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  良心回路      hata
  不良品の良心回路で感じたいろいろなこと。
  こちらは過去ログのページです。


・差別
nanyo (03.12.27)
 さて、コラムは連鎖的に続きますが、偏見?ときて考えなければいけないのが、差別という問題。
 当たり前ですが、(一般に使われている意味での)差別はいけないものだと思いますし、そういう
 気持ちは自分の中にあって欲しくないと考えています。
 「世の中から差別なんてなくなれば良いのに」とも思いますが、意外にも差別は普通に存在します。
 例えばいろいろな制度や料金の差別。
 同じサービスに対して利用者や利用時間帯等で異なった料金をつける「差別料金」というものは、
 ごく当たり前に社会に受け入れられているようです。
 電話料金なども様々な割引や差別化が図られていますし、深夜料金なるものが存在するタクシー・
 電気料金には時間による差別があります。
 また、平等を謳っている筈の国民健康保険も同じ保証を受けるにあたって支払う額が、収入や住む
 地域により全く異なります。
 ※↓:この下の03.8.14のコラムを参考にしてください。
 そもそも、差別とは仏教用語に由来したようで、差別界(しゃべつかい)というそれぞれの物が異
 なる独自の姿で存在している世界において、それぞれの物がその独自のあり方で存在していること
 差別(しゃべつ)といったそうです。
 つまり、個として別のものは異なるという、ごく当たり前の概念だったワケです。
 それに対して(仏教用語の)平等界とは万物の間に差別(しゃべつ)の無い世界。
 ミミズやオケラやアメンボ等と、我々は同じ姿で同じように存在する世界なのです。
 現世において、人は誰しも平等を求め、それを口にしますが、平等の理念の元にミミズやオケラと
 同じ扱いをされて不愉快だと思わない人はいないでしょう。
 一方では平等を求めるふりをして、他方では自分が自分以下と思うものと同等の待遇をされると、
 不快を訴え他者より厚遇を求める、そういう無意識下に潜む醜い心が、差別(しゃべつ)を差別
 (さべつ)に変えてしまったのではないでしょうか。
 いわゆる人権派を気取る連中のスタンスが、いかに詭弁に満ちたものであるかと、私が常々感じる
 理由も同様です。
 人間は誰しも知識や思考、経験則が同じではありません。
 偏見を歪んだ考え方とするなら、歪んでいない考え方など存在しないのもまた事実。
 特定の個人・団体に対して抱く非好意的な意見や判断、またそれに伴う感情も、人間である以上、
 持つなという方が無理なのかも知れません。
 しかしせめて自分自身が、客観的な根拠もなくそういうなかに陥ることの無いようにと、強く
 思っています。

・変態?
kanihaze (03.12.24)
 前回のコラムで変態という言葉が出てしまいましたが、これ実は非常に難しい問題です。(笑)
 大体、どういうものがノーマル(?)で、どういうものが変態扱いされてしまうのか?
 何を以てノーマルとするかなど人それぞれだし、価値観の多様性を考えてみても正解や基準なんて
 出ませんよね。
 しかし、世間一般の多くの人達に変態扱いされてしまう個人が、実際には存在してしまいます。
 たとえば某政治家の先生。
 突然、元愛人を名乗る女性がカミングアウトしてきて、どういう目的があったのかは知りませんが、
 その精力旺盛ぶりを暴露。
 元愛人を名乗る女性のお母様もよっぽどの美人でいらっしゃったのかセンセイは今度は三人で、と
 言ったとか言わないとか…。
 以来、マスコミも「変態」呼ばわりですし、そういうイメージは一般人にも定着しちゃったようで、
 先日の選挙ではなんと大落選。悲惨ですねぇ。
 一方、自分や家族のことを「変態ではないということをわかってほしい」と願ってカミングアウト、
 いろいろな活動している方がいるようです。(この人→http://mbs.jp/voice/special/200309/0902_1.html
 同一性障害については、人権問題と混同されて語られることが多く、問題をより複雑にしています。
 男性として結婚し家庭を持ち、男性として女性と生殖行為も行い、お子さんを二人もお持ちの方が
 同一性障害で、心は女性ですか…?
 私個人としては、こういう人達を否定するつもりもありませんが、ことさら理解を示す努力をしなく
 てはいけないとも思えないんですよねぇ。
 世の中、いろんな方がいるでしょう。いろんな考え方もあるでしょう。
 それはそれで良いと思うんです。
 (勿論、故意的な犯罪者や明らかな精神異常者については否定されて然るべきだと考えますが、
  それ以外であれば他人を規制せず、また迷惑をかけずに、個人の責任でお好きなようにといった
  感じでしょうか。)
 しかし、同一性障害についての報道を見ていて不可解に感じるのは、彼らに理解を示さない人達の
 感性を一方的に「偏見」と決めつけていることです。
 自分達を理解してくれない人達を、どうして「悪」と決めつけるのでしょう?
 逆に「偏見」とはそういう決めつけのことであるということに、何故気付かないのでしょうか?
 差別されていると主張している側が、実は立場を変えて同じ事をしているだけのような気がします。
 「男(女)に生まれたが、心は女(男)だ」という人は戸籍も変えられるご時世になったようです。
 「私は日本人に生まれたが、心はアメリカ人なんだ」という人も自己主張してくるかも知れません。
 それを心の障害と言い張って、国籍とかが変えられるようになるのでしょうか?
 さらには「私は身体は人間なんですが心はクラゲなんです」とか「本当は私イルカなんです」とか
 いう人も出てくるかも知れません。そういう人達にも理解を示さないと「偏見」なんでしょうか?
 終いには「私は神だ!」とか言い出す人も出てきたりして…。
 あっ、最後のは結構いるか。              (三行前のイルカとかけたダジャレ…)

・病気でいたい人達
kakure (03.12.21)
 思い残し症候群って聞いたことありますか?
 女性向けの本(恋愛本?)のタイトルにもなっていますので、ご存知の方もいるでしょう。
 その本によると、恋愛していても虚しい、何かが満たされないと感じる原因は、乳幼児期に親から
 愛され足りなかったからだそうで、恋愛に失敗するのも精神的飢餓感のせい。
 不倫、ひきこもり、摂食障害なども乳幼児期に甘えられなかったことが原因だということです。
 その本の著者である大学助教授の岩月謙司氏は、家族再生のために理想的な親子のあり方を追究し
 ているそうで、「育て直し」と称して様々な事を実践しているそうです。
 かつて日テレのニュースでもその模様が紹介されていたのをたまたま見たことがあるのですが、
 私はただ呆気にとられたというか、嫌悪感しか感じませんでした。
 岩月氏が患者(?)と称する被験者と接して、治療と称して彼ら(主に女性)を甘えさせるのです。
 20代と思しき女性が「先生、おむつして〜」と岩月氏におしめをしてもらい、抱っこしてもらったり
 ほ乳瓶でミルクを飲ませてもらったり…。
 見る側にとっては、いわゆる「幼児プレイ」そのもの。
 趣味としてそういうことがお好きなら、別に否定するつもりはありませんがねぇ。
 「育て直し」とやらの手法はさておき、患者(?)と称する被験者の女性が、自分の人生がうまく
 いかないのは愛してくれなかった親のせいだ、みたいなことを言っていたのも気になりました。
 思う存分甘えられたとか、自分の望むことがすべて満たされて育った人間なんていませんよ。
 甘ったれるにもほどがあるし、自分に内在する問題を人や環境のせいにするのも全く無責任な話。
 ちなみにその岩月謙司氏、香川大学の助教授という紹介しかされていませんが、専攻は動物生理学、
 動物行動学および人間行動学。つまり医者じゃありません。
 自ら提唱した「思い残し症候群という仮説」を、世間にアピールして認められたいという気持ちも
 学者としては同情の余地ありですが、医者じゃない人間が新たに(勝手に)病気を作って、それに
 ハマっちゃう人もたくさんいるっていうのもなんだかなぁ…。
 人間そのものが病んでるといいますか…。
 本人達にとっては、病気ということにしておいた方が、幸せなんでしょうけどね。
 幼児プレイ好きでも他人に変態扱いされず、治療行為と言い張れるんでしょうし…。(笑)

・呆れてモノも言えない
hata (03.11.18)
 偏向報道大得意のアカヒがまたしてもとんでもない記事を配信していました。
 社会部の記事で、タイトルは「1回1千円〜5千円、インフルエンザ予防接種料に格差」。
 一般通念に潜む誤解や盲信に巧みに入り込む表現で「何故?」という疑問を「おかしいじゃないか」
 という論調に、無理矢理持っていく姿勢が見え隠れしています。
 内容もSARSやインフルエンザの流行期を控え…と、まず不安を煽り、予防接種の料金が医院により
 異なることについて、あたかも第三者の意見を装い、料金の根拠を説明すべきだとしています。
 そもそも予防接種は健康保険が利きません。予防は病気ではないので、保険給付はしないというのが
 健康保険の決まりをつくる行政側の考え方です。
 健康保険の制度を統括しているのは行政であり、医療機関はそのしくみに従うしかありません。
 にもかかわらずバッシングの矛先を医療機関に向けているのも確信犯的ですし、肝心な大前提が欠落
 した煽動記事を恥ずかしげもなく配信しているのです。
 保険の利かない診療行為については、共通の定価のような概念は存在しません。
 ラーメン屋によってラーメンの値段が違うのは何故か、とか、八百屋によって大根の値段が違うのは
 おかしいから何故大根がこういう値段になるのか説明しろって言ってるようなもので、医療機関に対
 するネガティブキャンペーン以外の何物でもないでしょう。
 あたりまえのことなのですが、良いものを提供しようとすればそれなりにコストがかかります。
 粗悪なものでよければコストは抑えられますが、両者を同列に扱うことはできないはずです。
 国民皆保険制度はそれらを同列に扱い、さらに多くの矛盾を抱え、あたりまえの価値基準を破壊して
 います。※↓:この下の03.8.14のコラムを参考にしてください。
 そんな中で多くの医療機関は患者さんのために掛け値のない努力をしているはずです。
 件の予防接種の料金にしても、その明確な算定基準は記事中に書いてあるにも関わらず、料金格差を
 強調していることにも悪意を感じます。
 私のオフィスでは予防接種の類をしていないので、比較的公平な目で物事を語れると思いますが、
 インフルエンザ予防接種の適正(?)な価格は五千円前後でしょう。
 それでは、なぜ激安価格で予防接種をしている病院があるのでしょう?
 あくまでも第三者の勝手な邪推という前提で書くことにしますが、予防接種をダンピング価格にて
 行っているところは、それを客寄せに使っている可能性がありますよね。
 予防接種で損をしても、儲けが出るはずの無い何か他の行為で何故か儲けが出ているのでしょう。
 そんなDr.の仮面を被った悪徳商人達のおかげで、適正な処置をしている先生方が「料金が高い」など
 と汚名を擦り付けられてしまう。
 さらには、医療に対する根拠無きネガティブキャンペーンが展開される。
 なんだか、呆れてモノも言えません。

・理想のカタチ
gbata (03.10.25)
 言うまでもなく健康は尊いものですが、一般的に健康に対する意識は意外とぞんざいなようです。
 突然降り掛かる病気は防ぎようもありませんが、生活習慣病は違います。
 厳しい言い方になりますが、生活習慣病を抱える方は自分で自分の健康を害する生活をしていると
 いう自覚がないようです。残念ながらそういう方々にはDr.のアドバイスなどもあまり響きません。
 健康をむざむざ見殺しにしているようなもので、これほど悲しいことはありません。
 しかし、ネットで知り合った“ある”方々は、健康に対して理想のカタチを実践しておられます。
 アクアリストならぬバーディスト(?)さん達で、可愛いインコと家族のように暮らしておられます。
 普段の生活から鳥さん達の健康に留意し、(例えばカゴの中の気温もサーモで調整したり、栄養も
 偏らないように普通の餌の他、炭塩や豆苗、サプリメントなども与え、部屋で放鳥もして運動不足
 を解消、玩具なども与えてストレス解消をさせたり…)食欲や吐き戻しも把握して、体重もグラム
 単位できちんと測って体調の把握に努め、かかりつけの鳥さんDr.にも定期的に受診させているよう
 です。まさに健康維持のあるべき姿がそこにあるのです。
 なぞどくはまどらも完全に脱帽!
 是非、素晴らしきバーディストさんの綺麗なHPを訪れてみて下さい。

・この国
cherb (03.10.19)
 「日本はまだ本当の意味での独立国ではない」
 使い古された言葉ですが、私も事ある毎にこの言葉を実感します。
 領主国大統領の来日に合わせたかのように、イラク復興支援という名目で来年度1,650億円もの国費
 (税金)が支出されることが発表されました。(しかも貸借ではなく寄付だとのこと)
 国際協調の必要性も解ります。
 しかし、イラク戦争は国際間の相互理解が得られていない状態で、思い上がった米と英、たった二つ
 の国が勝手に始めた戦争です。
 他国が勝手に始めた破壊行為の後始末を押しつけられ、この国は全面的に受容しているのです。
 (人道的見地からの援助を否定するつもりはありませんが、NGO主導でも問題はないはずです)
 国外の問題もあるでしょうが、まず、この国のなかに目を向けるべきでしょう。
 未曾有の不況は未だ何も解決していません。
 構造改革も結構ですが、大きな組織がトカゲの尻尾切りで生き延びようとするのは明白ですから、
 切られる側、拠り所の大きくない人間の保護と社会福祉の安定は不可欠なはず。
 絶対に守らなくてはならないものがあるはずなのに、聖域なき構造改革などと称して、すべてを破壊
 しつくす行為はまさしく戦争に似ています。
 一般家庭の財源をも圧迫し続け福祉や医療にも削減の刃を向けている現状、自殺者まで多数出ている
 この現状を、この国の指導者はいったいどう思っているのでしょうか?

・ザ・グレート・サスケ
afrcn (03.9.20)
 やたらと覆面問題だけがクローズアップされている岩手県議会議員ザ・グレート・サスケ氏です
 が、彼は大まじめに立候補し、当選したのです。
 岩手県では、深夜、小児急患の受け入れ先(専門医のいない近い病院か専門医のいる遠い病院か)
 が決まらないまま患児が絶命したという件があり「我が県の医療は一体どうなっているのか?」と
 痛感したのが、彼の立候補のきっかけ。
 いまだプロレスラーとしても活動しているし、TVのバラエティ番組などにも出演しているので、
 政治家として稀薄にみられがちですが、医療現場の視察など、しっかりと信念を貫いています。
 で、彼が語ったところによると…。
 「医療現場の実態を聞けば聞くほど、そういうのは氷山の一角なんだなって。医者が患者のこと
 を何とかしたいと思っても、医療制度がそれを阻んでいるというのは、何て言ったらいいのか。」
 プロレスラーにも解ることを、医療行政を司るお役人が解らないのは何故なんでしょう?
 頑張れ、サスケ議員!

・追記
tuno (03.9.19)
 ↓のコラムですが、アップした時からずーっと違和感がありました。
 何度読み返してみても、やっぱりダメ。ダメな文章のお手本みたい。
 言いたいことが多すぎて、しかも文脈がキレイじゃない。
 いっそのこと削除も検討しましたが、自分への戒めとして残しておくことにします。
 ただ、誤解があるといけないので「何が言いたかったのか」を簡単に記述しておきます。
 ・報道はいつも断片的(時として作為的)。情報に踊らされず、真偽は自分自身で検討すべし。
 ・薬はサプリメントじゃない。慎重に扱われるべきだし、慎重に服用されるべき。
 ・処方された薬ならともかく、市販薬を飲むという行為には自己責任があるはず。
 ・病を克服したい、健康でありたいという気持ちは人間なら誰でも同じ。(立場は違えど…)
  歪んだ感情や伝聞で、逆恨みや偏見を持つこと自体、医のあるべき姿から人々を遠ざける。
 と言うことでした

・ニュースのウラ
tatekin (03.9.10)
 深夜営業をしている某ディスカウントストアが違法に薬を扱い、厚生労働省とモメています。
 この件に関しては東京都知事も「厚労省の役人がいかに遅れててバカかっていう証拠だ」などと
 横槍を入れていますが、このディスカウントストアの社長が都知事とは旧知の仲で、大の支援者
 であることはあまり語られていません。
 お役人の感覚がずれていて本質を捉えていないという事は私も常々実感していますが、この件に
 関しては現行の薬事法が改正されない以上、厚生労働省に分があると見ています。
 本当のバカは果たしてどちらか?この問題を放置すればこういう件が多発するかも知れません。
 ※追記:
 (こういう件→リンク切れしてしまいました。コルゲンコーワET、訴訟でググってみて下さい)
 大変痛ましい事ですが、この惨禍は果たして市販薬そのものによりもたらされたのでしょうか?
 薬をなし崩し的に一般店舗に扱わせる前に、考えなければいけない事があるような気がします。
 特に病気や薬に対する誤解や無知、盲信は「一般常識」という非常識の中に漫然と蔓延っており
 上記の件も、その一端を如実に現していると思うのです。
 そもそも薬が病気を治すという認識は大きな間違いで、病気を治すのはあくまでも生体の抵抗力
 や治癒能力です。薬は治癒の機序が順調に働くように手助けをするものですから、適応症や用法、
 量を間違えば期待される効果が得られないのは勿論のことですし思わぬ事態をも惹き起こします。
 (例えばインフルエンザの発熱に総合感冒薬を飲んでも効きませんし、インフルエンザ罹患時に
 ある鎮痛・抗炎症剤を服用するととんでもない事になります)
 当然慎重に扱われるべきものですし、慎重に服用されるべきものなのです。

 普通(?)の感覚で上記記事を見ると、こみ上げてくるのはまず怒りでしょう。
 もし、報道されている通りであれば…、自分や自分の家族、自分の大切な人が市販の薬を飲んだ
 だけで、死に至ったり重篤な副作用に苦しんだとしたら…、その哀しみや憤りは察するにあまり
 あります。
 しかし、上記報道は原告の一方的な主張と原告に都合のよい断片的な事実しか伝えていません。
 報道によれば、「コルゲンコーワET錠」を服用したことで「スティーブンスジョンソン症候群」
 となり死亡した故人の家族が、製薬会社らを相手取って損害賠償請求を行っているとありますが、
 直接因果関係を結びつけるには、かなり無理があります。

 まず手元の辞書で「症候群」と引いてみてください。
 岩波国語事典では「はっきりした原因は不明だが、いつも必ず幾つかの症状が伴ってあらわれる
 時、病名に準じて使う医学用語。」とあります。
 症候群と呼ばれるものは病名ではなく、その原因も不明であるという事実が、この報道から欠落
 しており、認識されていません。記事中では原告の主張という形ではありますが、あたかも原因
 が「コルゲンコーワET錠」
であるような書き方がされています。(見出しも然り)
 そういう前提で話を進めて報道する前に、S.J.S.の原因がコルゲンコーワET錠に他ならないと
 いうことを立証しなければいけません。(S.J.S.の原因を薬剤と推定する説も多々ありますが、
 確定的な結論は出ていないはず。諸説の発表者にその責任を持てるかを問うても無理でしょう。
 現段階ではいかなる原因論も推定に過ぎません。)
 また、裁判で因果関係を争うとなると、その薬を飲む以前にS.J.S.に罹患していたかも知れない
 という可能性をどのように否定するのかとか、医師の診断を受けてからどのような処置と投薬が
 行われており、その経緯と結果との因果関係はどうかとか、その他、食生活などあらゆる事項に
 ついて結果との因果関係を検証することになります。さらに言えば、原告は故人の行動や主張を
 明確に把握しているか、事態の歪曲は無いかなど様々な点について、争われていくのです。
 そして、長い争いの後、出される判決が真実なのかということさえ、実は誰も知り得ません。
 私にはこの裁判で救いがもたらされるとは、どうしても思えないのです。

 それよりも例えば、自分が服用する薬の選択が的確に為されているかどうか、症状の改善が見ら
 れないときにどうすればいいのか、対症療法ではなく病態を解決するには何が必要なのかなど、
 しっかり時間をとって専門家とコミュニケーションを持ち、的確なアドバイスを受ける事の方が
 重要なのではないのでしょうか?
 先の某ディスカウントストアの件に戻れば、いくら薬剤師さんがTV電話で応対するといっても、
 真夜中に利便性を求めて一時的に立ち寄るような場所で、それが適うとは到底思えません。
 便利な世の中もいいでしょう。しかし、一方的に利益だけを享受しようとする人間ほど盲目的に
 なろうとしますし、自己責任なんて考えません。
 自分自身に関わることなのですからニュースのウラを読んで本質にしっかり目を向けるべきです。

・そりゃそうでしょ
sumire (03.9.4)
 いい年して今更雑誌のグラビアを飾るアイドルさんに熱中しているワケではないのですが、元、
 健康な男のコとしては、たまにグッとくる娘さんがいたりするのです。
 現在、気になってるのが小倉優子さんといいまして、見た目はおとなしそうな妹系とでも申しま
 しょうか…。しかしこの娘、かなりのおバ○さんというか、話し方もかなりキテるし料理番組で
 もシチュー(カレーだったかな?)にチョコレート入れちゃうような方でして…。
 (私が気になっちゃうのはサトエリさんとか、そんな方ばかりのようで…)
 で、その小倉優子さん。よみうりランドのイメージキャラクターになっていたそうで、ポスター
 にはこういうコピーが書いてあったそうです。
 「学生(はあと)きてきて!安くするわよ。」
 「ヤダーッ!こんなにビショビショー(はあと)」
 「一日三回もなんて…。もうゆるしてぇぇ!」
 ポスターを見た方々から「品がない」など苦情殺到でポスター回収、全部刷り代えだそうです。
 そりゃそうでしょ。(笑)

・理不尽な制度
pplfire (03.8.14)
 社保本人の医療費自己負担率が二割から三割に引き上げられ、それをきっかけに患者さんの受診
 控えや治療中断が相次いでいます。それ自体我々にとっても死活問題なのですが、医療政策失敗
 のツケはその責任を負うべき政治や行政に向けられておらず、医療不信にすりかえられ医療従事
 者に向けられているという状況が残念でなりません。
 (問題の本質に目を向けず、それを煽るマスコミも無責任極まりないと思います)
 そもそも日本の健康保険制度は根本的に無理のある制度で、本質的な問題解決が為されない以上
 近い将来の破綻は必然だと思われます。

 不信云々の前に、まず医療制度問題の本質を考えるべきです。

 国民皆保険制度は日本があまり豊かでなかった時代に、憲法25条の「国民の最低限度の生活」を
 保障するための一環としてスタートしました。
 終戦から立ち直っていなかった時代に最重要視されたはこの「最低限度の平等」は、生活習慣病
 が大きな問題となり財源をも圧迫している現在、現場サイドには最低限という妙なルールだけを
 残し、多くの不平等を生み出しています。
 そもそも皆保険制度では給付・反対給付均等の原則という保険の絶対的原則が無視されています。
 (保険加入者の保険料金が加入者自身のリスクに応じて決まるという当たり前の原則)
 食生活,運動習慣,休養,喫煙,飲酒等の生活習慣が発症・進行に関与する多くの生活習慣病において
 健康に留意してあまり病気にかからない人の保険料はその本人のために使われているのではなく、
 不摂生で病気ばかりしている他人の医療費として使われ続けているのです。
 例えば、病気にかかるリスクの高い喫煙者(肺癌には7倍,喉頭癌には3倍,心筋梗塞には3倍,歯周病
 には5倍かかりやすい)の医療費は、健康な非喫煙者の保険料からも賄われています。
 それどころか、さらに大きな問題もあります。
 平等を謳って無理をしている制度なのに「保険料が全然平等じゃない」のです。
 例えば国保の場合、全く同じ条件でも東京都目黒区では126.840円、大阪府門真市では437.500円
 という保険料の格差が生じています。(年間所得300万円で夫婦と子供2人の4人家族の場合)
 同じ保障を受けるための支払額が、住んでいる場所が違うだけで30万円も違うという理不尽さ。
 しかもそういう事実さえ一般には全くと言っていいほど知られていないのです。
 (一部の人が窓口で払う金額が一割あがる事よりよっぽど重大だと思うのですが…)

 これらの問題は医療制度の問題点の氷山の一角にしか過ぎません。

 保健医療機関は療養担当規則というきまりにがんじがらめにされ、それに従うしかありません。
 ところがそういうきまりを作ったり運営したりする行政は、それを一般の方に周知する努力さえ
 していないように思われます。
 患者さんの病気や治療については勿論とことん向き合いますが、医療制度に対する疑問や不満は
 医療従事者にではなく行政にぶつけるべきでしょう。

 ※生活習慣病にはインスリン非依存性糖尿病(成人型糖尿病),肥満,高脂血症(家族性を除く),
  高尿酸血症,循環器障害(先天性を除く),大腸癌(家族性を除く),高血圧症,肺扁平上皮癌,
  慢性気管支炎,肺気腫,アルコール性肝障害,歯周病などがあげられます。
 ※煙草を吸われる方は不快に思われたかも知れませんが、喫煙自体を非難する気はありません。
  煙草には税金がかかっているので問題視する必要は無いというご意見もありますが、税は医療
  費に直接的に関わっている訳ではありません。
 ※国保保険料は市区町村の医療費支出見込みに基づき、(全体の医療費が高い市区町村ほど保険
  料は高額になります)「応能割」と「応益割」により設定されます。(市区町村が独自に決定
  する保険料賦課割合である「応能割」より所得関係なく計算される「応益割」の高い市区町村
  ほど保険料は高額になります)また、一般財源投資によっても保険料は異なります。
  保険料が市区町村によって不平等になる直接的な原因は、国による国庫負担金の引き下げだと
  思われます。
 ※参考文献:保団連「患者が医療から遠ざけられる」、石井正敏「タバコをやめよう」
 
・海パワー
pepmnt (03.8.11)
 先週末は突発性どうしてもヤドカリが欲しい病になり、台風接近にもめげず海に行って来ました。
 平日にオフを取り、始発の特急で三浦へ。干潮に合わせた僅か二時間でしたが、貴重な海のパワーを
 チャージしてきました。
 さすがに波も荒れていて気を抜けない状態でしたが、やっぱり海、最高!
 ムズカシイ顔ばかりしてちゃいけないな〜って実感して帰ってきました。
 ところでいつもは採集の後、飼える生体のみをセレクトして持ち帰るのですが、今回は荒れる波から
 逃げ帰るように海を離れたので、持ち帰ったヤドカリが30匹以上…。(どうすんべ)
 (しかもおめあての青いヒゲのヤドカリは一匹だけ…)

・久し振りに
nanyo (03.7.27)
 今日は愉快な海水魚仲間達がオフ会をしているはず…。
 後ろ髪を引かれる思いでしたが、久し振りに学術講演会に参加して、休日を勉強に費やしました。
 「久し振りに」というのは昨年までは私も臨床を突き詰める姿勢と厳しさは日本一といわれる勉強会
 に所属し、寝食は二の次、自らの研鑽に総てを懸けていました。
 その勉強会の主宰にも目を掛けて頂き、全国の精鋭達が集う会でも発表をする機会を与えて頂いたり
 して、一流の先生方に臨床家の一員として認められつつあったのですが、諸事情で退会。
 形としてはドロップアウトなのでしょうが、Dr.としての研鑽だけでは何か足りないと思い、人として
 患者に向き合うべく、別の角度から人間性と自己研鑽に励んでいた半年でした。
 今日の講演会は各先生の話の内容から、知識や手技だけでなく、患者さんに対する様々なアプローチ
 が垣間見られ、とても有意義なものでした。
 私の師匠も演者の一人だったのですが、講演の中では私が担当した症例も呈示されていてビックリ!
 「この症例は、今日も来てますがウチにいた○先生が治したものです」と簡単に触れて頂きました。
 会場に集まった4〜500人のなかで私を知る先生は数名程度でしょうが、去っていった者のことまで
 話に出して頂く配慮も嬉しかったし、なによりも担当した患者さんの安定した術後経過を確認できて
 嬉しく思いました。
 自分なりにもいろいろ思うところがありました。明日からも頑張ります。
 (終了後はもちろんPVさんに寄りましたよん。はあと)

・武道失墜
kanihaze (03.7.17)
 空手の全日本大会に母校の後輩が出場すると連絡があり、応援がてら日本武道館に出かけました。
 お世話になった恩師の先生とも再会して貴重な一日になりましたが、時代の流れを感じたというか、
 残念に感じることも多々ありました。
 武道としての空手道が、その精神を失いつつあるのです。
 全日本大会では通常の試合とは別に出場選手から選抜された強豪が東軍と西軍に分かれ東西対抗戦
 を行う慣例があるのですが、東軍の選手達がプロレスのテーマソング(蝶野選手のテーマでした)
 をバックに入場して来たのには吃驚。
 プロレスも(興行としては)好きですけど、武道の大会でショーアップかと私には隔世の感でした。
 (その程度だけなら笑って許せたでしょうが…)
 さらに選手紹介の際、名前を呼ばれた選手は一歩前に出て正面・審判団・相手選手の三方に礼をして
 試合に備えるものなのですが、わざわざ試合コートを横切って相手選手陣の目前まで歩み寄り、威嚇
 や挑発に値する行為をした選手が何人もいたのには驚きと言うより辟易しました。
 (最初にやったのは外国人留学生でしたが、それに続いた選手達に礼の心は無いのでしょうか?)
 観客席はプロレスを見るような感覚で歓声も上がり、盛り上がっていましたが、そういう行為を辞め
 させるべき役員(指導者)も「盛り上がっていて結構だが、時間が無くなるから…」とは何事か?
 礼を重んずるべき武道の試合も、すっかり変わってしまったようです。
 審判が試合が止めたり判定を出したりする前にも、技を決めた選手が勝手にガッツポーズをして相手
 に背を向けたりと酷いものでした。
 私が現役の時分は、審判が試合を止めるまで(仮想としては相手にとどめを刺すまで)、相手から目
 を逸らす事はありえなかったし、ガッツポーズをすること自体、敗者に対する非礼として戒められて
 いたハズですが…。
 選手達は頑張って修練をしているつもりなのかも知れませんが、鍛えているのは身体だけのようです。
 精神、特に礼の心を蔑ろにするようでは、この道に先はありません。
 
・七夕
kakure (03.7.9)
 折り紙で短冊を作って、願いごとを書いて、笹の葉に飾る事なんて一体何十年ぶりでしょうか?
 「こんな事で願いが叶うんだったら苦労なんかしないよね。」なんて本音を言ってはいけません。
 あくまでも純心に、子供達と七夕を楽しまなければいけないのです。
 で、子供達の願い事はと言えば、幼稚園児らしくストレートな欲望が満開でした。
 下の娘の願いは「かいじゅうのおもちゃが欲しい」と「アイスクリームが欲しい」
  →(女の子なのに怪獣かよ…。・゜・(ノД`)・゜・。)
 倅は「ごはんとお肉とゼリーでお腹いっぱいになりたい」と「虫をやっつけられるようになりたい」
  →(君の求める方向性がわかんないよ…。・゜・(ノД`)・゜・。)
 ちなみにゼリーとはWeider in jerryのことらしい…。
 しかし、この微妙な差。下の子は「I want …」、上の子は「I wanna be …」なんですね。
 これが成長というものかと、子育ての妙を実感しています。
 
・神様
hata (03.7.6)
  神様が仰有っていたそうです。
 「いくら素質があっても人間性がダメでは大成しない」なるほど、肝に銘じましょう。
 「嘘をつくな、人を騙すな、最後までやり遂げろ(Never lie, Never cheat, Never quit!)この教えさえ
 守っていれば何も恐れることはない」
 励まされる言葉です。
 以上、プロレスの神様カール・ゴッチ氏のお言葉でした。




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