阪急ファン藤井寺へ行く篇

ファンクラブ入会の為大阪ドームへ

2002年3月

大阪出張での帰阪を利用して、その翌日の土曜日に教育リーグを見るべく藤井寺球場へと出掛けた。

この日、他に関西でのオープン戦が無かったというのがこの球場へ向かった理由であり、そういう意味では余り期待していなかっただけに思いがけず有意義な一日となった。

まずは大学時代の友人であり過去にイチロー阪急カラーへのリペイントに協力してくれた天谷氏と藤井寺駅で待ち合わせる事にした。今回の藤井寺は久々に彼と会うというのも理由の一つである。
彼は藤井寺から一駅の土師ノ里駅に住んでいる。その為恐らく時間ギリギリまで現れないだろうと踏んだ私は(実際そのとおりであった)、その前に大阪ドームへと向かった。何故藤井寺の前に大阪ドームなのかというと2002年度のファンクラブ入会手続きを行うためである。

大阪ドームでのみ、その場でローズのバブルヘッド人形を貰えるらしい。ネット等でも入会手続きは行えるのだが、その場合は送料がかかる。送料も馬鹿にならないのでここは時間つぶしも兼ねて足をのばしてみる事にした。しかし行ってみると実にあっさりと入会完了。まあ手続きを済ませるだけなので当然だが。ひととおり大阪ドーム近辺を散策したあとは、いよいよあべの経由で藤井寺球場へ向かう。

天谷氏とは藤井寺駅で落ち合い、その後昼飯を食うため近くのお好み焼き店に入る。

注文をして待っていると、テレビカメラを抱えたクルー数名が入ってきた。テレビ大阪の様である。
藤井寺への取材である事は明らかなのだが「なんでわざわざ教育リーグに取材?」とこのときは疑問に思っていた。その謎は後に球場で解ける事になる訳だが。

ともかく、試合開始前に球場へ入る。休日でしかも入場無料という事もあり、そこそこ客は入っているようだ(あくまでパの基準でだが)。

私ごとではあるがこの球場には忌まわしい思い出がある。
というのも高校時代、夏の予選で6対0から逆転サヨナラ負けをした苦い思い出があるためだ。
その為(?)これまではむしろこの球場へ来る事には敬遠ぎみであった。

実際それ以来の観戦(?)という事になるのでもう12年ぶりである。月日の経つのは本当に早い。

無料のため皆ネット裏へ

藤井寺球場外観。以前と特に変わらず

一方天谷氏は近鉄ファンであったためこの球場での観戦歴は長い。
その彼曰く看板類がすっかりわびしくなり(近鉄グループ関係の看板だけが残っている)、プロの球場らしくなくなってしまったとの事。
「たまにでも(一軍の)試合してくれたらええのに」と、数年前に我々が西宮で抱いていた不満と同じ事を口にしていた。

さて、球場内ではネット裏にほとんどの客が座るという、無料ならではの光景が見られた。実際横の席には近鉄の私設応援団らしきグループがおり、我々の前の列にはスポーツ紙のカメラマン達が陣取っていた。

試合の方はというと、サーパスが戸叶、近鉄が前川の先発で始まった。ともかく無料であるが故に観客は皆一様に「得した」という雰囲気である。
前川の後は盛田まで登板し、天谷氏は「これは格がちゃうで」といたく感動していた。お得度倍増という訳である。

また、阪神から移籍の塩谷、星野おさむがそれぞれ出場しており、観客を喜ばせていた。

そしてこの試合にはもう一つ、最大のイベントが終盤に残されていた。

これは前の席に座っていたスポーツ紙のカメラマン達が話していて試合途中で分かったのだが、急性白血病から復活した岩下がこの試合で復帰登板するらしい。なるほどテレビ局のクルーもかけつけるはずである。

彼らの話に聞き耳を立てていると、1イニング投げるとか打者一人にだけとか、あるいは1球だけしか投げないのではなど、情報が錯綜している様子であった。また球場に(岩下の)家族が来ているはずだからと言って必死に探している様子なども見られて非常に興味深かった。

実際岩下は見事なピッチングを見せ、我々観客を良い意味で驚かせた。ベンチに戻る際にはこの日一番の拍手が球場全体から沸き起こり、なかなか感動的な風景であった。

ここ藤井寺球場は近鉄2軍の移転とともに取り壊しもささやかれている。
数多くの名勝負の舞台となった「古きよき」パの球場だけに西宮同様、一年でも長く運営して欲しいものだ。

サーパスベンチには山森コーチの姿が




Home