定できません。
 その結果、患者側は非常に粗悪な商品(鍼灸治療というサービス商品)を買わせられても文句の言いようがないわけです。
 ましてや現在の医療では情報の非対称性という本来は資本主義市場において実現されるべきサービスの売り手と買い手の対等な商品交換関係が失敗しているわけですから、医療提供側の一方的な言い分で鍼灸治療という商品を買わせられる可能性があり、これは患者側にとっては非常に不利益なことです。

 、鍼灸師の給与という面からみて、この「混合診療」における鍼灸の料金設定によっては一般的な鍼灸師としての労働力商品の市場価格とは関係なく決定される可能性があり、鍼灸師の医療機関における労働条件という側面から診みて非常に過酷な環境におかれる可能性があります。
 これは鍼灸師にとっても患者にとっても良いことではありません。
 現在、健康保険制度では医療機関における費用を医療提供者の技術費用(ドクターズフィー)と医療機関の物的環境の費用(ホスピタルフィー)を分けようという考え方が出ていることをみましても「混合診療」での鍼灸治療という商品の恣意的で不安定な価格環境での治療提供には大きな問題があると言わざるを得ません。

 、鍼灸治療には立派な「療養費」の制度があるのに医療機関では自費治療になるということは、せっかく医療機関以外では健康保険制度の医療給付(療養費制度)になっているのに医療機関内では自費治療いわば自由料金での治療を認めるというねじれ現象を認めることです。
 鍼灸に医療の陽を当てるということはこのようなねじれ現象とはむしろ逆で、誰もがいつでもどこでも安価で安心して健康保険で鍼灸を受けることができる、という環境を作ることではないでしょうか。
 こういうねじれ現象の中では「鍼灸が医療機関で現代医療の科学的検証を受け医療としての立場が獲得できるということ」にはならないと思います。
 鍼灸についての科学的な検証やEBMを獲得しようとするならばむしろ健康保険の制度的な取扱いとは別個に業界の主導によって系統的な科学的検証するべきであろうと思います。


 四 「混合診療」論議の前にやっておくべきは「無料治療」論議
 現在、無料で行う鍼灸治療は「混合診療」に反しないという厚労省の考え方が反映してか、多くの医療機関で行われていると聞きます。
 当センターはこうした無基準で無節操な状況が放置されていることに関して非常に憂慮しております。
 こういう状況を医療機関内の鍼灸師の立場も安定的ではないでしょうし同時に開業鍼灸師の経営も非常に不安定になり、多くの鍼灸師が誇りを持って提供していた街の鍼灸治療が衰退してゆく可能性があります。
 そうすれば、「療養費」制度を使うことによる鍼灸へのアクセス機会は著しく狭められることになります。
 これは国民にとって決してよい状況ではありません。
 「混合診療」の是非を論議することは非常に大切ですし、鍼灸界にとっても国民にとっても避けて通れない論議ですが、「混合診療」を論議する前に現在蔓延している医療機関における鍼灸治療の無料を是認している厚労省に対して先ずはっきりした態度を表明してから「混合診療」論議に入るのが筋であろうと思いますがいかがでしょうか。

 そこで、以下、医療機関での鍼灸治療無料提供について述べてみたいと思います。
 保険医療機関での鍼灸治療については従来の厚労省の見解は以下です。

 「『保険医が有料で鍼治療できるか。保険医が鍼治療を無料で行うのであれば違法ではないか。保険医療機関で鍼灸の保険適用はできないか。同一敷地内に鍼灸の施術所を設置することができるか?』などの問いに対して、
 『保険医療機関で鍼治療を行うことは有料でも、無料であっても認められない。保険診療と鍼治療が併存すれば違法、関連なければ違法ではない。保険医療機関では鍼灸の保険適用できない。同一敷地内でも明確に分離・独立してあれば止むを得ない。』
などであり、これらの回答は岡山県保険課の担当者が厚生省の確認を得た上でなされたものである。」
(「医道の日本」H11年10月号)

 上記の文章は平成4年12月に厚生省が岡山県保険課の担当者が保険医療機関での鍼灸治療についての厚生省の出した回答(見解)を日鍼会が再度平成9年12月5日に文書で再確認したものを同会健保対策委員会の熊崎勝馬氏が述べたものである。

 上記の厚労省(厚生省)回答をまとめますと以下です。
 1.保険医療機関で鍼灸治療を行うことは有料であっても無料であっても認めない
 2.保険診療と鍼灸治療が併存すれば違法、関連なければ違法でない
 3.保健医療機関と同一敷地内であっても明確に分離独立してあれば鍼灸の施術所設置は可

 ところが、最近になって保険医療機関での鍼灸治療について厚労省の考え方が少々変化してきたことが「医道の日本」に報道されております。

 「現在、保険医療機関内で鍼灸治療を行うところが増え、大きな問題になっています。
 全国保鍼連の中川会長(当時)が昨年(平成12年)十二月四日付で厚生省(現厚生労働省)
に『保健医療機関で行われる鍼灸治療』について照会したところ、今年(平成13年−筆者注)一月十三日、同省保険局医療課医療係から回答が出ました。
 それによると、『保険医療機関において患者に対して鍼灸施術を行い、これにかかる負担を患者から求めることなく無料で行われている場合においては、健康保険法ならびに保険医療機関及び保健医療養担当規則に抵触しないものである。
 なお、廉価低額であっても、何らかの患者負担をさせることは、保険診療との混合診療となることから認められない』となっています。
 従来、無料であろうが有料であろうが、抵触するという見解であったはずなのに、この回答は斯界にとっては衝撃的な内容です。
 無料に限ってですが、厚生労働省が病院内での鍼灸治療を認めたわけですから。」
(「医道の日本」 H13年7月号 P186)

 この文章は「医道の日本(13年7月号)」「全鍼師会そして斯界はどこへ行くのか」と題する全鍼師会新会長=杉田久雄氏へのインタビュー記事の中の文章です。
 また、本年の「医道の日本(15年11月号)」には次のような厚労省の見解が掲載されております。

 「健康保険法においては、保険医療機関がはり施術又はきゆう施術(以下「はり施術等」という)を実施すること自体は禁止されていない。
 しかしながら、このような場合に、保険医療機関は、保険者からはり施術等に着目した費用の支払を受けることはできず、また、保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三十二年厚生省令第十五号)により、被保険者から保険診療に係る一部負担金等の外に費用の支払を受けることもできないこととされている。
 一方、施術所におけるはり施術等については、同法第八十七条第一項により、保険者は、療養の給付を行うことが困難であると認めるとき等は、その費用の一部を療養費として支給できることとされている。」

 上記は「医道の日本」誌(15年11月号P14−146)に掲載されている「鍼灸マッサージ医療に関する質問主意書とその答弁書」に書かれている内容です。
 これは平野貞夫参議院議員が倉野貴之参議院議長に提出した文書に対する厚労省の回答内容(の一部)であります。

 この厚労省の回答をまとめますと以下です。
 1保険医療機関で無料で行う鍼灸は「健康保険法」に抵触しないので可
 2保険診療の費用とともに鍼灸の費用を受け取ることは認められない

 厚労省は当初は「保険医療機関及び保健医療養担当規則」に違反するからこそ鍼灸の医療機関での施術を禁止していたのです。
 ところが最近の厚労省の態度は鍼灸治療については無料で行うならば「健康保険法」に抵触しないという見解です。
 これはどうしたことでしょう。
 これには全く驚かされます。
 この考え方をそのまま外延化して行けば無料ならばどんな「特殊な療法又は新しい療法等」(「保険医療機関及び保健医療養担当規則」)を行っても良いということになります。
 例えば「尿療法」などを「無料ならば行って良いのか」との問では「よろしいと」回答するのでしょうか。
 おそらく「保険医療機関及び保健医療養担当規則」を持ち出して不可というでしょう。 
 何故に鍼灸治療だけ無料ならば行ってよろしいという見解に至ったかの説明責任が厚労省にはあると思います。
 鍼灸業界は厚労省のこのなし崩し的「無料治療」是認がやがては無節操な「混合診療」是認に至るであろうことを良く見極め、このことが制限付きではあれ国民に指示されている鍼灸の「療養費」制度を広げるどころかむしろ衰退させるということを認識すべきかと考えます。

 上記のように現在の医療機関での鍼灸の「無料治療」は大変問題のある事態ですが、国民や業界の人々の中には「医療機関で鍼灸が受けられるのは便利で良い」とか「鍼灸師の就職先ができるので評価できる」という考え方もあるかと思いますのでこうした考え方が如何に危険かを述べさせていただきます。

 第一に、鍼灸治療についてしっかりしたEBMができていない状況で医療機関において鍼灸及び鍼灸師がどのような評価を受けるのか大変心配です。
 医療機関側の期待に対し治療成果が得られなかった場合にいったい誰が責任のを負うのか
という問題です。
 鍼灸治療を医療機関で本格的に活用してゆくとなると鍼灸の治療成績の統一的なスコアとその責任の所在が明確でないといろいろな治療上のトラブルが生じると思います。
 医療機関で鍼灸治療ができれば鍼灸EBMもできてくるということではなくてEBMをしっかりしてから医療機関での鍼灸治療について議論すべきです。

 第二に、今後多くの医療機関などで鍼灸の無料金治療が採用されるとなると、その費用と対治療効果が大きくクローズアップされるに違いありません。
 医療機関側としては無料ですとどうしても医療機関の奉仕という考え方に陥らざるを得ません。
 成果が上がらなくても「無料での実験・研究ですから」という言い訳は当然起こりえます。
 しかし無料だから実験でも良いというものではありません。
 患者によっては誰のためのどのような根拠による治療でどうして効果が上がらなかったのか等々の疑問も沸くでしょう。
 それに対してどのように答えるのでしょうか。

 第三に、正規な医療システム即ち「療養の給付」や「特定療養費」でもない、かといって「混合診療」でもない、そういう状況で行われている鍼灸治療において仮に医療過誤が発生した場合に誰の責任になるのでしょうか。
 通常は医師になるかと思われますが昨今の医療裁判をみていますと看護師の責任も出てきておりますのでこの点も明確でない状態で鍼灸師が行うとなると必ず問題が発生します。

 第四に、鍼灸を行う皮膚や筋肉のポイント選定について鍼灸治療のなんたるかを知らない医師が鍼灸治療を指示した場合どのような医療責任を負うのでしょうか。
 医師の鍼灸治療に対する何らかの公的なライセンス等の整備をしないと鍼灸治療での医療過誤が生じたときの責任の取り方が問題となります。

 これらを考え合わせれば結局は医療機関での医師と鍼灸師、医療と鍼灸治療の関係の法律的整備が問題になります。
 これらの基準がはっきりしない状況で「無料ならばよい」などという厚労省の考え方は非常に無責任ではないかと考えます。


 最後に
 以上、鍼灸の「混合診療」について述べさせていただきましたが、鍼灸業界が抱える健康保険制度に関する課題が3つあります。

 第一が現在制度的に実施されている療養費制度の改善についてです。
 第二は医療機関内で行われている無料での鍼灸治療に関する解決です。
 この無料治療については放置すれば必ず鍼灸の未来における禍の元となります。
 第三は今回の論題である「混合診療」です。

 現在論議すべきは第一の療養費制度の改善と第二の医療機関内無料治療についてであります。
 特に第二の医療機関内無料治療については非常に憂慮すべき状況です。
 「混合診療」についてはこれら第一、第二の課題について解決策がある程度明確になった時点での課題かと思われます。
 今後とも様々な論議が巻き起こることを心より希望します。

 以上



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