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「アート・コラム 美術鑑賞をもっと楽しく」 美術鑑賞がもっと楽しくなるようなコラムを隔週でお届けします。東京近郊在住の方には、 気軽に参加できるようなアート鑑賞の機会もできるだけ提供していければと考えています。 ■【コラム 1】リストラされたルノワール バルビゾン派の主要メンバーだったジュール・デュプレ。同じくバルビゾン派 の重鎮で牛をよく描いたコンスタン・トロワイヨン。その弟子としてやはり動物 をよく描いたエミール・ヴァン・マルク。印象派の先駆者ともいわれるナルシス・ ディアズ・ド・ラ・ペーニャ。そしてそれに影響を受けて印象派の代表的存在と なったオーギュスト・ルノワール。いずれも19世紀前半に生まれたフランスの 画家だが、実はもう一つ共通点がある。当初は陶磁器の絵付け職人として生計を 立てていた、ということだ。 実は19世紀中頃というのは、そんな陶磁器絵付け職人にとって受難の時代で あった。大量生産と機械化が進む中、バタバタと職を失う羽目に陥ったのである。 上で名をあげた人がすべて不本意に首を切られたのかどうかはしらない。しかし 少なくとも一番有名な、最後のルノワールはそうだ。実は彼は音楽の才能もあり、 特にボーイ・ソプラノは絶品でプロの作曲家からも音楽の道を勧められていた。 それを蹴ってまで就いた磁器の絵の仕事。それを時代の大波の中で不本意ながら やめざるをえなかったのである。 しかしその後の彼の画家としての活躍はよく知られる通りだ。20歳を過ぎて 入学した官立美術学校以降、めきめきと頭角を現わし、印象派の歴史の特に前半 では、モネとならび中心的な役割を果たしていく。時代の変化のスピードが少し ずれてそのまま絵付け職人として残ったら、恐らく同じだけの知名度を得るのは 難しかっただろう。 災い転じて福。リストラばやりの昨今、こういった話に勇気づけられるのは私 だけではないだろう。ただしもちろん、職人時代からの精進と才能、そして絵画 の道に入ってからそれ以上の努力があってこその話であるのはいうまでもない。 19世紀に陶磁器の絵付け職人出身の画家が多いのは確かだが、転身に失敗した 人はその何千倍もいるだろうからだ。 以下、今後しばらくの間のコラムの予告編(タイトルのみ)です。 ・イコン芸術と仏教画 ・浮世絵の美人画が伝えたかったものは? ・ミレーの「落ち穂拾い」とソバの茎 ・映画と絵画における多視点という手法 ・レンブラントの放蕩息子 ・絵画における一人称と二人称 ・ロマン派絵画とネット社会 ・ポップ・アートとソッツ・アート ・ヴァン・ゴッホはなぜ宗教画を描かなかったか ----- 発行人(ご感想、ご質問など、お気軽にどうぞ)加藤良平/contents@qj8.so-net.ne.jp |