阪急ファン宮崎不死鳥リーグ遠征篇 2005年10月


宮崎へ降り立つ。10月でも暖かいのだ

宮崎へやってきた。

2005シーズンの野球観戦の締めとして、フェニックスリーグを観戦するためにだ。

仕事柄日本シリーズのチケットばかり頼まれて、非常にゲンナリしたここ数日。辟易していた。

結局シーズン中に一所懸命球場に通っていた「本当の」ファンは、日本シリーズ出場とかになると途端にチケットも買えなくなってしまうんだな考えると非常に虚しい・・・。
そんなネガティブな思想で過ごしていたので、ここは日本シリーズに一旦背を向け、南国宮崎の太陽の下で若手の試合を楽しむ。

まずは宮崎へ先乗りしたシークアーサー氏と管理人の二人で、鎌ヶ谷日本ハムファイターズ対サーパス神戸という、ある種我々にとっての黄金カードを観戦。堪能。

試合は阿部健太が完封。そしてもう一人、この日活躍を見せたのはハギーと見間違うようなワイルドリーガー三木。

個性も際立つキャラで、期待も高かったが・・・。

翌日にはやまちゃん師もやってくる。関東隠し砦の三悪人が揃い踏みだ。



さて二日目。ここからはいよいよやまちゃんも合流。関東三役揃って宮崎で観戦三昧いよいよ開始。

今日は清武町総合運動公園野球場でサーパス神戸対楽天戦。昨日のアイビースタジアムはホークスのキャンプ地となっており、それはそれは豪華な施設だったが、ここ清武はその点少しローカルの匂いがする味のある球場だ。

今回の教育リーグ、通称フェニックスリーグは12球団の若手選手が参加し、秋季キャンプを前に実戦を積む貴重な舞台。二週間にわたり熱戦が続く訳だが、この12球団一都市一斉開催というのが凄い。

しかし宮崎に来て納得したのは、アイビーや清武、サンマリンなどこの街には充分それに耐えうるだけの施設が揃っているという事だ。この季節にしてこの気候。他にこの秋季教育リーグに適した町があるのだろうか。

リーグ開催中は街中のいたるところにペナントやポスターが掲げられ、宮崎市内はさながらお祭り気分の様相だ。



期待の三木だったが…

憲史、山下という豪華3、4番

さて試合。今回のリーグで首位を快走する楽天にサーパスが挑む一戦。若手主体のリーグとはいえ、楽天はチーム事情から1軍経験者も多い。その辺りも影響しての首位か。

サーパスの三遊間は三木と田中の将来性あふれる二人。一方楽天クリーンナップは川口、山下の「KY砲」。対照的ではあるがそれぞれ魅力的な顔あわせ。こういった選手達が明日のレギュラーを目指して日々しのぎを削っている。

結果は0対0のドローだった訳だが、両軍一歩も譲らない緊張感あふれる試合だった。朝10時頃には会場に到着し、午後5時前、試合後の練習が終わるまで観戦と見学を続けて球場を後にした我々だが一切飽きない。三人ともお腹いっぱい、楽しんだ。それぞれたいがい野球好きやなと呆れるほどではあるのだが。

試合後は宿泊先のホテル近くの「かたおか」というお好み焼き屋へ。そう、あの広島にいた「四番小早川に代えて代打片岡」のかたおか氏が店主のお店である。

マスターズリーグにも出場している片岡氏。お店柄、野球関係者が多く訪れる。ましてやフェニックスリーグの開催期間中。この日もなんと我々以外の客は全て選手とコーチという、とんでもない展開。楽しかったが緊張した。たくさん飲んだのに酔えなかった・・・。



そして最終日。

あっという間の3日間。この日でフェニックスリーグ自体も閉幕となる。最終日をむかえた訳だ。

とはいえ昨日一昨日で充分試合と宮崎を満喫出来ている我々一行。最終戦ということもあり総仕上げの観戦。球場の選手達からも最終日らしい、少し高揚した雰囲気が見て取れる。

たまたまこの日は隣接する2球場、サンマリンスタジアム宮崎とひむかスタジアムそれぞれで試合が行われるため、シークアーサー氏がサンマリンスタジアムのイーグルス対阪神戦、管理人とやまちゃんがひむかスタジアムのロッテ対サーパス戦を観戦するということになり、2球場に別れての観戦となった。


サーパスの先発は日本(人)最速男・山口。キャッチボールや遠投を間近に見る機会があったが、さすがの身体能力。遠投の距離は強肩の長田捕手も舌を巻くほど。このリーグでは格が違うといったところか。思えば昨年の秋季教育リーグ(高知よさこいリーグ)では最終戦で同じように怪我から復帰を目指す大久保が快投を演じていた。山口にも大久保のように来季の完全復活を期待したいところだったが・・・。


田中、三木の三遊間。もう見られない…

調子も良さそうな山口だが…

くしくもこの日は10・23。

そう、われらが阪急ブレーブスが最後に試合を行った日(1988・10・23西宮球場 対ロッテ戦)。つまり命日とも呼べる日だ。この日に3人宮崎で将来のスター候補生たち(一部事情の違う選手もいるが)に声援を送っている。さらに言うと今日の試合、ロッテ側では当時の主力だった高沢や荘がコーチとして来ており、方やサーパスには最終戦で四番を務めた藤井コーチの姿がある。阪急消滅から17年。時の流れを感じずにはいられなかった。

試合後は市内へ。おぐらで再びチキン南蛮を。この旅の締めとも呼べる食事だ。

そうして、名残惜しくも宮崎市内に別れを告げた、やまちゃんとシークアーサー氏を空港まで送りに行く。(※管理人はこの日の便が都合により取れなかった為翌日の帰京)

空港では、予想はしていたことだが選手、監督コーチらでごったがえしていた。またこの日は日南でOBオールスター戦も開催されていたため、かつての名選手達もズラリ。OBオールスターで来ていた辻がソフトバンクの秋山ニ軍監督を見つけ、「アキ!」と呼びかける場面も・・・。特に二人が帰る時間帯には、大阪行きと福岡行きの便が相次ぎ、サーパス、阪神、ソフトバンクの選手達が喫茶店や本屋に群がっていた。

せまい空港に一般客よりあきらかに多い浅黒く日焼けした野球選手や監督、コーチたち。一種異様な光景だった。

ちなみにこの記事は翌朝、つまり月曜日の朝に、東京へ戻る空港で書いているのだが、このロビーにもフェニックスリーグを終えて帰京する野球関係者が続々。真後ろに森繁和が立っていて記事を書くにも非常に緊張を強いられている・・・・。





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