<クラヴィコード 楽器について>

 クラヴィコードを語る前に、まずモノコードについて見ていきましょう。

紀元前6世紀、ピュタゴラスによって考え出されたと言われる モノコードは、その名monos=1が示す通り、一弦が響箱の上に平行に張られた物です。 細長い響箱の上には物差しのような目盛りがあり、この印に合わせて駒をスライドさせて弦の長さを分割し、音の高さを変えます。 古代ギリシャの時代から中世に至るまでこのモノコードは教育器具として使われ、更に19世紀まで音程測定に使われていました。(オランダ音楽院の音楽史の授業1限目はモノコードを使った音の実験から始まったのが印象的でした。)

 モノコードは音を作るために絶えず駒を動かさなければならないというハンデがある為、音楽を奏でるには限界があります。これを改良して鍵を付けた物がクラヴィコードの始まりではないかと言われています。つまり弦を分割する幾つかの鍵を付けて音を即座に出せるようにしたわけです。クラヴィコードは四角形で、鍵盤にほぼ平行に弦が張られています。 鍵を押すと、タンジェントと 呼ばれる金属片が弦を下から打ちます。そして鍵を押さえている間は弦に接しているので、僅かにヴィブラート(ベーブング)をかけることが出来ます。鍵が弦から離れると、左部分のフェルトによってダンパーがかかり、音の振動は止まります。音は弱くささやかですが、僅かに強弱がつきます。

 初期のクラヴィコードはモノコードと同じ様に、幾つかの音を同じ弦で奏する楽器でした。

 つまり1つの弦の異なる位置をタンジェントが打って音を発する(ギターの様に)ことからフレット式と呼ばれました。次第に鍵盤の数が増え、弦の数も増し、各音に1弦ずつ独立した弦を持つクラヴィコード(現在のピアノの様に)が生まれます。
クラヴィコードは4オクターブから5オクターブへと音域を増やしていきます。
 クラヴィコードは14C〜19C半ばに至るまで発展を続けた鍵盤楽器ですが、いつも主役の座に就いていたとは言い難いものです。一時期は忘れ去られ、音楽の表舞台から姿を消してしまいます。音量が小さく演奏会にも向かないこの楽器は、隅に追いやられ、或るものは壊され、或るものは埃をかぶったまま博物館の片隅で眠っていました。(本当に埃をかぶった哀れな楽器の写真を見たことがあります。)

 クラヴィコードが再評価されるようになったのは、20世紀が始まる頃です。新たに楽器が制作され、クラヴィコードの為に捧げられた新曲を演奏する奏者も出てきました。

 今後この楽器がどのような道をたどるのか、興味深いものがあります。過小評価、過大評価されることなく、鍵盤楽器の一つとして皆に愛され続けて欲しいと願います。そしてまずその音色に触れて、この楽器を知ることから初めて欲しいと思います。