はじめに

このホームページは、宮内庁に対する情報公開訴訟について、その関係の資料を紹介するために作成しました。

私は、象徴天皇制を研究する大学院生です。
特に、現天皇の皇太子時代に注目して研究を行ってきました。
しかし、側近の史料などもろくに公開されていないという状況なので、情報公開法が施行された2001年から、宮内庁に対して度重なる請求を繰り返してきました。

今回の訴訟は、私が請求した文書の精査に時間がかかっていて出てこないという事に対するものです。
宮内庁側は長いもので3年半遅れているにもかかわらず、開示の期日決定すらできないということを私に伝えてきました。
このままでは、一体あと何年待たされるのか全くわからなかったので、訴訟を起こすことにしました。

この問題が起きた原因の一つに、宮内庁の文書管理の不備ということがあります。
宮内庁のHPにある「行政文書ファイル管理簿」には、行政文書の一覧が記載されていますが、表題からだけでは一体何が入っているのかさっぱりわかりません。
また、行政文書として明治期の文書なども保有しているため、それを請求されたときに、まず公開できるのかを判断するための内容把握に相当の時間がかかっているようです(情報公開室の職員が、「字に慣れるまでに時間がかかっている」と私に話したことがある)。

では、なぜこのようなことが起きているのでしょうか。
そもそも、これまで、日本近現代史で天皇について研究しようとした場合、私文書のみで研究を行うことが普通になっていました。
つまり、宮内庁にある公文書は「どうせ使わせてくれない」という断念の元に、研究が行われてきたのです。
そのために、宮内庁内の文書管理は、研究者からも宮内庁内部からも問題にされてこなかったのです。
もうすでに、部署としては消滅している内大臣府や宗秩寮、侍従武官府の史料ですらも、一体どのような管理をされているかが全くわからないし、ほとんど公開もされていないのです(一部、書陵部でリストは公開されていますが、どうみても全て載っているようには見えないし、さらに公開までに審査があり、自由に見れるわけではありません)。

このことによって、実際に宮内庁が行政官庁として何をやっているのかは、全くのブラックボックスになっています。
宮内省(庁)の研究というのは、ほぼ皆無というのが現状なのです。

なおこれは、イデオロギーを超えた問題であります。
天皇制(度)を擁護しようが反対しようが、そもそも史料がなければ、抽象的な論争にしかなりません。
私は宮内庁をやりこめようとか、天皇制に賛成・反対だとか、そういったレベルで訴訟を起こしているわけではありません。
私が主張したいのは、ただの1点だけです。

「宮内庁は史料を公開すること」


これだけです。様々な研究者が自由にアクセスできる場所で史料公開が行われることが、私の最終目標です。

瀬畑 源
2006年8月8日

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