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  良心回路      hata
  不良品の良心回路で感じたいろいろなこと。
  こちらは過去ログのページです。


・ 年が明けても
sumire (05.1.**)
 私の拙いHPと、このコラムをご覧下さっている方々。
 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
 さて本来ですと、昨年のコラムは回顧録と名付けた過去ログに移すところなんですが、どうにも気が
 進みません。オチがないと言うか何と言うか…。
 思えば2004年はあまりにも暗い話題ばかりだったので、せめて最後は希望や明るい話題で締めたいと
 願っていたのですが、何も思いつかず、インスパイアされるのは相も変わらず世間様の暗いニュース
 ばかり…。
 しかしながら世の中は人の力以外のものでは変わっていかないのです。
 こんな時代だからこそ、愛とか夢とか希望とか、輝く心が大事なんです。
 多くの人達からそういうものをインスパイアされて、また自分自身も多くの人にそういう心を伝えて
 いけたらと願っています。

・弱者か欺瞞か?
pplfire (04.12.24)
 先日、本当に嫌なものを目撃しました。
 通勤途中でよく見かける視覚障害者と思われる男性がいるのですが、常々、白い杖を乱暴に振り回し
 ているようなので、危ないなぁと思っていました。
 (目が不自由な割にはあまりにも見事に階段を下りたり改札を通過したりしているので、努力と慣れ
  でハンディキャップを克服されたのか、あるいは意地の悪い邪推ではありますが、ひょっとすると
  見えているのでは?という疑念もありました)
 ある朝のこと、その男が振り回す白い杖が2〜3歳くらいの女の子を直撃。
 大怪我をするような当たり方では無かったとはいえ女の子は大泣きで、その子と一緒にいた母親は
 心配なのとなだめるのに精一杯。
 白い杖の男は知らん顔でスタスタと去ってしまい、周りで見ていた者も皆唖然、追いかけて断罪する
 べきかどうか葛藤に駆られていたと思います。
 ワザとではないにしろ、せめて一言その子に詫びることもできないのでしょうか?
 他人を叩いて詫びるということと、自分のハンディキャップとは全くの別問題だと思うのですが…。
 (自分のハンディキャップに対する理解のなさ故、社会に対して卑屈な気持ちになっているという
  ことが、たとえあるにしてもです)
 弱者?が弱者に危害を加える。 なんともやりきれない気持ちになりました。
 そして今朝、また白い杖を振り回すその男を目撃。
 今日は点字ブロックの近辺に工事車両が止まっていたのですが、その車を乱暴に杖で叩くやいなや
 後にいた関係者に振り返り「なんでこんなところに車止めてるんだよ!」と怒鳴っていました。
 私の疑念は確信に変わりました。「やはり見えている!」
 見えていなければ障害物を一度叩いただけで車だと認識したり、ややうしろにいた関係者を瞬時に
 振り返って睨みつけたりはできません。
 工事関係者は謝っていましたが「点字ブロックの上に車止めるなんてどういう神経してるんだ!」
 と更に怒鳴り、それから何度も何度も杖で車をガンガン叩いていました。
 たとえ弱視であるにせよ見えているとすれば、先日女の子を叩いた行為は故意のようです。
 ただ単に脅すつもりが当たってしまったにしても未必の故意。 謝らない訳も解りました。
 そういえば、女の子が立っていた場所も点字ブロックの上だったのです。
 その男にしてみれば点字ブロックの上は自分が通る道なので、全てにおいて自分が優先されると
 いう考え方なのでしょうか?
 勿論彼にも辛いことや苦しいことがあるのでしょうが、彼のしていることはハンディキャップを
 持っていても一生懸命、社会に向き合っている人達の顔に泥を塗るような行為ですね。
 私も仕事上いろいろな人と接していますが、本当の弱者に対する力添えを困難にしているのは、
 弱者ではなく、弱者を装って自分に対して厚遇を要求する輩だと実感しています。
 現代社会において、人の心がこれ以上貧しくならないように願うのみです。

・自己逃避?
pepmnt (04.12.24)
  先のコラムで触れた某氏に関しての追記。
 彼については「ネット界の便所の落書き」と評される匿名掲示板でもいろいろと書かれていました。
 もっともそれらの書き込みの信憑性に関しては疑問符が付きますが、やはり心理学・精神分析学に
 関してはド素人という見解が少なからずありました。
 また、それらの中には前妻と離婚するに至った不貞の経緯や女癖の悪さなどを指摘するものもあり、
 書き込みの真偽を考えると情報社会の恐ろしさを感じます。
 また、公式に発表されているものからの引用など信憑性の高い情報もあり、やはりこの某氏の専門で
 認められている論文は(クロレラ等の)微生物の共生についてのものだそうで、心理学や精神分析学
 とは無縁のもの。
 ましてや世間が彼をそうだと誤解している医者とは全く違うもの。
 セラピストとして人と接したければ、それなりに勉強してそういう資格を取るべく努力すべきだと
 思いますがねぇ。
 人から先生と呼ばれ偉くなったような気になり、自分に対する権威付けを自分の中でどんどん偽って
 できた人格で何かをしようとしても、それはインチキですよ。
 たとえそれで誰かが救われていたとしても…。

・やっぱり?
nanyo (04.12.7)
 去年の12月に書いたコラムで触れた岩月謙司氏。
 教授になってたんですねぇ。
 この記事を見て知りました。→ http://www.asahi.com/national/update/1207/038.html
 しかし、なんというかやっぱりなぁ…って感じがしますね。
 それじゃ去年のコラムを抜粋して再掲しておきます。

 >思い残し症候群って聞いたことありますか?

 >その本によると、恋愛していても虚しい、何かが満たされないと感じる原因は、乳幼児期に親から
 >愛され足りなかったからだそうで、恋愛に失敗するのも精神的飢餓感のせい。
 >不倫、ひきこもり、摂食障害なども乳幼児期に甘えられなかったことが原因だということです。
 >その本の著者である大学助教授の岩月謙司氏は、家族再生のために理想的な親子のあり方を追究し
 >ているそうで、「育て直し」と称して様々な事を実践しているそうです。
 
 >見る側にとっては、いわゆる「幼児プレイ」そのもの。
 >趣味としてそういうことがお好きなら、別に否定するつもりはありませんがねぇ。
 
 >ちなみにその岩月謙司氏、香川大学の助教授という紹介しかされていませんが、専攻は動物生理学、
 >動物行動学および人間行動学。つまり医者じゃありません。
 >自ら提唱した「思い残し症候群という仮説」を、世間にアピールして認められたいという気持ちも
 >学者としては同情の余地ありですが、医者じゃない人間が新たに(勝手に)病気を作って、それに
 >ハマっちゃう人もたくさんいるっていうのもなんだかなぁ…。
 >人間そのものが病んでるといいますか…。
 >本人達にとっては、病気ということにしておいた方が、幸せなんでしょうけどね。
 >幼児プレイ好きでも他人に変態扱いされず、治療行為と言い張れるんでしょうし…。(笑)

・それぞれの人生
kanihaze (04.10.21)
 「僕の人生はいつ僕のものになるの?」

 大学生時代に見た、ある映画のワンシーンでのセリフです。
 私自身、親の期待や縛りの中で育ち、まだ小学生のうちから老後の面倒の話をされる等、
 言わば、親の為の人生を送らざるを得ない環境にいた為、かなり胸を打つセリフでした。

 さて、そんな私も親になり、我が子供達は今日も私のベッドにもぐりこんできます。
 「パパ大好き」「パパの子で良かった」など最大級の賛辞を下心もなく贈ってくれる子供達に
 「パパとママの子で良かったね」「パパもみんな大好きだよ」と応えます。
 ママへのフォローの為に「パパとママが結婚してなかったら君達は生まれてなかったんだよ」
 と言うと「どうして?」「僕、私は誰と結婚するの?」と、また素朴な疑問をぶつけてきます。
 「それはわかんないよ。大人になって好きな人ができて、君達は君達の人生を歩むんだよ。」
 私にとっては子供達への心からの応援のつもりでした。
 しかし、ここで特にパパ大好きの長男が突然大泣き。
 「嫌だ、大人にならない。結婚なんかしない。」
 「ずーっとパパと一緒にいる!パパと一緒がいいの!」
 思えば、下の娘が私と同じ干支生まれであることさえ羨み「僕も○○年生まれが良かった」等
 と言う子供ですし、「君は君の人生を」という言葉は重かったかなぁ。
 辛い時、苦しい時、この小さな子供にどれだけ勇気づけられたことか…。
 この子供達には、もう一生分の親孝行はしてもらっていますね。

 子供の頃から早く立派になって楽させてくれと言われ続けていた私は、この年になってもまだ
 親が期待するような親孝行はしていないのでしょうが…。

・医療の崩壊
kakure (04.10.15)
 以前からこのコラムでも訴え続けていますが、この国の保険制度は残念ながら最悪のものです。
 医者が患者のために何とかしたいと思っていても医療制度自体がそれを阻んでいるという実態が
 全く改善されないまま延々と続いています。
 例えばEPO訴訟で明らかになったように、医師が患者の為に行った行為に難癖をつけて医療行為
 を制限している組織があり、患者のための医療を行わせないようにする人間がいるという事。
 ※EPO訴訟
 某県の国民健康保険団体連合会の審査部が、慢性腎不全患者の治療薬EPO(エリスロポエチン)
 の投与を行った医師の請求を一方的にカットし、実質的投与制限と医師の裁量権を侵害、結果的
 に患者に腎性貧血に悩まされる生活を強いるという暴挙を行っていた。
 EPO訴訟の例は氷山の一角で、患者の為の診療に様々な難癖をつけ一方的に請求をカットして、
 診療に制限をつける行為は依然頻繁に行われています。
 そもそも保険医療を統括しているのは、我々臨床の医師ではなく行政、つまりお役人なのです。
 保険診療にルールがあるのは当たり前ですが、彼らはルールで定められていないことまで、負の
 拡大解釈をして、どんどん診療に制限をつけていきます。
 某県の医療行政を司る医療技官は「保険(医療)は福祉じゃないんだから制限があって当たり前
 なんだ」と公言してはばからないそうです。
 それどころか、国も財源が切迫していますので、治療に対する制限は年々厳しくなっています。
 国による度重なる保険改悪と行政による一方的な裁量権の侵害と診療制限、マスコミの偏向報道
 による医療バッシングによる医療不信もあり、患者はどんどん真の医療から遠ざけられています。

・拉致問題
hata (04.7.22)
 拉致被害者やその家族の方々の帰国など、少しずつ問題解決の方向へ動きだしているかのような
 錯覚に囚われがちですが、拉致問題の本質は何も解決していません。
 何よりもまず重要視しなければいけない事は、日本人を拉致する為の北朝鮮工作員が易々とこの
 国に侵入しているという事実と、拉致を遂げた後も易々と出国しているという事実。
 なんと防衛線の甘い事か…。
 しかも、この点については何の注意も改善もされていないのです。
 確かに事後処理も大事ですが、再発防止の努力が為されていないという事実に驚愕します。
 平壌宣言で体裁だけ繕って、犯罪国家に「もうするな」って言うだけで済んじゃうんでしょうか?
 表面的には解決を装って、これからも水面下で国家的犯罪は続きそうな嫌な予感がします。
 家族の再会をドラマに仕立て上げて集票に結びつけようなどと下衆な事を企む前に、やらなきゃ
 いけない事があるでしょうに。
 我が国の政府の対応はお気楽すぎますね。

・七夕Again
gbata (04.7.7)
 さて今年も七夕がやって参りました。
 子供の願いはストレートなもので、思い起こせば去年の七夕の際も短冊に書かれた願い事に子育て
 の妙を実感していました。
 去年の下の子の願いは 〜が欲しい。上の子の願いは 〜になりたい。
 「I want …」と「I wanna be …」の差に成長を感じていたのです。
 さて今年の下の娘の願いは「ケーキ屋さんになりたい」。お、ちゃんと成長しているではないか。
 えっ? もう一つあるの? 何々? 「おもちゃ屋さんになりたい」。おいおい、どっちだよ。
 っていうか「ケーキが欲しい」と「おもちゃが欲しい」の言い方が変わっただけのような気が…。
 そして、上の息子の願いは「来年のお誕生日にポケモンのゲームソフトが欲しい」。
 「I want …」に戻っているじゃないですか…。
 しかし、私に何かを買って貰えるイベントを的確に捉え、しかも品物まで具体的に指定している。
 何と言いますか、やはりこの一年で着実に、現実的な進化を遂げているのですね。
 これが成長というものなのか…。恐るべし。




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