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| Ann Sally 犬がサイレンを聞いて動物の本能で吠えるように、エリスの声は心の奥深い何かをくすぐります。理由は分からないけど胸騒ぎのする声。喜んでるようにも、泣いてるようにも、笑ってるようにも、祈るようにも聴こえます。大勢の聴衆を前にしてもエリスの歌の世界には誰も立ち入れない孤高な存在感。エリスは何を思って歌ってたのかな?そうやって私たちが思いを馳せるたびによみがえる不死身の人ですね。 |
| saigenji 感情が音であり、音が感情である希有の歌手。エリスとの出会いはなんといっても喜び一杯のあの「メウメ〜シュトリ」で始まる「Corrida de Jangada」です。深淵を覗くような豊かな感情をそのまま波形にしたような柔らかくふるえる伸びやかな声。ひとのカタチをした音楽。音楽のカタチをしたひと。 |
| 立岩健一(basis records) エリスの歌声を大音量で聴き、貴重な映像に釘付けになり、彼女が音楽を愛するさまざまな人に影響を与えているという事実を知り、彼女の偉大さを再確認させられた昨年の「Dois na Bossa」。千晶さんの想いが突き刺さるようにつたわりました。楽しいだけじゃなくて、心があつくなる、すばらしいイヴェント、今年も期待してます。エリスも千晶さんも、すごい人! |
| Kana 1995年1月15日、飛行機の中で私は、あの時、なぜだか「絶対、幸せになる!」と思い、ブラジルのサンパウロへと旅立ったのです。エリスが好きで好きで、寝ても覚めても彼女の歌を聞いていた自分は、立派な"エリス病患者"でした。今は亡きエリス。幻でもいいから、とにかく彼女の歌声に出会いたくて、ひとり、冒険と希望の旅にスーツケースひとつで出かけました。まるで散歩へでも行くように、自分を探しに行く旅になるとは知らず・・・。 エリスの歌声との出会いは12年前、ブラジル日系2世の友達が貸してくれたCD。 昔の録音を聞いて、第一印象は「なんじゃこれ!?」。ふるーい、こわーい感じがしました。エドウ・ロボの「Reza」のイントロ部分なんか聞いたら、びっくりして子供が泣き出しそうな感じですもの。その時はさほど興奮もせずにCDを返してしまいました。ちょうどその頃、月1回の広木光一さん(ひろきこういち)[注*ヒロは広木ではなく、広の中が黄という漢字ですのでご注意を!うちのPCにはありませんでしたので、広木とさせていただきます。]というギタリストのワークショップで、好きな曲を譜面にしては生バンドで歌うのを楽しみに、毎日、歌の練習をしていました。ジャズの曲を弾く人が多かったので、私もジャズ!てな感じでがんばっていました。ジャズのスタンダードは素敵な曲ばかりなのですが、問題はリズム。どうも体にしっくり入ってこないのです。そうこうしているうちに、テレビからトム・ジョビンの「Wave」が流れてきました。これは何て綺麗な曲なんだろうか!いいなあ!これは歌えないかな?英語なら歌えるかな?意味はだいたい分かる。よし!ガロタ・ジ・イパネマも歌おう!という風にレパートリーが増えました。そこで、何気なしにエリスのカセット・テープを取り出して聞き直したら、「あれ?こっちの方が自然だ。」そしてそれを広木さんにお話いたところ所、出るわ出るわ、たくさんのエリスのレコード盤。彼もエリス病患者だったのです。ざっとレコード20枚をお借りして、聴きます、聴きます、朝、昼、夜、関係なし。私も立派なエリス中毒者になり、なんだか宝物を掘り当てたような満足感がありました。中でも[Vou deitar e rolar]がお気に入りで、早速覚えようとしましたが、歌詞が長いのと慣れない事なので、覚えるまでにはかなりの時間を要しました。 さて、場面は1996年のサンパウロ。私は夜な夜な「ボッカ・ダ・ノイチ」というバーに入り浸っておりました。MPBの老舗、そこは昔、Djavan、Ivan Lins、Eduardo Gudinなどの大物が現れ、MPBの歴史の1ページを作ったとも言われるセッション大会が繰り広げられた舞台だったそうです。週末の舞台には、ギター弾き語り人が数人、時間差で現れ、ひとり1時間ずつドラムと演奏していました。演奏が始まるのは夜11時過ぎで、盛り上がり最高潮時には歌えや踊れで、舞台と客席との区別がなくなる程です。とにかく歌手達は弾き語りがみんな上手く、体から音楽が染み出ているようでした。ある夜、勇気を出して、私のデモテープをそのバーの主人に渡しました。聞いて欲しいという気持ちが伝わったのか、ある夜、その主人から電話がかかってきました。丁寧に聞いてくれたらしく、「今度の金曜日に来てね」と言われました。とても嬉しくて、飛んで行きました。そうしたら、あるベテラン女性歌手が「カナさ〜ん、日本から来たカナさ〜ん!」と私を呼ぶのです。そしてギターを私に差し出して、歌えというのです。これをカンジャ(飛び入り演奏・混ぜ合わせスープという意味)と呼びます。初めてのカンジャは手が震え、声はうわずり、ギターはずれ落ち、散々でした。それでも、次の夜もこわごわ出陣します。また名前を呼ばれて舞台へ。今度は大丈夫。昨日よりはもう少しマシでした。心臓は口から出そうでしたが、なんとか歌いきりました。歌ったのは例の[Vou deitar e rolar]。そこに居合わせたブラジル人は大笑い。なんだかわかりませんでしたが、受けているので気をよくして「オブリガーダ」の連発。今考えると、なんと無邪気なことでしょう。そのうちに、そこでカエターノのそっくりさん、エリオ・カマリという歌手と知り合いになります。彼の歌い方やギターの弾き方をカブリツキで盗みます。その時にはもう曲作りを始めていました。彼のそばへ寄っていって「エリオ、誰か歌詞を作ってくれる人、いないかなあ?」と私。「ここにいるから紹介する。」と手をとって、ある男の前へ連れて行きます。「大人しいやつだけど、話だけでもしてみれば?」とエリオ。レオといいます。MPB好きなの?歌詞?いいよ、僕でよければ作るよ。」と簡単にオーケー。それから延々、朝6時までエリスやボッサノーバ、MPBの歴史まで話が止まりません。まだ何を話しているかよく分からずに、うんうん、と相槌を連発。なんでこの人を大人しいというか!これをブラジル流無口というのかもしれません・・・。「なんでさっき皆、私が歌っていた時に笑っていたの?」と聞くと、「日本人がボサノバ歌って、その上にカリオカの発音だったから、すごくおかしかった。」ですって。でも、今になってみるとわかります、その面白さが。 ブラジルに来て、初めてギターを習いました。一番最初に先生から学んだ事は、自分から出る力を信じること。エリスの歌っていた曲を、エリスのように歌っていた私に、先生は言葉のゲンコツをくれました。「あなたはエリスではありません。あなたはあなたなのですよ。」結構きつい一言だったような気がしますが、これが私の運命を大きく変えたのでした。歌いたい曲を作って、歌いたいように楽しみながら歌おう!これが私にとって最高の健康法です。エリス、ありがとう!あなたのおかげで、私は私に出会えました。そして、あなたの歌声は私にとって永遠に世界一です。オブリガーダ!!! |
| Koichi Ozaki (eurasian suite) 満面の笑みをたたえたジャケットに、はかなくも美しい曲の数々。メロディーの頂点で「ふっ」と息を抜く感じが何とも素敵です。僕がELISを知ったのは深夜〜夜明けに遊ぶことを覚えた頃に聴いた"O BARQUINHO"。どんなに憂鬱な時でも落ち込んだ時でもこの曲を聴く度にその頃の高揚感・幸福感を思い出します。きっと何歳になっても思い出せると思います。いつかこんな曲が作れたら良いなといつも思います。最高。 |
| CHIAKI(Dois na Bossa) エリスの事を知りたくて仕方なかった頃、エリスの生涯が綴られた「FURACAO ELIS」という1冊の本をお借りしました。当然、全編ポルトガル語で、調べて読んでみたりしたものの、殆ど意味も分からず…。ただ、レコードジャケット以外のエリスに出会った事の無い私にとっては、宝箱のような本でした。この「FURACAO ELIS」が、「台風エリス」としてこの秋に邦訳されました。もう読まれましたか?皆さんの心の中のエリスはどんな人だったか、この「台風エリス」を読んで、是非教えて欲しいと思います。私は、このイベントを通して過去形では無いエリス・レジーナを伝えていきたいなぁ。 |
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